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Ⅰ. 二人きりの荒野

16.クマさんの大好物

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 ――――あれから数日。

 日用品を手に入れた俺は……というか、俺達の生活は、劇的に変化した。

 壺があるおかげで水を溜められるし、スパスパ切れる【斬鎧刀】のおかげでクロウが狩って来てくれた肉を俺も処理できる。
 調味料は塩コショウのみだったけど、それも“崖の上の湧水地”で見つけた、ハーブのような感じの植物で、多少の味付けは可能になった。

 とはいえ、俺には未知の食材なので体を慣らすために少量から始めて、使い方を模索する日々だったが、可愛いモミジちゃんとモフモフなクロウのおかげで、試食が成功した時も失敗した時も変わらず楽しくお料理に挑む事が出来ている。
 レモン風味で少々植物みが強いが、それでもお酢っぽい草や、シソの葉のような味がする植物など、用法容量を間違えなければ凄く美味しいものばかりだ。

 ……ま、まあ、異世界なので、形がおかしかったり、どう見ても人工物だろって感じの四角い果実やドぎつい色の物も紛れているが、クロウが言うには毒じゃないので気にしない事にする。この世界では「赤色は危険色」というのは通じないらしい。

 もしかしたら栗みたいに美味しそうな果実がカエンタケ並の猛毒だったりするかもだし、そこは気を付けないとな……。

ともかく、そういう豊かな調味料が手に入ったことで、ここ最近の俺の地位は急上昇だった。クロウも最早俺を「最終的には喰う」という結論を忘れているようで、明日は何を作るのかとつぶらで可愛い熊の目をキラキラさせている。

 声は相変わらず渋くて低いオッサンだが、やっぱりクマさん姿は可愛い。
 ごはんを待ちわびて、興奮のあまりつい「ブモ……グモゥ……」と切羽詰まった感じの熊そのまんまの切ない鳴き声がまたつい鼻血を誘ってしまうのだ。

 くっ……な、中身はオッサンなのに……オッサンなのに、おねだりするみたいな目で、鼻をフモフモさせながらそんな声を出されると、つい「味見だぞ」と差し出してしまうっ。モミジちゃんも賢いがゆえにクロウに乗っかって、目をキラキラさせながら「ぷく~」っておねだりしてきちゃってもうっ、もう協力攻撃可愛さストームだよ!!

 はーっ、はーっ……い、いかんいかん、冷静になれ俺……。

 閑話休題。

 そんなこんなで、俺はクロウのおさんどんの地位を手に入れたのだ。あれほど俺のメシを期待して待つ熊さんが、今更「生肉!」と噛り付くワケもない。
 ……まあ、その……デザートと言わんばかりに顔とか腕とかを舐められたりするが、しかしそれも「おかわり」の代わりだ。

 今となっては、ペロペロの頻度も減ってしまっていた。
 ふふ……まあ、この俺が「美味しくなあれ」とメイドさん方式で愛情をたっぷりこめたメシだからな。やはり料理というのは人の汗の味を凌駕するのだろう。
 汗と比べるってのが異常だが、そこはクロウが体液を舐めるから仕方ない……。

 ま、何にせよ、食われる心配はなくなったってことだよな!
 今のところは!

 …………き、気は抜けないかもだけど、疑い過ぎるのもクロウに悪いしな。
 なんせクロウは、俺を毎日“崖の上の湧水地”に連れて行き、モンスターを狩ったり一緒に野草を調べたりしてくれているのだ。

 料理が食べたいがゆえなのだろうが、それでも熱心に協力してくれるんだもんな。
 そんな相手にいつまでも恐怖を覚え続けるのは申し訳ない。

 それに……俺は、何だかんだで今の生活が楽しいのだ。
 ささやかだけど曜術も使えるし、空腹や渇きに苛まれる事も無い。米や味噌や醤油が恋しいけど、人として生活できる道具が揃ってるだけで御の字だ。それに、こんな砂漠でも水浴びくらいは出来るというのが一番ありがたい。

 砂漠で水なんて望んでも手に入らないもんな。
 植物だって本来は手に入らない土地だし……そう考えると、クロウに捕まってここへ連れて来られたのはラッキーだったのかも知れない。

 どうもオアシスは獣人族の群れが縄張りのようにして独り占め……いや一族占めしてるみたいだしな。面倒事は少ないに限る。
 にしても、本当に何でクロウは一人でこんな場所に居るんだろう。

 熊って基本的に群れないタイプではあるけど、でも社交性が無い……っていうか、他人とそこまで距離を置くってタイプじゃないよな?
 いや、本来の熊って臆病とか慎重な感じらしいけど、でも頭が良いから人に懐くし、クマ園とかでもケンカせずに仲良くしているらしいから、根っから孤独が好きな獣ってことでもないはず……。

 ……やっぱ、人型にならない事と関係があるのかな。

 気にしないようにはしてるんだけど……クロウのことを考えていると、結局はソコの謎ってのが付きまとっちゃうんだよなぁ……。

 ぶっちゃけ気にはなるけど、でも人の触れられたくない傷には触れたくない。
 というか、オッサンだろうのことをそこまで気にする自分って言うのもなんというか、何か少々おかしいというか……まあ、触れない方が良いんだよな、きっと。

 ヤブヘビを突いて、今のこの充実した生活を逃したくはない。
 洗濯できる程度には服も買って貰ったんだし、これ以上は贅沢だよな。漫画や小説の中では奴隷スタートな主人公も居たりするんだ。その人達と比べれば、俺は辺境でも美味しい物に囲まれて暮らせているんだから多くは望むまい。

 ……にしても、クロウが買ってくれた服が半ズボンだったりヘソ出しだったりするのは、どういうことなんだろうか……。クロウの趣味……いやいや、クロウに服を選んだ時も、なんか肩出しは当たり前の服だったし、獣人は露出度が高いのかも。

 とはいえ、純日本男子の俺としては、こういう服は恥ずかしいんだが……。

「…………しかし、水浴びして洗濯するなら服を着替えなきゃだしな……」

 洞窟の外で縄を高く張って洗濯ものを干しつつ、俺は溜息を吐いた。
 すると、さっそく優しいモミジちゃんが、謎の力でフワフワ浮いているわらび餅のような感触のハサミを掲げて来る。

「ぷくー?」
「ん~、何でもないよモミジちゃん」

 ああもう本当に優しいなぁこのゆるキャラ系サソリちゃんはっ。
 暑いというのについつい正座の上に抱き上げてしまうが、モミジちゃんはヒンヤリとしていて気持ち良く、本人もお膝の上でぷくぷくと喜んでいる。

 本当は洞窟でイチャついた方が良いんだろうけど、今は下拵えの最中だからな。
 もうちょい我慢しようとモミジちゃんを撫で、俺は己が座っている場所を見た。

 今俺は、半ズボン&エスニックなノースリーブ姿で、布を地面に敷き採取した植物を乾燥させている。幾つかの植物は干してから使うことも有る……とクロウが教えてくれたので、それならばと他の植物も試しているのだ。

 幸い、あの大嵐である【天遊びの日】はしばらく来ないらしいので、気兼ねなく外で実や葉っぱを干す事が出来る。
 干し肉も作りたかったが、生肉がすぐ手に入るこの環境では意味が無いし、大量の塩は高いからな……大量の植物や水を取引する事になるし、それは危険だ。

 小物屋のエノコロさんも「頻繁に取引をすると目を付けられる、日数を置きなさい」と言っていたので、今はちょっと難しい。
 燻せれば塩も節約できそうだけど、どんな植物が良いか分からないしな。
 ソコんとこも見極めるため、色んな植物を干してみているのである。

 この世界に桜のチップとかあったら良かったんだが、獣人達は「ただ肉を焼き食べるだけ」なので、調味の概念とかはほぼないみたいだし……。

「塩はかけるんだから、そういうことを探求する獣人が居てもいいだろうになぁ……街とかで聞き込みすれば、もしかすると見つかるんだろうか」
「ぷく~」

 でも、クロウも生肉で満足してるし……獣人には、調味と言う概念はそもそも必要ないのかも知れない。だから料理が根付いてないんだろうな……。
 まあ、モンスターが手間をかけて料理しますかって話なんだろうけども。

「にしても……クロウは色々知ってるし、調味料のこともなんとなく理解してたし……ナイって感じでもないとは思うんだけどなぁ」
「ぷくー」

 うーん、クロウってば本当に謎だ。
 色んな事を知ってるけど、もしかして元々は知識層の人だったんだろうか?

 砂犬族のオッサン達も色々詳しかったけど、彼らの知識は生活に関するものだし、クロウの知識とは根本的に違うような気がする。
 アイツの考え方とか知識って、なんというか……全部本を読んで得た知識って感じと言うか……だとすると、獣人の中でもかなり金持ちな方……だよな?

 こんな砂漠の世界じゃ書物や知識を集めるだけでも相当苦労するだろうし、ソレを覚えられるまで手に取れる立場なんて、それこそ上流階級ってヤツでは。

 ってことは……クロウは、お貴族様だったとか……。

「…………いや、生肉を嬉々として食べて同性の汗を舐めるようなオッサンが貴族って、それは流石にナイか……」
「ぷくく~……」

 「ないか~」って真似するモミジちゃん可愛すぎるんだが。
 もちもちぷにぷにな体を撫でながら、俺はとりあえずそこで思考を切った。

 ちょっとクロウの実像ってヤツに近付いた気がするけど、でもそれもクロウの過去を探ってるようなモンだしな……あまり考えるべきことじゃない。

 それより、今日のお肉をどう調理するか考えないと。
 クロウが数日前に狩って来た、トリだかカエルだか判らないモンスターの骨がそろそろ乾燥し切った頃だろうし、今日はアレを使ってスープを試してみるか。

 そんな事を思っていると。

「うおっ、こ、この地響きは……」

 岩場を揺らす、ズズンズズンというリズミカルな振動。
 これはクロウが獲物を銜えて走って来ている証拠だ。ここまで揺れると言う事は、今日の獲物は相当デカいか重いに違いない。

 どんな獲物を捕まえたのだろうと思いつつ、布の上の植物を片し、すっかり乾いた洗濯物を取り込んでクロウを待っていると――――大きな熊さんは、何やらでっかい巨峰みたいなモノを引き摺って来た。

「ツカサ! 今日のエモノは凄いぞ!」

 おや……なんかめちゃくちゃ上機嫌だけど、どうしたんだろう?
 あのメガ巨峰みたいなブドウの化け物はレアモンスターなのかな。

 モミジちゃんと一緒に待っていると、クロウはその「エモノ」を目の前で離した。
 ズズン……と重苦しい音を立てて横たわるソレは……奇妙な生物だった。

「これは……なに……?」

 一粒が「十畳の部屋いっぱいぐらいあるのでは?」ってレベルに大きいブドウの間から、ブドウの茎のような足が六本ほど出ている。これは……虫系のモンスター……なのかな……。前の方を見ると、球体に黒ゴマがついたような顔が見えた。
 首回りに小さな黄色い輪っかがあるけど、なんか不思議な生物だな。

 っていうかこれ、可食部分あるのか?

 不安になってクロウを見やると、相手はフンスフンスと興奮した様子で熊の黒い鼻から息を吹きながら、ブドウ色のデカい球体の一つをぽむぽむ叩いた。

「これは【アナグラシサケダマリ】だ! こんな大きなモノを狩れるとは運が良い!」
「あな……え? なんて?」
「ぷくぷくぷー!」

 耳慣れない言葉に俺とモミジちゃんは聞き返すが、クロウは興奮しているのか何も聞こえていないようで、アナなんとかからデカい粒を引き千切り始めた。

「ツカサも手伝え、今日は酒宴だ!」

 ワクワクしていらっしゃるけど、なにシュエンて。
 えーと……まさか、酒の宴ってこと?

 でもこんなモンスターからお酒って取れるもんなんだろうか……。

 にわかには信じがたいが、ともかくクロウの言う通りにしてみるか。
 俺とモミジちゃんは困惑しながらも、砂漠の恐ろしいブドウ狩りを手伝う事にしたのだった。









※ゲームなどを作っておりまして、
 だいぶ更新滞ってしまって申し訳ない…!
 10月からは再開できると思うので、よろしくおねがいします!

 
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みんなの感想(30件)

もらわれっこ

私は思った……
ツカサ君はきっと気が付いてないけど……夫を待つ新妻?(または、囲われてる妾?(笑))
お洗濯して
お料理作って
縁側(洞窟の入り口だが(笑))で猫(モミジちゃんだけど)を撫でて……新婚さんですね!

( -_・)??ん?地響き?
なんじゃそりゃぁ!アナグラシサケダマリ?
(;゚д゚)!ハッ!酒!
ツカサ君に酒!?

御結頂戴
2023.09.19 御結頂戴

(*´ω`*)エヘエヘ こっちにもありがとうございまーす!
アッ(察し)
確かに……本当になんか…いつのまにか妻だ…www
洞窟がおうちで周囲は岩山と砂漠だけど、何故かほのぼのしている…!

もうこれクロウが帰ってくる合図になってますw
✌(‘ω’✌ )三✌(‘ω’)✌三( ✌’ω’)✌アナグラシサケダマリ!(俗称)
そうですwww酒ですwwww
酒って事は…!?( థ ౪థ)

解除
もらわれっこ

( *´艸`)クスクス
飯テロですねぇ(笑)速攻で胃袋掴んでんでやんの(塩コショウだけだけど(笑))

あはははははは!はーなーぢー!(爆笑)
おっさん熊とぷにぷにサソリが飯食ってただけでなして?(笑)(モミジちゃんだけならわかるが)
あ……おさんどんモードに入った

御結頂戴
2023.06.27 御結頂戴

\\└('ω')┘//大正義メシテロ!!
久し振りの火が通ったお料理でクロウもほんわかしたみたいですw 元々肉が美味いので、ツカサ自身の腕ではなさそうな気もしますが…しかしこれは好感度爆上がりやで!

鼻血ですwww
可愛い物にはついつい出てしまうツカサの鼻血…もう病気やこれ!www
おさんどんモードのツカサはほぼ母ですわ(真顔)

解除
もらわれっこ

天遊びの日?
( ・-・)ふーん……砂嵐の日ね
ごふっ!なに!?そのバイオレンスな言い伝え!

まぁ、1日 外に出れないなら練習できるねツカサ君
ニマニマ ( *´艸`)無意識とは恐ろしいもので(笑)
おっさんでも獣化すれば可愛いと(微笑)

オオッ!数少ないツカサ君のチート!一発で出来た スゲェ

テレる熊さん( *´艸`)クスクス

御結頂戴
2023.06.13 御結頂戴

この大陸だと雨が滅多に降らないかわりに
変な現象がこんな感じで起こりますw
ふふふwww
まあ子供達に危ないからメッていう縛めみたいな感じで伝わってるんですが、中にはガチなのもあるので言い伝えには従いたいものですね…w

(´^ω^`)そう!絶好の練習日和!
ンフフ…こうやってじりじり近付いて行くのいいですよね…♥
オッサンだけど獣だからつい可愛いと思っちゃう!さあこの調子でオッサンの姿を可愛いと思うんだよッ!(強制)

✌(‘ω’✌ )三✌(‘ω’)✌三( ✌’ω’)✌できました!
でも本命の術はまだまだですね…!
木の曜術が使えるようになるともう…!

(*´ω`*)フヒヒ…
熊さんも段々と親しく近しく…!

解除
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