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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編
10.いにしえの存在が遺したもの
しおりを挟む「なるほど、これは妙な事になっているな」
日の光に真っ向から勝負する爆乳が、澄んだ水鏡にぼいんと映っている。
森の木漏れ日に浮かぶおっぱいも神秘的で素敵だったが、目の前にあるおっぱいと水鏡に映るおっぱいの二つを愉しむ事が出来ると言うのは、思った以上に魅力的なのではないか。と言うか寧ろこれは素晴らしいおっぱい観賞たり得るのではないだろうか。おっぱい万歳、あゝげに素晴らしきはおっぱいの山よ。
と言う訳で一夜明け、俺達はアンナさんと合流し再び亡者ヶ沼へと足を運んだのだが……状況は昨日よりも酷くなっていた。
「ゲコッ、ゲコゲコ」
「クワッゲコクワッ」
「ゲエーッゲェーッ」
亡者ヶ沼の澄んだ水面に浮かび、こちらに熱視線を向けるクラッパーフロッグの大群。昨日は二桁も居なかったはずなのに、今日は何故か軽く二十匹は確認出来るくらいの数が俺達を待っていたのだ。
何故。何故増えるんだ君達。一日経ったから増えたのか。
いやそうではない、多分彼らが仲間を集めて来たんだ。
もしかして、この沼中のカエルが集まってるんじゃないかと思ったが、沼の規模からすると、もっと生息している可能性もあるな。ちょっと待って怖いそれ。
本当に妙な事になっちゃったよ……とクラッパーフロッグの前に立つアンナさんを少し後方から眺めていると、彼女は地面に膝をついてカエル達に何やら話しかけ始めた。なんか、こう、人間とは思えないカエルそのものの声で。
「……実際に見るのは初めてだけど、魔族って本当に人族とは体の構造が違うんだね……。人族にはあんな声出せっこないよ」
「同感……っていうか美女が、美女があんな声を……」
背後から眺める腰のくびれとヒップラインは非常に素晴らしいが、声が。アンナさんの凛とした美しい声がカエルぅうう……。
尻とくびれに見惚れるかそれとも声に嘆くかどうすればいいのか悩んでいると、隣に突っ立っていたクロウが不思議そうに首を傾げた。
「人族は出来んのか? 遠吠えくらいは誰にでも出来る物と思ったが……」
「いやいやいや、僕達咆哮とか出来ないから」
「本当にか? ツカサも出来ないのか」
「そうだぞ。クロウはゴロゴロって喉を鳴らせるみたいだけど、俺達はそう言う事は出来ないんだぞ。体の造りが違うんだよ、たぶん」
首筋を指でこちょこちょと擽ってやると、クロウは気持ちよさそうに目を閉じて、グルグルと低い声で喉を鳴らした。ほらほら、やっぱし猫みたいな音が出る。
と言う事は、やっぱ俺が思ったようにクロウは俺達とは違う……少なくとも魔族よりの身体構造をしてるって事だよな。まあ、それを言ったら俺とブラックの体も違うかもしれないし、もしかしたらブラックだって頑張ればゴロゴロ言えるのかも知れないけど。
「ぐぅううう解ったからそれやめようよ! ほらっ、離れて!!」
「なんだ嫉妬か。男の嫉妬は見苦しいぞブラック」
「うるさい駄熊ッ!!」
怒鳴りながら俺を抱き寄せて拘束するブラックに、俺は溜息を吐いた。
ほんまにもー余裕のないやっちゃのー。
「おいおい、人が大事な話をしてる時ってに、何をやってんだいアンタらは。ほら、ツカサ、ちょっとこっちに来な。そこのオッサン達も一緒でいいからさ」
「あ、はい」
ブラックに抱き抱えられたままでアンナさんに近付くと、水際に居るクラッパーフロッグ達が、ゲコゲコと鳴いて俺に顔を向けた。
な、なんだろう。
「あんたら、昨日一匹こいつらの仲間を殺したろう? こいつらが、唾液の臭いがしたと言ってる」
「確かに一匹交戦したけど……それがなに?」
ブラックの冷淡な言葉に、俺は慌ててクラッパーフロッグ達の反応を確認する。だが、こちらが殺害を認めても、彼らはなんの反応もしなかった。
あれ……普通、仲間を殺されたら怒る物なのでは……。
「怒ってない……んですか……?」
アンナさんに問うと、彼女は眉を上げて肩を竦めた。
「普通はこんなもんさ。強い奴に立ち向かって殺されるのは、そいつの責任。常に群れで行動しているモンスターなら怒るが、利益が無ければ復讐なんてしないよ。憎しみだけで戦死した奴の復讐をしようとする奴なんざ、人族くらいのモンだ。ま、私達から見ればアンタら人族の方がおかしいけどね。戦闘での生き死ににまでケチつけんだからさ」
「種族によって考え方は違うものなんですね……。でも、クラッパーフロッグ達に恨まれて無くて良かった……」
「今回はこいつらも仕方ないって言ってるよ。なにせ、あの“腐り沼”の辺りの蛙達は、取り込まれちまった凶暴な奴らで、こいつらも怯えてたらしいからな」
「取り込まれた?」
どういう事だと眉根を寄せるブラックに、アンナさんはクラッパーフロッグ達の顔を見ながら、真面目な顔で溜息を吐いた。
「この亡者ヶ沼は、“邪神の気まぐれ”が起こる場所でね……不定期で、この国には存在しないはずのモンスターが突然現れるんだよ。しかも、とびっきり凶暴な奴だ……。最近は出て来てないなと思っていたんだが、どうやら新しい奴が殺されもせずに残ってて、息を潜めつつ歩兵を増やしていたみたいだね。ちょっとオツムが賢いと、やる事がうざったくて困る」
「邪神の気まぐれって?」
「僕も聞いた事が無いな。どういう現象だい」
俺達三人ともアンナさんの言葉に心当たりが無くて、どういう事だと聞いてみると、アンナさんは丁寧に答えてくれた。
「遥か昔の話だが、この世界には乱世を生みだした邪神がいた。あ、今はもう討伐されて消滅してるぞ。……で、邪神がまだ存在している頃、そいつは各地に“凶悪なモンスターが湧いてくる場所”を創り出したんだ。この世に乱世あれって感じでね。だけど、さしもの邪神もちょっとしくじったのか、凶悪なモンスター達は不定期にしか出現しないようになっててな……」
「ああ、それで“邪神の気まぐれ”と……」
納得して頷くブラックに、下らないだろとでも言うようにアンナさんは苦笑すると、肩を竦めた。おお、おっぱいが、おっぱいが揺れている。
「そう言う事。まあ私ら魔族は、普段は古の言葉を用いて、そこから湧いて出る凶暴なモンスターを【ボス】と呼び、ボスが湧く地点を【スポーン・サイト】、ボスが湧いて出た事を【ポップ】と言ってるんだけどね。……人族も昔はそう呼んでたんだが、言葉ってのはすぐ廃れるもんだな」
「えっ…………」
ボスに、魔物が湧く地点に、ポップって……それ……ゲームの……。
ちょっと待って。なんでいきなりここでゲーム用語が……いや待て、この世界には俺以外にも異世界人がやって来てたんだっけ。とすれば、そのボスモンスターが湧き出て来る地点を、ネットゲーム用語でそう呼んだっておかしくない。
なんだっけ、確か勇者的な職業に就いた異世界人もいたらしいし、もしかしたらそいつが名付けたのかも知れないよな。
うん、そうだ。きっとそうに違いない。
い、今までゲームっぽい単語なんて「パーティー」とか「ランク」くらいだったから、不意打ちで思わず驚いちまったぜ……。
そう言えば、この世界のカタカナ語は大体異世界人の齎したものなんだよな。
だったらスポーンだのポップだのっていう単語が出て来てもおかしくは無い。
……でも、まさかここで【ボス】なんて単語を聞くとは……。
「しかし……クラッパーフロッグが襲ってきた原因が、ポップしたボスモンスターのせいで、あの“腐り沼”もボスの力だったとしても……このカエル達は、何で僕らに接触して来たんだい? 腐り沼に近付かなければ無事なんだろう?」
確かにそうだな。
あの変色ゾーンに入れば、クラッパーフロッグ達はボスの下僕にされてしまうが、入らなければどうと言う事は無いのだ。今のところあの区域以外にはおかしい所はないし、蛙達が怯える必要もないと思ったんだが……。
しかし、内情はそうでもないようで、アンナさんがブラックの言葉を通訳すると、クラッパーフロッグ達はゲコゲコと鳴き声を上げた。
「ふむふむ……。近付かなければ言いと言う問題でもないようだぞ? あのボスは仲間を攫うだけじゃ無く、卵まで奪うんだそうな。操っているカエル達を使って、産んだ卵を根こそぎ奪うし、ついでにメスも攫って行くから、こいつらも凄く困っちまってるらしい。蛙族はメスしか卵を産めないから、交尾も出来なくて辛いんだと。だから、強くて優しいお前達にボスの討伐を頼みたいんだってよ」
「は、繁殖できないから、討伐を依頼するのか……」
いや解るよ。男としてその気持ちはとても理解出来ますけどね。
でも、そのほら、もうちょっと……仲間の敵討ちだとか、苦渋の選択とか……。
「繁殖行為が出来ないのは辛いな。わかる、解るぞカエル達」
「そうだね……。僕もツカサ君とセックス出来なくなるなんて、考えただけで苦しくて死にたくなるし……」
わー!! 何言ってんだお前らああああああ!!
ええくそこのオッサンども、性欲に素直なせいでクラッパーフロッグ達に多大な同情を寄せておる! そりゃえっち出来ない子孫残せないってなれば、野生動物には本当に死活問題だろうけど、あんたら違う視点から同情してるでしょォオ!
そう言う下品な事を言うなとブラックの口を塞ごうとするが、背後から抱き締められたままでは成す術もない。
あああアンナさんが呆れた顔で俺を見てる、お願い見ないで下さいぃい。
「……ほどほどにしときなよ、お前ら……。で、どうする? もしあんた達がボスを倒してくれるなら、それ相応の礼はすると言ってるぞ」
「礼か。しかし、モンスターが人族に与えられるものなどあるのか?」
クロウの言葉に、アンナさんはさてなと肩を回す。
「価値観の違う存在同士なら、礼も宝も違うだろうし……その辺はお前達の交渉次第だろう。ま、この湿地帯はこいつらで持ってるようなモンだから……腐り沼が無くなりさえすれば、人族にとってはお宝探し放題だと思うがね」
「それはお礼とは言わないんじゃないかい」
「綺麗な場所になるのは当然か。高望みし過ぎなんだよ、人族は」
ブラックの言葉に、アンナさんは深い溜息を吐く。魔族だからそう思うのか、それとも長い時間を生きて来たからそう思うのか……どっちにしろ、俺にはまだよく解らない領域の話だなあ。
まあ、お礼が欲しいと思う気持ちが既に高望みなのかもしれないけど……でも、このチャンスを逃す手はない。せっかく交渉出来るんだから、今の内にちゃんと話しておかないとな。俺はブラックの腕から身を乗り出して、アンナさんに望みを言った。
「あの、じゃあ……クラッパーフロッグの体液を分けて貰えないかって言って貰えませんか? 俺達元々それが目的で来たから、戦闘せずに分けて貰えるんなら凄くありがたいんですが」
催涙スプレー用のキノコはもう手に入れたし、あとは強化剤の材料だけなんだ。
怪我もせずにタダで頂けるならこれほどラッキーな事は無い。
アンナさんにそう伝えて貰うと、クラッパーフロッグ達は不思議そうに首を傾げたが、一斉に俺を見上げて舌を出し、ケコケコと鳴き出した。
な、なんだろう。敵意は感じないけど、凝視されて凄くムズムズする……。
「ハハハ、お前の無欲な望みに喜んでるんだよ。蛙族が濁音のない声で鳴く時は、大抵気分が良い時だ。クラッパーフロッグ達は、ツカサが良い奴だって嬉しがっているのさ。このくらいの啼き声は覚えておくと良い」
「な、なるほど……勉強になります……」
「だけど、敵の正体が判らないままだと、交渉が成立してもなあ……」
あっ、そうだった。敵の正体が全然解って無かったんだ。
判明したのは相手がボス……つまり、めっちゃ強いモンスターってだけで、正体はまるで解らないままだったんだっけ。
「正体? さんざん特徴が出てるってのに、まだ判んないのかい」
「閣下は解るのか」
クロウの敬ってるのか敬ってないんだか判らない言葉に、アンナさんは不敵に笑って腰を上げた。まるで、自分の役目はもう終わったとでも言うように。
「お前らまだまだだな。……警笛を発し、且つ水棲のモンスターを操る術が有り、カエルのみを操ってメスと卵を奪って食らう。そんなモンスターと言えば……軍曹蛙……パイパーフロッグしかおらんだろう」
「パイパーフロッグ……?」
「恐らく、色は青。ブルーパイパーフロッグだ。……調べてみな。……じゃあ、私はもう帰るぞ。お前のロクが首を長くして待ってるだろうからな。ボスを討伐して再び交渉する時が来たらまた呼べ」
そう言うと、アンナさんは俺達の礼も聞かずに森の中に帰ってしまった。
後に残されたのは、俺達と無数のクラッパーフロッグのみだ。
しばし呆然としていると、不意にブラックが声を漏らした。
「ブルーパイパーフロッグって…………」
「え、ブラック知ってるの?」
「…………確か……かなり昔に存在が確認されなくなったモンスターだよ。……もう昔の図鑑にしか乗ってないような、凶暴なモンスターだったはず……」
…………そんなモンスターが出て来る【スポーン・サイト】って一体……。
→
※ブルーパイパーフロッグについては次回……長くなってもうた……
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