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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編
6.本当に欲しいものは中々人には言えない
しおりを挟む元々、俺の持つ裁縫スキルはそれほど高くなく、かと言って家庭科の先生に何かの指摘を受ける事も無い平々凡々な腕前だったが、この世界に来てからはちょっとだけ上手くなった気がする。
色々と後片付けもして、下着やズボンを取り返してやっと人心地ついた俺は、ベッドに腰掛けて赤い布を縫っているんだが……我ながら素晴らしいほどの手際の良さに、自画自賛でちょっと得意になっていた。
たぶん、オーデルのナトラ教会でチクチクやってたのが効いてるんだろうけど、俺ってば実はこう言う細かい仕事とかが合ってるのかな?
これなら服飾の仕事とかに就けるかも!
女の子に服を作る職人か……ふ、ふふ、色々と捗るな……。
「ツカサ君なんでニヤニヤしてんの」
「な、何でもないっ! いやーしかし、布を取り扱ってる店があってよかったよ。しかも良い布でもわりと安かったし、本当助かるわ」
裁縫道具も宿の女将さんから借りて実質タダだし、ほんとラッキーだ。
お爺ちゃんが帽子を被って不快感が無いように、極めて丁寧に裏地を縫いながら糸を布に通していく。
そんな俺をじいっと見つめながら、ブラックとクロウは安物の酸っぱいワインを飲みつつテーブルに懐いていた。大人しくしているのはありがたいが、そこまで見つめられるとなんだかむず痒い。
ブラックがちょっと不満そうな顔をしているのはまあ良いが……クロウのとろんとした微睡んだような視線は何なんだろうか。
酒豪第二号のクロウが安物ワインの二三杯で酔う訳もないし……。
ちょっと気になって集中できないので、俺は手を止めてクロウに問いかけた。
「あの、クロウ……どうかした? 酔っちゃったのか?」
そう問いかけると――クロウは目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「いや……ツカサは日に日に、子を産む存在に相応しくなっていくなあと……」
「ん゛ん゛!?」
ちょっと待て、子を産む存在ってなんだ。
いくら俺に子供を産ませたいからと言っても、言っていい事と悪い事があるぞ。俺のどこが子供を産むのに相応しいんだよ、俺は男。お・と・こ!!
この世界が男も妊娠するのが当たり前と言っても、普通に体格からして女の方がふさわしいでしょーが! アドニスも女の方が子を産むのに優れてるみたいな事言ってたんだぞ、研究者のお墨付きだぞ! あいつ植物研究者だけど!
「確かに、料理に掃除に裁縫に農業も問題ない、そのうえ可愛くて体の味も極上とくれば、立派な妻だよなあ」
「お、お前も話に乗るなよ!」
つーか農業って! 農業も良妻の基準に入るの!?
二人ともお願いだからそう言う目で俺を見るのはやめて!
「もうやだ金輪際裁縫しない絶対裁縫しない……」
高校の家庭科がアダになった……誰だよ男にも被服せいとか言った奴は。
いや俺も速攻で忘れりゃ良かったんだろうけどさ、学校で配られたプリントに載ってた、可愛い【ちびくまマスコット】が作りたくてつい……じゃなくて。
とにかく、酒呑んでるオッサン達は無視だ無視。
お爺ちゃんに喜んで貰えるようにしっかり縫い合わせて形を仕上げると、解れたところや不格好な所がないかときちんと確認する。
結局夜中までかかってしまったが、帽子は無事に完成する事が出来た。
「出来た―! ……っと……」
やっと帽子以外の事に気を配れるようになって、ふとテーブルの方を見ると。
「ありゃ、寝ちゃってる……」
さっきまでいらん話ばっかりしていたオッサン達は、テーブルに頬をくっつけて実に安らかに目を閉じていた。
テーブルや床にはワインの瓶が少なくとも十本は転がっていて、相当に暇を持て余して飲んでいた事が知れた。どうも結構時間が経っていたらしい。
ちょっと申し訳なくなって、俺は瓶を片付けると二人の肩を揺らした。
「ほら、ちゃんとベッドで寝ろよ」
「んん……」
「ふぇ……つかしゃくん……?」
クロウはぐっすりと眠っているが、ブラックはまだそれほど酔っていなかったのか、鼻の頭まで真っ赤にした顔でとろんとした目を向けて来る。
……これでドキッとくれば俺も一人前のナントカなんだろうけど、残念ながら俺にはただの飲んだくれオヤジにしか見えない。
むしろ仕方がない奴だなとしか思えないと言うか……まあ、ほっとけなくはあるけど……で、でもそれは、こんな所で寝たら風邪ひきそうだって思うからだし。
とりあえず、ブラックの頬を軽く叩いてみると、相手は子供がぐずる時のような声を出しながら起き上がった。
「ふぁ……ごめ、寝てたよ……」
「それは別にいいけど、ヒマだったんならベッドに入ってて良かったんだぞ?」
「ん、いや……だって、ツカサ君が裁縫してる所を見ていたかったからさ……」
俺が裁縫してる所を?
何だってそんなつまらなそうな姿を見てたんだと眉を上げると、ブラックは苦笑しながら俺に寄りかかるように抱き着いてきた。
「うぉおっ、と、おいコラ!」
「だって、だってさぁ……なんか……いいなぁって思って……」
「へ……?」
ずりずりと椅子からずり落ちながら立ち上がって、ブラックは真正面から俺をぎゅうっと抱き締める。
アルコールの臭いが降って来て俺は思わず息を止めたが、ブラックは構わずに俺の頭を背後から掴んで、自分の胸に押し付けてくる。
そんな事をされると、なんだか妙に動けなくて。
「ぶ……ブラック……」
「ずるいなぁ……僕だって、ほしいよ……ツカサ君の作ってくれたもの……」
「え……」
抱きすくめられて、そのまま抱えられるように歩かれて、ベッドに倒れ込む。
だけどブラックはよっぽど酔っているのか、俺を抱いたまま動かなかった。
「つくって……くれたもの……僕だけの…………」
頭の上で甘ったれたような大人の声が聞こえる。
だけど、俺が何かを言う前に、それは寝息へと変わってしまった。
「…………ブラック……」
僕だって欲しいって……まさか、俺に何か手作りの物を作って欲しかったって事なんだろうか?
だから、お爺ちゃんの帽子を作ってる俺をじっと見て、思わず酒を飲みすぎちゃって、こんな風に泥酔してしまったんだろうか。
「…………」
力の無くなった逞しい腕から少し逃れて、ブラックの顔を見る為にずり上がる。
濃くなった無精髭と子供のような無警戒の寝顔は、とてもいい年をした大人とは思えないくらいにだらしなかった。
でも、その顔は、どうしてか俺には少し可愛いように思えて。
「……なんだよ、ちゃんと普通に欲しい物あるんじゃないか」
前髪をかき分けてやって、少し汗ばんだ額を撫でる。
俺の肌の質感とは少し違う肌を指で拭って、俺は苦笑した。
――――そっか。
ブラックはプレゼントなんかには興味ないと思ってたけど……普通に、そういう物も欲しいって思ってたんだ。
「…………欲しいって言ってくれたら、俺だって考えたのに」
そう言えば俺、ブラックには貰ってばっかりだったなあ。
曜術も教えて貰ってるし、いつもこいつの知識には助けられている。
一緒に居る事が当たり前だって、必ず助けて貰えるって無意識に考えちゃうほど……ブラックには、頼ってるんだよな……。
それを考えると、クロウにも申し訳なくなってくる。
俺は本当に、二人に頼ってばっかりだ。
……でも、俺のプレゼントで喜んでくれるかな?
贈り物程度で今までの恩を返せたなんて思わないけど、欲しいって言ってくれるんなら、その、俺だって……。
「…………でも、手作りか……」
今時そう言うのって流行んないけど……オッサンなら嬉しい物なのかな。
だったら……うん……。
でも、何を作ったらいいんだろう。二人が喜ぶ物ってなんだ?
二人とも冒険者なんだし、何か使い勝手の良いモノの方が良いよな。うーむ……俺が作れるような物が有ればいいんだけど……。
――そんな事を考えていたら、俺もいつの間にか眠ってしまっていた。
◆
翌日、酒の臭いにやられて少々気分を悪くしながら目覚めた俺は、憎らしくなるくらいに元気な中年二人と一緒に浜へと向かった。
なんで酒を飲んでいない俺より元気なんだと本当にイラッとしたが、それを詰ると「ツカサ君は本当にお酒に弱いよねぇ~」と言われてからかわれるので、ぐっと堪える。そんな事よりお爺さんだ。
昨晩しっかりと作り上げた赤い帽子もちゃんと手に持って浜に到着すると、そこにはもうお爺さんが座って待っていた。
今度はブラック達にもちゃんと確認出来たらしく、お爺さんの小人サイズな感じに大きく慄いていた。……あれ、やっぱあのサイズのお爺さんって珍しいの?
「あ、あの老人……なんであんな極小サイズなんだい……」
「あれは穴熊族? いやしかし耳がないし、においがしないな……土竜族か、いやそれだと耳が在るのはおかしい、しかしあんなに小さい老人は……?」
何だか余計に近付きがたくなってしまったみたいだが、やっぱこの世界では小人も珍しい種族なのかな……いやでも、小人ってファンタジーでは鉄板だし……。
そう言えば、妖精の国には小人っぽい妖精達もいたから、もしかすると小人族も妖精の括りだったのかもしれないな。
……しかしそれだと、あのお爺ちゃんが小人っぽい事の理由にはならないが。だって、妖精達は全てあの国にいるんだから、外に居るはずがないし……。
いや、そんな事を話していても仕方ないか。
とにかくお爺ちゃんに帽子を渡そう。
そう思いながら砂浜に入ってお爺ちゃんに声をかけると、相手は嬉しそうに振り向いて手を振ってくれた。
「ごめんお爺ちゃん、遅かったかな」
「いや、構わんよ。来てくれてありがとうのう」
「だって約束したじゃないか。ほら、ちゃんと帽子も作って来たよ!」
そう言いながらお爺ちゃんに帽子を見せる。
「おお! これは……立派な帽子じゃ……! し、しかしこんな良いモノを貰ってええんかの……」
「良いんだよ、俺があげるって言い出したんだし……ほら、被って見てよ」
そう言いながら半ば強引に帽子を渡すと、お爺ちゃんは最初まごまごしていたが、ゆっくりと帽子を被った。
おー、やっぱり帽子を被ると立派な小人さんだなあ!
なんだかちょっと嬉しくなって思わず笑顔になると、お爺ちゃんは照れたようにはにかんで、俺の上げた帽子を両手でぎゅっと掴んだ。
「ありがとうのう……本当にありがとう……」
「そんな、良いって。あっ、そうそう、俺達今日を入れて五日ぐらいこの村に居るからさ、もし何かあったら遠慮なく言ってよ。出来るだけ協力するから」
な、と背後のオッサン共を見ると、ブラックとクロウは曖昧な顔で頷く。
おいコラお前らお年寄りには親切にしろい。
「五日もこの村に……な、なにか用事なのかの」
「ん? ああ、俺達さ、実は……」
話の流れで俺達が何をしているかをお爺ちゃんに話すと、相手は少し驚いたように聞いていたが、やがて俺達の事情が分かると何か考え込むように俯き、その高い鷲鼻の先をちょいちょいとこする。
何を考えているんだろうと首を傾げていると、やがてお爺ちゃんは顔を上げて――真剣な表情で、俺を見つめた。
「ならば、村人が……普通の住人の家が固まっている区域へ行ってみなされ」
「え?」
「そこならば、なにか解るかもしれんぞ」
お爺ちゃんの言葉に、ブラックがふむ、と半疑問形の声を出す。
「昨日はそっちに回る時間が無かったけど、今日は行ってみても良いかもね」
「そうだな、お爺ちゃんの言うように、何か判るかも……」
と、一旦ブラックを振り返ってからまた前を向くと。
「…………あれ?」
また、お爺ちゃんはいなくなっていた。
「いつのまに……」
「逃げた足音など全くしなかったぞ」
「でも、足跡はあるね……」
三人で、またもや草原の方へ一つ続く足跡を見やる。
だけども、どう見ても草原にはお爺ちゃんらしき影は無かった。
「あのお爺ちゃん、一体何者なんだろう…………」
俺達にヒントをくれたって事は悪い人じゃないはず……。
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