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Ⅰ. 二人きりの荒野
天遊びの日2
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折角、炎の魔法……じゃなくて【曜術】が使えるようになったワケだし、今まで色々とお世話になったので、今回はクロウにお礼をしたい。
――というワケで、今日の夕食は俺が何か料理を作る事にした。
ああ、やっとだ。これでやっと、好きに美味しい物が食べられる。
今までは草食生活だったし、焚き火をするための燃料も着火する道具も無くて、火すら起こせなかったんだもんな。これでやっと人間らしい生活コンニチハだ。
本当は移動中にすぐ料理したかったんだけど、猛スピードで移動するクロウの背中に乗ってたから、リバースするのが怖くて食べられなかったんだよな……。
まあそんなこんなで、俺もちょっと腹ペコなのだ。
クロウへのお礼がてら、俺も温かい料理を楽しませて頂こう。
そんな思惑を抱きながら、俺はクロウの前で小物屋で買ったモノの一部をでっかい革袋の中から取り出した。……おっと、そういえばクロウの服も中に入ってたんだっけな。汚さないように後で別の袋に入れておかないと。
なんだかんだクロウも服を着るのは嫌いってワケじゃなさそうだったからな。
でなけりゃ、俺が服の事を言った時にあんな満更でもないって感じにならなかっただろうし。うむ、せっかくの一張羅なんだし、俺の替えの服と一緒に置いておこう。
そんな事を考えつつ、調理器具や皿を取り出す。
この世界の食器は、大体が金属や岩を削って滑らかにしたモノだ。大抵の一般人は、薄く削った軽石の器を金属でコーティングしたっぽい安価な皿を使ってるようで、俺が買ったのもそんなお皿だった。
……俺からすれば、金属コーティングの皿とかすげー高そうに思えるんだけど。
でも、植物が僅かなこの大陸じゃ、そっちの方が安価なんだろうな。つーか砂と土ばかりだし、もしかすると金属とかはよく産出される土地なのかも?
だとしたらある意味では贅沢な国なのかも……うーん、難しい。
あとでクロウに聞いたら名産とか教えてくれるかな?
まあ今は料理が先か、なんて思いつつ材料を揃えて行く俺に、今までずっと黙って見ていたクロウがついに口を挟んできた。
「……料理と言ったが、肉を焼くだけなのだろう。何故色々出す?」
「そりゃ料理するんだから色々必要だろ。包丁……肉を切るナイフとか、味を調える調味料……えーと薬味……なんていうんだ? ともかく、美味しくする物とかをさ」
「ちょー魅了? やくみ……厄視……? そんなもので美味しくなるのか」
「えーと……そういうのを肉に加えると、一味違う感じになるんだよ」
そう言いながら、小物屋から持って来た胡椒や塩を見せる。
何故かよく分からないけど、こういう調味料って獣人はあんまり使わないみたいで、容器がホコリを被ってたんだよな。中身は問題なかったので買ったけど、獣人は基本調味料を使わないんだろうか。
やっぱ五感が鋭いから、刺激物は摂らないようにしてるとかなんだろうか。
だとしたら、調味料を加えるのはどうなんだろう……うーむ……。
「人によっては刺激物って感じになるかもしれないけど……とりあえずちょっと焼いてみるから、食べられるか確かめてくれない?」
「ウム……?」
のそりと起き上がって俺の近くにまた体を伏せるクロウを見ながら、俺は昨日クロウが狩って来ていた謎のモンスターの塊肉を取り出した。
衛生面が怖いので外側を厚く切り取り、取り除いておく。クロウとモミジちゃんがその肉を何故かモグモグしているが、彼らは俺より胃袋が何百倍も優れているっぽいので見ないふりをしておこう。
まあ……最悪の場合、俺の料理の方が生肉よりヤバいモノになるかも知れないしな……悲しいかな、俺は料理チートなどないので、家庭科で培ったしょうもない力量をフルに活用するしかないのだ。
ああ、こんなことなら母さんの手伝いくらいしとくんだったなぁ。
……ガキの頃は婆ちゃんの家でおやつとか一緒に作ってたけど、それもほとんどが婆ちゃんの手伝い程度だったし……まあ後悔しても仕方ないか。
肉を焼くぐらいなら俺にでも出来るだろう。多分!
「えーと……肉を食べやすい大きさに切って……」
「フム」
「ぷく」
ああその前にフライパン代わりの鍋を温めといた方がいいよな。
そういや、自分一人で料理って……考えたらほぼやったことないぞ。
ううう、全部後手後手で恥ずかしい。早く作ってしまわねば。
「えーと……鍋に油をひいてあっためて……」
「フムム」
「ぷくくー」
「肉が軽く焼けたら塩コショウ……」
「フム……ックショイ!!」
「ぷくっ!?」
あっ、クロウがコショウの残り香でクシャミしやがった。
あんまりにデカいクシャミだったので焚き火が大きく揺らいだが、鍋の中の肉には何も掛かっていないようだ。ホッとして、肉を取り上げる。
薄く切ったのでさほど時間はかけなかったが、うまいこと焼けただろうか。
特に薄い一枚を二又のフォークで刺して、息で少し冷ましてから口に入れる。
ぱくっと、口を閉じて肉を噛んだと同時。
「ッ……! んんん!」
じゅわっと甘い肉汁が溢れ出て来て、俺は思わず唸ってしまった。
な、なんだこの肉は。牛肉のような豚肉のような、とにかく不思議な味がする。牛肉のような乳臭さは無いけど旨味は牛で、後味は豚のようにさっぱりしている。
だけど硬いわけじゃなくて柔らかい。その旨味溢れる肉の味を、塩と胡椒が絶妙にクドくならないよう調整していた。
なっ……なにこれ……マジでうまいじゃん!!
うわ、焼いてこんなに美味いんなら、生肉食える奴らはそりゃナマで食うよな。この世界のモンスター肉ってのを初めて食べたけど、こんなに美味い物だったとは!
うわぁあ……ご、ご飯……ご飯がほしい……白米が欲しい……!
チクショウ何で俺には白米を出せるチート能力がないんだ!
それともアレか、木の曜術を使ったら生やせるようになるのか!?
木属性、次は木属性を練習するぞ。それしかない!
「つ、ツカサ。オレにも早くお試し肉とやらをくれ。良い匂いがしてかなわん」
「ぷくー! ぷくくくー!」
「あっ、そ、そうだった……はい、熱いから気を付けて」
い、いかんいかん。美味さのあまりに興奮しすぎてクロウ達が食べられるかどうかを試すって目的を忘れていた。
慌てて小皿を二つとって、それぞれに肉を乗せる。
それを、一気に食べないようにと注意しながらクロウ達の前に出した。
「塩とコショウを振ってあるから、人によってはちょっと辛いかもしれないぞ」
「ふむ……わかった、気を付けて食べるぞ」
「ぷくー!」
しかしクロウは俺の注意を理解していなかったようで、ぱくっと一口で食べる。
……ってオイ、お前さっきコショウでクシャミしてただろ。警戒心ってもんはないの。
つい心配してしまうが……しかし、その気遣いは杞憂だったようだ。
「ムッ……! 簡単な調理だと言うのに……これは美味いな……!」
「ぷくぷくっ! ぷくくー!」
肉を口に入れた途端、クロウは橙色の綺麗な目を輝かせて鼻を動かす。
モミジちゃんも、ちびりと食べたが気に入ったようで周囲に水の泡をたくさん浮かび上がらせていた。どうやら調味料に関しては二人とも問題なかったみたいだ。
いやしかし……熊さんとぷにぷに水まんじゅうみたいな可愛いサソリちゃんがキラキラした目をして食べてるのは凄く……ふ、ふふ……す、すごく困るなぁ……。
「ツカサ、鼻血なんぞ出してどうした。舐めるぞ」
「ぶぇっあ、い、いやいやこれは気にしないでっ」
い、いかんいかん、あまりにもお食事タイムが可愛すぎて、幸せの鼻血が溢れ出てしまった。可愛い物を見ると興奮でつい鼻の奥が熱くなってしまう……。
あわてて拭い、水で流すと、クロウがしょんぼりしたような雰囲気を出す。
そういえばクロウは体液なら何でも美味しく頂けるんだっけか。いやでも鼻血とかは流石に駄目だろ。汗とかも大概だけどさあ。
「血がもったいない……ムゥ……」
「ま、まあまあ……その代わりに、いっぱい肉焼くからさ。それにこの料理は、色んなことを教えてくれたり、調理器具とかも買ってくれたアンタへのお礼でもあるし……。だから、食べたいならどんどん焼くから言ってくれよ!」
素直にそう言うと――何故か、クロウは驚いたように目を丸くしていた。
可愛いけど、何にそんなに驚いたんだろうか。
今度はこっちが首を傾げてしまったが、そんな俺にクロウは目を細めた。
「……オレに、か……」
なんだか噛み締めるような、低い言葉。
でっかい可愛い熊の姿なのに、そういう声はやっぱり渋いオッサン声だ。
でも、どんな感情でそんな呟きをしたのかは分からなくて、少し不安になりクロウの顔を窺うと――相手は、再び俺を見てコクンと頷いて見せた。
「……ならば、いっぱい焼いてくれ。今度は分厚いのがいいぞ」
「ぷくー」
二人して、今のは薄かったとばかりに片手を上げて俺に主張して来る。
その様が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
「分かった分かった、ぶあつーくな!」
まだ残っている肉にナイフを当てると、クロウは「このくらい」と言わんばかりに、指代わりの黒く長い爪を使い厚さを指定して来る。
だいぶ分厚く指定して来たが、なんだか食いしん坊みたいで微笑ましい。
モミジちゃんも体に似合わずの厚さをオネダリしてきたので快諾しつつ、俺は切れ味が良いナイフでサクサクと塊の肉を捌く。
その肉を見つめるクロウは、なんと少し涎を垂らしていた。
……声は本当にオッサンなのに、こういうのがズルいんだよなぁチクショウ。
何度目かの気付きに悔しいような許せるような気分を味わっていると、またクロウが呟くような声をボソリと漏らした。
「こんな料理は、久しぶりだ……」
どことなく、嬉しそうな声。
……やっぱりクロウって、前はどこかで人として暮らしてたのかな?
気にはなったけど……でも、俺はそういう事を気安く問える存在ではない。その事を何故か少し残念に思いながら、肉を鍋に入れたのだった。
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