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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
21.異変とは唐突に起こるもの
しおりを挟む「ツカサ、顔が赤いぞ。可愛いな……」
「だ、だからそう言うの良いって……! それよりクロウ、アンタ俺のズボンを破ってくれちゃってどうしてくれんだよ!」
シャツが辛うじて股間を隠してくれる長さだからまだ正気でいられるけど、これホント重大問題だからな!?
ぶっちゃけズボンとかは俺には縫えるシロモノじゃないし、破れたりした場合は街とかで直して貰ったり買ったりしてたんだよ。つまり、予備ゼロ。今はズボンの予備がねえんだよおおおお!!
そんな状態で俺にどうしろと。つーかそれ以前にブラックの寝てる部屋に帰るのも難しいんだぞ、俺下着すらビリビリに破かれたんだからな!!
「お、オレがツカサのズボンと下着を……!? ムゥ、それは中々……」
「まんざらでもねえ顔してんじゃねえええええ! とにかく、その……」
「心配ない、シーツを撒いて行けばいい。ズボンはオレが明日買いに行く」
破ってしまったものはちゃんと返す、と俺に野盗退治の報酬で貰ったお金の残りを見せてキリッとするクロウに、俺はもごもごと口を噤む。
やっぱ熊耳ずるい……キリッてしたときに動くのずるいぃ……。
いや、だめだ、すぐ絆されちゃいけない。大体ズボンを買う前に俺達には物凄くヤバい案件が有るじゃないか。そう、それは……ブラックだ。
「ぶ、ブラックにズボン破れた事知られたらどうすんの……」
そう言うと、クロウはポンと手を叩いて暫し停止すると……ぼそりと呟いた。
「…………まあ、オレが半殺しになる程度ですむんじゃないか」
「あああああ」
また! またそうやってエグい喧嘩するぅ!!
もうやだなんなのこのオッサン達! そんな事になるならズボンいらんわ!
「わ、解ったよ……とにかくそこらへんは俺が何とかするから、その……クロウは、俺が処理する間外に出てた事にしといて……」
「良いのか? 怒っていたとしても、オレは酷い事をツカサにしたのに……」
言動が豹変した理由は自分でも判らないらしいが、酷い行為を働いたというのはちゃんと理解しているらしい。
酷く反省した様子で熊耳を伏せて俯くクロウに、俺は慌てて相手の頭を撫でた。
「だ、だって怒った理由も解んなかったらどうしようもないじゃん。……それに……クロウが怒ったのって、俺達の行動が原因かもしれないんだしさ」
「それで……それだけで、許してくれるのか……?」
耳を伏せたまま、子犬みたいな潤んだ目をして俺を見上げて来るクロウに、俺は不覚にもキュンとしてしまった。
いやだって、オッサンでも獣人だし、獣人が耳を伏せてしょぼんとするのって凄く可愛いし、俺そう言うの弱いし……ああもう自分のケモミミ好きが恨めしい。
でも、その……俺にも原因があるんだし……。
「も、もうあんな風に酷い事するなよ?」
そう言うと――クロウは耳をぴるぴると動かしながら、俺に抱き着いてきた。
「うおおおお!?」
勢いが付き過ぎて思いっきりベッドに押し倒される。が、クロウはそんな事などお構いなしと言わんばかりに俺に頬擦りをしてぎゅっと抱き着いてきた。
「ツカサ……ツカサ、ツカサ、ツカサ……」
「なっ、懐くなっ、ちょっと、こらっ、肩に顔を埋めるなぁ!」
よっぽど嬉しかったのか何なのか、いつも以上に嬉しそうなかすれ声で、クロウはすりすりと俺にすり寄ってくる。
邪な気持ちがないのは解っているんだけど、あの、こうも懐かれると今ぐーすか寝ている誰かさんを思い出してあのね。
いやでも、クロウってこんなに感情を表に出す事ってないから……それを考えると、今の状況って凄い事なのかな……。
しかしクロウまで抱き着いて来るとは……オッサンってやっぱスキンシップ過多なのか。俺が知らないだけでオッサンはみんなそうなのか。
「んんん……んん……ツカサは良い匂いがするな……」
「ひっ、ちょっ、くすぐったい、あのっ、ちょ、ちょっと」
「いつもの匂……ん……? ……今日は花畑の匂いもするな……可憐なツカサにはぴったりだな……んんん……」
「止めてそう言うのホントやめて……」
だあもうだからアンタもアイツも何でそんな気持ち悪い事言うんですかよ。
俺は男で! 花畑のにおいが似合うのは! 女の子なの!!
女の子が白ワンピ麦わら帽子で花畑で遊ぶのが最高なの!!
もうほんといい加減にしろと怒鳴ろうかなと思って、息を吸い込む、と。
「…………ん?」
何故か急にクロウの腕が重くなった気がして、俺は肩口に埋まっているクロウの頭をみやった。……しかし、別段変わった所は無い。
どうしたんだろうかと腹に乗っかっている太い腕を掴んでみると……
容易く、外れた。
「え……。も、もしかして……寝てる……?」
そんなバカな。
待て待てとツッコミながらクロウから離れるが、それでも相手は何も言わない。ただ健やかに寝息を立てているだけで……って寝てる! 寝てるやんけ!
ブラックに続きお前もかクロウ!!
ここで寝られたら色々と困る。俺一人でシーツ巻いて廊下を歩いてたら、変質者か何かと間違えられるじゃねーか。嫌だぞそんなん!
ここは何としてでも起こさねばと思い、クロウの肩を掴んだ、と、その時――
「――――!?」
目の前に薄紫の靄が流れて来て、俺は思わず硬直した。
「な、なに……なんだこのモヤ……!?」
なにか、甘い香りのする靄だ。だけど、こんなの見た事が無い。
どこから流れて来たのかと周囲を見渡すと、ドアの隙間からこの靄が流れて来ているのが確認出来た。と言う事は、いま宿の中にはコレが充満してるってこと?
もしかして、クロウがいきなり寝てしまったのもこの靄のせいなのか。
だけどクロウが寝たのは靄が掛かる前だし……なにより、俺は眠くなってない。甘い香りだと思う事は有っても、瞼が重くなったりはしなかった。じゃあ、この靄はなんなんだ?
もう何が何だかわからない。
「と、とにかくブラックの様子も見て来なきゃ……」
クロウは寝ているから大丈夫だけど、ブラックの方はどうか解らない。
何か大変な事になっていたらヤバいと思ってシーツを撒いて、慌ててベッドから降りる。なるべく吸い込まない方が良いかと思って、シーツの残り端で口を押えていざドアを開けよう……と手を伸ばしたところで、背後から声が聞こえた。
「駄目じゃ! 行ってはいかん!!」
反射的に振り返ったそこには、開け放たれた窓がある。
その窓から勢いよく飛び込んできた“誰か”に……俺は、驚かざるを得なかった。
「お、お爺ちゃん……!?」
そう、その“誰か”とは、赤いとんがり帽子のお爺ちゃんだったのだから。
「ツカサ君、そっちに行ったらお主まで眠くなる、逃げるんじゃ!」
一瞬跳んだだけで、お爺ちゃんはすぐ俺の傍に移動してきた。
狭い部屋とは言えど、窓からベッドまでの距離は四五歩はある距離だ。それを、小人のようなお爺ちゃんが瞬きする間に移動しただなんて、信じられない。
目を丸くして絶句している俺に構わず、お爺ちゃんは焦ったように俺の下半身を隠すシーツをぐいぐいと引っ張る。
「早よう、早よう逃げるんじゃ、お主だけでは寝てはならん!」
「ちょ、そ、それどういう事、一体どうしたの?!」
話が呑み込めなくて混乱していると、お爺ちゃんは業を煮やしたのか強硬手段に出た。それはどんなものかと言うと。
「ぅおっ!?」
何故か急に体が浮く。と、思ったら、尻餅をつくようなポーズのままで、何かにキャッチされた。
「さあ行くぞ、早くここから離れるんじゃ!」
「ええええおっお爺ちゃん!?」
キャッチって、お、お爺ちゃんなんで!? 何で俺の事抱え上げられてんの!?
俺の体重明らかにお爺ちゃんより重いじゃん、なのに、な、なんでこんな。
しかも軽々動いてる、あ、あああ、窓から飛び降り――――!!
「ぎゃあああああああ!!」
「す、すまん、しかし今は一刻を争うのじゃ、早く、早く逃げなければ……!」
逃げるって、どこへ。
っていうか何で!?
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