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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
12.ジンクスが破れる所は出来れば見たくない
しおりを挟む貝殻のお菓子、と言うからてっきり貝の形をしたマドレーヌとかクッキーだとかそう言う物を想像していたのだが、あのホテルの中の店で出て来たものは、本物のでっかい貝殻だった。
どうやって食べるんだと最初は面食らったが、リオルの話によるとこれはなんと「食べられるように加工した貝殻」で、昔は名物としてよく観光客が食べていた物なんだとか。実際齧ってみると、俺の顔ほども有る白い貝殻はサラダせんべい並に柔らかくて、それでいてサクサクとしていた。
口当たりはとても軽いのに、程よい甘さが伝わってくるのが凄い。
軽く塩を振るとさらに美味しいと言われて試してみると、実際かなりオツな味で大きい貝殻をペロリと平らげてしまった。
……食べた後で思ったんだが、これってもしかして、白くて甘いコーティングがポツポツと付いていて、婆ちゃん家によく置いてあった、あのソフト煎餅の逆バージョンなのでは……。あの、ナンタラの宿っていうあのお菓子の……。
いや、深い事は考えまい。とにかく懐かしい味で凄く美味かった。
どうやらこの貝殻はこの村でしか採れない上に、製法も秘密との事で、自分では作れそうになかったが、近場なんだしまた買いに来ればいいので問題は無い。
ブラック達へのお土産も奢ってもらったし、俺的にはオールオッケーだ。
……いや、オッケーじゃないな。まだリオルから全部情報を引き出せていない。彼は先程「呪いに掛かって村から出て行った女性達は、伴侶を深く愛していて、男にはまるで耐性が無かった」と言っていたが、あの口ぶりではまだ何か隠しているような感じがする。
というか相手も「もっと色々知ってますよ」と言わんばかりの態度なので、ここでハイさよならヨとは行かないのだ。
俺としてはさっきの店でさっさと帰りたかったのだが、ここで別れるとリオルとは二度と会えないような気がしたので、仕方なく相手に付き合うしかなかった。
今度は「観光客が必ず立ち寄ってた観光名所に行くぜ~!」とのことだったが、分かっちゃいたけど本当これまんまデートコースなんですね……。ショッピング(未遂)にお茶に観光名所って……いくら愛しの彼女のためのリサーチとは言え、男同士でムサすぎ……いやこの世界ではそんな思考はないんだっけ……。
でも俺的にはやっぱり納得いかん訳でして。男女がするようなガチのデートは、まだちょっと抵抗があるんですよやっぱ。だって俺異世界人だもん。
そんな俺の態度を知ってか知らずか、リオルは上機嫌で俺の隣を歩きながら鼻歌なんかをふんふんと漏らしていた。
「ツカサちゃんも楽しんでくれているようで何より何より」
「う……まあ、それは……いやでも、結局これって予行演習なんだろ? だったらさあ、俺みたいな男じゃなくて、女の子を誘った方が良かったんじゃないか?」
そもそも俺の好みはリオルが狙っている彼女とはまるで違うのではないか。
宝石だって上手く選べなかったし、やっぱサンプルとして不適格なのでは。
少し心配になってリオルを見上げると、女子が好きそうな線の細いイケメン顔が微妙な感じで歪んだ。
「ううーん……鈍いってもんじゃないなぁ……まあそこが良いんだけども」
「ん?」
「いやいや何でもないっすよぉ~。さ、観光名所に行こうか」
よく解らん奴だ。
首を傾げながらも付いて行くと、リオルは港から北の方へと歩いて行く。
あの小人っぽいお爺ちゃんが居た白い砂浜とは逆方向だけど、何があるんだろう。端に行っても何もなさそうだけどなと思っていると、港の先の方に桟橋のような道が有り、その先には海に浮かぶ岩が見えてきた。
岩にはぽっかりと入り口らしき穴が開いていて、桟橋はその中へと続いている。
「あれなに?」
「素敵な場所に行く道さ。洞窟になってて、中がちょっと暗いから気を付けて」
昼間だしお化けは出ないと思うが……しかし進まないと話にならないか。
意を決して入り口に踏み込むと、道は緩く下へと続いていて、途中からまた緩い上り坂になっているようだった。蝋燭のお蔭であまり暗くはないが、しかし海の中のトンネルだと思うとちょっと怖い。
とか思っていたらリオルが肩を抱いて来たので、ぺしっと叩いて俺は早足で洞窟を抜ける事に努めた。
「ああんツカサちゃんつれないなあ」
「だからっ、俺はアンタの彼女じゃねーっつーの!」
後ろからブラック達も見てるんだし、俺が怒られるような事をするんじゃない。
あえて煩く騒ぐと、流石のリオルもあまり触れない方が良いと思ったのか、降参だと言わんばかりに両手を上げた。
「はー。まあいいけどね~。ツカサちゃんと逢引してるだけでも楽しいし」
「じゃあ最初から余計な事やるんじゃないよ」
「心外だなあ。俺は、逢引する相手に最大限誠意を持って接してるんですよ~? 逢引する相手の肩を抱いたり手を繋いだりするのは愛情表現の一種じゃないのー。ツカサちゃん固いよ~」
「女の子にゃ嬉しいかも知れないけど、俺は嬉しくねーんだよ。つーか俺に対しては、そうする意味が無いだろ」
「いや、まあ……うーん本当に男の子はわかんねえなあ」
今まで女性しか相手にしてこなかったかのような言葉に、俺はちょっとおかしくなって笑った。まあそりゃ勝手が違うだろうな。
もっと言うと俺はこの世界の男とは価値観がだいぶ違うので、上手く行かないのは仕方がない。そう思うと少しリオルが可哀想になったけど、しかし本音を言えばチャラいイケメンが困ってる姿はちょっと面白い。
ほんのり楽しくなりながら緩い坂道を登って行くと、出口が近くなり始めた。
先には何があるんだろう。
そう考えながら外に出て、俺は周囲を見回した。
「あれ……崖?」
どうやらここは村から少し離れた場所で、切り立った崖の上らしいのだが……空と海と背後には草原が見えるだけで、特別なモノは何もない。いたって普通の崖だ。
どういう事かと思っていると、リオルが崖の先端の方を指さした。
「ツカサちゃん柵から下を見て」
リオルにそう言われて、素直に崖の下の柵を確認して――俺は息を呑んだ。
「うわっ……!! 砂浜に……森……? それに白い樹……あ、あれもしかして、シンジュの樹か……!?」
崖の下には小さな入り江が有り、その入り江の一角には小さな森がある。さらに言えば、そこにはぽつぽつと白い倒木が見えていた。
なるほど……シンジュの樹がどういう風に保護されているのかイマイチ良く解らなかったけど、これなら他の場所にシンジュの樹が侵略することもないな。
「ここが観光名所だよ。神秘の入り江ってんだ」
「へー……なんで神秘?」
小さな入り江に森が在るのって、やっぱり珍しい事なのかな。
神秘と言う言葉がどこに掛かっているのか解らなくて首を傾げていると、リオルが俺のすぐそばにきて、同じように柵に凭れかかった。
「普通に見てたんじゃ、ただの崖だよ。ここは夜がすげーんだ。夜にあの入り江に月光が降り注ぐと、シンジュの樹がキラキラ輝いてさ、その光につられて、この近海に潜んでる発光する魚が集まるんだよ」
「ほぉお……! すっげー……!!」
「で、その光る魚の中でも桃色に輝く特別な奴が居てな、それを恋人同士で見ると夫婦円満になる……っていう噂が有ったんだけど」
「…………まあ、ええと……現実って悲しいよな……」
言い伝えやジンクスってのは結局人間が作ったもんだけど、それが叶わないのを知らされてしまうと物凄く切なくなってしまう。
別に「神様が叶えてくれる」とかの根拠がある訳でもないのがジンクスだけど、でもそれはきっと誰かが「そうなればいい」とポジティブな思いで考えた物だったのだろうし、沢山の人が良い事を願うってのは決して悪い事じゃないよな。
実際、そんなジンクスを信じて願う人達の姿は微笑ましいし……。
だからこそ、彼らの願いがぶち壊された事を知ると悲しくなるわけで。
潮風が目に染みるなあと目を擦っていると、リオルがふっと苦笑した。
「人の願いや想いなんて、脆いもんだよなぁ……。どんだけ思ってたっていつかは壊れるし、永遠に続くことなんてないんだ。なのに簡単に信じて、縋って、勝手に打ち砕かれるんだから、ほんとたまんねぇよな……」
感傷的な声に思わず相手の横顔を見上げると、リオルは悲しそうな、苦しそうな不思議な顔をしていた。
……今までのへらへらした表情とはまるで違う、真剣な顔だ。
どうしてそんな顔をしているんだろうか。
「……リオル……?」
問いかけると、相手はハッとしてまた軟派な顔に戻ってしまった。
「あはは、格好いいこと言っちまったけど、どうよツカサちゃ~ん! 惚れた? 俺に惚れちゃったかな?」
「あ、アホか!! アンタそんな事女の子の前でやったら絶対怒られるからな!」
「まあツカサちゃんが怒るくらいだしねぇ~」
語尾を上げるな! チャラ男具合が酷くなるだろうが!
心配したらすぐこれだよ。ちくしょー、この世界の男って奴は、どうしてこう俺より調子に乗りやすいんだ!
近付いて来ようとするリオルから距離を取ろうと逃げると、リオルはさきほどのシリアスな自分を忘れさせようとするかのように、やけにハイテンションになって俺を追いかけてきた。
「あははは、逃げなくても良いじゃんツカサちゃ~ん!」
「わーっ!! 抱き着こうとするな腕を広げるなァ!! お、お前本当いい加減にしろよ!? これ以上何もないんだったら早く情報よこさんかいコラァ!」
いつの間にか洞窟の入り口の所でオッサン二人がめっちゃこっち見てるし、イライラしたような視線をぶつけて来るし、何よりこの後が怖くて鬼ごっことかしてる暇などない。もういい加減解放してくれ、俺が怒られるんだから。
あんまりからかうとブラック達の方に逃げるぞ、と警戒心マックスで毛を逆立てると、リオルは仕方ないなあと笑ってやっと追いかけて来るのをやめてくれた。
「まったく、こんだけ難攻不落な子は初めてだよ」
「さ、参考にならなくて悪かったな」
「いや? 十分参考になったけどなぁ~。こういう子はガンガン攻めて言った方が良いとか、強引に溺れさせちゃえば良いんじゃないか……とかさ」
「ひ、ヒィイ……冗談きついんですけど……」
さらに距離を取る俺に、リオルはまたニヤニヤと笑いやがる。
俺を落とすためのデートじゃなかっただろうに、何でそんな事になるのか。
しかもブラック達の前でそんな事を言うなんて、お前命が惜しくはないのか。
他人事ながらも怖くてガクガクしていると、リオルはごめんごめんと軽く謝りながら、からかうような態度を止めて近付いてきた。
ほっ……も、もう流石にやめてくれたか……。
「じゃあ、情報教えてくれるよな?」
チャラついた茶髪をくるくると指で巻くリオルにそう言うと、相手はにっこりと笑って腰に手を当てた。
「また会ってくれるなら」
「ぐ……」
「冗談冗談、ま、これ以上連れ歩いてたらオッサン達に殺されそうだし……今日の所はここまでにしておこっかな。……じゃあ、さっきは言わなかった情報を教えてさしあげましょう」
仰々しくお辞儀をして、リオルはぴっと人差し指を立てた。
「さっき言った情報だけど、あれにはもう一つ重要な情報があるんだよね。恐らく俺だけしか気付いてないと思うんだけど……」
「リオルだけしか気付いてない事……? それってなに?」
「この町を出た女性たちはみんな、伴侶に愛想を尽かす前に頻繁に外出するようになってるんだよ。……もちろん、買い物とかそういうんじゃないぜ? 目的不明の用事で、みんな伴侶から離れるようになっていったんだよ」
「外出が多くなったって……」
それ、テレビで言ってた不倫とかの特徴に似てるんだけど……でも、多分違うよな……この村で不倫が多発していたとしても、やってた張本人が“一人で”家出していて、しかもそれが頻発しているんだから、そんな普通(と言っていいのかどうか微妙だが)の事が原因のハズは無い。
俺の考えを読んだのか、リオルはさもありなんと頷く。
「不倫っぽいよな~。いやさぁ、俺もよく出歩くから気付いたんだけど……でも、不思議な事に、出歩いてる彼女達って突然消えちまうんだよな。尾行しても無駄なのよ。しかも……ここがもう一つの超重要な話なんだけどな? しかも、彼女達が妙に外出するようになってから、謎の影が妙に出始めるんだよなぁ」
「えっ!?」
「俺も何度か見たから間違いないぜ。他の奴らはイマイチ理解出来てないみたいだけど、俺は絶対にあの影が貴重な女の子達に何かしたと思ってるんだ。……だから、それをツカサちゃんには教えたかったのさ」
貞淑な女性たちの変化に、謎の影……。
それを考えて、俺はふと浄水施設で聞いた話も思い出した。確か、時々水が変に減る事があると言っていたけど……もしかしたら、それも関係あるかもしれない。もっと詳しく訊けば、水が減っていた地区くらいは特定できるかも。
原因の区域に絞って聞き込みを行ったら、何か分かるかも知れないぞ。
ああ、あと今日行ったデートスポットとかを探ってみるのも良いかもな。
もし謎の影が彼女達になんらかの工作をしたとすれば、宝飾品店とかで無駄遣いとかしてるかも知れん。不倫っぽいってのは案外重要なワードかも。
そこまで考えて、俺はある事に気付いて声を漏らした。
「あ……もしかして、今日のデートって……外出した彼女達が行きそうで、しかも外様の俺達には解らない場所を、俺に教える為に……?」
そう言うと、リオルはイケメンスマイルで爽やかに笑った。
「俺はツカサちゃんの味方だし? ……だから、今度はちゃんと、普通の逢引してくれよな。代役とかなんとか言いっこなしで。約束だぜー?」
軽い口調だけど、でも、やってくれた事はイケメンそのもので、そのケがない俺でもちょっとドキッとしてしまった。
けれど、こんな時に限ってリオルは何もして来る事は無く、また会おうねと投げキッスを寄越すと、そのまま別れを告げて帰って行ってしまった。
……ず、ずるい……やっぱイケメンってずるい……。
「ツカサ君!」
リオルが帰ったのを見届けると、ブラック達が駆け寄ってくる。
不覚にもドキドキしてしまったが、イケメンが格好いい行動を見せつけて来たら、誰だってときめいてしまうはずだ。俺は悪くない。悪くないぞ。
必死に心を落ち着けつつ、俺はブラックとクロウの顔を見上げた。
……よ、よかった。不機嫌な顔をしてるけど、そんなに怒ってないみたいだ。
「ったくあのクソ若造、長々とツカサ君を拘束して……」
「ツカサ、洞窟の中で変な事はされなかったか?」
「う、うん、大丈夫。それよりさ、聞いてよ二人とも……」
今さっきリオルに聞いた事を簡単に説明すると、二人は何故か既に知っていたかのような顔で眉根を寄せた。
何だ、なんですぐ理解してんだ。もしかしてまた心を読んだのか?
「……なるほど、ね。確かにあいつの言う事が本当なら、色々と繋がってくる」
「俺、水が急に減るのも何か関係があるんじゃないかと思ってるんだけど……」
「ふむ……そう言われると、何かしらの関係性はあるかもしれん」
俺の考えに同意してくれる二人だが、しかし何だか解せないような表情を浮かべている。一体何が引っ掛かっているのかと首を傾げると、ブラックは思案するように顎に拳を当てた。
「…………謎の影が、何十年も女性達を操って……か」
「考えられない事だが……一つだけ、思い当たる事がある」
「え? あんの?」
思わず聞くと、ブラックが思わしげな眼でこちらを見た。
「人族の大陸だし、姿を現す事なく何十年も留まっていられる訳がないから考えてなかったけど……これなら納得がいくんだ。……いや、トランクルの森にあんな存在が潜んでいたという時点で、その事を考えておくべきだったのかもしれない」
「だから、その納得のいく原因って何?」
勿体ぶるなよと口を尖らせると、ブラックとクロウは顔を見合わせてから、もう一度俺に向き直って答えた。
「この村の女性達が去って行ったのは……魔族のせいだって事だよ」
「しかもそれは……淫魔や悪魔と言った、とても危険な類だ」
え…………。い、淫魔……?
淫魔がこの事態を引き起こしてるって……どういうことなんだ……。
→
※次はまたやらしい感じ
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