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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編
我慢を強いられているんだ! 2
しおりを挟む「……なんだか、水の色が変わって来たな」
沼に浮かぶ陸地へ向かう途中、ブラックが呟く。
その言葉を聞いて、薄霧の下で揺らいでいる水を見やると、確かに色が変化しているように見えた。何だろうこの色。なんちゅうか……ヨウ素液……?
ブラックの目の色とは少し違う、赤みがかった感じの色だ。
霧の中を進んでいく内に水の色が濃くなっていくが、特段臭いはしないな。でも、確実に色は濁っていってる。あんなに綺麗だった水面も、今や赤紫の絵の具を垂らしてかき混ぜたような有様だ。
「これは……いかにも危険という感じだな……」
「しかも進む内にポコポコ泡立ってるよ。ハハ、これで赤色なら血の池地獄だ」
「へ、変な事言うなよ! でもこれ、ほんと何でこんな色に……」
そう言えば、水の曜術の奥義ともいえる【アクア・レクス】は、水質を確かめる事が出来ると言う効果もあったな……。
でも、流石にこの中に手を浸す気にはなれない。
折角使える術が有るんだから、修行がてら調べてみたくはあるんだが……。
「この水、直接触れるのはやっぱ危ないよな……」
小島を渡りながら周囲の変化を見回す俺に、ブラックが背中越しに答える。
「得体のしれない物だから、やめといた方が良いね。もしかしたら毒沼になってるのかも知れないし……。でも、変だな……こんな急に水質が変わる事なんて有るかなあ……もしかしたら、ここから先は沼の淀みなのかも」
「淀み?」
「水が流れなくなってる所。……だけど、その程度でこうなるとは……」
ふーむと周囲を見渡すブラックの言葉に、クロウが続ける。
「何かの草の成分が流れ出したか、それか……モンスターの可能性が高いな」
「ああ、そうだな。……生物の気配は今のところ感じないけど、準備はしておいた方が良さそうだ。僕と熊公はいいとして……ツカサ君は、手を出しちゃ駄目だよ。この霧では弓や曜術は命取りだ」
「う、うん……」
確かに、数十メートル先が見えないような所で弓を放ったら危ないよな……。
これじゃ後方支援型の俺はお荷物だ。出来る事と言ったら……アイテム支援か、召喚珠を使って守りを固める事くらい……?
…………どっちも情けないな……。
うぐぐ、出来ればモンスターとかが原因じゃなけりゃいいんだけど……。
「おっと、そろそろ見えてきた。……ツカサ君、ちょっと待ってね」
俺とクロウに待ったをかけると、ブラックは一人で先に陸地へと進んでしまった。まあ、隠密行動とかアサシン的な行動はブラックが一番上手いもんな……。
「……時々、ブラックの本来の職業が解らなくなるな」
クロウの言葉に、俺は深く頷く。
「一応、月の曜術師がブラックの本来の立ち位置のはずなんだけどね……」
俺ですら魔法剣士とか言っちゃってるもんなあ、ブラックの事……。
剣士スキルに魔法スキル、加えて暗殺者スキルとか……これで防御力が高けりゃ完全なるチート人間だよな……。まあそれを言うなら、クロウも拳闘士なのに魔法スキル持ちでバーサーカー能力を持ってる攻撃力チーターだし、俺は俺で魔物召喚も使える弓スキル持ちの魔術師みたいなもんだから、三人とも訳が解らん事になってるんだがな……。
よくある異世界チート小説とかだと、一番適性のあるによって職業が決まってるから、誰がどう動くとか認識しやすいし作戦も立てやすいけど、この世界って職業についても曖昧だからなあ……ほんとそう言うトコ困るわ。
アドニスだって木の曜術師の中の薬師っていうジョブになるんだろうけど、実際は薬師っちゅうか植物科学者? みたいなもんだしな……。その前にあの人妖精の国の王子様だけど。…………今更だが凄い奴に変な事誓われたな俺……。
「ツカサ?」
「あ、いや、なんでもない……」
クロウは他の野郎の事を考えてても怒らないけど、ブラックは嫌な顔をするから言わない方が良いよな。クロウだって内心嫌だと思うかもしれんし。
また地雷を踏んで大変な事になるのはごめんだ。
そんなこんなでしばらく待っていると、ブラックが霧の向こうから戻ってきた。
「どうだった?」
「モンスターは居ないみたいだね。でも、霧が深いから、距離を詰めて歩いた方が良いかも知れない。陸地とは言っても、どこに落とし穴があるか解らないし」
そうか、下は毒沼みたいな状態なんだから、陸地が安全とは限らないんだよな。
沼の水に侵食されて落とし穴みたいな自然のトラップが出来てる可能性もあるし、そこかしこに毒水が溜まってるって事もあるやもしれん。
そんな場所で無遠慮に歩けば、死あるのみだ。
俺はブラックの忠告に頷くと、クロウと一緒に慎重に陸地へと上陸した。
……む……意外としっかりしてるな。
「霧が深いな……見えるのは、十歩先程度か。……なんだか生臭い気もするが」
「生臭い……? ブラック、におう?」
「いや。獣人の嗅覚じゃないと感じられないくらい、微かなんだろう。……おい、その臭いはどっちから来るか解るか」
ブラックが問うと、クロウは陸地の奥の方を指さした。
「風の向きのせいかもしれんが、奥から臭う。この辺りからはまだ何も感じないが……モンスターがいるという可能性もある」
「そうか……ツカサ君、とりあえずこの辺りを探してみようか」
「あ、ああ、そうだな」
とりあえず、俺の第一目的はナミダタケだ。
前方の地面をそっと踏みしめて、ブラック達から離れないように俺は前進した。
「…………草とかは……森に生えてるのと変わらないな……」
この霧の中でも陸地の草は青々しく育っていて、なんなら小さな花だって咲いている。周囲はおどろおどろしい環境になっているのに、一つも変化が無いだなんて……やっぱり、水質は永続的な物じゃないのかな。
もしくは、無害なものだったり……?
でも、大丈夫そうに見えて毒素を溜め込んでるって事もあるしなあ。
「そう言えばツカサ君、水を気にしてたけど……どうして?」
「ああいや、ほら、俺水の曜術使えるじゃん? だから、無害な水かどうかを調べようかと思って……。危険かどうかが解れば、覚悟も違うだろ?」
「なるほど……だけど、コップになるような物がないね」
「いつも使ってる食器を使う訳にもいかんしな」
そうなんだよなあ。仮に物凄い毒素が有るとしたら、沼の水を汲むのに使ったコップも食器も捨てなきゃいけなくなるし、何より今日は日帰りのつもりで来たから食器なんぞ持って来てないのだ。
沼っていうから、普通にドロドロの泥沼だと思ってたもんで。まさか毒沼とは。
これなら人がハマッて死んでも納得だよなあ。
「うーん……とりあえず、陸地は安全みたいだし、ツカサ君のお目当てのキノコを探してから考えよう。無理に触れる理由も無いからね」
「そうだな。ツカサ、そのナミダタケというキノコはどこに生えてるんだ?」
えーと確か、湿地帯に生えてるって書いてあったんだけど……それ以外は情報が見当たらなかったな。湿地帯に生えるって事は、柔らかい土の上にあるはずで、そうなると沼の淵とかに生えてるって事だけど……それらしいものは見かけなかったし……。
「うーん……詳しい事は書いてなかったから、俺にも見当が……」
と、歩いていると……前方に草が深く茂っている場所を見つけた。
あれだけ背の高い草が固まって生えてるるのは珍しいな。亡者ヶ沼の周囲って、開けていて日当たりが良かったけど――――……。
「あっ、そうか! ブラック、クロウ、あの草むらん所行こう!」
「う、うん」
戸惑う中年二人を急かして辿り着き、俺は草をかき分けて中を見やった。
すると。
「おお……おおお……!! みっけたー!!」
光が屈折してぼやける薄暗い霧の中でも、更に薄暗い場所。
水分が蒸発しきれず泥濘のようになった草の下の地面に、ついに俺はお目当てのキノコを見つけた。
青と白の水玉模様のカサに、そのカサを支えるしっかりとした軸。これだ、絶対これがナミダタケだよ! 間違いない!
「へー、これがナミダタケか……」
「綺麗なキノコだな」
ふんふんと鼻を鳴らすクロウと、感心したような声を出して顎を擦るブラックに、俺は得意げな顔をしつつ、ハンカチ代わりの布を取り出して、ナミダタケを二三本採取した。図鑑には崩れやすいとかは書いてなかったけど、一応ね。
それに、胞子を吸い込むと涙と鼻水が止まらなくなるから、扱いは慎重に。
用意していた空瓶に入れてしっかりと蓋をすると、バッグにしまった。
「しかしツカサ君、どうしてココにあるって解ったんだい?」
「キノコってさ、元々じめっとした薄暗い所に生えてるもんだろ? だから、ここの中でも、特にじめっとしているだろう草むらの中に生えてるんじゃないかなって思ってさ」
「そっか……。そう言えば、亡者ヶ沼の周囲は日当たりが良くて、地面もぬかるんでなかったね。キノコらしいモノが無かったのもそう言う理由か……」
「ツカサは頭が良いな」
へへへ、褒めんなってクロウ。このぐらいはチート主人公ならあたぼうよう。
異様に勘が良いってのは主人公の必須条件だよな! まあ俺が主人公かどうかは解らないんですけどね!
「これで第一の目的は達成だな。あとは……モンスターだけど……」
粘液のあるモンスターって、どこにいるんだ。
つーかモンスター自体どこに……やっぱこの陸地の奥なのかなあ。どう考えてもヤバい気配しかしないんだけど。
行くべきなのか、と考えていると……クロウが、俺の前に歩み出た。
「……生臭い臭いが強くなってきた。どうやら、何かが近付いて来る」
「え!?」
「おいでなすったかな……?」
ブラックも剣を抜いて、俺の前に出る。
ということは……俺は完全に後方待機ですね……。
だけど、この霧の中だ。背後から来る事も考えなきゃ行けない。
一気に緊張して来てぐっと息を飲み込むと……前方から、ぱしゃり、ぱしゃりと水を跳ねさせるような音が聞こえてきた。
これは明らかに何かが動いている音だ。やっぱり、何かが近付いて来てる。
「…………さて、何がでてくるかな」
剣に赤い光を纏わせて、ブラックが少し笑いを含んだ声を漏らす。
数メートル先も見えない霧の中でも、ブラックとクロウは全く怯む様子を見せない。その胆力が羨ましいと思いながら、俺は音が近付いて来る前方を見つめた。
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