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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編
25.時には叶えなくても良い願いと言うのもある
しおりを挟む俺達が向かう小さな村ベイシェールは、セイフトの街から丸一日ほど歩いた所に存在する。舗装はされていないが村へと向かう広い街道があるため、セイフトから村へと向かう場合は迷うことなく辿り着く事が出来るので、ライクネスの王都まで物資を運ぶ人達はこの街道をとても重宝していた。
もちろん冒険者や旅人達にとってもこの街道はありがたいものだ。街道があると言う事は、モンスター除けの設備があると言う事だからな。
まあ時々弾かれずに街道に現れてしまうモンスターもいるが、ライクネスはそれほど凶暴な物は出ないので、冒険者にとっては安全な道と言えよう。
俺達はそんな街道を徒歩でゆっくりとベイシェールへ向かっていた。
……いや、ホントは藍鉄に乗って行っても良かったんだけど、それだとクロウが一人だけ走る事になっちゃうし、それはなんかあの……絵面が良くないし……。
俺がクロウに乗るって事になっても、街道に熊がいたら他の人達がひっくり返っちゃうよ。どう考えても通行妨害だよ。こういう所で無茶しちゃアカン。
まあそこまで遠い距離でもないし、最近は馬車や藍鉄に乗っての移動ばっかりだったから、たまにはこういうのも良いだろう。
そんな訳で、俺達は街道を進み、ベイシェールまであと半分と言った所で野宿をする事にした。
「……そういや、ベイシェールってどんな村なんだっけ? つーか、荷揚げとかが行われてるんなら、普通街にならない? なんで村なんだろ」
ベーコンっぽい干し肉と野菜が入ったミルクスープを鍋でかき混ぜながら、俺は背後で布を広げている二人に問いかける。
クロウは不思議そうに首を傾げたが、ブラックはベイシェールの謎に心当たりが有ったようで、無精髭の伸びた頬をポリポリと掻きながら空を見上げた。
「えーと、確かベイシェールは周囲の地盤が弱くて、建物が建てられないんだよ。それに、基礎を建てようとして地面を掘ったら、すぐに砂地が現れて水が湧き出て来るらしくてね。その中でちゃんと建物を建てる事が出来たのが、村程度の広さの土地だったって訳らしいよ」
「砂浜の近くなのに水が湧くのか?」
驚いて振り返ると、ブラックも解せぬと言った様子で眉を顰める。
「うーん、僕も普通は海水じゃないのかなあとは思うんだけど……ベイシェールの周辺は豊富に水が湧き出る地域なんじゃないのかな。だから、村の近くを掘ったらすぐに水が出てきたりするのかも」
「そんな水がバンバン出てんのか……不思議な土地だなあ……」
山が近いと言う訳でもないのに、そこまで水が湧き出るなんて本当どうなってんだろう。ファンタジーな世界だからと言えばそれまでだけど、なんかこう、地中に水が湧き出る水晶が埋まってるとか、実はこの下は湖なんだとか、色々と信じられない理由がありそうで凄く気になる。
ベイシェールの人に聞けば解ったりするかな……。
「それよりツカサ君、ご飯まだかなー?」
「良い匂いで腹が減ったぞツカサ」
「はいはい、もうすぐ出来るから待ってろって」
塩胡椒を軽く振って味を調え、やっと出来たミルクスープを持って行く。
このスープにはもちろんバロ乳を使っている訳だが、なんとバロ乳はベルカ村で貰った時からもう一週間ほど経っているにも関わらず、全く劣化していなかった。
……ちょっと、バロ乳凄くないか。
実は俺、毎日このバロ乳を味見して悪くなっているかどうかを試しているんだが、不思議な事にまったく腹を下したりはしていない。どうやら、バロ乳は冷やしている限り、普通に二週間は軽く保存できてしまうらしい。
まだまだ検証が必要だが、もしこれでバロ乳が軽く一か月くらい持つとすれば、これから旅をする時には物凄い味方になってくれるという事になる!
材料さえあればお菓子も作れるし、なにより動物の乳ってのは凄く栄養がある! 誰かが病気になっても、これと卵が有れば、いくらだって体が元気になる料理を作ってやれる。リオート・リングは俺の能力と意思でいくらでも中の倉庫を広げられるから、沢山保存して置けば何かの緊急事態にも備えられるよな。
いやー、本当にウィリー爺ちゃんにプレゼントして貰って良かったわ……。
「ツカサ君?」
「あ、ごめんごめん。よそうから器取ってな」
木製の器にたっぷりと具を入れて、スープを流し込む。
この国は年中春の陽気とは言え、夜に近付けば少し肌寒くなるので、やはり野宿ではスープが鉄板だ。二人に器を渡すと、ブラックとクロウはそれぞれスープに口をつけた。
「初めて作ってみたけど、どうかな」
「干し肉や野菜が乳臭さをうまく消してくれてるね! 動物の乳を飲み慣れてない奴は少し抵抗があるかも知れないけど、僕には充分美味しいよ」
「うむ、うまいぞツカサ」
クロウは元々が獣だから、乳臭いのは関係ないんだろうな。
でも、二人とも美味しいって言ってくれてよかったよ。初めて作る料理って本当ドキドキするよなあ。でも、同時に楽しみでもあるんだよな。
ブラックもクロウも、いつも美味しいと言ってくれるけど、ダメな時はちゃんとダメって言ってくれるから気楽でいい。お世辞ばっかり言われてたんじゃ、いつまで経っても美味い料理が作れないからな。
俺のそんな気持ちを解ってくれるから、二人も忌憚ない意見をくれるのだろう。
そう言う所はなんか……ちょっと、嬉しいかなとは思う。
すぐに器を空にしておかわりを要求してくる二人にせっせとスープを配りつつ、俺はしばしの休息に浸った。……いやまあ、休息はしてないけども。
――夕食が終わったら、後片付けをしてあとは寝るだけだ。
まあ、後片付けと言っても、少々の水を【アクア】で増幅して、その水を改めて【カレント】で操って洗うだけなのでとても楽なんだけどね。
泡とか洗剤とか無いのがちょっと残念だが、まあ大自然にそんなもん流すわけにはいかないから仕方ない。冒険者も自然は大切に。
ってなわけで、今夜も滞りなく洗い物を済ませた訳だが……。
今夜は、俺にはやる事がある。ブラックに対してどうしても訊いておかなければならない事があるのだ。
本当はやめたいんだけど、決心した事を揺るがすのは男の沽券にかかわる。
「…………よ、よし、やるぞ」
たき火で雰囲気はオッケー、クロウは寝つきが良いから見張りの時以外はぐっすり寝ていてくれてるし、街道の周囲には誰も居ない。
しかも、大地の気がふわふわ湧き上がっている草原という好立地!!
こんなファンタジーな所で肩を寄せ合えば、良い雰囲気になる事間違いなし!
いやまあブラックからすれば当たり前の風景なんだろうけど、二人っきりで話をしたら、ブラックだってちょっとは良い雰囲気だなって思うよな?
頑張れ、頑張れ俺。
調理器具をバッグにしまって気合を入れると、俺は焚火の番をしているブラックにゆっくりと近付いた。
「ぶ……ブラック……」
「あっ、ツカサ君」
俺の姿を見つけた途端に、ブラックは満面の笑みを浮かべて自分の隣をぽんぽんと叩く。ここに座れと言わんばかりの行動に急に胸がドキドキしてきたが、グッと堪えてぎこちない動きでブラックの隣に座った。
いつになく素直な俺に驚いたのか、ブラックは目を丸くしながら俺に近付く。
おい、肩をくっつけるな。つーか押すな! くっつけすぎ!!
「つ、つ、ツカサ君、どっ、どうしたの?」
「ど……どうも、しないけど……」
「え、え~……?」
変な声を出すが、ブラックは俺の素直な態度が嬉しかったのか、もっと近付けと言わんばかりに肩を抱いて来る。
覚悟を決めていても、そんな事をされるとやっぱり驚いてしまって、びくりと体を震わせてしまう。けれど、ブラックは俺を離す事は無かった。
「えへへ……こうするのも久しぶりだよね……」
「ん……うん……」
上機嫌だな、ブラック……。
普段は本当に変態だけど、でもこういう時は何故か空気読むって言うか……そう言う所が俺的には困るんだけど……。
「ツカサ君」
嬉しそうな声が上から聞こえて、頭をブラックの胸に押し付けられる。
体育座りをしていた姿勢を崩されて寄りかかるような形になってしまったけど、俺は動く事も出来ずにただ顔を熱くするしかなかった。
うう、ブラックのにおいがする……。
そう言えば、ブラックって足とか中年臭いんだっけ?
体は、なんていうか……そう言えばブラックって独特な香りがするんだよな。
オッサンっぽいのはオッサンなんだから当たり前なんだけど、なんつーかこう、大人ってこう言う香りがするのかなって言う感じっていうか。
……悔しいけど、なんか安心しちゃうんだよな……。
「あ、そういえばね、ツカサ君。ベイシェールの街にはね、綺麗な貝殻とかが色々あるらしいんだけど……ツカサ君、貝殻好きかな」
「え? か、貝殻? まあ、子供の頃は集めるの好きだったけど……」
何故唐突にそんな事を言ったのかが解らなくてブラックの顔を見上げると、相手はちょっと照れたように赤くなって、じいっと俺を見詰めて来た。
菫色の綺麗な瞳が、炎の赤い灯りでちらちらと光を閃かせる。
その光景に思わず息を呑んだ俺に、ブラックは感極まったような妙な顔をして、俺をぎゅっと抱きしめて来た。
「貝殻、今は嫌い?」
「うーん……好きでも嫌いでもないかなー。でもなんでそんな事聞くんだ?」
「い、いや、その……」
「言えねってか。俺に言えねってか?」
訊いておいて口籠るなんて何事だと頬を軽くつねると、ブラックは情けない顔をしながらも必死に口を閉じて俺の攻撃に耐えようとする。
なんで貝殻が好きか嫌いか程度の事で我慢するんだと思ったが、こいつの突飛な行動を一々気にしていても仕方がないか。そう思って俺は指を離したが……
ふと、良い案を思いついた。
そうだ、この流れに乗れば、俺が訊きたい事を聞けるんじゃないか?
俺が聞きたかったこと――ブラックが望んでいる、「俺にしてほしい事」を。
「ブラック、俺が好きな物を知りたかったのか?」
「ん、んん…………」
「じゃあまずは、お前が好きな物とか言えよ。俺だってアンタの好きな物なんて、あんまり知らないんだからさ」
「そりゃ僕の好きな物って言ったらつかさく」
「だー! そうじゃなくて、食べ物とか欲しい物とか好きな事とか!」
アホな即答しないでちゃんと話せと怒鳴ると、ブラックは驚いたように目を丸くしたが――すぐに蕩けたような笑顔に表情を変えると、俺を抱き締めて来た。
「んんんそんなのツカサ君以外はどうでもいいよぉおお! 僕は、ツカサ君が僕のそばに一生いてくれればそれで満足なんだからさ~!」
「さらっと怖い事言うよな、お前……いや、まあ……じゃあその…………お、俺にして欲しい事とかってないのかよ」
ぶっきらぼうに言うと、ぴたりと相手の動きが停まった。
……やばい。顔が見れない。多分ブラック凄い顔してそうだし。
「つ……ツカサ君に…………してほしい、こと……?」
「…………な、なんかないの? いや無いなら別に」
「あるあるある物凄くあるもう本当に数えきれないくらいやって欲しい事があっ、あ、あ、有るよツカしゃ君!?」
やだ怖いこの人物凄く興奮してる。
でも聞かなきゃ解んないわけだし……ええいままよ。
「……今だったら、話だけは聞いてやる」
「ホァア!?」
「聞いてやるだけだからな!! な、何したらお前が上機嫌になるんだよ」
「え、えへ、えへへ、い、いやでも、こ、これツカサ君は絶対やってくれないなと思ってるし……」
「やらねえから話せ。今なら怒らないから」
期待を持たせるような事を言えば、俺の意図を理解してしまうかもしれない。
だから、あくまでも聞くだけ。聞いてみるだけだ。
……出来れば、俺がギリギリ出来る事を言ってくれればいいんだが……。
そう考えながら、焚き火の炎をじっと見つめていると。
「……い」
「…………い?」
何を言ってるんだと聞き返すと、ブラックは……物凄く荒い息を漏らしながら、俺の頭上でとんでもない事を言った。
「つ、ツカサ君に……首輪と枷を付けてもらって……ご、ご、ご主人様って、い、言って欲しい……!」
…………え?
それ? それを俺は、やらなくちゃいけないの?
ブラックに「俺はお前を本気で思ってる」って示すために……?
…………ここは地獄かな……?
→
※そりゃツカサはやらんわそんな事
と言う訳で次はベイシェール変……編です
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