異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編

24.諦めるなよ、諦めたらそこで試合終了だぞ!

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「…………」

 いま、何時だろう。何時間経過した?
 もしかしてまだ一時間も経ってないんだろうか。ああもう、どっちにしろヤバい事に変わりはないわ。どうしよう、このままだと確実にヤバい事になるぞ。

 ブラックとクロウの事も心配だし、あの薄紫色のもやが人を眠らせるための物なら宿の全員が眠らされている事になるし……なんにせよ、早くここから逃げ出さないと、どうすることもできない。
 小人のお爺ちゃんの姿が見えないのも心配だし……。ほんと、早いとこどうにかしないと事態は悪化するばかりだぞ。

 だけど……シンジュの樹の囲いから出たら、その瞬間にリオルに捕まりそうだし……ここからどうやって逃げたらいいんだろうか。
 あの宣戦布告から何時間経ったのかは知らないが、リオルはガチで俺の事を支配しにかかってて相対あいたいしたまま退いてくれないし、俺がちょっとでも油断したらそのままさらう気だ。

 そんな訳で、俺はリオルをどうにかしない限り、ここから出られない。

 となるともうリオルと戦うしか道が無いのだが……。

「木の曜術は、出した瞬間にシンジュの樹が枯らしちゃうからダメだし……かと言って、水の曜術で水の弾を作るとしてもリオルが簡単に食らうかどうか……。やってみなきゃ分からんが、馬鹿正直に正面アタックってのも駄目だろうな」

 しかし、俺が他に出来る曜術って言ったら、しょぼい炎の曜術くらいだし……。物を温める【ウォーム】と、炎の曜術の中でも基本の術にあたる【フレイム】の、蝋燭みたいな小さなともしびだけってのは……ちょっとなあ。

 炎の曜術は、ブラックが言うには「何度も発動してコツを掴めば、フレイムと言えども火柱が上がるくらいの凄い術になる」らしいのだが、残念ながら炎の曜術はブラックに頼り切っていたので俺の熟練度はゼロである。
 土の曜術と金の曜術は言わずもがな。

「ツカサちゃん、そろそろ出てきた方が良いんじゃない? あの熊獣人のオッサンにさんざん喘がされて、喉も乾いたし疲れたでしょ?」
「う……うるさいなあ!」

 確かに喉カラカラだしもう本当に色々と疲労がたまってるけど、ここで意識を手放す訳にもいくまい。例えこの体が二度も掘られてぎっしぎしだろうが……って、今日で何度水分しぼられてんだろう俺……軽く死ぬ……。

 でも、言われてみれば確かに水分が欲しいような気も……。いやいや待つんだ俺、付け入る隙を見せちゃいかん。喉が渇いたなんて言わないぞ。
 それにしてもアイツ、淫魔じゃないって言うくせに誘惑だけは一丁前だな。

 さっきの俺の変な素直さだって、きっとアイツの仕業だろうし……あぁあ考えるとめっちゃ恥ずかしくなってきた。そっ、そ、そばにいたいって。傍に居たいってなんだよ俺、なに言っちゃってんの!!
 そりゃ、思ってる事ではあるけど、そんなん人に話すなんて恥ずかし、いやそうじゃなくて、だから、ああもうやめやめ! やめろ考えるな俺!!

 と、とにかく!
 俺はリオルに簡単に絡め捕られる気はない!

 そうだ、水が無ければ出せばいいじゃない。俺には天下無敵の黒曜の使者の力があるんだ。まあ、自分以外のものの為に使う力みたいだけど、ちょっとくらいなら私利私欲に使っても平気みたいだし、こういう時こそ活用させて頂こう。

 前は「使ったらなんか暴発とかしそうで怖い」と思って使えなかったのに、俺も肝が太くなったもんだよほんと。
 でも、回数能力無制限・対価なしで使えるチート能力だし、一応リオルに見られないように背を向けねば。

「お? なにツカサちゃん、俺に背中見せて……逃げる方法でも思いついた?」
「う、うるさいなあちょっと黙ってて!」

 心を穏やかに、集中して……ええと、両掌から湧き出るイメージでいいか。
 湧水をすくった時みたいな冷たくて透明な水の感覚……。
 イメージを保ちながら、体に流れる水の曜気を感じ、手に力をめる。

「清らかな湧き水を、この掌に…………【アクア】……!」

 そう呟いた瞬間、掌に青く透明な光が宿り、両手を合わせた中心からこぽこぽと水が湧き出し始めた。

「お、おお……自力で水を出すって、久しぶりにやったけど……なんか凄いな」

 普通の水の曜術だと、操るにも増やすにも必ず純粋な水(の中の曜気)を必要とするので、本当なら俺が今やったみたいな「無から水を出す」やり方は出来ないんだよな……。俺の世界じゃ普通に存在する魔法と同等だけど、この世界ではチートな能力だ。災厄の象徴みたいな称号を背負わされて苦労してるが、ほんとこれだけはありがてぇわ……。

 無限に掌の合わせ目から湧いてくる水をコソコソと飲んで、思った以上に乾いていた喉をたっぷりと潤すと、俺は掌を離して水を止めた。
 うっし、とりあえず落ち着いた。
 この状況でも黒曜の使者の力は使えるっぽい事が解ったし、改めてリオルをどうやって出し抜くか考えねば。

「なに、ツカサちゃん妙にスッキリして。まさかこの状況でヌいたんじゃ……」
「バカ! バカ!! 違うわ!! お前を倒す方法を考えてたんだよ!」

 誰がこんなピカピカまぶしい場所でセルフバーニンするか!

 ちくしょう、これもきっとリオルの作戦だ。俺を怒らせて、冷静さを失わせようとしてるんだ。くそう流石はナンパ男、コミュ力だけは人一倍だ……。
 落ちつけ、慌てるな俺。とにかくこのシンジュの樹の群れの中に居れば、安全は確保されているんだ。今のうちに逃げる算段を立てねばなるまい。
 相手の弱点を突けば、すぐに逃げられるかもしれないが……。

 でも……リオルの弱点って、なんだ?

 もしかして海が苦手! ……とかはないかさすがに。
 うーん、じゃあやっぱりシンジュの樹の倒木でどうにか撃退するしかないのか。
 だけどこの倒木、岩みたいに固いしなぁ…………。

「うーん……」

 リオルを警戒しつつ、俺は近くに横たわっていた真珠のごとき輝きを放つ倒木に近付き、どうしたもんかとぺしぺし叩いてみた。と。

「おぉっ!?」

 倒木がいきなり揺れて、俺は思わずビビッて飛び退いた。
 が、その倒木が俺の勢いにつられてかわずかに揺れたのを見て、俺はやっとある事に気付いたのだ。
 そう、この倒木……めっちゃ固いけど……実はかなり軽いんだって言う事に!

「マジ……?」

 恐る恐る触れてみると……やっぱりちょっと動いた。普通に十キロ二十キロ程度は重さがあるっぽいが、俺が強く押したら動いたんだから確実に岩よりは軽い。
 と言う事は……これくらいなら俺でも動かせる!!

「ふ、ふふふ……これだ……これだぞ……!」
「え? なに、ツカサちゃんなに不気味な笑い方してるの?」
「はははははは! 魔族破れたーーーり!!」

 俺は近くに在った手ごろな大きさの倒木をがっしり掴むと、砂地特有の滑らかで物を動かしやすい状況を大いに利用して、ずりずりと群生地から動かした。
 それには流石のリオルも驚いたのか、はたまた俺のしたい事を察したのか、慌てふためいてのけぞる。

「お、おいツカサちゃん! 冗談キツいぜ!?」
「残念ながら俺は本気だ! この倒木を近付けられるのが嫌だったら、お爺ちゃんを返して、それからブラック達を起こせ!! あと俺に構うな……いや、ちょっと待て、事情を話してから構うな! あと離婚の呪いもやめろ!」
「注文多いよぉ」
「じゃかぁしい!」

 理由も言わずに人様に迷惑をかける子は反省しなさい。
 言う事を聞かなければ倒木を死ぬほどお見舞いする、と凄んでみると、リオルは両手を上げて降参のポーズを見せて来る。
 しかし、相手の顔はへらへらと笑っていた。

「分かった分かった、じゃあさあツカサちゃん、そっちからこっちに来てくんない? 話をするだけなら別にそこでも良いんだけど、ジイちゃん返すのはちょっと一人じゃ骨が折れてさァ」
「は……?」
「なんなら、その倒木をゴロゴロ転がしてきても良いんだぜ? 俺、別になーんもしないし。その光る木が近くにあっちゃあもうお手上げだもんなぁ」

 なんか、胡散臭い。胡散臭いんだが……お爺ちゃん達のことはリオルに主導権が有るんだ。俺がシンジュの樹の群れの中に籠っていても、何も変わらない。
 だったら、やるべき事は一つ。
 シンジュの樹をゴロゴロしながらリオルに近付いて、お爺ちゃんを助けねば!

 俺は迷いなく目の前の倒木に両手を置くと、慎重に転がしながらリオルに近付いた。ごめんなさい監視の人、使ったら後でちゃんと元に戻しますから。

「ツカサちゃーんもっと早く出来ないの―? 実は走るの苦手なの?」
「ぐっ……こ、これは砂浜だからスピ……いや、速度が出ないだけで……!」

 ひいこら頑張ってるんだけど、砂浜の砂がサラッサラ過ぎるせいで、足が上手く地面を蹴ってくれない。むしろ力を入れれば入れるほど足が埋まって行くようで、一生懸命動かしても全然進んでくれなかった。
 焦る俺に、リオルは調子に乗ったのか半笑いで挑発してくる。

「えー? ツカサちゃん実は男の子なのに力がないとかー?」
「う、うぐぐぐ……! 調子に乗ってんなよこんちくしょー!!」

 乗っちゃいけないって解ってんだけど、バカにされて黙ってるなんて男が廃る。
 もうこうなったら転がして倒木ぶつけてやる! 俺のパワーの凄さを思い知らせてやるううううう!!

「おるぅらぁああああああ!! 喰らえ倒木アターーーック!!」

 てめコラふざけんじゃねーぞと言う思いを込めて、全身全霊の力で倒木を押してリオルにぶつけようとフルスピードで特攻しようとした、その、瞬間。

「ぐおぉおお!?」

 足がずるりと滑って、思いっきり砂浜に突き刺さる。
 ……後はもう、解るよな。

 俺は盛大にずっこけて砂浜に倒れ込み、倒木に置いて行かれてしまった。

「うわー……。ツカサちゃん、ほんっと期待を裏切らないよねー……」
「がばべぶはっ、べはっ、げへげへっ! ぎ、ぎだいぼぇっへ! ぺっぺっ! き、期待を裏切らないって……お前俺が転ぶと思ってたんかこらーッ!!」

 砂だらけの口を必死にぬぐいながら起き上がると、いつの間に近付いて来たのか、リオルが俺の目の前に立ってヘラヘラと笑っていた。
 だあぁあチクショウ、めっちゃムカツクこのチャラ男ぉおお!

「いやいや、褒めてんのよ。期待を裏切らないって事は、ツカサちゃんがそんだけ“純真”って事だからさ。そう……何も疑わず、こっちまでホイホイ出て来てくれるくらいにね……」
「…………あ……」

 そ、そうだ。今の俺には守ってくれる物が何もない。
 倒木は遥か先の方に転がって行っちゃったし、今の俺には何の装備も無い。なんなら、下半身はシーツ一枚だけで下着すら穿いていなかった。
 そんな俺の目の前に……魔族の、リオル。
 …………アカン。詰んだ。

「心を奪って誘惑が出来ないのなら……不本意だけど、オッサン達の所に帰れないと思うような屈服の仕方をするしかないか」
「な、なにそれ……くっぷくって……」

 這いつくばった格好から建て直そうとする俺の肩を、リオルが掴む。
 その力は思った以上に強くて、俺は固まってしまったが――その隙に、リオルは強引に俺を引き倒して仰向けにすると、上に乗ってきやがった。
 圧し掛かられた重みを腹や足に感じてうめくが、リオルはそんな俺にイケメンの顔でにっこりと微笑んで見せる。

「ごめんねツカサちゃん。せめて……精一杯優しくしてあげるからさ……」

 そう言いながら、リオルは俺の頬に手を触れる。

「っ……!!」

 あ……これ……この、感触…………俺、知ってる……。これ、俺に悪戯いたずらしてきた「見えざる手」とまったく一緒だ……。
 ってことは、やっぱりリオルが俺に恥ずかしい事を沢山してたのか!!

 思わず顔に熱が込み上げてくるが、リオルはそんな俺の考えている事が解ったのか、苦笑して俺の下唇を指でなぞった。

「なんだ、俺の手の事覚えててくれたんだ?」
「忘れられるか!! お、お前、スケベな幽霊みたいな変な事しやがって……! あれ全部、お前のせいだったんだな!? じゃあ、あれ、お前、お前に触れられると治ったのって、お、お前が……」
「混乱してても結構頭回るんだねーツカサちゃん。……そっ。俺は、触れた相手の事を大体読み取れるんだよ。そして、多少は自由が効く。……まあそれも、心を許してくれた相手だけだけど……ね」

 うそぶいて、リオルは俺の頬をゆっくりと撫でる。

 ああ、確かに俺はアンタのこと信用してたよ。だけど、それはアンタが色々と俺に教えてくれたからで……それも策略の内って奴だったのか?
 なんだよ、騙された方が悪いってのかよ。でもしょうがないだろ、出会う人一人ひとり一人ひとりを疑ってかかるなんて事、疲れそうだし俺には出来っこないんだからさあ!

 それにリオルは俺におごってくれたし、なんならヒントだって…………。
 あれは全部「自分以外の誰かがやっている」って、ミスリードさせる為のモノだったのか? 俺達に近寄って来たのは、全部こうする為だったってのかよ。
 そんなの……。

「ツカサちゃんさ、ほんと恥ずかしがりで良かったよね。元々男には興味なかったけど……ちょっとイタズラされただけで、あんな反応するんだもんなあ。あんなの周囲に見せびらかしてたら、そりゃオッサンじゃなくても犯したくなるって」
「っ……!」

 手が首筋に降り始めて、思わず両手で阻止しようとする、だけどその手は簡単に捕えられてしまい、俺は抵抗する術を失ってしまった。

「ほら、またそんな顔する……」
「っ、や……はな、せ……っ!」

 手足を固定され、首やら顔やらを触られる。その程度ならまだ冷静に拒否出来たけど、これ以上先に進むとどうなるか解らない。
 リオルの手は徐々に下へ降りて来ているような気がするし、まだ冷静でいられる間に、何とかしてここを切り抜けないと。

 だけど、今の俺に使える術って、術って言うと…………。

「ツカサちゃん、もうシーツ剥いじゃおうか? 砂だらけで気持ち悪いだろうし、俺が綺麗に拭いてあげるからさ……」
「っいぃ!? ま、待って何それ、駄目、取ったら駄目だって!!」

 リオルは少し体をずらして、腰の部分で止めていたシーツの結び目に触れて来る。俺は思わず体を動かしたが、大した抵抗も出来ない。リオルの片手が器用にシーツを剥ごうとしているのを嫌がって、無様に身をじる事くらいしかやりようが無かった。
 う、ううう、畜生、またこっちの方のピンチかよ。

 もういい加減うんざりだ。助けを待ってるのも嫌だし、本当に情けない。
 俺にだって力が有るはずなのに、こうなると混乱して動けなくなってなすがままにされて、結局自分の力で切り抜けた事なんて…………。
 いや違う、俺はまだ冷静だ、ここで諦めてちゃいけないんだ。

 リオルがもたついてる内に出来る事。
 今俺が一人で対抗できることと言えば――――もう、一か八かのアレしかない。

 頼むから、上手く行ってくれよ……!

 俺は唯一自由に動かせる頭を、ある方向へと向けた。
 その頭の向いた方には……シンジュの樹と魚達の発する光でキラキラと輝く夜の海が広がっている。その静かな水面を見て、俺は深く息を吐いた。

 チャンスは一回、一回だけだ。

「――――っ」

 俺は息を吸い、捕らわれた両手に意識を集中する。
 願った事が、どうか成就するように。本来「操れない」と言われていた物を、俺の持つ特殊な力で操れるようにと。

「ツカサちゃん、開くよ」

 リオルの言葉と共に、シーツの合わせ目がゆっくりと開かれていく。
 その感覚に一気に熱が上がるが、それでも集中して、俺は海を睨んだ。
 そして。

「海よ……」
「え?」
「仇なす者を、押し流せ――――【アクア・カレント】……!!」

 ――刹那、轟々と血液が流動するような音が耳を支配する。
 自分の手から腕に掛けて光が這い上って来たような感覚を覚えた、と、同時。

 暗い海が生物のように一気に立ち上がり、こちらへと襲い掛かって来た。

「うおぉおおお!?」

 黒にも似た色の水が光に反射して仄白く透明になる。しかしそれを強く認識する暇も無く、俺達を……いや、俺のすぐ上をさらって、海が俺と砂浜を包み込んだ。
 そう、俺の上に居たリオルを飲み込んで。

「う……うわ……すごい……」

 両腕と体が自由になり起き上がったが、あれだけ膨大な海水が流れ込んで来たと言うのに、ちっとも濡れてない。なんなら砂浜も乾いたままだった。
 相変わらず両腕は蔦のように伸びて絡まる光の筋に支配されているが、目の前には木々の光に照らされて透明に揺らめくドームがあるだけで、俺の事を避けてせわしなく流動していた。

「う、海って操れたんだ……」

 さすがチート能力の黒曜の使者の力……いや、つーか、これヤバいな。
 もしかしてこのまま操れるとしたら、俺ってば海の覇者みたいな事に……。
 とかなんとか思っていたら、いきなり腕の光が途切れた。

「え?」

 瞬間、俺の真上に会った海水が……思いっきり降りかかって……!

「がばべっ!? ごばっごぼぼぼぼっ」

 ああああ海水がっ、海水が溺れる溺れるぅううう!!
 術が切れて思いっきり水が砂浜に!! なんで、なんでいきなり!!

 俺は慌てて海水が落ちて来た範囲から逃げようとするが、その前に海水はさっと引いて海へと戻ってしまった。そりゃもう、逆回しの映像みたいに。
 ……え……今のなんだったの……。

「はっ、はぁ、は……な、なんなんだよもう……っ!」

 何で突然元に戻っちゃったんだろう。俺のイメージ不足?
 それとも、ポカンとしてたから?
 いや、もしかしたら俺の能力でも、完全には海を操れないのかも知れない。
 うむむ……使えると思ったが、これはちょっとややこしいかも……。

「海水は水の曜気以外も混ざってるっては聞いてたけど……それのせいかな?」

 今までは使えないと思い込んでいたけど、使えるとなると色々気になる。
 これでもし俺が海を自在に操れたら、モーセの十戒みたいな海がパッカーン的な奴も出来るかもしれない。おおお、これは夢が膨らみますなあ!

 ……などと、考えていると。

「つ……ツカサちゃん……やってくれるね…………」

 …………あ、忘れてた。

 明らかに機嫌の悪い声に、恐る恐る崖の方を振り向くと……そこには、海水でぐっしょりと濡れてしまったリオルの姿が!
 あっ、お兄さん水もしたたる良い男ですね! ……て雰囲気じゃねえな。
 やべえ全然気にしてなかった。怒ってるめっちゃ怒ってるよ雰囲気で解るよ。

「り、リオル……」
「ここまで俺に抵抗したのはツカサちゃんが初めてだよ……。やばいなぁ……俺、本気になっちゃったかも。はは、流石はが気にするだけの事はある……」
「え……?」

 あいつって、誰?

 一瞬虚を突かれて俺が硬直したと同時、リオルが俺に向かって素早く距離を詰めようとして――――――

 来る直前で、凄まじい音を立てて横に吹っ飛んだ。

「え!?」

 なっ、なに、何が起こった!?
 なんか今物凄いスピードでリオルがこっちに来ようとしてたのは解るんだけど、でもアイツ急に横に吹っ飛んだぞ。ドゴォオって音で思いっきり!
 いや、待て、急にじゃなくて、なんか頭に突き刺さったっていうか、ぶつかったって言うか……でもそれ、一体どういうこと……?

 いまだに頭が付いて行かず、一体何が起こったのかとリオルが吹っ飛んだ方向を見てみると、そこには。

「このクソナンパ野郎が…………ツカサ君がいなけりゃ殺してる所なのに……」

 ぶつくさと言いながら、赤髪を潮風になびかせる男の後ろ姿と、倒れた人影。
 それがもう誰かは解っていて、俺は名前を呼んだ。

「ブラック…………」

 小さな、かすれたような声。だけどブラックはちゃんと振り返って、不機嫌そうな顔を俺に向けてくれた。

「ツカサ君、何もされてないだろうね?」

 こっちの事なんてまるで考えてない、自分勝手な言い方。
 だけど、それが俺の見て来たブラックなんだと思うと、何故か安堵してしまっている自分が居た。









 
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