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湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編
7.それ僕がやられたいやつなんですけど(憤怒)
しおりを挟むまず、俺達は夜警の人材を確保すべく、野盗達に怪我を負わされた男達がいるという集会場(に使われている小屋)に行くことにした。
彼らはここに集められて、看護を受けているらしい。
しかし……俺が見た小屋の中は、とても粗末な有様だった。
ベッドを持ち出せないためか、怪我人達は茣蓙(花見の時とかに良く見かける、うっすい畳みたいな敷物のこと。普通はイグサで作る)に似た敷物の上に寝かされており、薄い布を掛けられただけの状態だ。お世辞にも環境が良いとは言えない。
一度に面倒を見るためだとは解っていても、不衛生な感じは否めなかった。
それに、看護の手が足りてないのも問題だ。
このベルカ村は自給自足なので、基本的に暇な時間はあまりない。
野盗に蓄えを奪われている今は、村人の殆どがその損失を取り戻すために必死で仕事をしていて、とても看護にまで手が回っていなかったのだ。
付きっ切りでいられるのは、彼らの子供達くらいだろうか。
だけど、子供達は包帯や水を変える事しか出来ないし、回復薬のような高価な薬など買う事も出来ない。結果的に傷の完治は遅くなり、戦力は減る……まあ、当たり前の事だけど、深刻な事態になってるよな。
こういう時に、回復薬のありがたみが解る。
「あの、クグルギさん……彼らを戦力に加えるとの事でしたが……見ての通り、彼らはまだ満足に動く事も出来ません。おそらく無理かと……」
「……とりあえず状態を見てみますね。ブラック、手伝ってくれるよな?」
「はいはい」
たくもー、こいつは他人の事にはまるで興味ないんだからもう。
でもまあ手伝ってくれるだけマシか。
俺はブラックを急かすと、集会所で横になっている人達の様子を軽く診てみた。
傷口が壊死してたりしたらヤバいし、それはそれでちゃんと治療しなきゃいけないからな。なんぼなんでも、回復薬は失った足は生やせないし。
という訳で、集会所に居た十人にも満たない男達を見た結果、どうやら彼らの傷はそれほど深い物ではない事が解った。
だけど、いつもギリギリの生活をしているせいか、栄養が不足していて自己治癒能力が著しく低下しているみたいだ。
野盗達の強奪も有って、更に食糧事情は悪化しているだろうし……こりゃまさに負のスパイラルって奴だな……。
このままでは彼らの傷も治るまい。
「よし、状況は解った」
「……この程度なら回復薬でもなんとかなるね」
俺がやろうとしている事を理解していたのか、ブラックは眉を上げて呆れたように言う。まあ、お前にとっては気に入らない事だろうが、今は仕方がないだろう。
立ち上がってアドルフさんに振り返り、俺は一つ頼みごとをする。
「アドルフさん、申し訳ないんですけど……台所貸して貰えます?」
「は、はい……? だいどころ、ですか?」
そう。台所だ。
何をするかと言えば、回復薬の調合とメシを作るのである。
ブラックは微妙な顔をしていたが、俺は構わず外に出て、まずは明るい内に周辺に自生している植物を集める事にした。
この村にはギリギリの備蓄しかないので、食料を分けて貰って怪我人達に栄養を取らせるわけにもいかない。
どうせ報酬を貰うんだから、自費で用意してあげた方がいいだろう。
回復薬の材料もそうだけど、メシの材料もな。と言う訳で村の周辺を探ってみたのだが……まあ有るわ有るわ、回復薬の材料が!
懐かしのロエルにモギ……ああ、会いたかったよ君達ぃい。
他にも玉葱に似た地下茎が生えるタマグサも見つかって、俺はホクホクだった。
やっぱり常春の国の自然は良い。回復薬をすぐに作れる材料が揃ってるのは本当にありがたいよな……。
今後の戦闘で使用するかもしれないので、ブラックとクロウにも手伝って貰って、俺達は三十本程度の回復薬を調合できる材料を集めた。
……こんだけ採ってもすぐに生えてくるってのが凄いよな、この国。
流石は大地の気が溢れる稀有な常春の国だ。
「それで……次はどうするの、ツカサ君」
大きな籠にたっぷりと野草を積み上げて、少々うんざりした顔で言うブラック。そんな相手に俺は笑ってやると、びしっと村の方を指さした。
「今度は村の中だ! 自給自足なら多分ロコンも栽培してるだろうし、苗を頂いて回復薬の材料と怪我人のための料理の材料を同時にゲッツする!」
「げっつ?」
「ツカサは本当にはりきると周りが見えなくなるなあ」
クロウにまで呆れられている気がするが、気にしないぞ。
村の中に入り、俺は民家の裏手にある畑を訪問して、お金と引き換えにまだ畑に植えていないロコンの苗を貰い、主食を確保する事が出来た。
ちなみに、長らく登場してなかったライクネス国民の主食である“ロコン”とは、この世界におけるトウモロコシの事である。
トウモロコシは、世界三大穀物にあげられる「お、お前……野菜じゃなかったのかよ……!?」なびっくり野菜だ。もちろん栄養も豊富で、だからこそこの異世界の国でも立派に主食にもなっている。
……まあ、春の国なのに、なんでチリとかで育つトウモロコシがすくすく生えるんだよ成分違うんじゃないのっていう疑問はあるけど、この世界のロコンも恐らく栄養価は高いだろう。じゃないと穀物の代わりにならないしね。
なので、これを俺の黒曜の使者の力でこっそり成長させて、材料にする。
あとはどうしようかと思って村を散策していると、なんと、少し外れにある場所にバロメッツを育てている畜産農家さんを見つけてしまった。
聞くと、村に昔バロメッツを育てる人が移り住んだのだそうで、それ以来この家は代々村の貴重な畜産の担い手として頼られているらしい。
バロメッツは成獣に育てるのが難しいらしいのだが、それはともかくバロメッツがここに居てくれてよかった。
これで牛乳……いや、バロ乳が手に入る!!
ベルカ村のバロメッツも余るほどのミルクが採れるらしいので、怪我人のために遠慮なく使わせて頂く。
てなわけで準備が完了し、俺達は村長さんの家に帰ると早速調理に掛かった。
「よーし、ブラック手伝いよろしく!」
「はいはい……」
クロウは熊の姿のままなので、村の子供達と遊んでいて貰う。
モンスター(熊だけど)の姿をしているクロウに慣れて貰うには、遊んで仲良くなるのが一番手っ取り早いしな。ブラックにはクロウの分まで手伝って頂こう。
さて今回は、なんて事は無い「まるごとロコンのポタージュ」と回復薬を作る。
母さんが見ていたテレビで言っていたが、トウモロコシは芯まで栄養たっぷりなので、なるべくなら食べた方が良いのだそうだ。
と言う事は、ロコンも丸ごと使った方が良いだろう。
知識が浅いとか言わないで。俺普通の高校生なんですってば。
「えーっと……とりあえず、ポタージュってんだから磨り潰さないとな」
まずロコンを水洗いして蒸しあげ、少し冷ましてから実を全て取る。残った芯はバロ乳と一緒に塩を振って大鍋で半刻ほど煮込み、その間に実を軽く炒っておく。
その後芯を取った鍋の中のスープに実を入れて、俺は少し悩んだ。
「……なあブラック、メッサー・ブラットってつむじ風みたいにできる?」
こちらもまったくご無沙汰だった術だが、メッサー・ブラットとは木の曜術と気の付加術を合体させた、いわゆる「葉っぱカッター」な技である。
今まで敵にしか使った事が無かったのだが、違う使い方は出来るだろうか。そう問いかけた俺に、ブラックは無精髭が目立つ顎を指で擦りながら片眉を上げた。
「うーん……出来ない事は無いと思うけど……結構精神力を使うよ? ツカサ君は、その鍋の中でロコンの実を磨り潰すために術を使いたいんだよね?」
「そうそう」
「だったら、鍋の中を見続けて精神を集中させるのが必要だね」
ブラックったら俺がやりたい事解ってるんだなあ。
いや確かに、俺はメッサー・ブラットをミキサーのように使ってポタージュを作ろうとしてたんだけど、つむじ風で通じるとは思ってなかったよ。
もしかしたらこの世界にはつむじ風の術を使って料理をする人がいるのかな。
あれか、ミキサー職人か。
……いや、それはともかく。
悩んでいても仕方がないので、俺はとりあえずやってみる事にした。
鍋を傷つけないよう、スープだけをかき混ぜてポタージュに出来るように、慎重にロコンの葉をスープの中で動かす。
最初は弱々しいつむじ風に掻き回されるだけだったスープだが、俺が徐々にコツを掴んで上手い事動かせるようになると、乳黄色だったスープは真っ黄色に染まり始めた。こころなしか、スープも重くなったような気がする。
一口味見をしてみると、とろみがついた立派なポタージュになっていた。
「これ美味しいの?」
「まあ待て、具がまだだ」
甘い匂いに少し興味を引かれたのか、先程まで仏頂面だったブラックが大鍋の中をそわそわと覗いて来る。
その様子が子供っぽくてちょっと笑ってしまったが、俺はブラックを引き留めて、中に入れる玉葱モドキのタマグサを水洗いして、食感が失われない程度に炒めポタージュの中に投入した。
もう少しだけ煮込めば出来上がりだが、その間に急いで回復薬も作っておく。
新鮮なロコンのヒゲの薬効をここで腐らせる手は無いからな!
ブラックは不満げだったが、宥めつつちゃちゃっと三十本程度の回復薬を作り、俺は弱火でコトコトと煮込んでいたポタージュを確認する。
うむ、我ながらいい出来だ。
「ツカサくーん……」
「解った解った! ふっふっふ、お待たせしました。飲んで驚くなよ」
この料理は自信あるもんね! だってさ、このポタージュは“初めて”俺の世界の材料とほぼ同じもので作れた料理だからな!!
料理が上手い下手という次元に無い俺の粗雑料理だが、トウモロコシのポタージュでマズくなる方が珍しかろう。
絶大なる自信を持ってブラックに小皿を差し出した俺に、相手は首を傾げながらも皿を取って一口スープを飲んでみた。と。
「っ……ふわぁ……!? こ、これ本当にロコンのスープかい!?」
「おうよ。正真正銘ロコンのスープだぜ」
「だ、だって、普通のスープって塩振ってロコンの粒入れただけのクソマズな……嘘だろ、こんなに甘くて美味しくなるなんて……!!」
いつもの事ながら、色んなものを食べ歩いているだろうブラックがこうして驚くのは気分が良い。これぞ現代知識無双って奴だな。
普通に考えたら、ポタージュ程度はこの世界のどこかで作られている気もするのだが、恐らく「裏漉し」などの手間により一般的になってないんだろうなと思う。
中世風のファンタジー世界ならミキサーなんて存在してないもんね……。
「裏漉ししたスープはわりと飲んだ事が有ったけど……ロコンは芯すらも良い味が出るもんなんだね……。はぁあ、ツカサ君のご飯はやっぱり最高だよぉ……」
「よせやい、照れるってばよ」
まったくも~、オッサンのくせして顔赤くして恍惚としちゃって~。そんな顔が許されるのはメシ漫画だけなんだからな!
でもまあ心底褒められて悪い気はしない訳で、俺も上機嫌で笑いながら、大鍋と皿を持って意気揚々と怪我人達の所へ向かった。
途中、良い匂いのする鍋に村人たちが興味津々……と言うか、子供達とクロウは盛大に涎を垂らしながらついて来ていたが……まあ、後で作ってあげよう。
とりあえず「怪我した人達が先だからね」と彼らを宥めて、俺とブラックは集会所にて炊き出しを始めた。
ブラックに“ロコンのポタージュ”を取り分けて貰い、俺がそれを運ぶ。
怪我人の男衆は渡された料理に目を白黒させていたが、おそるおそる口に含んだ途端に「美味い」と声を上げてくれた。
腕を怪我した人は食べ辛そうだったので、俺が補助をする。ブラックが凄い顔で「僕が変わるよ」と言って来たが、何か殺意を感じたので断っておいた。怪我人を更に怪我させてどうすんだよお前は。
「口に運びますけど、熱いので息を吹きかけて冷まして下さいね」
そう言いながら木のスプーンを口元に持って行く俺に、腕を怪我していた茶髪のイケメン兄ちゃんは恥ずかしかったのか狼狽したが、今はそんな場合ではないと思ったのか、恥を忍んで頷いてくれた。
まあそうだよな……俺も男にこんな世話されるのやだもん。
でも女の人達は男達の代わりに農業や昼の見張りをやってくれてるから、俺達でやるしかないんだよ。堪えてくれ。
頬を赤らめながら、神妙な顔で口に近付くスプーンを見ていた茶髪のイケメンだったが、少し躊躇うと……俺に向かって、情けない顔で申し訳無げに呟いた。
「あ、あの……申し訳ないが……少し冷まして貰えるかな」
「え?」
どういう事かと目を丸くすると、相手は紅い顔でしどろもどろに続ける。
イケメンだと情けない顔もイケメンになるよな、本当むかつくわ。
「ちょっと、肺が痛くて……自分じゃ強く息を吹きかけられないんだ」
「あー……なるほど。でも、俺がやって良いんですか?」
「あ、ああ……出来れば……」
どもりながらも恥ずかしいだろうお願いをして来る相手に、俺は可哀想になって仏心で頷いてやった。
ムカついてはいるが、俺はイケメンでも病人なら優しくしてやるつもりだ。
俺が「ふーふーして冷ましてあげる♡」なんて気持ち悪いにもほどがあるので、やらない方が良いと思って自主性に任せていたのだが……肺が痛いなら仕方ないか。こっちも恥を忍んでやってやろう。
「じゃあ、軽く……。まだ熱かったら言って下さいね」
そう言いながら、ふうふうと息をかけてスプーンに掬われたスープを覚ます。
二三回やれば充分だろうか。そう思って、俺は再び茶髪イケメンの口にスプーンを近付けた。
「はい、あーんして」
「あ、あーん……」
ひな鳥のように口を開けると、イケメンはスプーンを食んで喉を動かす。
どうやら熱くは無かったらしい。
良かった、と思いながらふと周囲を見ると……。
「…………え?」
何故か、その場にいた全員が俺達の方をじっと見つめていた。
……あの、いや…………なんで……?
そんなに気持ち悪かったかな? と冷や汗を垂らしていると。
「つ……ツカサ君……ツカサ君ずるいよおおおお!!! なんで僕には『はい♡ あ~ん♡』してくれなくて、そんなどっかの馬の骨にやるのさーーー!!」
「えっ、えええええ!?」
ブラックの号泣しながらの嘆きに、怪我人の男達がそうだそうだと騒ぎ出す。
何が起こったのか解らないまま目の前で暴れる変態中年を見ていたが、俺はおっさんどもが狂乱する意味がまるで解らなかった。
……いやだって、なんで俺の「あーん」で荒れるのこの人達……。
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