異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ファンラウンド領、変人豪腕繁盛記編

1.幸せの場所とはなんぞや?

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 エネさんと共に家に入り、彼女を応接室へと案内する。

 用件のみを伝えに来たとは言え、茶の一杯も出さないのは失礼だろう。俺は粗茶そちゃですがと冷たい麦茶を出すと、彼女は目を丸くしてコップの中の飴色に似た液体を凝視していたが、やがて口をつけた。すると。

「な、なんですかこの飲み物は……!? 香ばしくてほのかに苦味を感じながらも、そのじつ、全体的にはわずかに甘く……緑茶のような風味が有る……! こんなもの、生まれて初めて飲みました……」

 さもありなん、麦茶なんて外国の人はあんまり飲まないだろう……っていうか、この国では麦をってお茶にすること自体が知られてないんだったな。
 でも神族まで麦茶を飲まないのはびっくりした。菜食が基本のエルフだから、てっきりこういう飲み物を飲んでいるとばかり……。

「神族の国では麦茶は飲まないんですか?」
「ええ……。麦は全てビールかパンにしてしまうので……こんなに素晴らしいお茶が有るとは思いませんでした……」

 麦茶って大麦で作るんだけど、そう言えば麦って色んな使い道が有ったな。
 ふむ……俺の知識じゃちょっととぼしいが、今度色々試してみようかな。
 とは言え、エネさんが持って来た手紙の内容次第では、その“今度”がいつ訪れるのか解らないんだけどね。

「それで……手紙ってのは?」

 エネさんの向かい側に三人で座って問いかけると、エネさんはハッとして、それから何だか取りつくろうようにコホンとせきをすると話し始めた。可愛い。

「ああ、そうでしたね。今お渡しします……と言いたいところですが、私がお持ちした手紙は神族のみが有する言語で記されていますので、私が読み上げます」
「盗難防止か? そこまでするほどの内容かねえ」

 ブラックの言葉に、俺もちょっと引っかかって内心頷く。
 俺が頼んだのは、リオルを魔族の国に送り返す事だったけど……それがそんなに大変な事なのだろうか。

 頭上に疑問符を浮かべる俺達に、エネさんは「ええ」と肯定した。

「貴方がたに言う必要はありませんが、シアン様にも御都合と言う物が有ります。発言に責任のない下々の人族とはお立場が異なるのです」
「本ッ当に毎度毎度人をいらつかせるのだけは得意だなお前は……」
「抑えて抑えて。……何か面倒な事が起きてる……とかじゃないですよね?」

 顔にビキビキと青筋を浮かべるブラックを抑えつつ問いかけると、相手はいつものような澄ました顔でこくりと頷いた。

「ええ。貴方がたに関わるような面倒はありませんので、ご安心ください」

 …………あれ、変だな。俺はまたてっきり「一々説明しなければ解らないとは、さすが人族ですね」とか言われるかと思ってたのに。
 珍しい事もあるもんだと目を丸くすると、エネさんは一瞬妙な表情を浮かべたが――すぐに元のクールな表情に戻って懐から一通の手紙を取り出した。

「では、読みあげます」

 凛とした美しい声でエネさんが読み上げたのは、こう言う内容だった。


 みんな元気かしら? ツカサ君、いつも手紙を送ってくれてありがとう。
 本当は今回も【偽像球】での会話でも良かったんだけど、折角ツカサ君に返信が出来るのだし、それだと味気ないので手紙にしました。たまにはこういうアナクロなのも良いわね。

 まあそれは兎も角、トランクルでの生活は楽しんでいるようでなによりだわ。
 ウィリーから聞きましたが、ロクショウ君の師匠はランパント閣下なのね。あのかたはとても優秀な魔族だから、安心して任せて大丈夫ですよ。

 それにしても、ロクショウ君が準飛竜ザッハークに進化したなんて驚きだわ。ダハから進化する……しかも、いきなり準飛竜に成るなんて、とても珍しい事なのよ。彼の今後の成長が楽しみね。ツカサ君のそばに居れば、彼は竜も夢ではないかも知れない。

 ……また話がずれましたね。ごめんね、お婆ちゃん最近貴方達と話す機会がなくて、ちょっと寂しいものだから……。

 ああそうそう、マッサリオルの事ですが、送り返してあげる事は出来るけど……話を聞いた限りでは、彼がそれで本当に幸せになれるのか、すこし疑問です。

 人族に慣れ過ぎた魔族は、魔族として振る舞うより人族としての振る舞う方を好む事が多くなるの。その家事妖精は何十年も人と寄り添って生きて来た魔族なのだから……魔族の国に帰っても、幸せになれるかどうか解らないわ。

 貴族の館にある池の魚がもう二度と自然の池には戻れないのと一緒よ。
 それに、愛した存在から遠く離れた場所に行くのは辛すぎると思う。
 だから……それに関しては、きちんと話し合うべきです。聞きにくい事かも知れないけど、ツカサ君なら大丈夫。

 マッサリオルの二つの「顔」に好かれている貴方なら、彼が本当に望んでいる事を聞いてあげられるわ。
 どうか、彼の事を思うなら……遠慮しないで良いようにしてあげてね。
 誰にだって、存在して居たい場所はあるはずだわ。その望みをかなえる為なら、私も協力させて貰うから。私の大事な貴方達と繋がった子ですからね。

「シアンさん…………」

 頼もしい、俺達を自分の身内のように思ってくれているシアンさんの言葉に、胸が感動できゅうっと締め付けられる。
 そうか。そうだよな。リオルは良い奴だから、俺達の事を気にして、自分が本当はどうしたいかって事を隠してしまってる可能性があるんだ。

 今だって、家事妖精なのに納屋の中で我慢してるしな……本当は家の中に居たいはずなのに。……やっぱ詰めが甘いなあ、俺……。

「続けてよろしいですか」
「あっ、は、はい」

 よろしくお願いしますと頭を下げると、エネさんは再び手紙を読み上げた。


 ――――ところで、貴方達に少しだけ伝えておきたい事が有ります。
 本当の事を言うと、こちらの話の方が重要で、その為に手紙と言う手段を使ってエネに届けさせました。【偽像球】じゃ少々不都合があったから……ね。

 まあそれはともかく、伝えたいのはオーデル皇国での事です。

 ツカサ君、オーデル皇国では派手にやっちゃったみたいだけど……くれぐれも、あの世界樹の事は話してはいけませんよ。
 もちろん、ロクショウ君も変化の術が完成するまで森から出してはいけません。
 そのセレーネの森はランパント閣下の力で“何事もないようになっている”のだけれど、森からロクショウ君を出してしまえばすぐに噂が広まってしまうわ。

 オーデル皇国での事は、予想以上に世界に伝わっています。
 特に、世界樹と準飛竜ザッハークのことは…………。

 今はアドニスさんのご厚意で隠せているけれど、探っているやからも少なくないわ。

 世界協定の中でも、突如とつじょ出現した準飛竜に疑問を抱いている人間は少なくない。
 関係者すべてが口が堅かったとしても、いつどこで情報が漏れるか解らないわ。だから、これまで以上に言動には気を付けなさい。
 しばらくは、ツカサ君の能力を知らない者の居る所で力を使わないように。

 特に、ライクネスは貴族の国であり、彼らの情報網はあなどれないわ。
 どこでどう彼らの御用聞きが耳をそばだてているか分からない。

 だから、その国では出来るだけ大人しくしている事。いいわね?

 ブラックも、クロウクルワッハさんも、くれぐれもよろしくお願いします。
 ツカサ君を守ってあげられるのは、貴方達しかいないのだから。

 ……私は今少しばかり忙しくて、会う機会が減ってしまっているけど……でも、貴方達のことは見守っているから、どうか平穏で幸せな暮らしを送って下さい。
 また何かあったら、手紙を送ってね。
 それでは、また。

「……追伸。ブラック、貴方ツカサ君に甘えてばかりじゃなく、きちんとした大人らしい行動をなさい。本来リオルと話し合うのは大人の貴方の役目ですよ。今度会ったらお説教です。覚悟しておく事。……以上です」
「うわぁ……」

 ブラック、物凄く嫌そうな顔してるな。
 でもまあシアンさんの言う事は至極もっともなので何も言えない。
 つーか、俺としてもブラックにはもうちょっと大人になって欲しいもんでね!!

 しかしブラックは納得が行かなかったのか、それとも今の手紙がマジだと信じたくないのか、カサカサと手紙を直すエネさんに「それ寄越せ」と手を伸ばす。

「おい、おいコラ、それ本当に書いてあったのか!?」
「使いを疑うなんて本当に常識知らずですね、さすがは圧倒的下衆げす。期待を裏切らない大人げなさです。ツカサ様、本当に何故こんな男と恋人に?」

 思いっきり怪訝けげんそうな顔をしてブラックを見やるエネさんに、ブラックはお行儀悪くテーブルに足をドンと乗り上げさせて袖をまくる。

「もう我慢できない、殺そう。こいつ殺そうツカサ君」
「落ちつけってば! 夕飯ナシにすんぞ!! エネさんすみません、せっかく手紙を持って来てくれたのに……」
「いえ、お気になさらず。……まあ、要するに、もう一度件の魔族と話し合えと言う事ですね。シアン様はその上で満足の国に帰すと仰っています。それと、ツカサ様の能力やザッハークの事は隠して置く事……と」

 そう言われると手紙の内容読む意味なくなっちゃうんだけども、まあ、最後にちゃんと要約してくれるってのは良い事だよね。

「それで……話は終わりか」

 今まで黙っていたクロウが、ここで初めて声を出す。
 なんだか少し真面目そうな声を出しているクロウに、エネさんは目を細めて暫し無言で視線を合わせると……すっと立ち上がった。

「クロウクルワッハ様には、別の伝言がございます。……ツカサ様、席を少し外しますが、お許しください」
「あ、は、はい」

 俺が呆けた顔で頷くと、エネさんとクロウは何やら真面目な顔をして応接室を出て行ってしまった。
 …………なんだろう。なにか、二人だけに解る話があるのかな?

「クロウ、なんの伝言なんだろう……」
「…………ま、大体予想はつくけどねえ」

 んん? ブラックはなんか知ってるのか?

 くそう悔しい、俺は解らん……!
 こう言うのが大人って奴なのか、それともシアンさんの事を理解していると言う長年の付き合いから来るものなのか。
 ううう、正直凄く気になる……でも、盗み聞きする事は出来ない……。

「大変な事じゃないといいけど…………」

 それしか言えなくて、俺はドアを見やる。

 普通なら美女と二人っきりというと「なにか羨ましい事をしているのでは!?」と思いたくなるものだが……何故だか、そう言う気持ちは微塵も起こらなかった。
 ……たぶん、相手がエネさんだからかもしれない。











 
※今回はチート主人公らしい事をさせたいと思っとります
 細腕じゃなくて剛腕\\└('ω')┘//
 
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