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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編
19.たまにはのんびり散歩でも
しおりを挟むその後、俺の「休ませないなら、お前達にアイスクリームは喰わせんぞ」という発言に釣られたオッサン達は、驚くほど大人しくなった。
なんというか……まるで、借りてきた猫のように。
しかも、ただ待っているだけでは時間が勿体ないと思ったらしく、クロウはマイルズさんの所にシンジュの樹の話を聞きに行き、ブラックは藍鉄に乗りセイフトの冒険者ギルドに樹の場所を聞きに行ってくれたのだ。
…………そんな事をやれるんなら、俺がこうなる前にやっといてくれよ……とは思ったが、せっかく動いてくれたのでソレは言わない事にしておく。
とにかく、二人が動いてくれたおかげで情報収集の時間が短縮されて、より早くシンジュの樹の倒木を入手する計画が立てられるようになったので、それは喜んで礼を言うべきだろう。俺の腰の痛みの元凶がこの二人だったとしてもな!
……ゴホン。
んで、まあ、色々と情報が集まった訳だが……意外な事に、シンジュの樹はそう遠くない場所にある事が解った。
数日前に「セイフトの西には海に面した村があり、そこからの貿易品などが街に運ばれている」と言う話を聞いたが、まさにその村の周辺にある砂浜にシンジュの樹が自生しているらしい。
持ち出し厳禁ということで厳重な管理をされているらしいが、倒木を売って貰うのは可能だそうで、冒険者ギルドが紹介状を書いてくれるとの事だった。
どうやら盗賊退治の一件で妙にギルドから信頼されているらしいが、何か怖いので深く考えるのはやめておこう。
で、クロウの方はと言うと、シンジュの樹はこの辺の木材との相性も良いので、ベッドを作るほかにも余れば買い取らせて貰うとの事だった。これは採取に行かないとですね! 銭儲け出来るなら遠慮なくやらせて貰いますよへっへっへ。
とりあえず、もうすぐロクに会えるし無茶は厳禁だ。
そんな訳で報告をして貰った後は大人しく一人で部屋に籠り、妖精の国の伝承の本なんかを読んで時間を潰した。本当は調合や草むしりをしたかったのだが、余計な動きをして体を痛めたら元も子もないからな。
食事当番は俺なんだから、そのあたりはきちんとやらないと。
そんなこんなでごろごろと過ごしていると、窓の外は日が傾いてきた。
数時間経っているしもう良いだろうか。試しに少し起き上がってみる。
む、意外と痛くない。湿布がまたいい仕事をしてくれたようだ。回復薬は傷とかには効くんだけど、筋肉痛には効果がないのが痛いよなあ本当……。
まあ、これでちゃんと動けるようになったからいいか。
ベッドから降りて、自分の体が本当に大丈夫かと軽く体操してみるが、昼間までの痛みは既に治まっているようだ。
……なんだかんだ俺も順応し始めてるっぽいのが怖い。
初めの頃の俺は、一発やられたら丸一日寝込んでたのになあ……。
「……ふ、深く考えないようにしよう」
人生には目を背けて生きて行かなきゃ行けない項目だってある。
この世界がステータス表示が出来ない世界で本当に良かった。もし自分のステータスを確認出来てしまったら、今の俺には絶対に不名誉な称号とか特殊な耐性とか付いてそうだしいいい……。
うぐぐ、とにかく今は忘れよう。
そ、そうだ。気晴らしに庭に出てみようじゃないか。
ずっと部屋の中に籠っていたから自分の体が色々と気になるんだ。ちょっと外を散歩すれば気にならなくなるだろう。
身形を整えると、俺は部屋の外に出た。
「そういえば、あのオッサン達どこに行ってんのかな。ブラックは遊戯室かな?」
剣の手入れとか練習とかって言ってたから、部屋の中で素振りでもしてるんだろうか。そういや俺、アイツが何かの練習してる所って一度しか見た事ないな。
まあそれも金の曜術だけだし、剣技に関しては寧ろ練習なんて必要あるのかな。戦闘シーンばっかり見てるから、いまいちピンと来ないんだが。
「真面目に練習するブラックか……」
やっぱ真剣な顔で剣の素振りしてるのかな。
いや、あの物凄いアクロバットな動きからすると、パルクール的な動きで壁走りをしたりジャンプ回転斬りとかやってるのかも知れない……。
……キリッとした顔で、剣を振ったり格好いい動きしたりしてんの?
「…………」
ちょっと、見てみたい気も…………いやいやいや何考えてんの俺。
バスケ部の彼の練習風景を見てドキドキする少女漫画か。アホか。相手は中年のオッサンだっちゅーのに。ええい静まれ、さっさと霧散しろ顔の熱!!
違う、違うから! 格好いいかもとか思ってないから!!
あの、あれだ、本当に練習してるなら邪魔するのもなんだよな!
よし、今日はスルーしよう。練習を見に行くのはやめておこう。大体、遊戯室にブラックがいるかどうかも解らないんだし。
それより散歩だよ散歩。
心を必死に落ちつけながら階段を下りて、俺は玄関から外に出た。
春めいた風よ、俺のあほらしい動揺を吹き飛ばしてくれ。
「……お、甘い匂いがする……やっぱ異世界でも、新緑の季節の匂いは似たようなもんなんだな」
すんすんと鼻を動かしながら、庭へと回る。
春の空気の匂いって、なんか知らんけど不思議な甘い香りがするんだよな。
新芽や若い葉特有の、草と花の香りが混ざったような青臭さも有る香りというか……不思議と爽やかさを感じさせる匂いなんだよなあ。
俺が住んでいた街ではあんまり感じなかったけど、婆ちゃん家が有る山奥の集落とか、こういう緑が多い世界だとその匂いは強く感じられる。
やっぱ新緑の季節の匂いなんだろうな。
「良い匂いだけど……だからって庭を放って置くわけにもいかんしな」
ロクとの逢瀬は二日後だし、今からシンジュの樹を探しに行くと間に合わない。
いい機会だから、明日辺り草むしりを始めたほうが良いかもな。
昨日の今日でまた腰を酷使するのも恐ろしいが、しかしこの野生の草で覆われた庭はやっぱりどうにかせねばなるまいて。
とりあえず今日は様子見だけど、明日は本格的にやらなきゃな。
「うーん、だけど……これ本当に俺一人で出来るかな?」
庭はわりと広いので、仮に小さな畑を一つ作ったとしても、横にナントカッシュガーデンを作れる程度にはスペースが有る。
庭いじりもちょっとやってみたいのだが……何日かかるやら。
そんな事を考えながら首を傾げていると、背後からガサガサと音がした。
「ツカサ、こんな所にいたのか」
この声はクロウだな。
振り返ると、草を豪快に踏み潰しながらやってくる熊さんの姿が有った。
おい、熊さんモードだったのかよ。
「クロウこそどこに居たんだ?」
「んむ、ガラス張りの部屋の所……さんるーむ、だったか? で寝ていた。ツカサが買ってくれた敷物をちゃんと敷いて寝てたぞ」
気持ちよかった、と鼻をぴすぴすと動かして目を細めるクロウに、不覚にも胸がきゅんきゅんしてしまう。ああもう、本当その格好はずるいって……!!
思わず近付いて大きな顔をぎゅっと抱きしめると、クロウはグウグウと気持ちが良い時特有の音を喉から出しながら、俺に応えるように擦りついてきた。
ああもう本当ずるい。中身はオッサンなのにこんなに可愛いなんてぇえ……。
「ツカサ、何をしてたんだ?」
「ん? 体を動かすために散歩がてら庭をちょっと見てたんだ。明日は草むしりをしようと思ってさ」
「草むしりか」
そう言うなり、庭をぐるりと見回して片耳を動かすクロウ。
何か考えているんだろうか。じっと見つめていると、クロウはつぶらな目で俺を見て、またもやすんすんと鼻を動かした。
「よし分かった、明日の草むしりはオレも手伝うぞ」
「えっ、良いのか?」
「ツカサの事だから、何かうまいものを植えるんだろう? ならば、オレもそれを喰うのだから、手伝いをするのが道理だ」
「クロウ……」
なんて良い事を言うんだお前は……当たり前の事だけど嬉しい。
庭の事に関しては俺一人でやるつもりだったから、人出が増えるのは願ったり叶ったりだ。しかもクロウの手伝いなら文字通り百人力って奴だぞ。
これなら庭の除草作業もかなり早く終わるかも!
ありがとうとまたもや思いっきり抱き着くと、クロウは嬉しそうに目を細めて、耳をぴるぴると動かしていた。
「ツカサ、オレはツカサのためなら何でもやるぞ。遠慮なくオレに頼め」
「えっ……ほんと?」
「ああ。ツカサにはいつも美味い物を喰わせて貰っているし、なによりオレは群れの二番目の雄だからな。ツカサを助けるのは当然だ」
二番目の雄だ云々はともかく、こう言う部分が紳士というか常識人というか……ブラックとは違うよなあ。あいつは普通に自由人だから、嫌な事は絶対やんないし……いやまあ、そこがブラックらしいっちゃあそうだから、別に自由奔放でいてくれて良いんだけどね。常に紳士的なブラックとか逆に気色悪いわ。
クロウも普段はとんでもない事を言う奴だけど、でもやっぱり頼もしい。
おっ、そうだ。もしクロウがアイスクリームを気に入ってくれたら、手伝って貰ったお礼にこっそり余分にあげちゃおうかな。
「ツカサ? 何か楽しい事が有ったか?」
「んっ? な、なんでもないよ! ……もう日が暮れて来たし家に戻ろうか」
「なんでもないのか。……ああツカサ、オレがおぶって行ってやるぞ。動けるようになったと言っても、痛みがぶり返す事も有るからな」
「あはは、いいよそんな。ったく、クロウもわりと心配性だなあ」
だけど、心配されるのはそう悪い気分じゃない。
俺はクロウの頭を優しく撫でると、寄り添うように家の中へと戻ったのだった。
→
※次から数回に分けてクロウと二人きりでいちゃつくよ!
すまんなブラック(´∀`)
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