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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
15.嵐の前のなんとやら
しおりを挟む「ツカサ君なにしてたのさ。はっ……まさかこの程度でお腹が冷えて……」
「いや、そこまで腹が弱くは……じゃなくて、待たせて悪かったな。ブラックの方こそ頭冷えてないか? 風邪ひくといけないから、ちゃんと乾かせよ」
井戸のそばにあるベンチで座って待っていたブラックと合流して、部屋に帰る。
今はまだ変に勘繰られていないので安心だが、しかし妙な勘違いをされるのは少々いただけない。
必死に話題を逸らしつつ、爪先を上げてブラックの頭をタオル代わりの布でガシガシと拭くと、相手はすぐにだらしない笑みを浮かべた。
「えへへ……ツカサ君もっとして~」
「…………」
うん、キュンとはせんな。やっぱあの変な感覚はおかしかったんだな……。
それに、ブラックも俺に「変な感じじゃない?」とか「体が熱くなってない?」とか聞いてくる気配はないから、薬の可能性もナシ。
媚薬とか使ってたら、こいつの事だから絶対に媚薬を使ったってを匂わせる事を問いかけてくるはずだ。俺のアイス一年分を賭けても良い。
……となると、やっぱあの異変は他の事が原因なんだよな……。
「ツカサ君?」
「わーったわーった。部屋に帰ったら好きなだけ乾かしてやるから」
「明日も! 明日もだよ! 起きたら髪梳かしてね!」
「はいはい」
そういやロクとの触れ合いの代償に、一週間は甘やかせとか言われてたっけ。
上機嫌の笑顔でむふむふしている姿は、とてもじゃないがまともな大人に見えない。でもまあ、人畜無害で人懐っこい笑顔の時は、えっちな事より甘える事の方が大事みたいだし良いけどさ。
甘えるくらいなら……ま、まあ、俺だって別に、嫌じゃないし……。
「つーかーさーくんっ」
「おわっ!? ああもう、歩いてる時に抱き着いてくんじゃねーよ!」
ほんとこいつは調子に乗り出すと際限ねーなーもう。
重たいオッサンを引き摺りながら部屋まで辿り着くと、大人しく待ってくれていたクロウが不機嫌そうに眉だけを顰めてこちらを睨んできた。
ああ、耳が垂れてる。拗ねてるんだ……ケモミミは正直とか、ほんと獣人は可愛すぎか……!
「ツカサ、ブラックに不埒な要求をされてないか? 大丈夫か?」
「お前は本当に僕に対して失礼だな」
「大丈夫、何もされてないからー。おい離せッ」
ぺしんと頭を叩いてブラックを離すと、俺はクロウに近付く。
クロウはと言うと、ベッドに不貞腐れたように座り込んでいて、年齢の事や体格を考えなければなんだか可愛い。
「ツカサ……独りで大人しく待ってたぞ」
「うっ……ごめんごめん、寂しかったよな」
思わず頭を撫でると、ぴょこんと熊耳が立った。
「もっとしてくれ」
「はいはい」
「おいこらクソ熊、なに調子に乗ってんだ!」
「このくらい良いじゃん。アンタだって置き去りにされたら嫌だろ?」
そう言うと、ブラックはぐっと言葉に詰まる。
流石に寂しい事を体験するのは嫌なのか、クロウを忌々しげに睨みながらも俺が触れるのを許してくれた。よしよし、さっきイチャついたのが効いてるな。
「ツカサ」
「ああ、ごめんなクロウ」
黒に近い群青の髪を撫でると、クロウは少し目を細めて嬉しそうに口の端をぎゅっと上げる。一目見ただけじゃ喜んでるかどうか判らないくらいの笑顔だけど、これでも物凄く喜んでるんだよな。
だって、その証拠に耳がぴるぴる動いてるし。可愛いすぎか。
「しかし……クロウもちょっと髪がパサついてるな」
「ん、そうか? 触り心地が悪かったならすまない」
「ああいや、それは良いんだけどさ……ブラックもクロウも長い髪が似合うのに、髪が傷んでるのは勿体ないなって。俺はそういうの似合わないからしないけど、だからこそ気になるって言うか……ほら、親しい者としては、二人の髪が長続きするように、手入れとかして欲しいと思う訳よ」
クロウは結構ボサボサしててボリュームのある髪だから、髪をポニテにしてても襟足だの短いのだのがバサバサ出てて、真正面からじゃイマイチ長髪感が無いが、しかしそれでも長い髪には変わりない。
二人とも折角それが似合ってるんだから、どうせなら大事にしてほしいよな。
やっぱトリートメントを奨励……いや、この場合俺が二人にしてやらなきゃいけないのか……? こいつら絶対そういうのこまめにしなさそうだもんな……。
「ツカサがそれで喜ぶならやるぞ」
「ぼ、僕だって! ツカサ君にいっぱい髪触って欲しいし!」
台詞だけ。台詞だけなら可愛いんだけどなぁ……。
我慢できなくなったのかブラックが背後から俺の腰に手を回して持ち上げ、そのままベッドへと運ぼうとする。クロウは沢山撫でられて満足したのか、それに特にコメントする事はないようだった。
うん、なんていうか二人ともゲンキンだね。
「ツカサ君、僕の髪の毛も拭いておくれよぉ」
「あーもーはいはい!」
そう言えばそんな事言ってましたね!
ったくもう、本当子供っぽいんだからなあ……。
……そうは思いつつも、拒否は出来なくて。結局ねだられるままにベッドの上でブラックの髪を丁寧に拭いてやり、一段落ついた所でベッドに入る事にした。
もう今日は遅いし色々疲れたし、さっさと寝てしまおう。
「灯りを消すぞ」
「う、うん」
サイドチェストに置いていたランプを消して、クロウは自分のベッドへ。そして俺はブラックにガッチリホールドされて狭いベッドに一緒に潜り込まされる。
「ツカサ君……」
薄暗くなりなり、ブラック早速俺の肩口に顔を押し付けてくる。
チクチクする頬を首筋に押し付けて肩の窪みに口を突っ込んできた相手に、俺は思わず反応してしまうが、ぐっとこらえて背後の中年の頭を軽く叩いた。
「こら、今日はやんないからな」
隣でクロウも寝てるし、恥ずかしいのやだぞ。それに、今えっちしたら何か変な事が起きてしまいそうで、ちょっと怖いし……。
だいたい明日は核心に迫るかも知れないんだ、腰が痛いとかごめんだぞ。
そんなことを考えての俺の拒否に、ブラックはぶりっこのつもりなのか、「ぶー」としょうもない声を間近で漏らしたが、今日は仕方がないかと呟いて俺を更にぎゅっと抱きしめた。
「まあでも、ツカサ君も疲れたもんね。僕達が教えた事をちゃんと守って、ナンパ男と距離を保とうとしてたし……まあ、迂闊な所が出て沢山触られてたけど……」
「あ、あはは……こ、今後はいっそう気を付けます……」
思い出し怒りで不機嫌になりかけたブラックに、慌ててそう返答しつつ落ちつけと頭を撫でる。すると、荒い鼻息を俺に吹きかけていたブラックは段々と穏やかな呼吸に変わって行き、腕の拘束が緩くなり始めた。
「…………ブラック?」
小さく呟いてみるが、相手の返事は無い。
まだ少し湿った頭から手を離すと、相手はもう寝息をたて始めていた。
本当に寝ているのだろうか。
俺の体重をかけていて心配だったブラックの腕を体の下から引き抜き、頭を枕に置いてみる。が、やっぱり相手は寝ているのか一つも不満を言わなかった。
くるりと寝返ってブラックの顔を見ると……だらしなく口を開けて、涎を垂らしながらぐーすか寝ている。子供みたいな寝顔だった。
大人の威厳なんてまるでゼロな姿に、俺は思わず苦笑してサイドチェストに置いていた布で相手の口を優しく拭ってやる。
こんだけやっても起きないんだから、冒険者が聞いて呆れるよなあ……。
「ま、いいけどね……」
それだけ安心しているんだろうと思うと、俺も悪い気分じゃないし。
間近に有る顔を見ながらそう思うと、何故か自然と笑ってしまう。それは、俺もなんだかんだで安心しているからかもしれない。
だって、誰かと一緒に寝てればきっと……昨日みたいな悪夢は見ないだろうし。
そう考えると少し気が楽になって、俺は向かい合った相手に少しだけ近付いた。
別に、抱き着きたいからじゃないぞ。その、あれだ。こうして近付いていた方が、何か有っても大丈夫かなって思っただけだし、それに、ベッドが狭いから転げ落ちないようにしたかっただけだし……。
とにかく、一緒に寝てる以上仕方がないのだ。
そう自分に言い聞かせて、俺も寝ようと目を閉じる。
あ、そうだ。リオルにあの貝殻のお菓子をお土産に包んで貰ったんだっけ。
今日は色々あって忘れてしまっていたが、明日は二人に食べて貰おう。
――二人が美味しい物を食べて笑う所を想像をすると、なんだか嬉しい気分になって、気持ち良い眠気に包まれていく。
淫魔とか悪夢とか、この村では変な事が起こってばっかりだし、体の変化も色々と気になる所だけど……今は、せっかく良い気分なんだ。難しい問題は後回しにして、今日はもう寝てしまおう。
どのみち、原因が分からない今の状態じゃブラック達には話せないし……それに「自分が淫乱なだけでした」とかいうオチだったら目も当てられない。絶対話した事を後悔するよそんなん。自爆じゃん。
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