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Ⅰ. 二人きりの荒野
無法街【海鳴りの街】2
しおりを挟む獣がそのまま二足歩行したような姿の、大山猫のおじいさん――お名前はエノコロさんと言うらしい――は、俺の望みに応じて色々な物を見繕ってくれた。
まず、お目当ての【種火石】という火種になる不思議な鉱石と、爪も牙も無い非力な俺に「よく切れる」と言う【斬鎧刀】という名のナイフ。
それらを入れるホルダー付きの皮ベルトを、まず先に俺に渡してくれた。
獣人と戦うには少し心もとないらしいが、死んだモンスターの肉の処理をするには、この【斬鎧刀】が一番扱いやすいんだとか。よく切れる包丁みたいな物かな?
【種火石】は、ゴルフボールくらいの大きさの荒削りな赤い石だ。
エノコロさんが言うには、正規の店ではもっと大きな物が取り扱われているらしいが、旅をする者や庶民は価格の下がったクズ石をよく使うのだという。
あっ、そうそう。
燃やす時に必要な燃料も買ったぞ。その名も【油骨】だ。こちらは粉状になっていて一見して骨とは分からないんだけど、この粉を窪みにつめて、そこの【種火石】を置き液状の油を注ぐと、勝手に石に火が点いて燃えてくれるんだって。
ホントは骨をそのまま組んで【種火石】を燃やすらしいんだけど、これもまた庶民には高価なモノなので、エノコロさんみたいな商人が捨てる骨を拾って粉にし、少しでも火力が上がるように加工して売っているそうな。
「獣人って、そんなにみんな安価な物ばっかり使うんですか?」
「まあ基本的に物々交換だしのう。金というものは有るらしいが、少なくともこの街の奴らには縁遠いモンだ。それに、強いモンスターの肉でもなけりゃあ、一塊のザコ肉なんて銅貨一枚の価値にもなりゃせん」
そうか。だからさっき、水と野草だけでこんなに色々渡してくれたんだな。
物々交換ってことになると、そこで金貨相当の価値のあるモノは当然“貴重だけど誰もが欲しがる品”になる。
だから、この砂漠と岩ばかりの世界なら、清い水や草は金貨に値するのだ。
……俺達って意外と贅沢な生活をしてたんだな。
そもそも、水や草が普通に存在する場所に住んでたこと自体が貴重なのか。砂漠は俺の世界にも存在するし、そう考えると突飛な価値観でも無いんだ。
これまでの生活を振り返ると、今までの自分がいかに恵まれてたか分かってしまうが……まあ、なんにせよ、欲しい物がすんなり買えるのは良い事だ。
今は買い物を楽しもう。
なんだかんだ、ファンタジーな品物がいっぱいで楽しいしな!
「それにしても、普通の肉じゃ取り引きが難しいって……こういう道具って、廉価版でも凄く需要が高いってことなんですね」
「そうだのう。【種火石】だけは安価で回ってくるからええが、こういう日用品は偶然に拾う鉱石やモンスターの素材などで取り引きしとるんじゃ。そのせいで価値の高い物のように扱われとるのかもな。まあ、日用品というても健康的な獣人には必要のない道具だしな」
食器や生活必需品を包んでくれながら、エノコロさんはフムと唸る。
すると、意外にも今まで黙っていたクロウが口を挟んできた。
「ナイフは、爪や牙が発達してない獣人や理由が有ってそれら失った者が使う事が多い。皿や食器は大皿くらいしか使わんな。肉など手で掴めばいいし」
「そうだの。焼いた時も少し冷ませば別に熱くは無いしのう。取り皿や、刃物ではないナイフを使うのは大概国に住む獣人じゃ」
「国、ですか」
街が在るんだし、そりゃ当然国もあるよな。
だがエノコロさんは俺が大陸の事を知らないのを珍しく思ったのか、ネコの目を丸くして俺をまじまじみやる。フードのおかげで耳のことはバレてないと思うけど……何か居た堪れないぞ。
「お前さん本当になんにも知らんのだのう……いいかい、国と言うのはだな」
「……おい、余計な事を吹き込むな」
「まあまあ良いじゃないか。アルクーダに売られる事も有ろう」
何故かクロウがエノコロさんを制止しようとする。
しかし焦ってるのかどうか分からない平坦な声だけでは意味が無かったのか、エノコロさんは俺に丁寧に教えてくれた。
「聖獣ベーマスさまが作りたもうたこの大陸には、現在“国”と呼ばれる“群れ”が一つ在るのだ。巨大な群れや集落ではない、さまざまな獣人が集う集合体だ。人族という海向こうの陸に住む種族と同じ“群れの形”と言われているが、よくわからん」
「国、ですか……一つしかないんですか?」
案外狭い大陸なのかな、と思ったが、相手は何故か俺の言葉に驚いているみたいだった。垂れてた猫の髭がピーンとなっててちょっと可愛い。
「なんだお前さん、意外と物知りなんだなぁ。国なんて言われても、他の奴らはピンと来ないってのに。その通り、国と名乗ってる群れは一つだけだ。獣人なんてのは大体同じ種族で群れを作るからな、そういう形態での群れはほとんど見た事ねえ。まあ、何百年と続く国を真似して、国だと名乗ろうとする輩は居るがね」
うーむ、どういうことだろう。
何かアレかな。先生が話してたけど、何かの機関とかで「貴方の地域は国ですよ」と承認されなきゃ国と呼べないみたいな話?
この大陸にもそういう機関があるのか知らないけど、とりあえずその一つの国は、文句のつけようがないレベルで国なんだろうな。
国に文句つけるってのもよく分からんが。
「なんか安定してる国なんですね」
「おうさ。弱い種族なんかも食わずに保護してる、奇特な国で、そういうのを奪おうとしてる輩と戦は絶えねえが……武神獣王国アルクーダってのは、立派な国だよ」
ぶ、ぶしん……なんて?
今凄いロボットアニメみたいな単語が聞こえてきたような気がしたんだが。
オタクな俺でも理解し切れない単語に目を白黒させていると、急に横からクロウが割って入って来た。
「もう良いだろう、さっさと品物を包め。無駄な時間を過ごしたくない」
「へいへい、せっかちな主様だねえ。奴隷の苦労が忍ばれるってもんだ」
エノコロさんは布の中に丁寧に全てをしまうと、俺が背負いやすいよう肩に負担が掛かりにくいベルトを取り付けてくれた。
とてもありがたいが……逆に言うと水や野草がどれほど貴重かが分かるな。
マジでヘタな所に持ち込まなくて良かった……。
「ほい、次はそこの主様の番だ」
「ム?」
「そこの可愛い奴隷が、お前さんのために服を見繕ってくれたんだよ。いくつか欲しい物を諦めてな。健気じゃないかい、さっさと身に着けな」
着なきゃ意味がないぞい、なんて、どっかのゲームで聞いたようなセリフと似た事を言うエノコロさんに、クロウは驚いたように目を瞬かせた。
……あっ、ちょっと目を見開いてるぞ。
こんな風に驚くクロウは初めて見たかも。
いつも無表情でムとかウムとかが多いから、なんか新鮮だな。
「……選んでくれたのか」
「えっ? あっ、う、うん。一応服とか靴がないと困るかなって思って……。このお店でクロウの体型に合いそうな服をね。でも俺センスあんまないから、迷惑だったらいいんだけど……」
「…………いや、着る。定期的にこの店に来るのなら、必要な物だからな」
定期的に。
ってことは……もしかして、俺の事をわりと先まで居候させてくれるって事?
「お、なんだいお前さん嬉しそうな顔だね。案外奴隷でもないのかい?」
「うるさい。もう二度と使わんぞ」
「おお怖い怖い」
今度は、なんだかむくれてるみたいだ。
表情はあんまり動かないけど、でも……クロウのことが何となくわかる。
それが何故だか嬉しくて、俺はこっそり笑ってしまった。
「ぷく?」
俺が笑ったのを振動で感じたのか、モミジちゃんがローブの中から顔をのぞかせて来る。その可愛すぎる姿を見て、俺は布越しにモミジちゃんを撫でた。
――――――微かに、においを感じた。
忘れもしないあの方の“におい”だと、本能が告げる。生まれて初めて命と忠誠を誓った存在の記憶を、忘れられるはずも無かった。
(どこだ。どこに……)
緊張し、いつもの口癖すら出てこない状態で薄汚れた大通りを見る。
栄光ある我らが“王国”とは比べようも無い、過去のままの進歩のない下賤な獣達が享楽を貪るための街。清潔で活気溢れる王国の土地と比べれば、道端に泥酔し横たわる者や瀕死の輩が転がっているこの街は軽蔑せざるをえなかった。
まさか、こんな無法の街に居るはずがない。
あの高貴なるお方が住める場所ではないだろう。
何度も考えたが、結局このような無法の街ばかりを回ってばかり。この【海鳴りの街】で、その無謀な旅もちょうど最後だった。
(もう、私には見つけ出せないと思っていたのに……――)
奇跡が、訪れた。
聖獣ベーマスの思し召しか、それとも神獣の加護か。
人が行き交う大通りを、気配を消すように端に寄って歩く大柄な男。薄汚いローブを羽織っているが、その大柄な身体と歩き方……なにより微かに鼻へ届く“におい”は、間違いなく今まで探し続けていた“その人”を指すものだった。
だが、何故か相手はあんな粗末な布で姿を隠している。
それにどうしたことか、彼は小さな誰かを連れているのだ。二人の間に見える鎖は恐らく奴隷のものだ。ということは、奴隷を買ったというのだろうか。
しかし、記憶の中のその人は、そんなものを買うような性格では無かった。
喰らう為にしても、養殖などせず正々堂々と戦って命を奪ったはずだ。
――――考えて、鼻をスンと慣らす。
よく分からないが、何か考え合っての事かも知れない。それに、あの小さな存在は、どうも思い出せないが嗅いだ事のある香りを纏っている。
もしかすると、なにか事情が有るのかも知れない。
(追いかけたいが……今は、用事がある……)
ここで、あるものを待たなければならない。
だが焦りは禁物だと銀の立て耳を手で撫ぜた。
(新品の油骨のにおい……きっとまた、補給しに来るはずだ。そうでなくても、こちらから周囲を探せば良い。範囲が絞られたのならなんとかなる)
やっと、心が落ち着いて来る。
だが次にやって来たのは歓喜による興奮だ。
はしたなく尾を振りたくなるのを我慢し、ただ、今は酒を飲み時を待つ。
――――焦る事は無い。きっとまた見つけられる。
根拠のない決めつけだが、それは己を鼓舞するに十分なものだった。
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