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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編
9.野盗襲来 1
しおりを挟む※もうしわけねえ、長かったので二分割します…(;^ω^)
夕方になると、空には雲が増えて頻繁に周囲が薄暗くなってきた。
見通しの良い草原には、日が沈むにつれて小さな光の粒が徐々に出現し始め、赤黒く染まる空も相まってか不思議な光景が広がっている。
けれど、残念ながらこの天候は俺達に不利な状況を作り出していた。
空からの光が薄まれば、それは野盗達の絶好の機会となる。
例え大地の気が蛍のように湧き上がる明るい夜だとしても、真上から照らす物が無ければ、草木に隠れたものは中々見分ける事も出来ない。
むしろ、光に紛れて視認し難くなってしまうのだ。
のびのびと成長した草木が広がる草原でなら、匍匐前進して慎重に進んでいれば近くまで来ない限り気付かない。彼らが派手な身形をしていない限り、その移動を把握するのは至難の技だろう。
中途半端な明るさは、それほどに人間の視界を狂わせるのだ。
明るいって有利だと思ってたけど、意外とそうでもないんだな。
「まさに、強盗におあつらえ向きの夜って奴か……」
シャベルを動かす手を止めて、俺は額の汗をぬぐう。
日没までになんとか間に合ったと思うと安堵の溜息が出るが、手を止めている暇はない。もうひと頑張りだと俺は腰を叩いた。
――俺の目の前には、村を囲うように続く少し深い堀がある。その堀は地面と同色の布で所々塞がれていて、俺も今まさに堀を隠そうとしていた。
何故かって? ふふふ、これが作戦の一部だからだよワトソン君。
いやワトソンどころか周囲に人っ子一人いないけど、それはともかく。
このベルカ村を囲うように作られた堀は、俺達にとって重要な罠になる。
言わば、この堀が俺達の最初の一手となるのだ。
「しかし……これに引っかかる奴が本当に出るのかなあ」
布で自分が担当した区域の堀を覆い、布が飛ぶのを防ぐために布の端に土を落としてしっかりと踏み固める。
柵より少しだけ離れた場所に掘を作ったのは、柵を飛び越えて来た野盗達をそこで躓かせるためだ。柵のすぐ下に作ったら、そのまま飛び越えられちまう可能性があるからな。
けれど、これに全員が引っ掛かるほど野盗もバカじゃないだろうなあ……。
「ツカサ君、そっちはもう終わった?」
丁度固めた所で、ブラックが近付いて来る。
ブラックは村人達に作戦の最終確認をして回っていたらしく、村長の家から出た後は忙しなく駆け回っていた。
……そういう風に真面目にしてる横顔は、ちょっと格好良かったなとは思う。
い、言わないけど。絶対言わないけどな!!
「ツカサ君?」
「なんでもない! そんで、これが終わったら、俺は……村長の家で待機してれば良いんだっけ?」
スコップを杖の代わりにして寄りかかりながら聞くと、ブラックはちょっと頬を緩めて俺の頬を指でぷにぷにと突いてきた。
「うん、少しの間離れちゃうのは悲しいけど、ツカサ君には村長の家で、“おとり”をやって貰うよ。そうしてくれた方が、僕も気兼ねなく野盗と戦えるからね……」
「つつくな」
「ううう、だって寂しいんだもん……! 僕まだあーんして貰ってないしぃい」
「ちょっ、もお、抱き着くなってば!!」
つつく事に飽き足らず、ぎゅうぎゅう抱き締めて来るオッサンに「やめんか」と抵抗するが、相手はお構いなしに俺を腕の中に閉じ込めて来る。
こんな事をしている場合じゃ無かろうに、ブラックは寂しいよぉおと嘆きながら頬擦りまでしてきやがった。おいこら人が見てたらどうすんだよ!
「はーなーせー!」
「あぁあああ、せめて家まで、村長の家までぇえ」
「ギャー!! そのまま移動しようとするなああああ!!」
待て、やめろ、それだけはやめろ!!
こんな所を人に見られたら、もう村の人に顔向けできない!
「そういう作戦を立てたのはお前だろ!」
「だって、だってさあ、その方が一番ツカサ君に良いと思ったからぁあぁ」
「あーもー、解ってるならちゃんとして下さい!」
そんな情けないオッサン状態のお前を見たら、作戦に従ってる村人達が「大丈夫かあの人」ってなるだろ。絶対士気下がるだろ。
頼むからちゃんとしてくれと喚いていると、騒ぎを聞きつけたクロウがどすどすとやってきて、俺をブラックの腕から引き剥がしてくれた。やったぜ熊の腕力。
「こらクソ熊ァ!」
「ブラック、将軍がそんな調子では作戦もままならんぞ」
「そ、そうだそうだ!」
もっと言ってやれクロウ!
熊さん姿でしっかりした事を言うクロウに、俺は腕を振り上げて応援する。
「昨日思う存分ツカサと交尾したんだから我慢しろ。続きは帰ってからやれ」
「そ……いやそれはあの」
確かにそうだけど、確かにそうだけども、今それを言わなくていいんじゃ……てブラックも「チッ」って顔しながら退くんじゃないよ!
色々と突っ込みたかったのに、ブラックは名残惜しそうに「ちゃんと隠れててね」と言いながらまた最終確認をしに行ってしまった。おい、俺につっこませろってば。
クロウも当然のように俺を引き摺ったまま村長の家に行くな。
「ツカサ、あまり怒るな。ブラックはあれで、お前の事を考えて作戦を立てる程度には“まとも”なのだからな」
「ん゛…………いや、まあ……それはね……」
「お前は、地下に隠れている女や子供達を守ってくれ。お前が最後の砦だ」
「うん…………」
ちぇ……クロウったら、こう言う事だけは口が上手いよな。
俺が不貞腐れないような言葉を選んで、男のプライドも立ててくれる。例え俺が「守られる側」の人間でも、ちゃんと俺の気持ちを慮って鼓舞してくれた。
クロウはこんな風に人を動かす事が出来たから、子分とかお付きの人っぽかった獣人達も付いて来てたんだろうな。獣人の国にも軍とかがあれば、クロウは間違いなく司令官だっただろう。歳も考え方も申し分ないしな。
……こういう時、ブラック達との年齢差を感じちゃうな……。
「ツカサ、万が一の時は俺や藍鉄が唸り声を上げる。警戒を忘れるな」
村長の家に辿り着くなり、俺を離して再度確認してくるクロウ。
そう。その合図が有ったら、俺は野盗達と戦う覚悟を決めなければならない。
解っていると頷くと、クロウはグウと喉を鳴らして俺の頬を舐めた。
「ツカサ、無理はするな」
「……うん」
そう声をかけるのは俺の方なような気もするんだけどね。
持ち場に戻って行くクロウの後姿を眺めながら、俺は村長の家に入った。
「はぁ……」
しっかりと鍵を掛けて、周囲を確認してから暖炉の方へ近付く。
そうして、俺は暖炉の床に取り付けられている取っ手を引き上げた。
「よっと……!」
ずごご、と音がして、床が一気に引き上がる。そう、それは床ではなく、地下へと続く扉だったのだ。この地下室は、村長が村の飢饉に備えて作っていた倉庫で、中はかなりの広さになっているらしい。
ここに、村の女性や子供達が隠れているのだ。
俺は灯りを持って階段を下り、彼らに不自由がないかを今一度確認すると、すぐに終わるからと励まして再び地上へと戻った。
かなり怯えているかも知れないと思ったのだが、冒険者が来てくれたという安心感があるせいか、それとも俺のポタージュが効いたのか、彼らは驚くほどに冷静で覚悟を決めたような顔をしていた。
子供達も、緊張してはいたが泣き叫ぶような事は無く、それどころか「兄ちゃんが悲鳴を上げたら俺達が助けに行ってやるよ」とまで言うほど元気だ。
……冒険者が来てくれたって言うのは、そのくらいの事なんだろうな。
「…………なんか、情けないなあ」
再び暖炉の床を戻して、俺はそこが「地下への入り口」だと解らないように灰をかけ炭を置き、取っ手が見つからないように隠す。
しかし、ぽつんと村長の家に取り残された自分の事を考えると、男らしくないなという情けなさが募って、溜息が止まらなかった。
…………作戦は、至極簡単だ。
まず、彼らにこちらの動きを気取られないように、日が落ちた所でブラックが相手の【索敵】を妨害するための【索敵】を発動する。
高レベルの【索敵】なら、相手の術を相殺する事が出来、尚且つこちらの状態を偽装する事も可能だ。ブラックにかかれば、その程度の事は造作もない。
その“偽装”でこちらの情報を相変わらずの状況だと思わせ、敵を誘うのだ。
後は、初手で野盗を混乱させて、その隙に一気に仕掛けるのである。
「…………」
だけど、俺はその「仕掛ける側」にはいない。
俺の役目は、この家の地下に隠れている人達を守り「おとり」になる事。
戦闘には参加できなかった。でも、俺はそれを悔しいとは思っていない。
ブラックが、クロウが、俺をこの家に残したのには意味が有ったから。
「ほんと、情けないっつうか……。まだ殺人には抵抗あるんだもんな……」
ゆっくりと暗くなり始めた外を見ながら、俺は椅子に座る。
――そう。二人がこの家に居ろと言った理由は、俺が未だにこの世界の「当たり前」に染まりきれていないからだった。
この世界は、簡単に人が死ぬ。野盗や殺人者との争いでの正当防衛の殺人は罪にならず、また死刑も当然のようにすぐ執り行われる。
決闘で死ぬのも戦闘で死ぬのも当たり前で、よっぽどの大事でも無ければそれが非難される事も無い。他人の命が急に消える事など、驚く事でもないのだ。
悪漢であれば、なおさら。
だから、野盗達が死んでも誰も罪悪感を覚えたりはしない。
俺はまだその風潮に馴染めていなかった。
…………それに、正直に言うと……目の前でパーヴェル卿が酷い死に方をしたのを、俺はまだ引き摺っている。
それをブラック達は解ってくれていたから、俺をここに置いて行ったのだ。
俺がまた傷付かないように。
しかし、そんな風に優しくされると俺は頭を抱えてしまう訳で。
「ぐうう……こんなの男らしくないって解ってるけど……」
モンスターの場合は「相手の命を糧にする」っていう理由で何とか慣れたけど、やっぱり人間は無理だよ。だって、どんな悪人だって自分と同じ種族じゃないか。
食べるためでもない、本来不必要なはずの命のやり取りは、どうしたって現代人の俺には納得できよう筈もない。
本当はそんな甘ったれじゃいけないんだけどな……。
「……ブラック達にばっかり戦わせて、そんなの男として駄目だろやっぱ……」
最後の砦、おとり、と言えば聞こえはいいが、要は守られているだけだ。
結局俺も村の弱い人達と同じカテゴリーなのである。
「…………せめて、ブラック達がやむを得ず人を殺した場合でも、ビクビクしないように出来ればいいんだがなあ……」
ブラック達は「捕縛」を第一とするだろうけど、場合によっては野盗達を殺してしまう事もあるかもしれない。
その時に俺が怯えてしまえば、逆にブラック達を傷つけてしまう。
……この世界は、悪人は切り捨てるのが当然の世界なのだ。
俺のように、罪悪感を持ちたくないからと逃げるような奴はいない。
だから、血に塗れた相手を見て怖がる事だけはしたくない。俺が望んであいつの恋人になって、俺が望んであいつに生きていてほしいと思ったんだ。
たとえ、俺が臆病なままで人を殺せないとしても……二人のした事を背負おうと思えるくらい強く、男らしい奴になりたい。
「どうすればそんな格好いい奴になれるのかは……わかんないけど……」
ああ、マンガのようには行かないよなあ。
改めて「現代っ子メンタル」な自分にうんざりしながらテーブルに頬をくっつけていると――――外から、唐突に鬨の声が聞こえた。
「ッ!?」
これは、ただの叫び声じゃない。
笑い声や興奮した時の叫び声が含まれている。ということは……野盗がついにやって来てしまったのか。
「う、うわっ、ど、どうしよう。ととととりあえず、武器、えーと……!」
ああっ、やべえ、フライパン(らしき物)しか見当たらねえ!
俺が慌てて武器を装備する間にも、外では怒声が上がり剣がかち合うような音が聞こえ始める。その中に叫び声が聞こえて、俺は咄嗟に耳を塞いだ。
だ、誰だ。誰が叫んだ、何か有ったのか、村人が怪我をしたんじゃないのか。
思わず回復薬に手が伸びたが、俺はここから離れられない。
どうか予備に手渡して置いた回復薬で間に合ってくれればいいんだが……。
「くそっ、どうなってるか解らないと怖いな……」
ブラック達や藍鉄が怪我をするのも嫌だけど、村の人達がまた怪我をするのも嫌だ。どうにかして外の状況が解らないかと窓に近付くと――唐突に、クロウの大きな叫び声が村に響いた。
「――――!?」
こ、これ……もしかして…………ここが危ないって合図か……!?
まさか、誰かが突破して来たのかと窓の外を見て――――
俺はある人物と目が合い、息を呑んだ。
「あ…………」
窓の外。
赤々と燃える家の合間を縫って現れた大柄な姿は、初めて見るものだ。
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……ってことは、まさか。
俺がその正体に気付いたと同時、男は俺の視線に気付いたかのようにこちらを振り向く。そうして、にやりと笑って近付いてきた。
や……やばい……こっちにくる……!
で、でも、逃げちゃ駄目だ。こうなったら、俺がここで迎え撃つんだ。
ブラック達が助けに来てくれるまで、ここでアイツを足止めしなきゃ……!
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