異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編

11.「食べる」という単語に色気を見出した人類に乾杯

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 トランクルに戻ってきた俺は、おもいっきりやる気だった。
 何をって、そりゃあもう料理や庭いじりをですよ。

 だけど、その前に俺達はマイルズさんの所へ寄って、ベッドの具合を確かめねばならない。しかし健康的な生活を送るには、適度な睡眠が必要だ。ということで、俺達は数時間の仮眠をとってから、遅めの昼食の前に湖へと向かった。
 お昼食べるとまた寝ちまうかもしれんからな!

 まあそんな事を心配しながらマイルズさんの小屋に着くと、相手は俺達をほがらかに迎えてくれたが、ベッド枠の話題になると自信無げな顔になってしまった。
 まだマットレス的な物が入っていない枠だけのベッドは、見るだけでもそりゃあ大したものだと思ったんだけど、マイルズさん的には強度に不安があるらしい。

 とりあえず座らせてみるかと言う事で、俺達の中で一番マッチョで重いクロウをベッドに座らせてみたのだが――――結果は大破だった。
 そりゃもう見事に、座った所からぱっかーんと……。

 思わずマイルズさんに謝ってしまったが、相手は「余ってた木材だから仕方がない」と許してくれたどころか、逆に謝られてしまった。
 物凄く申し訳ないけど、しかしこれが大人の対応って奴なんだよなぁ……いや、今はそんな事を言ってる場合ではなく。とにかく、小屋にある木材ではブラック達のベッドは作れないらしい。

 ブラックは「なくてもいいよ」とかほざいてたが、そんな訳にもいかないので、俺はマイルズさんにどのような材料が望ましいかを聞いて、どうにかそろえる方法がないか調べてみる事にした。

 マイルズさんが言うには、強度を重視するならアコール卿国きょうこく北部に自生している“紫檀したんヒマキ”という木が最適とのことだったが、なにせ高い木材らしいので、このあたりの木材を使うとなると強化剤と言う薬剤が必要になるらしい。
 ……俺達でも入手できる物となったら、やっぱ薬剤しかないかな?
 明日ざっと持ってる本や百科事典を浚ってみるか。

 可及的かきゅうてきすみやかにベッドを用意しないと俺のケツが死んでしまうかもしれないので、こっちも頑張ろう。

 ――――と言う訳で、予定通りに貸家に戻ってきた俺達は、昼食を摂る事にした。もちろん、料理人は俺である。
 今回はオッサン達をねぎらう意味もあるから仕方ないね。

「しっかし……すっごいキッチンだな」

 改めて貸家のキッチンを見て、俺は思わず「ほう」と息を吐く。
 だってさ、三口みつくちとタイル張りの流し台に加えて、なんとオーブン代わりの焼き釜まであるんだぜ!? ピザ作れるよピザ! 作った事ないけど!!
 これほど設備が整っていたら、俺が食べたかったジャンクフードやおやつも簡単に出来ちゃうかもしれない。……まあ、俺の料理の腕や材料は別として。

「つーかまず材料だよなあ……」

 俺は買って来たものを並べて、ふうと溜息を吐く。
 そう、そうなのだ。セイフトの街でそれなりに食材は買って来たけど、それらで俺が望んでいる料理を作れるかと言うと、実際のところ微妙な感じだった。

 実はそろそろ牛丼やトンカツなどが恋しくなってきたんだが、この世界の庶民食と来たら質素倹約でも強いられてるのかレベルで味が薄いし、料理は美味いマズイが極端でどうしようもない。

 ベランデルン公国では美味い料理ばかり食べられて、まさに「満福まんぷく」だったが、ライクネスはさすが中世と言ったレベルの飯のまずさだ。
 多分、素材の味や地域性のせいなんだろうけど……しかし、食材があまり応用が効きそうにないのも問題なのかもしれない。

「卵に小麦粉に干し肉にパン……あとは限られた調味料か……。実際、食料品店で買えるモンは限られてんだよなあ……。パフ粉だって一般には売られてないし、油もなかったなそういや」

 俺の婆ちゃんの集落にある個人商店の方が品ぞろえが豊富だ。
 比べちゃいかんのかもしれんが、中々厳しいものが有る。やっぱ昔っぽい世界ってのも大変だ。これじゃ米を探すどころじゃないよなあ。

「ああ、お米食べたい……」

 俺はそんなテンプレな事にならないとは思っていたけど、思い出しちゃうとやっぱり食べたくなるんだよなあ……白米……。
 タレたっぷりのカルビとか梅干しとか卵かけごはんとか、とにかく味の濃い物と一緒に白米を思いっきり掻き込んで頬張りたい。今は望むべくもないが。

「ま、しゃーないよな。今日はあるもので頑張って頭ひねってみるか」

 しかし、何を作るかが問題だよな。
 いつまでもクラブハウスサンドってんじゃ芸がないし、何かないだろうか。
 少し考えて、俺は目の前にある楕円形のちょっと奇妙な卵を見た。

「……卵か…………」

 卵って栄養満点だよな。朝食べてないし、ずっしりと腹にたまる物のほうがいいかも知れない。そう考えて、俺はある料理を思い出して両手を打った。

「よっし! スペインオムレツを作ろう!」
「すぺいんオムレツ?」
「え? あ、なんだブラック来たのか。待ってていいのに」

 いつの間に背後に……と思いつつも振り返ると、ブラックは苦笑したような緩い笑みを浮かべながら頬を掻いた。

「えへへ……お腹減って待ちきれなくてさ。で、すぺいんオムレツって?」
「えーっと、ケーキみたいなでっかい卵焼きって感じの食べ物」
「すごい適当な説明」
「いやだって、それ以上に説明しようが……」

 お前にスペインの伝統料理だとか言っても解らんだろう。と言うか俺も詳しい事は良く解らん。婆ちゃんが「ハイカラだろ?」って作ってくれた記憶しかないし。

「まあとりあえず見てろよ」

 ブラックを座らせると、俺は早速調理を開始した。

 とは言っても、別段難しい事は無い。
 俺が覚えている料理は、基本的には婆ちゃんと一緒に作った“子供でも出来る簡単な料理”だったり、母さんが死ぬほど作ってうんざりした記憶がある料理くらいだ。
 俺の覚えているスペインオムレツもその例に漏れない。

 材料はたっぷりの卵と牛乳に、旨味のある肉や魚。今回はバッグの中の在庫処分で半生の干し肉を使うが、婆ちゃんはツナとかベーコンを入れてたな。
 あと、タマネギなどの野菜などもアクセントに使っていた。
 上手く行くかは解らないが、この世界ではタマネギに似たタマグサを使う。
 あとは塩胡椒と油だな。オリーブオイルが望ましいが、今回は普通の油だ。

「えーっと、荒めに切った材料を炒めて……」

 深めのフライパンに油を引き、タマグサと干し肉が柔らかくなる程度に炒める。
 半生の干し肉はそれほど塩に漬けられていないので、むしろそのまま使う方がベーコンに似た感じでとても美味しく食べられる。まあ、長期保存用の干し肉は、塩がきつくて多少抜かなきゃ行けないんだけどね。

 閑話休題。
 フライパンが熱い内に、別の容器で牛乳と混ぜしっかりと溶いておいた卵を流し入れ、具材と混ぜて少し固まって来たら火を中火に近い弱火にまで落とす。
 そんで、丸くなるように形を整え、ふたを使って何度かひっくり返しながら両面をじりじりと焼いて焼き色が付けば完成だ。なんか巻かない卵焼きって感じだよな。

 あとは広いお皿にポンと載せれば出来上がり。
 肉っ気のある卵焼きとは……? なんて最初は思ったもんだが、食べてみると意外と美味いから料理って解んないもんだ。

「よっ、と……はいお待ち! ナイフ渡すから、クロウと適当に分けて食べて」
「わぁあ……! な、なんか本当にケーキみたいだね……! でも肉の良い匂いがして凄く美味しそう……。あれ、でも熊公とって……ツカサ君は?」
「俺は後片付けしなくちゃだし、残りもん食うから良いよ。干し肉も置いといたら腐っちまうしなー」

 それに、後片付けが終わったらすぐに庭に出たいからな。
 この台所は勝手口が有って、そこからすぐに庭に出られるんだ。
 夜になる前に植えておきたいものもあるし、メシ詰め込んだらすぐに行動しなきゃならん。何せやる事が沢山あるんだから!
 などと思っていたら、ブラックが不機嫌そうな顔を視界に割り込ませてきた。

「もー、駄目だよツカサ君! なに使用人みたいな事言ってんのさ! あの駄熊と二人っきりでご飯食べたって何にも楽しくないし、ツカサ君の美味しい料理の味がアイツのせいで二段階くらい落ちちゃうよ!」
「いやそれは我慢し」
「ヤダ。ツカサ君と一緒が良い! せっかく気兼ねなくイチャイチャ出来る場所に来たって言うのに……」

 そんな事を言いつつ、ブラックは俺をじりじりと台所のシンクへと追い詰める。
 思わず後退あとずって腰のあたりを流し台にぶつけてしまうが、ブラックは更に逃げ場をなくすために両手で流し台のふちを掴み、俺を腕の中に閉じ込めてしまう。
 これは、ちょっとヤバい。

 若干青ざめてブラックを見上げるが、相手は不機嫌そうな顔のままだ。

「ツカサ君……僕達恋人だよね?」
「ん?! う……。まぁ……」
「恋人ってさ、別々にご飯食べるの? 僕そんな奴ら見た事ないよ」
「そりゃ人に見える場所でやらないだけだろ。家じゃ普通じゃないの?」
「普通じゃないの!! も~~~っ、ツカサ君の鈍感、分からず屋、どーしてそんなに淡白なんだよぉおお!」

 言いたい事は解らんでもないけど、お前の台詞が全部「美少女だったらすんなり成立したのになあ」って台詞にしか思えなくてヤバい。

 ブラック、アンタ三十路も後半だろ。もうすぐ四十路だろ。
 俺の父さんとあんまし変わんない年齢だってのに、その発言はちょっとヤバいのではないか。そりゃ恋人ですけども、どっちかって言うと、その発言って俺が言うべきなんじゃ……。いや絶対言いたくないが。

「ツカサ君、本当自覚してくれないよねえ……。恋人だって事もそうだけど、そう言う風に誰かを無自覚にあおったりしてさあ」
「あ、煽るって……」

 は? 何言ってんのこいつ。
 大丈夫か、春の陽気で本格的に頭がいて来てないか?

「ねえ、ツカサ君のそう言う鈍感さで、僕がどのくらいやきもきしてたか解る?」

 顔が、近付いて来る。
 ちょっと不機嫌そうな顔をしたブラックは、眉間にしわを寄せていて、いつものだらけた表情なんて欠片も無い。
 眉間にしわが寄って、目が睨むかのようにすうっと細くなる。本当なら、怒られていると思うべきなのに……俺はと言うと……何故か、急に胸がドキドキして来てたまらなくなってしまっていた。

「っ……」

 な、なんでだろ。どうしてこんな急に。
 いやでも、あの、なんかその、真面目な顔してるブラックってレアっていうか、間近でこんなシブい顔されると、なんか、その……。

「なんで顔赤いの、ツカサ君」
「ぃ……あの……」
「……ふーん? …………ふふ……。ツカサ君って、ほんと僕の顔好きだよねえ」
「え゛っ?!」

 苦み走った顔のままにやりと笑ったブラックに、変な声が出る。
 まっ……は? はぁ!?
 なにその、顔が好きって……お、おれオッサンの顔見て喜ぶ趣味なんて……っ

「雄臭い顔の僕、そんなに好みだった? ふ、ふふふ……可愛いなあ、そんなに顔を赤くして、目を潤ませて……」

 粘っこい声を零しながら、ブラックは更に俺に近付いて来る。
 そんな訳ないだろうが、と、反射的に言いそうになった口をいきなり塞がれた。

「んんん゛っ!?」

 待って待って待っていきなりすぎて訳解んないんだけど!!
 お、俺別にアンタの顔が好きとかじゃ……。

「はっ……はふっ、んむ……」
「ん゛ぅっ……! んっ、ぅんん……っ!」

 い、息しないで、頼むからこの状態で吐息出さないで!

 耳がゾワゾワする、恥ずかしくて体が燃えそうに熱い、たえきれない。
 やめろとブラックの胸を叩くが、それが相手を意固地にさせるのか俺を深く抱き込み背中に手を這わせて来る。
 大きなてのひらが背中にぐっと張り付いた感触があまりにも生々しくて、俺は鳥肌が立つような衝撃に体を震わせた。

「んっ、ふあっ、ぁ……! やだっ、や、なぞるな……っ!」
「ふ、んふふ……また内股になってるよツカサ君……? はぁ、はっ……はは……可愛すぎ……お、お昼前に、先にツカサ君を頂いちゃおっかなぁ……?」
「ぃ、やだ、って……も……っ! ばかっ、すけべおやじぃい……!!」

 何でお前はそういう気持ち悪い事しか言えないんだよ!!
 つーか飯! 飯食えよお! 冷えるだろバカっ、ばかばかばかばかあああ!!

 いい加減にしろよ、と震えはじめる体を必死に抑えて腕を振り上げようとすると――ブラックは、気持ち悪い笑みをにたにたと浮かべながら鼻と口を覆った。

「つかさくっ……あぁ……もう、駄目だなぁ……!」
「へ……?」

 何がダメなんだと思わず顔を歪めると、ブラックは俺の顔を愉しそうに眺めて俺の唇をべろんと舐めて来た。

「んん゛っ!?」
「ほら……そうやってすぐに男を誘う様な顔をしたり、可愛い事言ったりして……ツカサ君がそんな風に無防備だから、僕もあの熊公も興奮しちゃうんだよ?」
「そっ……! あ、アホかぁ!! いつだれがお前らを誘ったんだよっ!! 俺はただ、こ、こんな所で発情されても困るから……っ」

 興奮って何だよ、俺なにもしてないのに。
 アンタらが俺の行動に一々変な反応してるだけじゃないか、なのにどうして俺が責められなきゃ行けないんだよ。
 ああもう、ほんとこのオッサン達ワケ解んない!!
 何でも良いから早く離せよお、もぉお……!

「そういう顔が興奮させるんだけどなあ……」

 呆れたような声を出して俺をじいっと見つめてくる相手に、俺は負けてたまるかと涙目をごしごしとぬぐって睨み付ける。
 この状態でガン付けられてひるむなんて、絶対にやりたくない。

 ……だいたい、悪いのはブラックなんだからな!!
 変な事言って急に興奮して、突然俺にキスしたりなんかして……お前がキスしなきゃ、俺だってこんな、へ、変な事にはならなかったのに……!

 そんな思いを込めて睨み返していると……ブラックは目をすうっと細めて、俺を優しく解放した。そりゃもう、何事も無かったかのように。
 …………あれ。あれれ?
 ブラックってこんなに聞きわけ良かったっけ……?

「ぶ、ブラック?」

 思わず呆気あっけにとられた顔で見上げると、相手は猫のように目を細めたままで、くちだけを笑みに歪ませる。

「まあ、いいよ。そういうのは、後にしようか。……だけどさ、ツカサ君。お昼を食べるならやっぱり一緒に食べようよ。僕、嫌だよ? 大好きなツカサ君が作ってくれた料理を、ツカサ君の居ない場所で食べるなんて……」
「え……」
「いっしょに、食べよ?」

 そんな事、思ってたのか。
 だから、さっきはあんな真剣な表情して怒ってた……怒ってたよな? 怒ってたのかな……? そっか……ブラックはブラックなりに俺の事思ってくれてたのか。

 そう言えば、手料理を作った時は必ず目の前で食べて貰ってたな。
 二人に満足して貰えるか心配だったから、俺は付き添っていたんだが……どうやら、ブラックはそう言う団欒だんらんが好きだったらしい。

 ……まあ、そんな事はさっさと口で言えよとは思ったし、簡単に興奮して流され過ぎだろとは思ったが……まあいい。結果的に治まってくれたんだから。
 いつもみたいにヤられなかっただけ僥倖ぎょうこうだ。

「ツカサ君……」

 催促さいそくするように、ブラックが俺をじいっと見つめて来る。
 その情けない顔に、俺はまた少し胸が痛くなったが……小さく頷いた。

「解ったよ。……でも、あのオムレツはお前らのた……お、お前ら用に作ったんだから、俺は食べないからな」
「ふふ……解ってる解ってる。さあ、ご飯食べよっか! 早くしないとツカサ君の美味しいオムレツが冷めちゃうよ~!」

 俺がもう逃げないと解ったからなのか、ブラックは人懐っこい笑みを満面に浮かべて、オムレツを持って台所から飛び出す。
 まるで子供な行動に俺は苦笑して、ゆっくりと後に続いた。

 …………そっか、そうだよな。同じ家の中に居るのに離れて食事をするなんて、考えてみれば随分と寂しい事じゃないか。
 逆の立場なら、そりゃ一緒に食べたいって思うよな。

 俺……張り切りすぎたせいで、ブラックをないがしろにし過ぎたんだな。
 思えば、俺は自分のやりたい事を優先して二人の事は二の次にしていた。そんなのパーティーを組んでる奴のやる事じゃ無いよな。

 うん、反省しよう。……そうだな、二人が食べ終わったら、やりたい事を聞いて、その中でそれぞれスケジュールを決めよう。
 この家には俺一人が逗留するんじゃない。俺の大事な奴が、二人もいるんだ。
 大事なら、ちゃんと時間の使い方を相談して三人で納得出来るルールとかを決めていかなきゃ。それがルームシェアってもんだよな、多分!

「よっし、じゃあまずは簡単なルールでも話し合ってみるか」

 ルールとは言っても、別に堅苦しい物じゃない。
 さっきの話みたいに「必ず三人で食事をする」とか、掃除当番を決めておくだとか……考えてみれば、色々と決めなきゃいけない事はあったな。
 台所での変な事態にならない為にも、ちゃんと話し合わなければ。

 …………そうじゃないと、いくら心臓とケツがあっても足りなさそうだし。

「……良く考えたら……あの性欲の権化のオッサン二人とルームシェアって……物凄く嫌な予感しかしないな……」

 えっちの回数も決めておいたほうが良いんだろうか。
 ……そんなの考えたくもないし決めたくもなかったんだけどな!!
 ああもう、なんかまた泣きたくなってきた!










 
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