異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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白砂村ベイシェール、白珠の浜と謎の影編

3.とっかかりのない捜査は素人には難しすぎる

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 そんな訳で、俺達はまずベイシェールの浄水施設へと訪れた。
 浄水施設は村の端の方に作られていて、見た目は普通の家のようにカモフラージュされている。一見したところでは、まず水を扱う施設とは解らないほどだ。
 恐らく、村に送られる水を守る為にこうして隠しているのだろう。

 ドアを叩くと、そこに駐在している水の曜術師が迎えてくれた。
 早速事情を説明して、話を聞かせて貰う事にする。

「なるほど、村長から……そうなれば、私も協力せぬわけには行きませんね」

 そう言いながら笑う曜術師は、結構なお爺ちゃんだ。
 白い顎髭を少しだけお洒落に残して、眼鏡をかけているという、実にインテリで穏やかそうな顔つきの人だが、どことなく俺の母方の爺ちゃんに似ている。
 俺がよく遊びに行ってた田舎の婆ちゃんの方は爺ちゃんがもういないんだけど、母さんの方は二人とも健在なんだよな。あっちの婆ちゃん達も俺は大好きだ。
 ……いやそれはともかく。

 第二級の水の曜術師であるお爺ちゃん――――クレッドさんは、もう五十年近くここで水質チェックを続けている職人さんだ。村長さん同様、クレッドさんも物腰柔らかな紳士で、俺達の急な訪問にも嫌な顔一つせず対応してくれた。
 しかも「村の水瓶を見ますか」なんて言ってくれるわけで……。
 色々と大らかすぎるような気もしたけど、まあいいか。

 彼の好意で案内して貰った地下にはだだっぴろいプールのような場所が有り、そのプールから伸びる水路によって、村の各井戸に水が流れていると説明を受けた。
 もちろん、井戸に流れ過ぎた水を排出する為の設備も有り、クレッドさんは定期的に井戸の水の調査も行っているとの事で……。

「だったら、変な薬を混入されたらすぐ解りますよね……」
「ええ、その混入物が“なに”かは解らなくても、水に異変が起こった事くらいは解りますので……。私としても村が廃れるのは悲しいので、なんとか女性達の離縁の原因を突き止めたいのですがね……」

 クレッドさんもこの村の落ち込み具合をかなり憂えているらしい。
 まあ、そうだよな……五十年も住んでる村なんだし、賑わっていた頃を知ってるなら、村の現状に悲しくなるのも無理はない。
 うむむ……やっぱ軽い気持ちで調査するより、本腰を入れた方がいいような。
 でも、解決できるって保証はないしなあ……俺、推理ゲー苦手だし……。

「ところでクレッドさん、この水はどこから引いてるんですか?」

 悩む俺の横で、今までほうほうと説明を聞いていたブラックが問いかける。

「ああ、水はですね、村から少し離れた水源地から引いているのですよ。暗渠あんきょを使っていますので、村でも限られた人しか水源地は知らないと思います」
「あ、あんきょ?」

 耳慣れない言葉に聞き返すと、博識なブラックがすかさず解説してくれる。

「地中に埋めた水路のことだよ。地上に出ている物は、開渠かいきょとか……まあ一般的には水路って呼ばれてるんだ」
「はぇー……なるほど……」
「しかし、問題は無かったと言っても、妙な事くらいは有ったのではないですか。些細ささいな事でも良いので、気付いた事を教えて下さい。何でも構いません」

 クレッドさんに敬意を払いつつクロウが聞くと、相手は少し悩む様子をみせたがが、やっぱり思い当たる事がないのか頭を横に振る。

「水質に関しては全く問題がないからねえ……」

 そこまで行って、クレッドさんの重たそうな目蓋が少し上あがる。

「……そういえば、水質とは全く関係ない話なのですが……時々、妙に水の使用量が増える事があるんですよ。それも、何でもない日に」
「えっと……それはどういう……」
「この村は逐一ちくいち井戸に送る水量を調整出来ますので、船が港に到着した時や観光客が来た時などは、水量を増やして水が充分に使えるようにしているのです。しかし……時々、客も船も無いのに妙に水が減る時が有りまして」
「村の人が特別に水を使ったとか……」

 当たり前の事を聞くブラックに、クレッドさんは困ったように顔をしかめる。

「ちょっと下世話な話ですが、村人はみな知り合いですので……誰が何をしたとかは、大抵予測できるから原因はすぐ解るんですよ」
「ああ……」
「しかし、くだんの水の減り方は、そういう原因には当てはまらないのです。なので、どういう事なのかとは考えていたのですが……」
「水が減る、か……」

 それ以上の話は聞けそうにも無かったので、礼を言って浄水施設を後にした。
 なんだか気になる話だったけど、水の増減だけじゃ何も判らないからな……水の事は覚えておくとして、今度は別の方面からも当ってみよう。
 ブラックは「食料などに何か良くない物があったのでは」とも言っていたので、今度は村にある食べ物屋や店などを調べてみる事にする。

 村には、観光客向けの料理屋や公衆浴場、それに土産物屋が有り、荷揚げの為に船を降りた船員達がちらほら見えたが……何というか、観光地としては閑散としていると言う印象の方が大きい。特に、土産物屋は閑古鳥かんこどりが鳴いていた。
 ……これは、入るのに勇気が要るな……。

「……なんか…………観光地っぽくないね……」
「それは言っちゃいけないぞ、ブラック……。とにかく、土産物屋に話を聞こう」

 昼飯にはまだ時間があるしなと思って覚悟を決めて店に入ると、店内には貝殻の工芸品が沢山並べられていた。
 そう言えば、ブラックがこの村には貝殻がナントカって言ってたけど……でも、これは予想外だった。だって、土産物屋にある貝殻の工芸品は、俺の想像とは全く違っていたんだから。

「うわぁっ……! めっちゃいろんな色の貝殻がある……!」

 白や桜色の貝殻は見た事があるが、しかしこの店に置いてある貝殻はそれだけじゃない。色んなパステルカラーの貝殻が、ずらっと並べられているのだ。
 形も大きさも様々なら、置いてある物も多種多様だ。でっかい巻貝の置物とか、貝殻の装飾品なんかは俺の世界でも見た事が有ったけど、色が全然違うからか何かすっごい新鮮に見える。

「なあなあ、これすっごくねえ!? 虹色になるように七色の貝殻揃えて首飾りにしてんのとか、俺見た事ねーんだけど! なんでこんなの採れるんだろ、これマジで色とか塗ってないの? めっちゃすご……」

 ……い。と言おうとして二人に振り返ったら……何故かオッサン達は、ほのぼのとした顔で俺を見ていた。まるで、子供がはしゃぐのを見ているような顔で……ってまんまじゃねーか! は、はしゃいでるのは俺だけってか!?

「ツカサ君……可愛すぎて優勝だよ……っ」
「思わず攫って行きたくなるな」
「みっ、見るななごむなぁ!!」

 優勝って何が、つーか物騒な事言うな!
 お前らと俺の年齢差じゃシャレにならんだろうが!

 バカなことを言うなとブラック達の腕(本当は肩にしたかったが届かなかった)を小突いていると、騒ぎを聞きつけた店員がカウンターから出て来た。

「らっしゃい、何かお探しで? お土産ならお客さんにはこれが似合うかも……」
「あ、い、いえそうじゃなくて」

 なんかごめんなさい、客じゃなくて。
 申し訳なかったが、とにかく話を聞くのが先だと思って土産物屋の店員であるちょっと気弱そうな親父さんに調査依頼の事を離すと、親父さんは深く頷いた後でっかい溜息を吐いて項垂うなだれた。

「そうなんだよなぁ……。離婚の呪いのせいで、客足も遠退とおのいちまってよぉ……。解決して貰えるってんなら何でも協力してえが……俺はあまり店からでねえから、よく解んねえんだよなあ……」

 あ、この村の人達も俺達と同じく「離婚の呪い」とか言ってるんだ……。
 ちょっと驚いてしまったが、まあこの現状なら呪いとでも言いたくなるよな。
 気を取り直して、呪いの前後で何か変わった事は無いかとか、謎の影について知ってる事はないかと親父さんに聞いてみた。

「うーん……? 謎の影の話は俺も調査してた奴に聞いた事があるが……実際には見た事ねえな。だけど、ダチが嫁さんから縁を切られた時にゃあ驚いたもんだったぜ。なんせ恋女房だったってのに、離縁するときゃまるでゴミでも見るかのようにダチを見てたんだからなぁ」
「ゴミを……」
「ああ、ダチは半年ぐらい落ち込んでたよ……。しっかし不思議だよなあ。なんで若い女ばっかり離婚しちまうんだろうか。男夫婦なんかは平気なのによ」

 うーむ、やっぱり村人の人達もおかしいと思ってるのか。
 だけど影を見た記憶がないと言う事は、相手は一般人の目では捕捉出来ない俊足スキルとかでも持ってるのかな?

「それより黒髪のあんちゃん、アンタ可愛いからきっと貝殻の耳飾りとか似合うんじゃないかな? 良かったら買ってってくれよー、彼氏や彼女へのお土産とかでもいいからさあ」
「あ、アハハハ……さ、最終日に寄りますんで……」

 親父さん、俺はそう言うのは絶対に遭わないと思います……あと、背後の中年にも貝殻のイヤリングは似合わないかと……とは言えなかったので、とりあえず購入する意思は見せてそそくさと店を後にした。

 可愛い物は好きだけど、俺はソレが自分に似合うなんて微塵みじんも思ってねーぞ。
 つーかどうせ装備するんなら法螺貝ほらがいとかのほうが……いやでもパステルカラーの法螺貝とかやだな。ゆめかわ武将とか新ジャンル過ぎて嫌だ。

「僕も、ツカサ君には貝殻の髪飾りとか似合うと思うけどなあ」
「オレは耳飾りの方が良い。白い小さな貝殻だとツカサの愛らしさが際立つ」

 あのねオッサン達、俺ごく普通の男なんですけど。髪も長くないし女顔なんて事は絶対に無い健康的日本男児なんですけど。
 髪飾りってなんだ。人魚姫か。
 白い小さな貝殻のイヤリングってなんだ。森のくまさんか!!

 モデルみたいな男がやるならまだしも、俺にそういうアイテムを装備させるのはやめて下さいませんかね! 俺女じゃないんで、似合わないんで!!

 ……とツッコミを入れたいけど、何か言ったら余計な事になりそうなので黙る。
 ヘタに突っつくと会話が長引くし、からかわれるのは俺だからな……。

 とにかく、今は情報だ!

 気を取り直して、俺達は手当たり次第にお店に聞き込んだり、港に居た人達にも聞いてみた。……けど、やはり彼らも「離婚の呪い」とやらは認識しても“謎の影”については知らない人の方が多く、目撃した人は調査に協力した人達ばかりで。
 そんな彼らも、話を聞いてみると「見たことはあるが正体は解らないし、呪いと関係あるかは何とも言えない」と言う感じの反応ばかりだった。

 昼食を食べながら食堂で聞いては見たが、答えは大体同じ。
 存在は知ってるけど、断定は出来なくてモヤモヤしてるって感じだった。

「むー……結局憶測の域を出ないなあ……」

 白身まで薄黄色の目玉焼きを齧りながら言うと、ブラックも疲れたようにパンをもしゃもしゃ食べつつ眉根を寄せる。

「謎の影はあくまでも“容疑者かもしれない”というだけで、原因が解らないから『とりあえずコイツのせいにしておくか』って感じみたいだねぇ……」
「今のところはモンスターの臭いもしないし……全くの謎だな」

 野菜が適当に入った薄味の塩スープを飲みながら、クロウも口を曲げる。
 そう言えば、クロウは獣人だから鼻が利くんだっけ。モンスターの臭いがしないってんなら……やっぱ謎の影は人間なのかな?
 でも、今の所は情報が少なすぎて何とも言えないんだよなあ……。

 情報も無い、何かピンとくるような証拠も見当たらない。
 これぞまさに八方塞はっぽうふさがりだ。
 どうしたもんかと悩みつつ昼食を食べていると、食堂の女将おかみさんがやって来た。

「やあ、アンタ達が調査をしてくれてるって冒険者さんかい」
「あ、もうご存知でしたか」
「そりゃあね。狭い村だし、店や港を歩き回ってりゃ嫌でも話が舞い込んでくるさ。それに……今のこの村には、冒険者や観光客なんて滅多に来ないからねぇ」

 ああ、ここでも景気の悪いお話が……。
 思わず申し訳なくなってしまって顔を歪めると、女将さんは慌てて俺達を励ますように殊更明るく笑った。

「あ、アハハ、まあいつもの事だし気にする事はないよ! それよりさ、調べてて随分疲れただろう? もしよかったら砂浜にでも行ってみたらどうだい。ここいらの海は青くて透き通ってるから、海に入ればまるで宝石の中に入ったみたいだよ」

 ベランデルンの海は素晴らしかったけど、確かにこの村の海も綺麗だよな。
 あ、そうだ。海ってんなら、もしかして魚も居るかな?
 ここで魚料理とか作って食べられるんじゃないか!?

「そ、そっか。そうですよね! じゃあ調査はひとまず休憩して、砂浜に行ってみます! な、二人とも!」

 思わず嬉しくなって二人を振り返るが、ブラック達は俺が何を期待しているのかを察したのか、しかたがないなあと言わんばかりに微苦笑して肩を竦めた。



   ◆



 と言う訳で、やってまいりましたベイシェールの白い砂浜。
 調査をほっぽり出してしまったが、あと五日間もあるので許してほしい。
 時には休息も必要だと思考を切り替えると、俺は砂浜に入る前に靴を脱いだ。

「また靴を脱ぐの?」
「ばっかお前、砂浜は裸足が基本なんだよ! お前らは脱がないの?」
「い、いや……僕は今日はいいかな」
「オレも遠慮しておく」

 草原の上に靴を置いて準備万端の俺に、ブラックとクロウはちょっと遠慮がちに一歩下がる。なんだよノリが悪いな。
 さては北の方だから海が冷たいと思ってるのか?

「じゃあアンタらはここで見てなよ。俺は一人で魚釣って来るから」
「えぇ、砂浜で釣れるかなぁ?」
「ちっちゃい魚なら大丈夫だよ……多分」

 色々イチャモンを付けて来るブラックだが、俺がズボンを膝上まで引き上げるのをじいっと見つめている。
 その視線にいやらしい物を感じたので、俺はブラックの頭を軽くチョップすると、一人だけ砂浜に足を踏み入れた。

「来ないんなら魚食わせねーからな!」
「ええー……いや、でも、魚だし……」
「ツカサ、さすがに海の魚はどう処理してもマズいのではないか……?」

 こいつら、まだ魚に苦手意識持ってんのか。
 まあ気持ちは解るけど、遠まわしに俺の料理を軽く見られているようでイラッと来る。そりゃーいつもお料理大成功って訳には行かないけど、付いて来るぐらいは構わないだろうに……変な所で意気地なしなんだからなあもう。

「じゃあいいよ、俺一人で魚釣って俺一人で美味しく食べるから!」

 むくれつつ木の曜術で木製の釣竿を曜術で作り、俺はオッサン二人を置いて砂浜へと足を踏み入れた。お前らなんて、夏休みの海辺に居るお父さんみたいに、パラソルの下で体育座りでもしておればいいわい。パラソルないけど。

「っと……おお、砂が温かい」

 この村はライクネスでも北の方だけど、常春の気候のお蔭か砂浜もちょうど良い温度になっているようだ。こりゃあ砂風呂とかやったら気持ち良いだろうな。
 白い砂も凄く綺麗だし、ゴミも何もなくて気分は南国リゾートだ。

 思わず嬉しくなって、わざと温かい砂に足を埋もれさせながら、海と平行に歩いて行く。視界の先にずっと続く海岸線は、どこまで行っても白い砂浜と青い海だ。

「おーいツカサ君、あんまり遠くに行っちゃ駄目だよー!」
「グウ……砂……」

 背後でなんか言ってるけど気にしません。
 俺は魚を釣るのに絶好のポイントを探すだけだ。

 ブラック達の声を背後にしてサクサクと波打ち際を歩いていると……ふと、前方に岩か何か……とにかく障害物が見えてきた。

「んん? 何だ?」

 こんな綺麗な砂浜に一つだけ石があるなんて解せない。
 そう思って近付き、俺はそれが何なのかにようやく気付いた。

 あれは、岩じゃない。
 うずくまった小さなお爺さんだと。










 
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