砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

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Ⅰ. 二人きりの荒野

15.天遊びの日1

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 どうもこの世界……というか、獣人の大陸には不思議な日があるらしい。

「天遊びの日?」

 ごうごうと外で音が鳴るのを聞きつつ、安全な洞窟の中で小さな火を焚く。やっと家に着いた昨日の今日でまた新しい単語を聞いて、俺は目を瞬かせた。
 その「天遊びの日」というのは、外からずっと聞こえる「ごうごう」という音に関係があるんだろうか。いや、起き抜けにすぐ話してくれてるんだからきっとあるよな。

 でも、なんか中身が想像出来ない。
 どういうモノなんだろうかと思いつつ、帰りの道中で必死に練習した【種火石】へと曜気を籠める練習をしつつ問いかけると、クロウは熊の鼻をぴすぴすと動かした。

「激しい砂嵐が起こる日のことを、獣人達の間ではそう言う。あまり起こる事は無いが、ベーマスに生息すると言う“伝説の竜”が空で遊ぶ日には必ず砂嵐になるとのことで、古くからそう言われているんだ」
「伝説の竜……!」

 そっか、獣人もいて魔法も有ってモンスターもいる世界なんだから、当然ドラゴン的な存在が居てもおかしくないよな!
 つーか、この世界に飛ばされてきた時もそういう感じのモノを見た気がするし、もしかするとあの時の謎の生物が“伝説の竜”だったりするのかも。
 もしかしたら、クロウも見た事があるのかな。聞いて……――

「だが、伝説の竜を目撃するのは凶兆と言われ、言い伝えの効力が強い“群れ”では粛清されることもある。だから皆、天遊びの日は外に出んようにしているのだ」
「そっ……! へ、へぇ~、そうなんだ~!」

 あっ、ぶねえ死ぬ所、ヘタしたら死ぬとこだった今の!
 なにそのバイオレンスルール!

 うっかり伝説の竜っぽいの見たとか言いそうになっちゃったけど、言わなくて本当に良かった。この世界の獣人達むやみやたらに暴力的すぎない!?
 いや、待て。落ち着け俺。方便って奴かもしれない。

 それに……この洞窟のねぐらは入口からちょっと距離があるから無事だが、外から聞こえてくる砂嵐の音を聞いていると、どうにも凄そうな感じだ。
 もしかしたら、子供たちが外に出て事故に遭わないように、大人達がそういう逸話を考えて教育して来たのかも知れない。俺の婆ちゃんもそういう迷信を冗談めかしてよく言うんだよな。

 そういうのって大抵しつけのためだって漫画とかでもよく解説してるし、そういうことだったら無暗に怖がるのも失礼かもしれないな。
 ……しかしさすがに粛清はやりすぎだと思うけども。

「砂嵐はベーマス大陸を移動する。一日ねぐらに籠っていればじきに止むだろう」
「そ、そっか……じゃあ今日はひきこもりだな」
「ぷくー」

 幸い、あの【海鳴りの街】の小物屋(雑貨屋さん)で水を溜める壺とか調理器具とかを揃えて来ていたし、水も帰って来た時真っ先に汲んで来てたから、一日中砂嵐でもまったく問題は無い。むしろ、炎の曜術を練習するいい機会だ。

 まったくもってタイミングが良かったなぁ……と、日が差し込む外を見つつ、その音の大きさを再度確認して、なんだか台風みたいだなと思う。
 でも、この大陸じゃ雨の代わりに砂が降るってんだから本当に不思議だ。

 異世界モノでも砂ばかりの世界って話があったけど、そうなるとこの世界にも砂船や砂漠を渡るための馬みたいな生き物がいるんだろうか。
 でも、クロウや他の獣人達の態度からするに、そういう乗り物はほとんど使われて無さそうなんだよなぁ……獣人って五感も凄いし、体力もヤバいくらいにあるみたいだから、砂漠も自力で渡っちゃうのかも知れない。

 ……砂船っぽいの、乗って見たかったな。まあでも、おっきな熊さんに乗せて貰えるというのも珍しいことだし、俺は俺で得しているということにしとこう。

「ぷくぷくー、ぷくく?」
「ん? あ、そうそう。火を焚くからモミジちゃんは少し離れててね」
「焼きマイヤカラブは食った事がないから食って見たいがな」
「だーもーっ! クロウ!」

 バカなことを言うな、と睨むが、クロウはいつもの無表情で鼻を動かすだけだ。
 ったくもう、動物だって普通は表情豊かなのに、クロウはホントに表情っつーか感情が分かりにくいったら。人間の姿になっても口が真一文字だったし、基本的に表情や言葉に感情が出ないんだろうなあ。

 …………それにしてもこのオッサン熊、街を出て少し離れたらまたすぐに熊の姿に戻っちゃったけど、なんでそんなに熊の姿が好きなのかね。
 【海鳴りの街】でだって、結局口元しか見えなかったし……あんだけ念入りに自分の姿を隠すって事は、やっぱり人の姿になるのは抵抗があるんだろうか。とはいえ、獣人って基本的に獣の姿より人の姿で居るっぽいから、そこが謎だ。

 クロウの人バージョンは口元だけしか見えなかったけど、それでも男らしいがっしりした顎だったし、褐色の肌にグッと結ばれた口は格好良さげだった。
 それに、すげー背も高かったし、裸素足にボロボロのローブでも広い肩幅とか筋肉とか一目でわかるくらい凄かったし……別に隠す必要もなさそうなんだけどなあ。

 うーん……。

 ……クロウがどんな姿をしているのかに興味はない……などと言えば嘘になる。
 オッサンと暮らしてるんだなと思ったりオッサンに舐められてるんだなと思うと物凄くヤな気分になるが、それはそれとして熊獣人の姿ってのも見て見たいのだ。

 なんせ俺ってば【海鳴りの街】では俯いて歩けって言われてたから、肝心のエッチな獣人娘さん達が全然見られてなかったワケだしな!
 だからせめて、オッサンの姿でも獣人ってのを見てみたい。

 いや、まあ、ヤマネコのお爺さんも獣人なんだけど、あの人は半獣人みたいな感じだったから、モフモフで可愛いでっかい猫ちゃんだなとしか思えなかったし……。
 ケモノ度が高いと格好良いとかの前に可愛いとしか思えなくなっちゃうんだ。

 今だってクロウはオッサン確定なのに、熊の姿だから可愛いと思っちゃうし。
 ……うーん……なんだか変な方向に考えちゃっている気がするぞ。
 そもそも、獣人のお姉さんが見られなかったからって、なんで熊耳だろうオッサンを見て満足しようと思うんだ俺は。アホか。こんな事を考えるのも、ずっと薄暗い洞窟の中にいて退屈しているからに違いない。

 早く炎の曜術を完成させて、洞窟の中に明かりを灯そう。

「えーと……炎の曜術は【フレイム】だっけ……」
「ウム。炎の曜術は怒りや猛々しい心で発動する術だと言われている。お前にそんな勇敢な心があるかは疑問だが、奮い立たせてみろ」
「……なんかめっちゃバカにされた気がする」

 その言い方じゃ、まるで俺が臆病で貧弱な男みたいじゃないか。
 俺だっていっぱしの立派なオトコとして、そういうのは持ってるつもりだぞ。例えば、イケメンには爆発して欲しいと思ってるし、嫉妬の炎は絶やした事が無いし、自分をバカにされたら普通に怒るし……いや、これって勇敢なのか?

 ……す、少なくとも、男としてのプライドはある……はず。
 だから今の発言は失礼なのだとムッとすると、以外にもクロウは橙色の熊の両目を所在無げにきょろきょろと動かしながら、その場にぐでっと伏せた。

「いや、その……お前は……優しい、から、そういう感情が無さそうだと……」
「えっ……」
「……す……すまなかった」

 きゅうん、と叱られた犬のような声を出して、熊の耳を伏せるクロウ。
 …………クッ……べ、べつに可愛いとか思ってないんだからな……!

「そっ、それに別に俺はそんなことで怒ったりしてないし!? べ、べつにいいし!」
「ム……それに、とはどういう意味だ?」
「わーっ、もういいもういい練習しまっす!!」

 ううう何か変にカッカして来た、い、今ならやれる。やれるはずっ。
 えーとこの【油骨】に種火石の欠片を置いてーっ!

「炎……炎を焚き火に……っ」

 恥ずかしさで体の熱が上がっているせいか、炎の熱さと燃え上がるイメージが頭の中で強くなる。すると、なんだか掌が体温とは違う熱を帯びて来て。
 ふっと気が付くと――今まで見た事も無かった赤い綺麗な光が、俺の手から手首にかけて浮かび上がっていた。まるで、俺の手を包んでるみたいだ。

 もしかして、これが「炎の曜気」ってヤツなのか……?

「ぷくぷくー?」
「よ、よしっ。いくぞ……種火石に灯れ……【フレイム】……!」

 赤い光を纏った両掌を、油骨の上に置かれた石にかざす。
 すると――――

「……! つ、ついた!!」

 しっかりと見据えた種火石が赤く光って、じわじわと内側から炎が漏れる。
 派手な動きじゃ無かったけど、しっかりついた。炎が出てきたんだ!
 やったっ! これってつまり、俺が炎の魔法も使えるって事だよな!?

「おお……まさか炎の曜術まで使えるなんて思わなかったぞ」
「ぷくー!」

 なんだかクロウが失礼な事を言うが、モミジちゃんが曜術習得を祝ってか、嬉しそうにぷにぷにしたハサミを振りながら、水の泡をシャボン玉みたいにぷくぷくしているので帳消しだ。か、可愛すぎるっ……!

「えへへ……モミジちゃーん」
「ぷくー!」

 ああヒンヤリしてわらびもちみたいにぷにもちな感触が愛おしい。
 嬉しくてナデナデ゙していると、クロウが起き上がって焚き火に近付いてきた。

「ムゥ……まさか、複数の属性を使う人族に出会うとはな……」
「えっ、俺ってそんな珍しいの?」

 ちょっと驚いた感じで熊の耳が立っている相手に問うと、すんなり頷いた。
 どうも呆気にとられて素直になっちゃうくらい珍しい事みたいだ。

「書物で見た限りの事で、オレも詳しくは知らんのだが……どうやら、人族の曜術師という職業には、稀に複数の属性が使える者が生まれるらしい。それは、炎の曜術師や水の曜術師と言った者達とは別の呼び方で呼ばれるそうだぞ」
「そんな感じなんだ……じゃあ俺って実はけっこう凄いってこと?!」
「相反する属性であれば、なおのこと珍しいだろうな」

 マジか……あれっ、俺って実は凄くチートなんじゃないの!?
 今まで自分には特別な力が備わってないと思ってたけど、やっぱりそこは異世界人だから、特別な力が宿ってるってヤツだったのかも……!

 だとすると……も、もしかしたら俺ってば……全属性使えちゃうんじゃないの。
 これは、チート名乗っても良い展開になるんじゃないの!?

「やったー!」
「ぷくくー!」
「凄い喜びようだな」

 そりゃ喜びもしますよ、だって俺にも特別な力があったんだもの。
 いや、待て。落ち着け俺。書物に書かれてるって事は前例があるんだから、特別だと思うのは早いかも知れない。けど、珍しい事に代わりは無いはずだ。

 それに、チートだとは言っても俺は今みたいに修行しないと術が使えないみたいだし、ステータスボードも開けないんだもんな。
 調子に乗るのは、もっと練習して攻撃魔法とか出来てからの方が良いかも。

 なんにせよ……これで、水の曜術と炎の曜術の初歩的なものだけは使えるようになったぞ。この調子で、どんどん練習して行こう!
 クロウも色々知ってるみたいだし、本当良い先生だよ。

 元はと言えばクロウが提案してくれなかったら曜術なんて使い方も分からなかっただろうし……たまにイラッとくるし変な熊おじさんだけど、感謝しないとな。

「へへっ。色々教えてくれてありがとうな、クロウ!」
「ぷく!」

 モミジちゃんと一緒にお礼を言うと、クロウは。

「…………ム……」

 指代わりの爪で頬を掻いて、なんだか照れたように鼻を動かしたのだった。









 
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