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Ⅰ. 二人きりの荒野

14.無法街【海鳴りの街】1

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 なんだか、風がちょっと違ってきたような気がする。

 むせそうなほどに乾いた熱風ではない、少し水気を含んだような冷えた感覚。この感じは覚えがあった。これって……やっぱり潮風だよな。

 磯の香りは無いけど、風が明らかに違う。
 それだけでも凄く新鮮な気持ちになった。

 だけど、元の世界にいるままの俺なら、多分この僅かな違いには気が付かなかっただろうなぁ。なんせ、日本なんて湿度がハンパない国だからな。ニオイでもなけりゃ、肌がベタついたり疲れたりしない限り分からないに違いない。

 梅雨の時期なんか、その湿度のせいでイヤな気分だったけど……いざ自分の周囲から水分がなくなってみると、それはそれで暮らしにくくなるなんて。 
 まあジメッとし過ぎも良くないけど、この土地みたいにカラカラな場所もちょっと問題だよな。水が貴重な場所に落ちて来るなんて思いもしなかったよ。
 しかも、ロクに曜術も使えないような感じで。

 ……普通、こういう場合って神様からチートを授かってるモンなんだけどなあ。

 俺にもチートが使えたら、砂漠に恵みの雨を降らせた人だぞーってチヤホヤされたかも知れないが、現実はそう甘くないって事か。
 なにせ今の俺は、首輪を付けられて奴隷扱いされてるんだもんなあ……。

「はあ……現状がつらい……」
「我慢しろ。お前の欲しがるものを揃えに行くんだからな」
「はぁい……」

 そうは言っても、やっぱり首輪を付けられて鎖で引かれてるってのは、人として何か屈辱的な感じがして落ちこみたくもなる。
 クロウは「奴隷のフリだ」と言ってくれるし、実際に俺を奴隷扱いする事は無いんだけども……この街の他の獣人達から見れば、俺の姿はローブを被った貧相な奴隷にしか見えないんだろうな。そう思うと気が滅入って来る。

 せっかくの獣人の街なのに、フードを取るなと言われているので周囲を観察する事も出来ないし、ただただ地面を見ながらクロウに引かれて歩く事しか出来ない。
 街を観察したかったのだが、俺に見えるのは黄土色の地面としっかりした靴を履く人型の足が行き交う様子くらいだった。

 ……まあでも、獣人の街と言われると確かにちょっと人間と違うよな。

 横目でギリギリ見えた「この街の人の足」は、砂漠の中の街にも関わらずサンダルのような靴が多く、そのため足先が見えるんだけど……その足の指は普通の爪ではなくて、大体の人達は鋭くとがった獣の爪になっていた。
 クロウのような褐色の肌に白い爪の人が居れば、白いがガッチリした足の指に黒く光る鉤爪が伸びている人もいる。

 俺みたいに普通の爪の人もいたけど、やっぱり何か違う感じだ。
 女性っぽい足も男性っぽい足も、靴のサイズが大きめで微妙に違和感があるんだ。やっぱり、獣人って耳やシッポ以外も人間とは異なるんだな。
 “砂犬族”のオッサン達もそうだったけど、こんな熱い砂漠で足を露出させても平気みたいだし、俺のような純人間とはやっぱり根本が違うのかも知れない。

 クロウやオッサン達は他の獣を狩って食う事を当然だと考えていたし、サンダルを履く人が多い理由は、もしかするとその獣爪をいつでも使用できるように備えているからなのかもなあ。

 うーむ、こうなるとやっぱり獣人さん達の全体像が見たくなる。
 でも、クロウは出来るだけ人に関わらないようにしたいみたいだし……ここで相手の命令を無視してコッソリ顔を上げるのはヤバいよな。

 興味はあるけど、俺とクロウは未だに「食べる人と食べられる人」以上の関係ではないんだし、迂闊な事は控えた方が良いか。
 もしここで欲を掻いたら、クロウの信頼度も下がりそうだしな。

「ぷくぷく?」
「うん、ちょっとだけ隠れててねモミジちゃん」

 ローブの中で俺に抱かれているヒンヤリもちもちの水まんじゅうみたいな水サソリのモミジちゃんは、ローブの中からちょっとだけ顔をのぞかせている。
 その姿がまた可愛らしい。よし、今日はモミジちゃんだけを見ておこう。

 街まで連れて来てくれたんだから、また改めて見る機会も有るよな。
 もどかしい気もするが、ここは気長に堅実に行こう。

 そう思いつつ、和みながら鎖が引かれる方へ歩いて行くと――――

 不意に、クロウが左の方へ鎖を引っ張った。
 今まで通りをまっすぐ歩いていたのだが、どこかに入るのだろうか。行き先が気にはなったが、しかし顔を上げる事は出来ず大人しく従う。

 すると、急に地面に影が差した。道の感じも急に狭くなる。
 どうやらここは路地らしい。抜け道でもするのかなと思っていると、目の前を進んでいた大きな足が止まった。

「……もう顔を上げても問題ない」
「えっ……いいの?」
「こういう格好の者は大体途中で路地裏に逸れる。当たり前の事で誰も目で追いすらしないから構わん」

 そうまで言うなら遠慮なく顔を上げさせて貰おう。
 じりじりと熱い空気の中で頭を下げっぱなしだったので、上を向くと血の気が一気に引いて軽くクラクラする。日差しのせいで目の前が白くなったみたいで数秒立ちくらみのようになっていたが、ようやく周囲が見えてきた。

 影が大きく乗り出した狭い路地裏。
 どういう場所なのかと思って見渡すと、道を挟み込む建物は黄土色のレンガのような物を使った四角い形で、所々にヒビが入っている。

 決して豪華な建物って感じではないが、この黄土色の建物はデカくて四角い石を積んで作られているので凄く頑丈そうだ。
 そんな質素剛健な感じが、実に砂漠の街っぽい。

 窓はガラスが無くて、分厚い皮のような物を鎧戸代わりに使っているけど、これは周囲に木が無いからなんだろうか。素材はモンスターの皮かな。
 見た感じどの家も荒んだ感じだけど、人が生活している雰囲気はあった。

 「身分を探られたくない人が集まる街」とは聞いていたけど、こりゃ俺が想像してた以上に荒廃都市って感じだな。アウトローが集まってそう。

「こっちだ」
「うぉっ、わ、わかったから引っ張るなって!」

 人気が無いのにまだ奴隷ごっこするのか。
 建物が密集し、迷路のようになった路地をクロウはどんどん進んでいく。

 以前から知ってる場所だとは言ってたけど、こんな路地を一度も戸惑わずに進んでいけるなんて凄いな。それとも、獣人の嗅覚とかで嗅ぎ分けてるんだろうか。
 なんにせよ、自分一人じゃ辿り着け無さそうだと思いつつ進んでいると、だいぶん奥の方に、扉が付いた行き止まりが見えた。

 上に小さな看板が掛かっているみたいだけど、文字が読めない。
 ……って言うか、俺が知ってる文字じゃないぞアレは。なんて読むんだ。

 なんか地図記号みたいなが並んでるような文字なんですけど!?

「く、クロウ、アレってなんて読むんだ。あそこが目的地?」
「文字が読めないのか。……フム……あれは“小物屋”と書いてある」
「小物屋?」
「お前が欲しがっている【種火石】や、その他の生活するための小物がある」

 なるほど、俺の世界で言う雑貨屋さんか。
 だけど、どうしてこんな路地裏にあるんだろう。何かやましい店なのか?

 そんな俺の疑問をくみ取ったかのように、クロウは続けた。

「大通りに居る奴らより更に後ろ暗いものや、明確な価値のない物で取引をしたい者が使うような胡散臭い店だ。無法者の街でも、無法の類に格付けは有るからな」
「そう……なんだ?」

 正直よくわからないけど、とりあえず余程コソコソしたい人が入る店ってことか。
 けど、明確な価値のないモノって何なんだろう。それで本当に欲しい物が買えるのかな。俺には獣人がどのような生活を営んでいるのかまだ全く分からないので、そういう独特な取引ならちょっと気になるぞ。

 こんな格好をさせられて、ボロボロのローブの下は全裸になってるオッサンに首輪を付けられてはいるが、やっぱりファンタジーなモノには触れてみたいもんな。
 地面から湧きあがる金色の光の粒子にも慣れてきちゃったし、ここは何かどーんと凄くファンタジーっぽいものを拝みたいところだ。

 せっかく異世界に落ちて来たんだから、嘆くより楽しむ方が得だよな!

「コロコロ表情を変えて忙しいヤツだな。入るぞ」

 あっ、こらっ、当然のように鎖を引っ張るなってば。
 なんかアンタ俺を奴隷扱いするの板について来てない!?

 そんなモンに慣れちゃ困ると焦るが、クロウはやけに重そうなドアを開けて薄暗い中に俺を引き入れた。ごとん、と音を立てて背後で扉が閉まると、まるで目の前が真っ暗になったようで少し不安になる。

 かなり薄暗い店内なせいで、明るすぎる外から入ったら目が戸惑うんだ。
 だけど、クロウは特に構わず俺を引っ張ろうとする。

「わっ、わっ。ちょっと待って俺あんまり暗がり見えないんだって!」
「ム……そうなのか? 面倒な種族だなお前は」

 人族、と言わない辺り中々クロウも用心深い。
 まあ俺は慣らさせてくれるだけありがたいが……と数秒立ち止まり、ようやく両目が蝋燭のかすかな明かりに慣れて来ると、クロウは再び俺を連れて歩き出した。

「…………」

 窓が無く、光が入って来ないように作られた通気口だけがある建物。
 蝋燭が壁に取り付けられただけの、まるで穴倉のような店内は、ちょっとだけクロウの巣穴っぽくて親近感を覚える。

 だけど店の中には所狭しと幾つもの棚が並んでいて、そのどれもにぎっしりと謎の液体が入った瓶や巻物、衣服や武器などが詰まっていた。
 まるで片付けられないヤツのロッカーみたいだな。まあ俺もたまに学校のロッカーがゴチャゴチャになっちゃうけど、ここの棚は全部それ以上の散らかりようだぞ。

 だけどこれはこれでファンタジーっぽいな……。

「おや、随分風変わりな客が来たもんだ」

 不意に、感心していた俺の耳にしゃがれた声が届く。
 聞いた事のない声に思わず振り返ると、そこには真四角の石を削ったカウンターに頬杖をつく不思議なおじいさんが座っていた。

 棚の奥にあるってことは、ここがお会計か。
 だけど……このおじいさん、明らかにクロウとは異なる獣人だ。

 何故初対面の俺にそれが分かったのかと言うと……カウンターに座るおじいさんは、顔が完全に大山猫そのままの顔になっていたから。
 それに、服から覗く手は老人らしい細さだけど獣の体毛が深々と生えていて、人間と獣の間のまさに「獣人」言うべき姿なのだ。大山猫っぽい顔はよくみると人間っぽいヒゲの束があって老けた印象だけど……まさか、こんな獣人も居ると思わなかった。

 目を丸くしていると、俺が驚いているのに気が付いたおじいさんは笑った。

「ハハハ、お連れさんは老いた獣人は初めてかい? 新しい群れにいた子か。通りで奴隷なんかに落ちるわけだ」
「軽口を叩くな店主」
「だが実際そうだろう。お前さんが強い事はワシにはニオイで解かる。ならば、その子が首輪をつけている理由は、お前さんに奪われたからに他ならない。そんな若い者には、少しくらい常識を教えてやらにゃ可哀想だろう。今後、知恵なんて授かるかどうかもわからんのだしな」

 意外とお喋りなおじいさんに、クロウは何故か「ウグ……」と言いよどむ。
 なにか思う所があったんだろうか。

 俺としては、他人に奴隷扱いされるのはイヤだけど、まあ実際そうとしか見えないんだから、おじいさんに見下されるのは仕方ないと思う。
 コレしか俺の素性を詮索されない方法は無かったんだろうし、そこは俺もオトナの男ってヤツなので甘んじて受け入れているつもりだ。

 だから、当然クロウもそう割り切ってると思ってたんだけど……実際に俺が奴隷として扱われると、何故か抵抗があるらしい。
 案外クロウって奴隷とか好きじゃないんだろうか。そのワリには、平然と俺に首輪を取り付けてたけどなコイツ。うーむ、よくわからんヤツだ。

「どら、こっちにおいで。こんな後ろ暗い店に売られてくるような子なんだ。少しは大人を手玉に取れる知識を授けてやろう」
「売るとは言ってない」
「おや、そうかね? この子以上に価値のあるものをお前さんが持っているとは思えないが。その外套の下は素っ裸の素寒貧なんだろう?」

 確かに、クロウは服を着てないのでかなり危険な状態だ。
 変態と言われかねないし、そこを突かれると何とも言えない。だがクロウは堂々と立ったまま、それがどうしたとばかりに店主を見た。

「価値なんぞよくわからんが、こっちの方でどうにかしろ」

 そう言いながら、クロウは自分のローブの合わせに手を突っ込むと、そこからずるりと巻いた絨毯のような物を引き摺り出した。
 えっ、あんなでっかいものどうやって入ってたの。

 思わずビックリして固まるが、クロウはそれをカウンターに広げて見せる。
 すると、膨らんだ革袋のようなものと野草が絨毯のような物の上に現れた。それを見た店主は、ホウと感心したような声を漏らす。

「これは見事なラミルテムサの皮だな。それにこれは水か? 清いな、鮮度も良い。草も少し萎びてはいるが、充分に使える範囲……なるほどこれは価値がある」
「出所は聞くな。必要な物をコレで揃えたい」

 あ、そうか。ヘタに探られたら俺達の居場所が他の人に知られちゃうもんな。
 クロウは一人で過ごしたいみたいだし、だからこういう“他人の詮索をしない店”を選んだのか。そらまあ、砂漠の近くにオアシスがありますって言われたらみんなソコに行きたがるだろうし……それを考えると、この店になるのも仕方ない。

 つーか、色々ちゃんと考えてるんだなあクロウって。
 そういう所は大人なんだな。なんか負けたみたいでちょっと悔しい。

「なるほど……まあ確かに隠したいシロモノではあるな。よし、いいだろう。ワシの店でどれだけ満足できるかは、お前さん次第だが……とりあえずマトモな品質のモノを見繕ってやろう。で、何が欲しいんだ?」

 店主のおじいさんはクロウが持って来た品を気に入ったのか、朗らかに笑いながら破格の提案をしてくれた。これってたぶん、凄い事なんだよな?
 普通なら値切ったりとか色々するだろうに、品物を見ただけで一発だもんな。

 それだけクロウが持って来た品物は高品質だったって事なんだろう。
 いやホント凄いなあの崖の上の泉……俺も今後はより一層感謝しなければ。

「ツカサ、何が欲しいか言え。オレには判らんから、買い物はお前に任せる」
「えっ……い、いいの?」

 思っても見ない言葉に顔を見上げると、ローブを目深に被って鼻の下しか見せないようにしている顔が、男らしく太い顎を小さく動かした。
 一文字に結ばれた口は動く事は無いけど、俺に全権をゆだねてくれている。

 一応「買って貰ってる」ので、自由に選んでいいと言われると申し訳ない気持ちになってしまうが……これは俺が信用して貰うためにも必要だし、うまくすればクロウやモミジちゃんにも上手いメシを食べて貰えるかもしれないもんな。

 よし、ここは自分が必要なものだってのと同時に、あの洞窟での生活をより快適に出来るものを選ぼうじゃないか。
 奴隷扱いやら何やらと絞られるエサ状態な俺ではあるが……どうやらクロウは、俺のことを餌であると同時に、一人の人間として見てくれてるみたいだからな。

 お礼も兼ねて、ここはバッチリ選ばせてもらおうじゃないの。

「いやあ、お前さんのご主人様は太っ腹だね。では、何が欲しいんだい。とりあえず、必要な物を言ってみなさい」
「はっ、はい!」

 店主のおじいさんについ元気よく返すと、相手は猫の目を細めてホッホと朗らかに笑った。









※ツイッターで言ってたより遅めになりましたね(;´Д`)スミマセン
 まだちょっと予定が不安定なので、異説の更新は
 しばらく更新日がバラバラになりそうです。
 でも一週間に一度以上の間隔は開かないと思うので
 よろしくおねがいします…!:(;゙゚'ω゚'):

 
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