異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編

8.知らない事は怖い事

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「は、はい……あーん……」
「んんん……! あっ、ありがとう、とっても美味しかったよ……!」

 自分がやった事で他人が喜ぶと言うのは、気分が良い。なので、俺は必要とされれば怪我人の要望に応える気ではいる。
 俺程度の手伝いで満足するんなら、それは光栄な事だとは思うしな。

 だが…………。
 どうして腕を怪我していない人にまで、俺がポタージュを食べさせてやる必要が有るんですかね……?

「まさかこんなに優しい冒険者が来てくれるなんて思わなかったなあ」

 そんな事を言いながらニコニコと満足げに笑う大人達に、俺は背筋に冷たいものを感じながらも愛想笑いで何とか乗り切る。
 きっと、彼らは暇だったのだろう。暇を持て余した結果、全員で俺をからかうという暇の潰し方をしようと思ったに違いない。そう思わなければやってられない。

 ……だって、だってさあ、どうして俺が男に「あ~ん」しなきゃいかんのよ!?
 そりゃ、あの腕を怪我してる茶髪イケメンは仕方がなかったけどさ、だからってそれを見て「ずるい」とか言い出すのは違くないか。俺だけが怪我人の男衆に一々あーんして回るのって頭おかしくないか!?

 ブラックにも手伝って貰おうと思ったら、怪我人達もブラックも嫌そうな顔をして拒否するし、俺がしぶしぶやったら全員何か変な顔して喜ぶし!!
 男が男に惚れるのは普通って前提があったとしても、俺で満足してんなよ!
 もうちょっとこう、もっと美形の子とかにしてほしいとかあるだろ君達も、近場の優しそうな若い子だからってヘラヘラするんじゃありません!!

 俺だって絶世の美女とかじゃなかったら普通に「ありがたいなあ」で済ますよ、そんな露骨にハァハァしないよ!
 どうしてこうこの世界の男どもは俺より露骨なんだ……。

「ツカサ君……僕にだけあ~んしてくれない……」
「お前もロコツにガッカリすんなよなあもう!!」

 俺の目の前でこれ見よがしに指をくわえるんじゃありません!

 子供かよと逃れようとしたが、しかしブラックはさっきのあーん祭りが相当不快だったようで、俺が歩く横でずっと指を咥えて不機嫌顔を見せつけて来る。
 「僕にもやってよ」とオーラで訴えかけて来るが、今はそんな事をやっている暇はない。全員が食事を摂った後は、回復薬を渡さねばならないのだ。

 徐々に近付いてくるむさ苦しい顔を押しのけながら、俺は用意しておいた回復薬をお腹が落ち着いた人から順番に配って行った。
 俺達の本来の目的は、病人の看護じゃなくて人員の確保だからな。

 さっさと飲んで下さいとぶっきらぼうに言うと、怪我人の男達はそれぞれ何故か嬉しそうに笑っていたが、俺の声に従って素直に薬を飲んだ。
 ――瞬間、怪我をした男達の体から大地の気の光が一気に湧き上がる。
 温かい気の光が彼らの全身を覆い、見る見るうちに彼らの体は回復していった。顔や体の擦り傷は勿論、深そうな切り傷もそれはもうばっちりと。

 とは言え、まだ油断は禁物だ。
 体内の異常を訴えていた人達はひとまず待機していて貰うとして、俺は全快した男衆四人に再び自警団に加わって貰う事にした。
 ……なんか物凄い目で俺を見詰つめてくるが、気にしないようにしよう。
 見てません。俺は背筋が凍るような熱い視線は感じてません。

 と言う訳で、彼らと村長を加えた村人十人と、俺達は改めて作戦を練った。
 ……まあ俺は、村人達とクロウにせがまれてポタージュ第二弾を作ってたので、作戦には全く参加してなかったんですけどね!

 いや、うん、俺だっておかしいとは思うんだけどね……ポタージュ作ってと子供達にせがまれたら仕方なくてね……。

 でもさあ、普通こう言うのってさ、俺が先導して作戦を立てて「流石は我らの策士様!」「おお、素晴らしい軍師様!」とか言われてる奴じゃないのかな。何で俺おさんどんしてるんだ。
 解っちゃいたけど、何でこう俺は普通のチート小説のように行かないんだろう。
 おかしいな、俺もチート能力を持っているはずなんだけどな……。

 まあそんな事を延々と考えていても時間が過ぎるだけなので、俺は気持ちを切り替えて一生懸命ロコンのポタージュを作った。
 料理を作る事も、子供達や村の女性陣への好感度アップになる……じゃなくて、彼らのためになるからな。

 これから来るであろう恐ろしい夜の事を考えたら、非力な女性や子供達は恐ろしくてたまらないに違いない。だからこそ、温かい料理で少しでも心を落ち着けて貰うべきなのだ。怖さを引き摺ったままだと、彼らも野盗に抵抗出来ないかも知れないしな。これは俺にしか出来ない大事な事だ。
 だから、まあ、料理を作ること自体には不満は無い。作戦会議に入れて貰えないのはちょっと悲しいけどね。

「でもまあ、最近は料理男子がイケてるって言うし……」

 これはこれで、俺ってば主人公してるかな?
 寧ろ、これは女性たちと気兼ねなく触れ合えるので役得かも?

 なんて事を思いつつ、俺はポタージュを介して村の女性と和気藹々わきあいあいと話していたのだが……家の中からブラックがじっとりと監視をして来るせいで、モテキ到来と行くまでは仲良く出来なかった。
 チクショウ、あいつはどうしてこう俺の心のオアシスを奪うんだ……。
 悲しさで思わずクロウをモフモフしても怒気を向けて来るし、どうせいっちゅーねん。お前は作戦立てるのそっちのけで俺をずっと監視している気か、と思っていたら、ついにブラックがこっちにやってきて、俺を抱き上げてきた。
 そんで、家の中に連れて来て、言うに事欠いてこうだ。

「もうおしまい! まったく、ツカサ君ったら僕の気も知らないで……」

 とかなんとかぶつくさ言いつつ、俺を膝に乗せてまた作戦会議を始めやがる。
 ……なーにーがー「僕の気持ちも知らないで」だあああああ!!

「おいっ、こら!! 降ろせバカ!」

 ふざけるなと逃げようとするが、ブラックは俺をがっちりとホールドして離してくれない。体力お化けのブラックに俺が敵うはずも無いが、だからって大人しく膝の上に座らされている訳にもいかないだろう。だって、この状況で膝抱っことか、恥ずかしすぎて死ぬっつーの!
 人が、人が周りにいるんだぞ!!
 二人っきりの時ならまだしも、こんなに大勢いる前で醜態をさらして堪るか。
 とは意気込むものの、俺はちっともブラックの腕の中から抜け出せず……。

「頼むから離せよぉお……」

 泣き言を言うように言うと、ブラックは神妙な顔で口を曲げる。

「嫌だ。ツカサ君は目を離したらまたどっかの誰かを誘惑するじゃないか!」
「してねえええよ! むしろ今の状態見てみんなドンビキだわ!!」
「はぁあ? はー……全く、ツカサ君はどうしてこう……」
「あ、あの、作戦会議の続きは……」

 膠着こうちゃく状態をみかねてか、アドルフさんが助け船を出してくれる。
 それ見た事か呆れられたぞ! とブラックを見上げると、相手はムッとした顔をしていたが……さすがに今は怒っているじゃないと悟ったのか、言葉を抑えて再び作戦会議をするために集中し始めた。
 ったくもー……このオッサンって本当面倒臭いよな……。

「……で、どこまで話しましたっけ」
「ええと……そうです、何故野盗が我々の裏をかけるのかという所ですね」

 アドルフさんの言葉に、男達はそれぞれに難しそうな顔をして首を傾げる。

「本当に謎なんだよなあ。俺達はあいつらの死角に居たはずなのに、それすらも解ってるって感じで攻撃して来てよぉ」
「そうそう、僕なんかそのせいで足を切りつけられてあわや切断だよ」
「小屋の中に隠れてたって見つけられちまって、奇襲も失敗続きでなあ……」

 その話を聞いていると、確かに野盗達の動きは異様だった。
 こちらが奇襲を計画して、彼らに気付かれないように人を配置していても、野盗達はその警戒を完璧にすり抜けて襲って来るのだ。
 それはまるで、最初から作戦の内容が解っているかのような動きで。どう考えても有り得ない事だった。

 だから、アドルフさん達も最初は村の中に裏切り者がいるのではと疑ったらしいが、結局そんな人間も居なかったため、野盗達のその聡さの説明がつかず、村人は彼らに対して恐怖心を抱いているらしい。

 ……うーん、裏切り者が居ないとなると余計におかしいよな。
 この世界に盗聴器なんてそうそうある訳がないし、それに死角に居る人間を的確に察知できるなんて、どう考えても神業過ぎる。まるで千里眼を持つ男だ。
 そんな技が使えるのに野盗をやってるってのも変だしなあ……と、考えていると、ブラックが不意に「なあんだ」と気の抜けたような声を漏らした。

「な、なーんだって何だよ」

 無精ひげだらけのだらしない顔を見上げると、ブラックは面白くなさそうに眉を上げて肩を竦める。

「いや、だってさあ、それって『索敵』を使ってるって事だろう? 姿が見えない奇襲が上手いって言うから、どんな凄腕かと思ってたけど……索敵が使えるんなら、こっちの作戦なんて見えてても当然だよ」
「あ……。そうか、その手が有ったか……!」
「さ、索敵? あの、お二人とも、索敵とは……?」

 そう言いながら、アドルフさん達は不思議そうに俺達を見つめる。
 一瞬「何故そんな顔をしているのか」と俺は疑問に思ったが――気の付加術も、曜術のように“素質がある人”でなければまず学ばない事を思い出して、そう言う事かと合点が行った。

 そうだ、簡単な話だったじゃないか。
 この村には、曜術師も気の付加術を使える人間も居ない。だから、今までこうも野盗達に良いようにされてしまっていたんだ。

 【索敵】の術は、自分が認知できる範囲内に生物や敵がいないかを調べる術だ。
 修行の具合やコントロールによって識別する物体を指定する事も出来るが、その術は概ね「生物レーダー」として使用されている。
 つまりこの術を使えば、誰がどこにいるかなんて簡単に解ってしまうのだ。
 だから、作戦を建てても全てが野盗達に筒抜けだったという訳か。

 ――未だに不思議そうな顔をしているアドルフさん達に【索敵】の術の話をすると、彼らもようやく理解出来たのか、わあわあと騒ぎ始めた。

「さ、さくてき!? なんだよその術は!! それじゃあ俺達の動きなんて、全部丸見えだったってことじゃねーか!」
「うわぁあ、どうしよう、どうしよう……!!」

 自分達の動きが敵に知られてしまっている事を理解したからか、村人達は情けないくらいに慌てだす。
 そりゃそうだろう。相手がこっちの所在を掴めるんなら、どこに逃げたって無駄だって事だもんな……怖がる気持ちは解るよ。
 だけど、アドルフさんは冷静なままで村人達をなだめるように声を張り上げた。

「みんな落ちつけ、それが判っただけでも良いじゃないか! それに、こちらには索敵に対抗できる戦力も有る! 今回は我々の勝ちだ……そうだろう!?」

 アドルフさんがそう言うと、村人達の視線が一斉に俺達を向く。
 あまりにも一斉だったんで、俺は思わずビクッと軽く浮き上がってしまったが、彼らはそんな俺とブラックにキラキラとした目を向けていた。
 もう、なんか、物凄く期待したような目を……。

「そうだな、こっちには可愛い冒険者さんがいるんだ」
「強面の冒険者と熊もいるど」
「そんだそんだ、野盗なんぞもうこわくねえ、今度こそ勝つぞー!」

 俺達をみながら、わあわあと騒いで喜ぶ村人達。
 そんな姿を見て、ブラックは呆れたように深い溜息を吐いた。

「はー……。コレをまとめて作戦たてるのか……きっついなあ…………」

 ……心中お察しします。










※次ちょっとあぶないかも
 
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