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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編
野盗襲来 2
しおりを挟む「ふっ……こんな所に居やがったか。なんだ、お前は逃げ遅れたクチかぁ?!」
扉の向こうからでも聞こえるような声で、男は俺を恫喝する。
その自信満々の言葉は俺を威嚇したが、どうも焦っているようにも聞こえた。
他の家はもぬけの殻だったから、当てが外れて慌ててるんだろうか。それとも、予想外の抵抗に混乱しているのか。どちらにせよ、相手が動揺しているという事は俺達の作戦が上手く行っているという事だ。
そんな俺の予想を裏付けるかのように、男は質素な扉をぶち壊して乱暴に入って来る。ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべているが、外の怒号に一々目を向けている所からして、絶対に余裕でここに来れたとは思っていないはずだ。
相手はそれなりに動揺してるんだ。
なら、俺にも勝機はあるとフライパンを両手で持って相手に突き付けた。
「おいおい、それが武器かよ……! ハハッ、どんくせぇガキだな、さすがは逃げ遅れただけの事はある」
「そのガキしか捕まえられそうにないアンタらも、相当どんくさいと思うけどね」
俺の解りやすい挑発に、男はピクリと片眉を上げて眉間にしわを作る。
「ほう? 随分と余裕だな。この前の村のガキどもは震えるだけだったのによ」
「生憎とネズミに気圧されてるネコに怖がる繊細さはないもんでね」
嘘ですホントはめっちゃ怖いです。
でもここでビクビクしてたら、普通にサクッと刺されるかテイクアウトされちゃうじゃんかよ! どうにかして時間を稼いで応援を待たないと……。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、男は俺の顔を見て顔を顰めた。
「ネズミ……やっぱりてめぇら、傭兵を雇ってガキと女を逃がしやがったか」
「さあね」
「しらばっくれるんじゃねえぞ、こっちはモンスターどもと謎のクソオヤジに追い回されて、損失被ってんだ……金目の物だけじゃ贖えねえぞオラァ!!」
だん、と床を強く叩かれ、大剣ですぐそばにあったテーブルを壊される。
潰されたとも引き裂かれたともつかない壮絶な音を立てて砕ける物体に、反射的に体がびくりと反応してしまった。
それを見て、男が「面白い玩具を見つけた」とばかりにニヤリと笑う。
「だが、まあ……上玉の黒髪のガキが手に入りゃぁ、あいつらの命を取り返してもまだ余る金が手に入るか……クククッ、今は黒髪のガキの買値が死ぬほど上がってるからな……!」
……あ。そう、だった。
ライクネス王国じゃ黒髪の人間が珍しくて狙われやすいって話だったけ……。
ぎゃー! 帽子でも良いから髪の毛を隠しておくべきだったー!
この地域の人達って普通に黒髪の俺やクロウの事を受け入れてくれていたから、ライクネスがわりと特殊な場所だって忘れちまってたよー!!
つーか買値爆アゲってなに、何が起こってんの!?
いや、そんな事考えてる場合じゃない。落ちつけ俺。相手が俺を売り飛ばそうとしているのなら、ヘタに手出しできないって事だ。なら、少なくとも殺される心配はない。相手は俺の事をマヌケな非力野郎だと思ってるワケだし、このまま相手を油断させていればなんとかなるぞ!
「な、仲間が次々やられてるってのに、随分と余裕だな」
「関係ねえよ、あんな技能も無いザコどもなんて、後から幾らでも補充できらあ」
そんな事を言いながら、俺にじりじりと近付いてくる。
仲間をそんな風に切り捨てるなんて……いや、待てよ。能力がない者を蔑む発言をしているって事は……もしかしてコイツがお頭……もしくは索敵技能持ちの野盗だってのか。
だったら、無傷で村の中まで入って来れた事も納得だ。
じゃあ、ウマいことコイツを捕まえられたら、一気に俺達の勝利じゃないか?
ひ、人を傷つけるのは嫌だけど、ガチの喧嘩で殴り合うくらいは男としては当然のことだ。それなら俺にだってできらあ!
よし……ここで一発どうにかして……。
「おい、なに笑ってんだよ」
「な、なにも……」
「勝気なオンナは嫌いじゃねえが、度が過ぎると痛い目みるぜ」
「俺は女じゃねえー!!」
ふざけんな、と思わずフライパンを振り上げたと同時。
固い金属音がして、両手で掴んでいたはずの武器が強い衝撃と共に消える。
何が起こったのか解らずに痙攣する両手を見上げた瞬間、横薙ぎにされて、俺は思いっきり壁に叩きつけられた。
「グアァッ!!」
体が先に叫び声を上げて、後から一気に痛みが襲ってくる。
横っ腹と背中が痛い。じくじくとした痛みと響くように広がってくる鈍痛が合わさり、体が動かなくなる。
何度もこういう目に遭った事が有るし、相手は野盗だから予想してはいたけど、でも……実際やられるとやっぱり痛い……っ。
「傭兵の仲間かと思ったが、やっぱりただのガキか」
そう言いながら男は近付いて来て、蹲る俺の腕を思いっきり引き上げる。
瞬間、思いっきり撃たれた場所が痛んで、俺は我慢しきれずに顔を歪めた。
「う゛っ……ぐ、ぅ……!」
「ほーう? 痛がる顔は中々じゃねーか。これなら加虐趣味のヒヒジジイにも高値で売りつけられそうだ」
もうとっくにクソオヤジに色々されてるってのに、これ以上弄ばれてたまるか。
つーか加虐趣味のジジイってなんだよ、加虐趣味って!!
「くっ……そ……」
この痛みが治まれば、すぐに逃げ出してやるものを……と言葉を吐き出す俺に、男は余裕ぶった笑みでにやにやと笑うと、ひん曲がった剣を持って俺のシャツの裾をくいっと捲って来た。
「そんな口きいていいのか? あぁ?」
楽しそうにそう言って、何をするかと思ったら――――
こともあろうか、男はそのまま剣をシャツの中に突っ込んできて、真ん中から思いっきり引き裂きやがったのだ。
「っ、ぐ……っう……!!」
「へへ……良い体してんじゃねーか……おらっ、いくぞ!」
男が俺を引っ張り上げて肩に担ぐ。
まるで仕留められた獲物か何かだ。チクショウ、情けない……。
こんな事ならギルドの依頼を受ける前に色々と練習しておくんだった。ブラック達が来るまでなんて決心しておいて、何分も持たなかったじゃないか。
俺ってば情けねぇえ……。
じくじく痛む体をどうする事も出来ず、万事休すかと諦めかけた……その時。
「クゥ――――!!」
ぼふん、といきなり俺の目の前を煙が覆い、またもや俺は宙に投げ出された。
しかし今度は叩きつけられる事も無く、柔らかい何かに思いっきり沈み込む。
その感触には覚えが有って、俺はようやく何が起こったのかを理解した。
「そ、そうか……忘れてた……!」
まったくピンチの場面がなかったから忘れてたけど……俺、こういう時の為に、ペコリアに「ピンチになったら助けてね」ってお願いしてたんだった……!
「くきゃー!!」
「きゃふー!」
「くぅううー!」
「なっ、なんだ、なんだこいつらは!?」
いきなり現れた数十匹のペコリアには流石の野盗も驚いたのか、モコモコの毛を膨らませて威嚇してくる綿兔に素直に慄いている。
こんなに愛らしいのに、やっぱりモンスターと言うのは人族にとっては恐ろしい存在のようだ。……しかし、屈強な男が可愛い動物を警戒する姿ってのは、物凄いシュールな光景だな……。
「くっ、くそ、どけぇ!!」
しかし野盗も獲物を逃してなるものかと剣を振り上げ、ペコリアを薙ぎ払おうとする。危ない、と思ったが、しかし相手は野生動物だ。動揺している男の攻撃など軽いものだと言わんばかりにひらりと躱し、全速力で跳び上がって、ふかふかの綿のような体で男の顔に体当たりをかました。
「ぐわあっ!!」
思ったよりも酷いダメージなのか、男は大きく体を傾げて逃れようとする。
も、もしかして……ペコリアってやっぱり強い……?
流石は「みなごろしのうさぎ」と名のつく鏖兎族……。
「クゥウ~!!」
調子付いて来たのか、俺をキャッチしたグループ以外のペコリア達は、まふまふと体を上下させながら、膨らんだ体を男達にぶつけようと準備をし始める。
一体で屈強な男が傾ぐって事は、数十体のペコリアが体当たりするとなると……その衝撃って……。
さすがにヤバいんじゃないかと思い、止めようとしたと同時。
「何やってんだテメェエエ゛エ゛ェエエエ!!」
壊れたドアからブラックとクロウが飛び込んできて、俺達の目の前で野盗の男に勢いよくドロップキックをかました。
◆
「いやぁ、本当に助かりました……」
村の広場で、アドルフさんが俺達に向かって深く礼をする。
周囲には全焼した家や酷く損壊した建物があったが、それでも俺達に「助かった」と言うのは、それほどあの野盗達に苦しめられていたからなのだろう。
彼らの辛さを考えると、俺は何もできてない自分に悔しくなった。
……だけど、アドルフさん達の前でそんな態度をとる訳にもいかない。
ぐっとこらえて、俺はただ首を振った。
「あの……家が何軒か焼けちゃって……本当すみません……」
「いえいえ、村人全員が助かっただけでありがたい事です。それに、ブラックさんとクロウさんには野盗達のほとんどを捕縛して頂いて……こちらこそ、役に立たず申し訳ない。私達は逃げ回っているだけで何もできず……本当にお恥ずかしい限りです……」
「そ、そんな事ないですよ! 俺よりかは活躍してますって!」
なぁお前達よ、と背後のブラック達に振り返るが、二人の反応は微妙だ。
という事は、本当に二人と藍鉄がほとんど頑張ってくれたんだろうか……うう、やっぱり何もしてない俺が一番役立たずだったような……。
「それより……これからどうするんだい」
ブラックの問いに、アドルフさんは晴れやかな笑顔で答える。
「あの野盗達は、陽が昇り次第セイフトの警備隊に連絡して引き渡します。街門は夜が明けなければ開きませんから……」
「では、一緒に向かうか。オレ達もギルドに報告せねばならんし……それに、荷物も雑貨屋に預けたままだからな」
「あ、そうだったな……じゃあ、野盗達の引き渡しまで俺達も同行しますよ」
背後で腐ったオッサンの「えぇー」という声が聞こえたような気がしたが、多数決で「同行する」が可決されたんだから文句を言うでない。
つーかどっちにしろ、ギルドに報告しなきゃいけないしね。
そう思ってアドルフさんを見ると、相手は不思議そうに目を瞬かせていた。
「雑貨屋……もしかして、お婆ちゃんの所ですか?」
「ええ、アドルフさんの依頼を受けた事を話したら、預かってくれて……」
「ああ、そうでしたか……! でしたら、村への荷物の輸送は私達が行いますので、貴方がたは存分に休んで下さい」
「いや、そんな……」
「どうかやらせて下さい。報酬以外で我々が出来る恩返しと言えば、そんな事しかありませんので……。さ、報酬と【達成証】をお受け取りください」
確かに、クロウも藍鉄も野盗との戦闘で疲れているだろう。
だったら休ませてあげた方が絶対に良いよな……でも、良いんだろうか。
報酬も貰って、そのうえ荷物まで運んで貰っちゃうなんて、悪いなあ……。
この後は村長さんの家で警備がてら仮眠させて貰う事にもなってるし、ブラック達は良いけど俺はなんか罪悪感が有るわ……。
いやでも、警備は大事だよな。
だって、野盗達は全員捕縛して、地下室に放り込んでいるんだから。
よし、こうなったら俺が寝ずに警備をしよう。徹夜くらい旅をしている時は何度かやった事が有るんだ。それくらいは役に立たないとな!
報酬とギルドに提出する【達成証】を受け取った俺達は、改めて村長さんの家に向かうべく歩き出した。
「…………しかし、みんな元気だな」
村の広場でもそうだったが、夜中だというのに村人達はとても元気だ。
恐怖から解放されたのがよほど嬉しいのか、陽気に騒いだり踊ったり、とにかく興奮が抑えられないと言った様子だ。自警団の男衆も、自分の家族や恋人達と喜びを分かち合っていた。
とても微笑ましい光景だが、やっぱ悔しいなあ……。
だって、俺は今回は本当に何もしてないんだもん。
野盗をとっちめたのだって、全部ブラックとクロウのお手柄だ。野盗のお頭の事も、ペコリアが頑張ってくれたおかげで捕まえたのであって、それも俺の手柄じゃない。だから、報酬は二人に分けて渡そうと思っている。
ただ拗ねてるんじゃないぞ、これは男としてのけじめだ。
今回は勉強代だと思おう。むしろ自分がどれほど劣っているのかを確認出来て、気合が入った。……よし、やっぱり修業はやらなきゃな。後衛だからって、いつまでも非力じゃいられない。
トランクルに帰ったら、ブラックかクロウに戦闘訓練でもして貰おうかな……。
オーデルでは曜術の訓練しかしてなかったから、もっと本格的なヤツな。
でも何を習えばいいのかな、と考えていると、不意に横から声が降って来た。
「ところでツカサ君」
「ん……? な、なに?」
「どうして君って子は、会う男会う男に色気を振りまいちゃうんだよ。今日も村の男達だけじゃなく、あの野盗のクソ野郎にまでいやらしい姿を見せて……」
「ハァ!? 何言ってんの!?」
いきなりの暴言に目を剥く俺に、今度はクロウまでもが反対側から鼻息を荒くして熊さんモードのままで小言を言い始める。
「そうだぞツカサ、そう無防備に男を誘っていては、オレ達がいくら頑張って悪い虫を潰して回ってもきりがない。少しは節度を持ってほしいぞ」
「クロウまで何言ってんだよォ!」
「これは、トランクルに帰ったら色々とお勉強しなくっちゃいけないよねえ……」
…………ん?!
な、なにその発言。何その「企んでます」って感じの影のかかった笑い方ぁ!
「ああ、そうだな……。アレか。アレだな。オレも手伝っていいんだろう?」
「まあね……でも、調子に乗るなよ熊公」
「わかっている。フフ……楽しみだな……」
あの、もしもし。二人とも何の話をしてるんですか。アレって何ですか。
俺を置いてけぼりにして話を進めないで下さい。
嫌な予感がするんですけど。嫌な予感がすっげーするんですけどおお!
両隣から変な会話で挟まれてどうすりゃいいんだと青ざめている俺に、ブラックは俺の肩を優しく叩くと人懐っこい笑みでにっこりと笑った。
「心配ないよ、ツカサ君。きみのために、お勉強会を開くだけだから」
「お……お勉強会…………?」
なに、それ。
……お勉強会って……普通のやつ……だよな?
そう願いたい……。
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