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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
22.見えないものの侵食1
しおりを挟むよく解らないままにお爺ちゃんに抱え……いやこれ違うな。何て言うかな、頭上に掲げられたっていうのかな……とにかく、俺はただ明かりが灯された夜の村を御輿のように担がれて移動していた。
だけど、流石にこのまま連れて行かれるのも困る。
ブラックとクロウがどうなってるか判らなくて心配だし、それにあの薄紫の靄の正体すらも解らないまま連れ出されたのだ。せめて、二人が無事かどうかを確かめない事には、逃げるに逃げられない。
俺は掲げられたままで、俺を持ち上げている爺ちゃんに問いかけた。
「お、お爺ちゃん待って! あの靄なんなの、それにブラック達が……」
「あの二人は平気じゃ、今はまだ心配いらん! しかし、あの靄はお前さんを催眠に掛けるためのものなんじゃ。だから、いま戻ってはいかん」
「えっ!? さ、催眠って……」
「詳しい話は安全な場所に着いてから!」
そう言い切られて、俺は言葉に詰まる。
とにかくもう、今は逃げるしかないのだろうか。下半身すっぱだかのこの状態じゃ降りられないし、何より凄いスピードで路地を駆け抜けるお爺ちゃんから脱出する事は出来ない。そんな事をしたら俺が死んでしまう。
ヤバイヤバイと思いつつもどうする事も出来ないでいると、お爺ちゃんは進路を海の方へと取り始めた。何事かと思っていると、港に入って北の方へと足を向けて走って行く。真正面に見えた洞窟の入り口に、俺はお爺ちゃんに問いかけた。
「あ、あれって、神秘の入り江が見える崖への入り口……?」
「そうじゃ、あの神秘の入り江に生えている“シンジュの樹”の倒木は、魔を退ける効果もある。物の腐食は大気を揺蕩う魔の侵食じゃ。完全に防げる訳ではないが……それでも、意のままにされる事は無いはずじゃて」
「魔……」
この世界では菌とか酸素とかが原因で「腐食」するんじゃなくて、空気中にある「魔」というものによって腐るって事なんだろうか?
だとすると……やっぱこの世界って俺の世界とは色々違うのかな。
「魔」って……魔素とか、そういうアレってこと?
でも、この世界の魔法ってそういうマジカルな元素じゃなくて、自然に宿る力を云々って感じだし……「魔」って初めて聞いたけど、なんなんだろう……。
お爺ちゃんの話から推測すると、魔族もその「魔」に関係あるんだよな?
うーん……色々引っかかるけど、今は説明してくれる余裕も無いか。
などと思っていると、お爺ちゃんは躊躇うことなく洞窟に入った。
洞窟の中は、蝋燭のお蔭で外より明るい。
時間帯が違えばこうも印象が変わるものなのだなと思いつつキョロキョロと洞窟の中を観察していると、お爺ちゃんが話しかけて来た。
「ツカサ君、怖くはないのかの」
「あ、いや、明るい洞窟だし一人じゃ無かったら全然平気っす」
素直に返すと、お爺ちゃんは何故か一拍間を置いたが、俺の言葉にハハハと軽く笑って返した。
「本当にツカサ君は不思議な子じゃのう」
「俺的にはお爺ちゃんの方が不思議なんだけど……」
小人みたいな体型なのに、力持ちで素早くてしかもスタミナもあるって……俺の方が体力無いよねコレって思うくらい凄いんだけど。
そんな事を想っての台詞だったのだが、お爺ちゃんは考え込むように押し黙ると、何か言い難そうに声を漏らした。
「……そうか……そうじゃな、ツカサ君のような子はみんなそうじゃ。ワシのような異形の存在すら信用してくれる……」
「異形って……」
「子供より小さな老人なんて、おかしいと思ったじゃろう。それはそうじゃ。人族は基本的に背が高く、普通なら幼子の身長まで縮む事は無い。冒険者なら、なおのことワシを変だと訝ったはずじゃ」
「そ、それは…………」
思わず口籠る俺に、お爺ちゃんは「構わない」と首を振った。
まるで、それが「普通だから」とでも言わんばかりに。
「…………この数十年隠れて暮らしてきたのは、終の棲家を見守りたかったから。使命を忘れたのは、主の望みだったから。……しかし、やはり長生きなどするものではない……。結局は、全てが歪んでしもうた」
「お爺ちゃん……。ごめんなさい、俺そういうつもりじゃ……」
「いや、良いんじゃ。ワシの方こそ妙な事を言ってすまんかったの……」
会話が途切れたと同時に、洞窟が終わる。
唐突に暗くなった周囲には頑丈そうな木の柵が見えて、ここが崖の上の展望台であることが分かった。ああ、神秘の入り江に来たのか。
ようやく足を止めたお爺ちゃんに、俺は意を決して問いかけた。
「お爺ちゃん……やっぱりお爺ちゃんは、ケーラーさんの“お供”なんだよね?」
やや、間が開く。
お爺ちゃんは俺を軽々と掲げたまま数秒沈黙していたが、やがて神秘の入り江が見える柵の方へと歩きだした。
入り江の見える崖の先は、下からライトアップされているかのようにぼんやりと光っている。光るシンジュの樹に光る魚が引き寄せられているってリオルが話していたけど、もしかしてそのせいで驚く程に明るいのだろうか。
思わず目を奪われる俺に構わず、お爺ちゃんはぽつりぽつりと話しだした。
「…………ワシらは、元々は遠い遠い海の向こうのモノじゃった。さりとて、主に付き従うという我らにとっての至高の喜びは尽きず、主と共に海を越え……永く家を守り、そして大事な宝物を守る事を託された」
肯定の言葉は無い。だけど、お爺ちゃんの言葉の一つ一つは、明らかに俺の質問に対しての答えを示していた。
遠い海の向こう。家を守る。宝物を守る。それってやっぱり……お爺ちゃんは、ケーラーさんの“お供”だったって事だよな。
もしかしたら……お爺ちゃんは“お供”として、何かを固く禁じられているのかも知れない。だから、俺の問いに答える事が出来ず、こんな回りくどい話し方をして俺に一生懸命答えようとしてくれてるのかも。
だったら、俺は話を聞くしかない。
人を守る為の頑丈な木の柵に、ゆっくりと歩み寄るお爺ちゃん。その邪魔をしないように、俺は口を噤んだ。
「しかし、いつしか託された願いは歪み、形を変えた。止めるべきではあったが、ワシもまた、村に対しての恨みを捨てきれず……そして、望みを抱いてしまった。だから、今まで何もできなかったのじゃ。……それが、こんなことに…………」
「…………」
「今更もう遅い……。だが、お主達のような人族なら、あるいは……」
「お、お爺ちゃん……?」
なんだか苦しそうだ。どうしたんだろう。やっぱ俺が重かったせい!?
慌てて降りようかと言おうとしたが、お爺ちゃんは首を振った。
「ツカサ君、君は不思議な子じゃ。そして、あの男達も……。君達ならば、あるいはこの呪いを止められるかもしれん」
ついに、柵の所まで辿り着く。
柵の向こう側――――崖の下にある三日月上の入り江を覗いてみると……そこには、極彩色の色をした宝石が散りばめられているかのように、様々な魚達の発する光が煌々とひしめき合っていた。
発想が貧困過ぎて自分でも呆れるけど、真っ先に頭の中で「光り輝く宝石箱や~~~」なんて言葉が出て来てしまうくらい、入江は綺麗だった。
砂浜の一角に群れるシンジュの樹は、その名の通り真珠のように白く優しい光を発しており、その光が水面に当たる場所に魚が集まって、それぞれの鱗の色と同じ光を反射させているのだ。
自力で光っているのか、それともシンジュの樹の力なのかはよく判らないけど、ラメやスパンコールみたいにランダムに閃く入り江はとても眩しかった。
「ふわ…………」
「美しかろう。……そもそも、シンジュの樹は魔族の治める国【オリクト】の奥地に生息していた神の樹じゃ。“魔”によって精気を失った土地を蘇らせる為の、神の御業の証なのじゃよ」
魔族の国の植物って……じゃあまさか、シンジュの樹って元々は外来種って事なのか……? いやまあ、言われてみれば確かにそうだな……。
周囲の植物を全て枯らす恐ろしい植物が昔から人族の大陸にあったってんなら、てんやわんやの大騒ぎだよな。別名がジゴクガラシだとか三日喰って言うくらいだし、駆逐するにしても相当の時間がかかるはず。
ってことは、この植物って……ホントに魔族の大陸から来た植物って事?
でも、それならどうしてこんな場所に……。
「ツカサ君、少し揺れるぞ」
「えっ?」
そう言った瞬間、お爺ちゃんは軽々とジャンプして、木の柵に飛び移る。
当然不安定な足場になったことで体はゆらゆらと揺れだし、俺は思わずヒィッと声を上げてしまった。
い、いや、俺高いとこ平気ですよ? 木登りだってへっちゃらよ?
でもさ、アレは自分の意思で行くからであって、こ、こういう不安定な場所で、いつ落ちるかも判らないってのはちょっと、あのほんとちょっとね!
「お爺ちゃん危ないっ、危ないよ!」
「心配いらん、入り江にはちゃんとゆっくり着地するでの」
………………ん?
いま……なんて…………?
もしかして…………着地するって……言った…………?
「え、え、待って、ちょっとまってお爺ちゃん」
「大丈夫じゃ、しっかりつかんでおるからの」
「そういう問題じゃなくてっ、ぇ、えぇえええええ!!」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛跳んだぁあぁああああああ!!
やめてとめてしぬしんじゃううううううう!!
「だ、大丈夫じゃ、落ちつけツカサ君!」
そんなそんな下から言われましても俺お爺ちゃんぺちゃんこにしちゃう絶対重力に負けちゃうほらほらほら地面が地面がキラキラ光る地面がああああ!!
「ほいっ」
ぢんぢゃうぅううう……と鼻水と涙をだばだば垂らしながら身を縮めていた俺に合図するかのように声を出して、お爺ちゃんが崖に軽く足をタップする。
何事かと思ったら、次々に崖に足をついて時折上にジャンプし始める。そうか、これ、落ちるスピードを調整してるんだ。
でも、俺を両手で持ち上げながらバランスを取ってヒョイヒョイと垂直な崖に足を付けて降りるだなんて……やっぱりお爺ちゃんただものじゃないよ……。
まさか、お爺ちゃんも魔族なのか。もしや、淫魔と何かの関係が……いや、決めつけるのは早い。
仮に魔族であっても、お爺ちゃんは俺を助けようとしてくれているんだし、何か重大な真実を教えようとしてくれているのは確かなんだ。
なら、元から疑う余地はない。とにかく今はお爺ちゃんを信じよう。
そう決心する俺に構わず、お爺ちゃんは何度目かの足蹴りを崖に食らわせて、何の衝撃も受けることなく柔らかい砂浜へと着地した。
「さ、降りなさい」
「はっ、はい」
下半身を覆うシーツをたくし上げながら、素足のままで砂浜へと足を付ける。
軽く沈み込む柔らかい感触だが、砂浜には小石や貝殻などの足裏を刺激するような物はまったく存在しない。淡い黄色を含んだ砂糖のように細かい砂粒が、シンジュの樹や魚達の光にキラキラと輝いていた。
本当に綺麗な砂浜だ。数歩足を進めてみるが、砂の感触がとても心地いい。それに、シンジュの樹に近付くたびに、砂の輝きが増しているような気がする。
思わず言葉を失っていると、背後でなにか呻くような音が聞こえた。
「っ、ぐ……ッ!!」
「――!?」
これはお爺ちゃんの声だ。
やっぱり俺が重すぎたのか?! ああ、やっぱりご老体に無理させるんじゃなかった、途中で歩きますって言えばよかった!!
とにかく解放しなきゃと振り返って、俺はその場に跪くお爺ちゃんに駆け寄ろうとした。しかし。
「い、いかん、近付いてはいかん……ッ!!」
「え……」
その鋭い声に、思わず足が止まる。
だけど、お爺ちゃんの様子は尋常じゃない。近付いちゃ駄目なんて、俺のせいかも知れないのに、そんな事出来る訳がないじゃないか。
たしかここは保護区だった。なら、俺達が無理矢理降りて来た崖以外に、ここへ来るための道があるはずだ。お爺ちゃんをそこから連れ出して、早く医者か誰かに見せてあげないと……!
「ち、近付いてはいかんと言っておろう!」
「でも、お爺ちゃんを放っておけないよ!」
近付こうとすると、お爺ちゃんはバックステップで素早く跳んで後退し、俺から距離を取ろうとする。どうしてそんな事をするのか解らず眉根を寄せる俺に、お爺ちゃんは苦しそうな顔を上げると、息も絶え絶えに言葉を漏らした。
「……ツカサ君……は、早くシンジュの樹の群れの中に……ッ」
「え……えっ……!?」
なに、どういうこと。どうしたって言うんだ?
訳が分からず動けない俺の目の前で、お爺ちゃんが蹲る。
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