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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編
7.霧の中の影
しおりを挟むさて、鬼が出るか蛇が出るか……。
ごくりと唾を飲み込んで、前方を見やる。すると……相手は姿を現した。
「これは…………蛙……?」
クロウが困惑したように身じろぐ。
それもそのはず。何かヤバい存在が出て来るんじゃないかと緊張していたのに、出て来たモノはと言うと……巨大なアマガエルのモンスターだったのだから。
「いや、ただの蛙じゃない。これは多分……クラッパーフロッグ……かな」
「クラッパーフロッグ?」
ブラックの言葉を鸚鵡返しにすると、相手は頷いて剣を降ろした。
「確か、こっちが仕掛けない限り攻撃して来る事は無いモンスターだよ」
「ほう……どれどれ……」
名前が解ったんなら調べない手はない。
俺は携帯百科事典を起動させて早速そのカエルの事を調べてみた。
【クラッパーフロッグ】
別名:「オオジタガエル」、または「オオグチガエル」
大人の腰辺りまでの大きさが有り、立ち上がればかなりの体長になる大蛙。
主に湿地、沼地に生息している。毒性はないが、雑食性のため非常に高い
毒耐性を持ち、とりあえず何でも口に入れて食べられるか確かめる大食漢。
地域によって模様や体の色が違う場合があるが、クラッパーフロッグは
威嚇する時に大きく長い舌を出し「カッカッカッカッ」と上顎と舌を打ち鳴らす
ので、見分ける事は容易である。
俊敏性のある長い舌で攻撃し、粘液を作る器官から吐き出される特殊な
唾液で相手を滑らせて逃亡や攻撃を防ぐ。
しかし、大人しい性質なので、殴ったり殺気を向けたりしなければ
近付いても襲って来る事は無い。
蛙族のモンスターではあるが、珍しく食用には向いておらず、肉はまずい。
だがクラッパーフロッグの作る粘液は調合に於いて非常に有用な素材で
薬師などに高値で取引される事が有る。
弱点は喉。
なるほど、確かに危険な感じはしないな。
毒耐性はあるけど毒による攻撃をしてくるワケじゃないし、殺気を向けなければ概ね素通りしても良さそうなモンスターではある。
だけど……この粘液は欲しいな……。
虐めたりはしたくないから、どうにかして穏便に唾液を貰う手はないだろうか。
「ブラック、どうにかしてあのカエルの唾液を貰えないかな」
「凄くやらしい事したいように聞こえるなぁ、それ」
「うるさいこのアンポンタン。蝦蟇の油って訳にもいかないし……なんかいい方法とか無いかな?」
「がまのあぶら?」
クロウが首を傾げる。意外だな、お灸はあって蝦蟇の油はないのか。
「いや、ガマガエルから脂汗を取る方法があるんだけど、それってのが四方を鏡で囲んで、自分の顔の醜さに慄かせて汗を流させるっていう奴で……」
「鏡地獄? 逆にそっちの方がエグくない……? ツカサ君、そういうことだけは良く知ってるね……」
「ええっ」
だって落語とかでは有名だって婆ちゃんが言って……やべえ、この世界には落語とかねえわ。つーかエグいって……いや待て、良く考えたらそうだな。
鏡に囲まれるって怖すぎるわ。どこ向いても俺しかいないとか殺す気か。
いやその中で違う人が見えたりしたら怖いけど、余計怖いけど!!
「ツカサの世界は平和なのにそう言う所は意外と恐ろしいんだな」
ちょっと耳を伏せながら言うクロウに、俺はしどろもどろで顔を歪めながら首を傾げる。恐ろしい……うーん、確かにそう言う所はそうなんだけどもさ……。
「いやー……半々って言うか、そうでもないっていうか……」
「そんな事よりほら、モンスター見て見て。急に襲われたらどうすんの」
さっきまで会話に参加してた奴がよく言うー。
でも、これだけ話してても戦闘にならないってことは、あのクラッパーフロッグは俺達に敵意を持っている訳じゃないんじゃないか?
気になって、俺はブラックの背中に隠れながらもカエルに話しかけてみた。
「あの……おーい……どうした? こっち解るかー?」
とりあえずの言葉に、クラッパーフロッグはゲコと喉を膨らませて俺を見る。
やっぱ俺達の事は認識してるみたいだな。でも、襲ってくる感じじゃない。
これなら武装解除しても大丈夫なんじゃないかな、と思ったと同時。
「――――――っ!?」
突然、霧の向こう側から警笛のようなけたたましい音が鳴り響いた。
「うわっ、な、なにこれ!?」
「グゥッ……! う、煩い……耳が千切れそうだ……ッ!!」
「悲鳴のようにも聞こえるけど……これは鳴き声だ。しかし、なんの……?」
ブラックにも解らないのか。
どうにも出来ずに三人其々で耳を塞いでいると、目の前のクラッパーフロッグが唐突に舌を鳴らし始めた。
このカツカツという音は、間違いなく威嚇音だ。ということは、まさかあの警笛を聞いて俺達に敵意を抱いたって事なのか……?
片手で耳を塞ぎながら剣を構えるブラックと、耳を伏せて防音し姿勢を低くとるクロウに、クラッパーフロッグはグッと足を屈めて――――体に回転を加えながら、長い舌を予想以上の速さでこちらへ繰り出してきた!
「うわあ!!」
反射的に左右へと散る。刹那、バシッと鋭い音を立てて地面が抉れた。
明らかに舌で打った程度の威力じゃない攻撃に思わず硬直するが、ブラック達は第二打を跳ね返そうと構えている。
その体勢に完全にこちらが敵だと見取ったのか、クラッパーフロッグは先程より激しく舌を打ち鳴らしながらクロウの方へと舌を伸ばしてきた。
「あっ! 危ない!!」
思わず叫んだが、しかしクロウはその舌を寸での所で拳を添えて流す。
拳で軌道を変えたのかと理解するより先にクロウは素手で舌を掴むと、そのまま力任せに引き倒した。
「グオアァアア!!」
クロウの雄叫びに、クラッパーフロッグが一瞬怯む。
その隙を逃さず、ブラックが一気に飛び出した。
「あ……っ!」
声を殺し、俺の目の前から一瞬でクラッパーフロッグの前に跳んだブラックは、下方に構えていた剣をそのまま斜め上に思いっきり引き上げた。
ずっ、と、何かが蠢くような音がしたと思った刹那。剣がクリッパーフロッグの体を貫通し、そのまま斬り捨て――――――
「ぐえええ!!」
たと、思った瞬間、斜めに一刀両断されたクリッパーフロッグの体内から、血液と透明な液体が一気にブラックへと降り注いで……うわあああああ近年まれに見るスプラッタあぁあああ!!
「ぎゃー! ブラックー!!」
なにあれなにあれアレが粘液!? つーか血とか出ちゃいかん物とかの飛び散り具合が死ぬほどグロ映像なんですけど何あのカエル怖いぃいいい!
大丈夫なの、臓物浴びて大丈夫なのブラックは!?
あまりの出来事に突っ立って硬直しているブラックに慌てて近寄ると、ブラックはクラッパーフロッグの粘液と血が混ざりあった形容しがたい汁を頭までぶっかけられて、呆然としていた。
「…………まさか……思いっきり斬り上げたら、中身が爆発する類のモンスターだったとは…………」
「ぶ、ブラック、大丈夫か? 変なとこない? 平気?」
粘液や血液に毒性はないかもしれんが、内臓をぶちまけたのなら流石に変な毒に侵されててもおかしくない。
心配になって、ねちゃねちゃの液体をハンカチ代わりの布で必死にぬぐう俺に、ブラックはぎこちない笑みであははと声を漏らした。
「だ、大丈夫……僕、自然毒にはほぼ耐性があるから……。しかし……この液体はちょっといただけない…………うぇえ……鉄臭い……」
「そうは言っても……ああもう、布が足りない、これ一回帰った方がいいよな?」
無事なクロウに問うと、相手はふんふんと鼻を動かしながら頷く。
「そうだな。変な臭いはせんが、モンスターの体液は時間が経つと固まるし、そのせいで体の動きが鈍る。何より、付着させたまま放っておくと武具の耐久性が地味に下がるしな。拠点があるなら帰った方が賢い」
「なんかもうやる気無くなったし賛成……。ツカサ君のお目当てのキノコも採れたし、モンスターが居るって解ったからいいよね……? この状態じゃ多分ヴリトラも使い物にならないから危険だし……」
相当不快なのか、ブラックは物凄くしなびた顔をしながら肩を落としている。
お、おお、コイツのこんな顔初めて見た……綺麗好きって訳でもないのに、こういう時は物凄く嫌がるんだな……いや、俺もそんな鉄臭いねっとりした赤い唾液をかけられたらかなり嫌だけどね。つーか唾液って解ってる所がもう嫌だけどね!
ブラックの気持ちを推し量って頷いた俺は、出来るだけ早く帰ろうと決心し、潔く踵を返した。やっぱ情報が必要だな。つーか、これは普通の手段じゃ唾液を獲得できそうにないから、色々と準備も必要かも。
やっぱ生半可な装備じゃ駄目だったな……まあ今回は軽く話を聞いただけで、どこにモンスターがいるか不明だったから仕方ないか……。やっぱダンジョンの事前調査って必要なんだな。肝に銘じておこう。今日は勉強になった。
「じゃあ、一旦帰って体勢を立て直すか。主戦力がいなくなっちゃ話になんないし、なにより時間経つと絶対髪の毛洗うの大変そうだし……」
「ツカサ君、ほんと僕の髪好きだね……」
「違うっつーの! ほらもう行くぞ!」
髪が好きとか嫌いとかじゃなくて、放って置いたら後で面倒臭いだろうが!
そりゃ、まあ、赤いウェーブヘアは格好いいとは思うし、俺がもっとイケメンだったらって憧れるけど……そ、そういうのとは違うし。今そんな話してないし!
とにかく、帰る! 今日は撤退だ!
クロウにはブラックが滑らないように気を付けて貰うため順番を代わり、俺は背後を警戒する役を担う事にした。
よし、まともな仕事。久々に男らしいまともな仕事だ!
二人とも俺を見てすっげー不安そうだったけど心配すんな、俺だってやるときゃやるんだよ。ケツ持ちは任せろってんだい。
オッサン達に大丈夫だからと言いながら先に進ませ、俺は小島に飛び乗る前に背後を警戒しようと振り返った。
――――と。
「…………え?」
目の前にあったはずの、クラッパーフロッグの死骸。
それが……今、目の前で…………何かに一瞬で引き摺られて、深い霧の中に消えてしまったのだ。そりゃ、もう、一瞬で…………。
「……な、なん、だと……」
今の、なに。
何が死骸を引き摺った?
もしかして仲間……? 今来られるとやべーぞ……!
「っ……」
霧の中の気配を必死で探って、ゆっくりと陸地から離れる。
何者かの動きがあったような感じはしないが……と、沼に落ちないように注意しながら、後ろ足で進んで距離を取っていると。
「…………?」
気のせいかもしれないが、霧の向こうで妙な音が聞こえたような気がした。
なんか、ぱきっぱきって言うあんまり想像したくない硬い音と……笛を弱く吹くような、変な感じの音……。一個目のは分かるけど、二個目の音は何なんだ。
もしかしてまた警笛か。アレに気付かれたら、またクラッパーフロッグが来る事も考えられるな……。やべえ、最後尾になんてやらなきゃよかった。
「……ッ」
必死に息を殺しながら、じっくり時間をかけて陸地と音から離れる。
しかし、こちらの緊張とは裏腹に奇妙な音は追って来る事も無く、俺達は無事に清らかで透明な水の流れるエリアへと戻って来る事が出来た。
「ふぅ……やっと一息つけるね……」
休憩場所の島に戻ってきた俺達は、とりあえず安堵の息を吐く。
ここまで来れば視界も開けてるし、バックアタックされることもないだろう。
……しかし、何であの音は俺達を追って来なかったのかな。
カエルを食べるのに夢中だったとか……?
でも、カエルを食べてる奴があの警笛を鳴らした奴だったとしたら、仲間の死骸を食べてるって事になるよな。仲間を俺達にけしかけたのに、死んだら喰うって、かなりエグくないか……?
あの霧の中には一体何が…………。
「うおっ!?」
「な、なんだこいつら……!」
「え?」
霧の向こうの陸地を見て考え込んでいた時に、唐突にブラック達の驚いたような声が聞こえた。何事かと思って二人の声がした方向を見ると。
「うえぇ!?」
そこにはなんと、六匹ほどのクラッパーフロッグが居て、小島に手を付けて水の中ですいすいと後ろ脚を動かしている光景が……ってなんで!?
いや待て、でも、こっちに何かして来る様子はないな。
俺達の事をじっと見てるけど、威嚇音も出してないし……。
「殺気とか感じる?」
ちょっと慄いているブラックとクロウに問うと、二人は少し考えて首を振った。
「い、いや……全然だね」
「何だかオレ達をじっと見ているが、それ以外には何も感じんな」
「うーん……やっぱ平気……なのかな?」
だけど、急に出て来てじっと見つめて来るなんてどうしたんだろう。
不思議に思って見つめ返していると、クラッパーフロッグ達はゲコゲコと何かを訴えるように鳴き始めた。
「な、なに、何?」
小島に上がってこようとはしないが、俺達に向かって必死に何かを訴えるように鳴いて来るカエルたちに、俺達は困ってしまって顔を見合わせる。
「これ……なんか言いたいんだよね……?」
「だが敵意は無い……しかし、オレ達にはモンスターの言葉は解らんしな」
「うーん……この啼き声からすると、怒ってる訳でもないしねえ……」
確かに、彼らの声は耳障りな程の煩さではない。
それに俺達が少し動くと、それに合わせて追いすがって来るけど、決して詰め寄って来ようとはしない。一定の距離を保っている。
ちょっと気になって、俺は一匹のクラッパーフロッグに近付くと、手を差し出してみた。……いや、本当ならこんなことは危ないからダメなんだけど……なんか、妙に気になるって言うか……。
「なあ、どうしたんだ。何か伝えたい事が有るのか?」
腰をかがめて優しく話しかけてみる。
すると……カエルの一匹は、恐る恐る口を開けると俺が差しのべた掌に、優しく触れるように舌をぺちんと当てて来た。
「…………やっぱり敵意はないね」
「それに、こちらの意思は汲み取れるようだな」
舌を伸ばしたままケコケコと小さく鳴くカエルは、じっと俺を見つめている。
ここまで友好的って事は……やっぱり何かを知らせたいんだろうけど……でも、俺達にはモンスターの言葉は解らない。
「あ、そうだ! アンナさんなら話せるんじゃないか?」
「なるほど、確かに……。じゃあ、一旦戻ったら彼女に協力を仰ごうか」
モンスター達の訴えはブラックとクロウも気になったようで、いつになく積極的に動こうとしてくれる。
確かに、本来は頼る存在ではない人族に向かってここまで近付いて来てるんだから、彼らにとってはかなりの事態が起こってる可能性もあるんだもんな。
襲ってくる奴は敵だけど、モンスター全部が敵ってわけじゃないし。
「何か、伝えたいんだよな。だったら、ちょっとだけ待っててくれるか? また戻って来るから」
そう伝えると、クラッパーフロッグ達は理解しているのかいないのか、俺の言葉に「ケロッ」と一声だけ鳴いてみせた。
→
※婆ちゃんや両親由来の古い知識を一般常識だと思い込む高校生に萌える
みせいねんにハイネックセーターをとっくりセーターとか言って欲しい派
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