異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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セレーネ大森林、爛れた恋のから騒ぎ編

3.のめり込みすぎると危ない1

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 湖の畔の小屋に、今日も今日とて三人でお邪魔する。
 数度の挨拶あいさつを経てからは、もう旧知の間柄のように遠慮もなく訪ねさせて貰っているが、今回は流石に驚かれてしまった。

「おいおい……こりゃマジモンのシンジュの樹の欠片じゃねーか……まさか本当に入手して来るとは思ってなかったぜ……」
「ははは、色々とあったもんで、運よく……」
「それにしたって、こりゃ極上の素材じゃねえか。お前ら本当に不思議な奴らだよなあ……おっと、そんな話はどうでも良かったな。強化剤の話か」
「はい。作り方とか教えて貰えませんか? 俺、木の曜術師なんで、もしかしたら作れるかもしれないし……」

 そう言うと、マイルズさんは感心したように俺を見て頭を掻いた。

「はー! そうか、お前さん薬師か。だったら……ちょっと待ってな。親父が持ってた強化剤の製法書があるんだよ。なんでも昔、どっかの薬師と賭けをして貰ったとかってなあ。だが、俺の一族はまあ、出来て土の曜術程度だったんでなぁ……おっと、これかな」

 小屋の隅に置いてある棚の奥から巻物らしきものを取り出して、マイルズさんはそれを乱暴にふうっと噴きホコリを飛ばした。
 凄い勢いで白い煙が舞い上がったが、どのくらい昔の物なんだか……。

「俺が持ってても仕方ねえからやるよ。俺は、この破片を買い取らせて貰えりゃあそれで良い。で、金額はいくらだった?」

 ええっ、待ってまって、こんなもの貰ってそのうえ金を取るって!
 さすがにそれは夢見が悪い。つーかこのシンジュの樹、タダで貰ったんスよ。どう考えてもお金頂くようなもんじゃないんスよぉ。

「あの、お金は大丈夫ですよ。っていうか、俺達は家具を作って貰う側なんだし、この巻物も書き写させて貰えればそれで……」
「いや、だがそんな……」
「欠片はもう一つあるので……まああの、作って貰うための代金って事で……」

 貰い過ぎだとマイルズさんは慌てたが、しかし俺としても引き下がる訳には行かない。と言うか、どう考えても秘伝っぽい製法を写させて貰うんだから、欠片程度じゃ収まらないかもしれん。
 薬の調合に関する事って、一般的な薬でもない限りは、それこそ職人さんとかがよくやる「一子相伝! 他の奴には教えられん!」みたいな商売上の都合とかが有るだろうし、特製となれば特許が取れるシロモノだろうしなあ……。

 別に流布するつもりはないけど、教えて貰うんならそれ相応の礼はいる。
 と言う訳で、ブラックとクロウも巻き込んでマイルズさんを説得し、やっとの事でシンジュの樹の欠片を受け取って貰うと、俺は巻物を開いてみた。

「えーと、なになに…………秘伝、木材用強化剤……」


 【木材用強化剤】

 材料:各種基礎素材、シズクタケ、清らかな水、液体系モンスターの体液
     (唾液等の粘液を多量に放出するモンスターの液体でも可)、
     ロエル(ただし根に近い透明さを残した緑の部分のみ)

 ・下拵したごしら
  シズクタケ一つの重さの半分の基礎素材を用意し出来る限り砕く。
  モンスターの体液・粘液等は、持ち運ぶ内に劣化するため、
  必ずマーズロウの新芽を詰めた香り袋を入れて置く事。
  ロエルは材料にもあるように一部のみを使う。
  シズクタケは一度洗って瓶に入れておく。水を入れてはならない。

 ・製法
  シズクタケを入れた瓶に水・砕いた基礎素材・液体を入れて一日待つ。
  朝に掻き混ぜて全てが融解して青錆のような色になった事を確認し
  臭気がニスに似たものである事を確かめてから、擦り潰して半練り状に
  なったロエルを加えゆっくりと混ぜる。
  この時、素材によって色が変わるが、概ね半透明に変化すれば成功
  臭いが気になる場合はマーズロウの新芽を加え混ぜればよい。
  塗布する際は必ず一対一の割合で水に溶く事。
  これを違えると木材に固く張り付き劣化が早くなる。

  なお販売する場合、水に溶いた物に改めてロエルを加え半練り上にし
  金属の缶に入れる事。効果は下がるが製法を見破られる心配はない。
  缶には必ずラーヴル家の刻印をつけること。


「…………随分ずいぶんと商売っ気たっぷりの巻物だな……」

 意味の解らない部分はブラックに教えて貰いながら読んでみたが、後半の文章はただの販売の心得やんけ。
 でも、それだけエグい事も書いてあるって事は、マジで「身内のためだけ」って事で作られた物なんだろうなコレ……しかし、コレを賭けに負けて手放したとはラーヴル家の人はなんちゅう情けない真似を……。

「……うーん……? ラーヴルってどこかで聞いたような名前だな……」
「へ? 知ってるの?」

 今まで隣で黙っていたクロウと一緒にブラックを見やると、相手は腕を組み、首をかしげてうーんと唸った。

 なんだかんだパーティーの中では最年長のブラックだが、他人に死ぬほど興味が無いせいか、このダメな大人はあまり人の名前を覚えていない。
 なので、多少記憶に残ってるって事は有用な人物だったか、それとも書物などで名前を見た事が有るような有名な人物って事になるけど……。

「あんまり覚えてない?」
「うーん……。なんだっけなあ……? 絶対にその名前を呼んだ事があると思うんだけど……まあ、そのうち思い出すかなあ」

 ブラックもなんだか気になっているようで小難しげな顔をしていたが、今悩んでも良い答えは出ないと思ったのか、ブラックは肩を竦めて組んだ腕を解いた。

 そう言う事あるよなあ。思い出そうと必死になってるのに、何故か思い出せないとか言うの……大抵そう言うのって寝る前とかにフッと思い出してくだんねーってなるんだよ。……俺の「思い出せない」が下らない物ばかりだからかも知れんが。

「にしても……シズクタケやモンスターの体液かあ……。スライムはこの辺じゃあ見た事が無いが……そうだな、シズクタケなら確か森の奥の方に生えてたぞ」

 マイルズさんの耳より情報に、俺はもう一声と甘えてみる。

「ついでに、何か素材になりそうなモンスター知りませんか?」
「デロデロしてる奴だろ? うーん、この辺はそもそもモンスターが少ないし……居るとすれば、やっぱり亡者ヶ沼かねえ。あすこはモンスターがよく出て来るっつって、俺達も昔から近寄るなって注意されてたんだよ」
「あー……やっぱりそこっすか……」

 名指しで注意されてるって事は、やっぱここは元々モンスターが少ないんだな。
 だからこそ【亡者ヶ沼】が余計に危険視されていて、特に注意されているのか。ならば、もう沼に行くしか選択肢が無かろう。
 元々ナミダタケを採取しに行く予定だったし、ついでと思えば楽かも。

 最近モンスターと戦ったりしてなかったから、腕試しするのもいいかもね。
 ……勿論、相手が襲い掛かって来た時だけですけど。
 ヤですよ俺は、無駄に戦って傷を作るのは。誰もがチート主人公みたいな性格だとは思ってはいけません。俺は面倒く……平和主義者なの。

「じゃあ、もう、沼に行ってみるしかないみたいだねえ」

 俺の考えを読んだかのように言うブラックに、クロウも深く頷く。
 まあ、普通に考えるとそれしかする事ないもんね。

 覚悟を決めた俺達を見て、マイルズさんは「ふむ」と腰に手を当てた。

「お前ら沼に行くんだったら、マーズロウの香り袋を持って行くといいぜ。あすこは昔から変な事が起こるからよ、もし近くを通るならマーズロウを握って歩けって、婆ちゃんによく言われてたんだ。迷信かもしれねーが、雑草なんぞタダだし、やっておいて損はないとおもうぜ」
「へー……じゃあ帰りにちょっと詰んでおきますわ! 薬が出来たらまた来ます」
「おう、待ってるぜー」

 軽く挨拶をして一旦別れ、俺達は今後どうするかを話し合いながらも、道端にひっそりと生えているマーズロウを取りながら貸家へと戻った。
 使うにしても乾燥させたりしなきゃいけないしね。

 それにマーズロウは香りつけにも使われる香草だから、採取しておいても損は無い。そう言えばこの香草についてはあまり考えた事が無かったし、今日は夕飯まで色々コレを使って調合してみるのも良いかも知れない。

 庭もいじらなきゃならんし、なんだかんだやる事がいっぱいだな!

「よーし、俺は夕飯まで色々用事があるから、お前達も好きにやってくれよな!」

 代わりに夕飯はちょっと贅沢にしてするからさと言うと、ブラックとクロウは顔を見合わせて何故か不満げな顔をした。
 なに。もしかしてやる事ないの?

 二人にだって武器の手入れとかなんとか色々あるだろうに……と思っていると、ブラックは深い溜息を吐いて俺の肩をポンと叩いてきた。

「あのねえ、ツカサ君……約束忘れてない?」
「え?」
「帰ったら着替える約束だろう?」

 クロウに言われて、俺は呆ける。
 着替えるってどういうこと。俺、なんか約束したっけ?

 考えて――――つい先ほど約束してしまった事を想いだし、絶句した。

 あ……あああ……そうだ、そうだった、やべえそうだったぁあああ!!
 うわあー! 帰って来たらブラックの用意したろくでもない服に着替える約束をしてたんだったぁああああ!!

「やっと思い出してくれたみたいだねー。じゃあ、着替えて貰おうかな!」
「ま、ま、待って」
「待たない。約束はちゃーんと守って貰わないとねー」
「あぁああああ」

 抵抗する暇もなく、荷物が乱雑に置かれている寝室へと連行される。
 ブラックは「そこまで変な恰好じゃない」と言ってたけど、でもその格好は絶対に変態が喜ぶ衣装である事は明らかで……。

「せ、せめて着替えは一人だけでさせてぇえええ」

 そんなもん着る時に見られてたら、決められる覚悟も決められない。
 必死に懇願した俺に、ブラックはつまらなそうに眉を上げたが……仕方がないとでも言うように、頷いてくれた。











※次、なんていうかブラックが死ぬほどもぶおじさんというか
  気持ち悪い事しかしてないような気がするのでどうかご注意ください…
 
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