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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
熊、大いに逡巡する
しおりを挟む別段、ツカサと切り離される事を嫌だとは思わない。
ツカサを一番に貪る事が出来るのは群れの首領であるブラックの特権だし、自分は二番目に収まると決めたのだから、爪弾きにされるのは当然だ。
だから、後でツカサに触れられるのならば、別行動を言い渡されても何の問題もなかった。しかし……。
(今回ばかりは負けたくなかったな…………)
そう思いつつ、クロウは目を細める。
「んじゃ最初は一番近い部屋から探しますっかねー」
目の前にいる“軟派が具現化したような男”と一緒に探索をするくらいなら、一人で待たされていた方が余程ましだ。そう思わざるを得ない。
人間の美醜で好みを決めている訳ではないが、しかし目の前の軽薄さを体現したような相手は、どうしてもいけ好かなかった。
ツカサのように己に無頓着になれとは言わないが、こうもあからさまに女の視線を集めるための格好をする相手だと、どうも苦手意識が強くなる。
今までクロウが接してきた者達は、色事になど興味が無い者が多く、己の心身を鍛える熱心さを持った尊い戦士ばかりだった。クロウの一族の者達も、無闇に他人に媚びる事はせず己の理想を貫く気高き精神を持っていて、このような軟派な事をする事は無かったのだ。
もちろん、クロウもその内の一匹であり、力でつがいを手に入れる事を是としているとはいえ、そのために女を誑かすような恰好をしたりはしない。
そんな事をするのは、己に真の力が無いと言っているようなものだ。
だからこそ、女が好む格好を進んでやりたがる男がクロウは苦手だった。
(第一、ツカサはそんな事をしなくてもオレを受け入れてくれた。孕ませたい相手が居るのなら、大事なのは格好では無く誠意と力ではないのか?)
その誠意に「相手が好む格好をする」と言う事が含まれているのは当然だが、誰彼かまわずの服装をしろと言う訳ではないだろう。
表面上は物わかりのいい無表情の男を装いつつ、リオルと共に廃墟の探索を続けながら、クロウは小さく溜息を吐いた。
(ハァ……。ツカサは何事も無く探索できているだろうか。ブラックの事だから、こんなホコリに塗れたボロ屋でもツカサを犯してそうだが……ツカサが喉を傷めないか心配だな……)
熊の耳にはまだ何も聞こえてこないから安心だが、しかしこのような荒れた場所でツカサが泣きながら犯されている場面を想像すると、不謹慎だとは思うがなんだかとても興奮する。
男に躾けられてしまった体だと言うのに、ツカサはまだ穢れの無い少年のような心を保っている。そんな彼が薄汚れた場所で穢されるのだと思うと、項垂れている股間の肉棒がいきりたつような興奮を覚えた。が、口を噤んで我慢すると、ふっと笑いを含んだ息を吐いた。
(…………こんな事をツカサに話したら、もう口をきいて貰えなさそうだな)
別段、大事なつがいを他人に犯されて興奮する性癖ではないのだが、ツカサに限っては何故かそうも言えなくなる。
ツカサが自分を見放さないのであれば、その行為も一種の「戯れ」として見ている事が出来るのだ。……元々貞操と言う観念が薄い獣人だからか、それとも自分が乱暴な気性だからなのか、犯されいる最中に「見ないで」と泣きじゃくるツカサを思うと、怒りよりも興奮が先立ってしまう。
その後、自分が思うがままにツカサを犯すことを想えば、余計に心は躍った。
(……オレも人の事は言えんな…………)
自覚はしていたが、クロウ自身もそれなりに性的嗜好が歪んでいるようだ。
己を真っ当な存在だと思った事など一度も無いが、しかしこうもどす黒い願望を抱えていた事を自覚すると、流石に冷や汗も湧いてくる。
いつの間にか訪れていた応接室で、隅に有った棚の小さな引き出しをちまちまと開け閉めしつつ、今はそんな場合ではないと己を律してクロウは煩悩から逃れた。
「にしても……酷いっすよねえ、あっちの赤いオッサン」
「ム?」
何事か話しかけて来たなと振り返ると、リオルは呆れたような顔をして肩を竦めてみせる。
「見たところ、アンタもツカサちゃんの恋人ッスよね? それなのに、片方に荷物を押し付けて自分は楽しく逢引だなんて」
今頃二階で楽しくヤッてんじゃないすか、とか軽口を叩きながらいやらしく手をうねらせるリオルに、クロウは口をへの字に曲げる。
「仕方ない。ブラックは群れの長だからな」
「ああ、それってアレっすよね。獣人特有の“ポリガミア”っていう群れ?」
「ほう。名称まで良く知ってたな」
「まあ俺も学が有るほうなんで。男優位の一妻多夫っすか。ワレンだっけ」
「…………そこまで知っているとは、珍しい人族だな」
【ポリガミア】というのは、獣人による集団生活の形態だ。
人族にはなかなか理解して貰えない獣人の慣習であるため、簡単に「群れ」と言ったりもするが、簡単に言えば「村長には村のメス全員と交尾する権利がある」とか「女村長が男ばかりの村で乱交するのが当たり前」とか、そういう繁殖行為や生活形態を元に「群れ」を分類したものである。
クロウが人族で言う「側室」に自分を当てはめたのも、それが一番近いと思ったからであり、そのためクロウはずっと自らを「二番目の雄」と言ってるのだ。
ちなみに、男優位の一妻多夫である群れは【ワレン】という形態に分類される。
これが妻優位であれば【コロニー】と呼ばれ、一組の夫婦による支配であれば【パック】と呼ばれるのだが、実質的な群れの支配者はブラックであり、その配下であるクロウは、ツカサを孕ませることを望んでいた。
だから、クロウはこの群れを“ワレン・ポリガミア”だと思っている。
そんな認識だからこそ、自分のつがいが他人に犯されていようが、相手が自分を好きであれば良いという認識が生まれていたのだ。
……まあ、寝取られて勃起する性的嗜好はまた別の話だとは思うが。
(しかし……学者でも無いただの男が、ここまで知っている物だろうか?)
ポリガミアの事は、人族の異種族研究者であればだいたいは知っている。
けれど、それを一般人が知っていると言うのは解せない。学者連中と言うものは学術院の中や家に籠って研究するのが常であり、そういった知識は下々の者の所へはまず降りてこないからだ。
クロウの国でもそうなのだから、人族の国がそうでないはずがない。
下層の民は、基本的に学術よりも生活に役立つ知恵を好む。だから、字を書ける者が居なくても当然だし、農業だけを生涯の己の業とする潔い者も居る。
ツカサの世界ではそうではないようだが、この世界ではそれが当たり前なのだ。
だからこそ、余計にリオルの博識ぶりが鼻についた。
「……お前、高名な学者に知り合いでもいるのか」
「え? ああまあ、そんな感じっすよ」
「…………」
解せない。やはり、この男はおかしい。
本当に学者と知り合いであれば、普通は隠す事などあるまい。むしろ自分を偉い存在だと錯覚させる事が出来るではないか。それなのに、隠すとは妙だ。
軟派なこの男ならば、そんな手だって普通に使うだろうに。
その事が気になって、クロウは探索を止めるとリオルの方を振り返った。
「……お前、何者だ?」
先程から手遊びをして暇をつぶしていたリオルが、クロウの言葉に手を止める。
その表情は、どこかこちらを鬱陶しいと思っているようだったが……目を細めてニヤリと笑うと、リオルは大仰に肩を揺らした。
「やだなあ~。俺はツカサちゃんが可愛いな~って思ったから協力してあげてる、ただの気のいいお兄さんっすよ? 睨まれると悲しいな~」
「ただの気のいい男が、素性を隠してついてくるものか。お前はどうも胡散臭い」
「胡散臭いって……ハハハ、ほんとオッサン達って疑り深いしヤダなあ。つーかさ、そもそも俺を胡散臭いって思う根拠って何? 誰かに入れ知恵でもされた?」
入れ知恵という訳ではないが、この家の花畑を守っている優しい老人になら、しっかりと魔族の話を聞いた。
その話に割り入るようにこの男が出て来たのだから、普通に考えればこの男を疑うのは当然ではないか。しかし、相手はそんなクロウの考えを見抜いているのか、片眉を上げると呆れたように溜息を吐いた。
「は~……オッサンってほんっと頭かてーんだよなぁ。あのサ、俺が怪しい奴か何かって話をどこでされたのかは知らないけど、フツーそれ素直に信じる?」
「……?」
「なんで情報くれた奴が嘘ついてるって可能性考えねーかなぁ。オッサンって変な所で単純だからヤなんだよ。大体そいつ信用出来んの? 信頼してるダチからの情報とかならまだわかっけど、この村の誰かに聞いたって程度なら信用とか全然出来なくね? それで疑われるとかクッソムカツクんだけど」
「…………」
言われてみれば確かにそうだ。
しかし、あの老人が嘘をついていたとは思えないし、この男が潔白である証拠もない。そもそも、彼の発言を疑うのであれば、本当に魔族が関与しているかどうかも解らなくなる。疑い出せばきりがない。
――この家の何かが「離婚の呪い」に関わっている可能性はある。
しかし、あの老人の言葉を全面的に信じると言うのも危険な感じがした。
悔しいが、この軟派な男の言っている事にも一理ある。
「すまなかった。……魔族がいると聞いていて、それが呪いと関係している可能性があったから、獣人に詳しいお前を疑ってしまった」
「あー、なるほど。淫魔って奴か。いやでもさ、淫魔って若い女をどんどん減らすとかやんの? そんなん俺的に超困るんだけど。だいたい、ベイシェールでツカサちゃんと同じ年齢の女子なんて、もういないんだぜ? それが淫魔のせいだったら超ムカツクんだけど」
なんとも女たらしらしい答えだ。
軟派は嫌いだが、一貫した思考をしている相手はそこまで嫌いではない。
クロウは少し緊張を解いて、憤っているリオルに今考えている予想を説明した。
「断定はできないが、可能性は高いと思っている。魅了の術が使えて、変化の術も得意となれば淫魔が有力だからな」
「へー、淫魔って変化の術使えるんだ。固有技能が増える種族ってのは羨ましいよなあ。ま、俺には話術と魅力があるから、かんけーねーけど?」
「謎の影も正体が魔族であれば納得できる」
「無視っすか。……でもさあ、魔族がどうのって、そういうの知ってるのは学者か冒険者くらいじゃねーの? つーか、魔族だと断定できたソイツって、ホントに村の奴なの? この村には冒険者も学者も住んでねんだけど」
リオルの言葉に、クロウはほうと息を吐く。
(そうか、確かケーラー・ガメイラは冒険者の娘という話だったな。もしあの老人が本当に彼女のお供だったなら、魔族と断定した事にも納得がいくが……)
しかし、それを解っているのならどうしてあの老人は何もせずに、ただ花畑だけを守り続けていたのだろうか。彼が本当に“お供”であり、彼女の不名誉を嘆いていたのならば、彼女が望まぬ事は何としてでも止めようとしたはずだ。
聡明で貞淑なケーラー夫人が、このような悲しい呪いを生むはずがない。
例えそこまで歪んだ妄執を残して死んだとしても、真の彼女を知っているのなら呪いは不名誉だとして、どうにかして解呪しようとするはずだ。
忠義に厚い従者であれば、そうなることは必然だろうに……。
そこが引っ掛かって腕を組んだクロウに、リオルが伺うように問いかけて来た。
「なあ……もう一度聞くけどさ。ホントにその淫魔じゃねーかって教えてくれた奴、信用できる奴なのか? もしかして、そいつ自身が淫魔って可能性無い?」
「え?」
「淫魔って変化の術が使えるんだろ? だったら人畜無害な老人に化けて、色々な悪さをしてるって可能性もあるんじゃないのかねー」
「…………」
それを言われると、最早何を信じたらいいのかすら解らなくなるのだが。
……けれど、その推測に耳を傾けない事など出来なかった。
「あとさ、なんつーか……あのオッサンも、俺達出し抜いてよくヤるよねえ」
深緑色の瞳が、やけに真剣な眼差しでこちらを射抜く。
その瞳の向こう側で、愛しい誰かの啼き声がはっきりと聞こえて来て、クロウは二階で今何が起こっているのかをはっきりと認識した。
(…………本当に、好き勝手によくやるものだ……)
――自分は、この群れの二番目の雄だ。こんな事など、気にしてはいない。
その、はず。
だったのだが。
何故か、体の内では今まで感じた事も無い憤りが湧き上がって来ていた。
→
※【ポリガミア】
獣人全般に見られる特殊な集団生活の形態、または個体群の名称。
大きく五つの分類からなり、種族や一族によって細かい部分が異なる。
ここで言う「オス」とは組み敷く側の男女の事であり、「メス」は
母体になる男女の事である。獣人の世界でも、性別による区別はない。
●コロニー
一妻多夫制のポリガミア。基本的にメスが上位に立ち、オスを指揮する。
コロニーの中のオスは全てメスより弱いもの、または信奉者である。
●プライド
一夫多妻制のポリガミア。基本的にオスが上位に立ち、メスを支配する。
プライドに属するオスとメスは非常に好戦的。
●パック
一妻一夫制のポリガミア。一組の夫婦が多数の仲間を指揮・支配する。
実質的にはプライドとコロニーの中間にあたる。
●ワレン
多夫多妻制のポリガミア。強い者が下位の獣達を指揮・支配する。
ワレンには「平等な権限があるが、オスが一人だけ」というものや
「メスが一人だが、そのメスには権限が無い」というメスが奴隷的な扱いの
ワレンも存在する為、「分類できない物」という意味も含まれる。
●ケージ
メスのみ、またはオスのみで構成される特殊なポリガミア。
一説には非常に古い形態の原始的ポリガミアであるとされている。
放浪を行う獣人族には「パック」が多く、定住型の獣人は基本的に
一妻多夫、一夫多妻の兆候が見られるという。
これは放浪による団結を強めるための血族を欲したがゆえのことと
効率よく部族を増やすために考えられたがゆえの事に二分される。
(あとこの世界には近親交配による奇形などは存在しません。
気の混合によって種から子が生成される設定なので、種自体がおかしく
なければ近親相姦しても普通に子供は生まれます。まあ人族だけは
そういうのは本能的に忌避したりしますし、それを続けると
子供の能力が乱高下するのでやらないと言う種族もいますが)
これ以上に詳しく設定したものの、出す予定があるかどうかは不明…
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