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Ⅰ. 二人きりの荒野
13.安楽な行程
しおりを挟むこの世界……――というか、この大陸(ベーマスという大陸らしい)の地理は未だに分からないんだけど、どうやら俺達が居る場所はかなり西の方らしい。
山を下りがてらクロウが説明してくれた話によると、ここはどうやら【ナイリ山脈】とか言う山々の一角らしく、人里から離れているものの比較的気候が厳しくない場所なのだとか。……岩山だし充分厳しい環境だと思うのだが、クロウが言うには南の方へと下れば、これ以上の灼熱地獄が待っているんだとか。
あと、高く上り過ぎればモンスターや他の群れ――たぶん、獣人の村や集落のことかな?――に出くわすので、それを避けて丁度旨味のない場所に潜伏したらしい。
……なんでそんな場所にわざわざ一人で……と思ったけど、クロウからすれば誰かに会いたくなかったみたいだし、仕方が無いのかも知れない。
まあ「出くわす」と言っても山はかなり大きいみたいだから、そう滅多にあることじゃ無さそうだけども。
にしても。
「…………クロウ……ホントにその格好で街に行くつもりなのか?」
岩山のごつごつした道を下りながら、下山する途中。
もうかれこれ数十分経っているが、やっぱりどうにも気になってしまって隣で歩調を合わせてくれているクロウを見上げた。
――情けない事だが、ギリギリ平均身長の俺と高身長でガタイもよく足も長い相手では全然歩幅が違うので、合わせて貰っているのだ。
それを何も言わずに行ってくれる優しさが、ありがたくもあるけど、しかしそんな相手の格好を見ると、ちょっと心配になる。
だって、人の姿になったクロウは……ローブ以外に、なにも身に着けていないって事が丸わかりの服装だったんだから。
「その格好とはなんだ」
「いや、その……裸足だし、ズボン穿いてないのわかるし、目元までフードで隠してて見るからにワケアリだし……街に入ったら何か言われるんじゃないかなと……」
そう。人型のクロウは、何故か服を着ておらずボロボロのローブ一丁というなんとも感想の言いにくい服装になっていたのだ。
耐久度の限界が近いローブは、人型でもかなりの長身でガタイの良いクロウの体を膝下まで覆ってくれているが、それでも相手が素足なのは隠せていない。褐色の筋骨隆々なスネがしっかり見えていて、裸足もそのまんまだ。今は両腕で内側からローブをひっつめてるみたいだけど、その手を離したらどうなるのか考えただけでも恐ろしい。不意のハプニングで他人の恥部など見てたまるか。
ともかく、とんでもない格好の熊さんと俺は歩いているのだけど……これはどう考えてもマズいよな。獣人ばっかりの大陸とはいえ、ギョッとされてしまうのでは。
靴も履いてないボロボロなローブの大男って、どう見ても怖いし……。
そんな俺の懸念を余所に、クロウは首を傾げる。
「そうか? 【海鳴りの街】は無法者の街だからな。この程度の浮浪者ならそこいらに居るだろう。……ああ、人族は何故か全裸を恥じるようだが、獣人は何とも思わないから安心しろ。なりたかったらツカサもなっていいぞ」
「なるかバカあ! し、心配してソンした……」
しかし全裸でも気にされないなんて、獣人の国のモラルはどうなってんだ。
やっぱ獣の本能を大事にする感じなのかな。いやしかし、砂犬族のオッサン達はちゃんと服を着てたしな……本当に信用して良いのだろうか。
「ともかく、昼の間は人の姿に戻るのに慣れるために歩く。夜はオレがお前達を背に乗せて走るから、距離は心配するな。一日二日あれば【海鳴りの街】に着く」
「え……でもそれじゃアンタが疲れるんじゃ……寝不足にもなるだろ?」
「獣人はひ弱な人族とは違うからな。一日二日寝ずとも支障は出ない」
何だとコノヤロ。
なんでこうコイツは端々に人族見下してます感のある言葉を含めるんだろう。
熊の姿だと可愛さと大きさで「お、おう」て納得しちゃってたけど、今や普通に全裸ローブの褐色オッサンでしかないから、何か一々引っかかってしまうぞ。
いやオッサンなのかな。足がガッシリしてるせいで、何かよく分かんないな。
口元はシワがないし、オッサンと言っても若めのオッサンみたいだけど……いや、そんな事はどうでもいいか。ともかく失礼なヤツだ。
俺だって短距離走とか木登りは得意なんだからな。火事場の馬鹿力とか、そういうパワーも有ったりするかもしれないんだからな!
まあ、今は山道を降りるのに苦労してるけども。
「ツカサ、やはり俺が背負った方が早いのではないか」
「でえい大丈夫だってば! 岩だらけの道ってのがちょっと苦手なだけで……」
「ぷくぷく~」
ああ、モミジちゃんまで俺の事を心配してる。
確かにさっきから緩急のある道に苦闘してるけど、頼むから見守ってくれ。俺だって男なんだから、このくらいは一人で出来るんだからな。
「ともかく、行ける所まで行こうぜ!」
「人族の足ではこの山道はきついだろう。あまり無茶するな」
そうは言っても、アンタだってこれから夜通し走るなんて無茶するじゃないか。
さっきの話だと【海鳴りの街】まではかなり遠いみたいだし、だったら少しでも距離を稼いでお荷物にならないようにしたい。
それこそ、脆弱な人族ってヤツの歩幅じゃ大した稼ぎにもならないけどさ。
……俺に首輪をつけて、逃がさないようにしてるオッサンに何言ってんだって話ではあるんだけども。
――――そんな微妙な気持ちを抱えつつ、俺とクロウとモミジちゃんは二日かかる過酷な道を脇目も振らずに移動した。
実際は、岩山から降りたら岩盤の荒野で「また岩か」とウンザリしたり、その向こう側に砂漠が有って「これは自分一人では移動できないな」と青ざめたり、クロウが夕飯だと言ってどこぞからまたデカいモンスターを狩って来たり……と、色々肝を冷やす場面が有ったのだが、体感としてはそれほど長旅だったようには思わない。
不思議と危険も無く、野草と水を飲むだけの食事に飽きてきた事を抜けば、実に淡々とした旅だった。だけど、それは間違いなくクロウのおかげだろう。
クロウが夜に熊の姿に戻ってずっと走ってくれたり、昼に歩いたり休憩する間も周囲にモンスターが居ないか見張ってくれていたから安全に旅が出来たのだ。
もし俺が一人でここを旅していたのなら……そう考えると、ゾッとする。
クロウの目を盗んで逃げようなんて思わなくて本当に良かった。でなけりゃ、今頃はモンスターの腹の中か干からびて死んでるかだったろうな。
笑えない最後だと、炎天下なのに背筋が寒くなりつつ砂漠を歩いていると。
「……ム。見えてきたぞ。ツカサ、アレが【海鳴りの街】だ」
「えっ、どこどこ?」
「ぷく?」
クロウが指差す真正面を見つめるが、砂が少し盛り上がっていてよく分からない。
モミジちゃんと一緒に跳ねながら視ようとするが、まったく見えなかった。
「ム……」
そんな俺達を見て業を煮やしたのか、クロウは俺の横で少し屈んで――なんと、俺の体を軽々と抱え上げて強引に肩車をしてきた。
おおおおいっ、そんな急にやるんじゃない落ちるだろっ!
「どわあっ!? ちょっ、ちょっと!」
「あっちだ。ほら、見て見ろ」
「うう……」
このトシで肩車は恥ずかしいのだが、しかしまあ誰も見ていないし我慢しよう。
それにしても本当に色々強引な熊さんだなと思いつつ、かなりの高さからもう一度クロウの指差す方向を見やる、と……――――
「見えるか。あれが【海鳴りの街】だ」
「うわぁっ……! 街と……それに、海じゃん……!!」
「ぷくー!」
俺の頭に乗っているモミジちゃんが、嬉しそうにぷくぷくと水玉を浮かせる。
大喜びをするのも無理はない。だって、俺達の目に見えたのは、荒いゴツゴツした海岸線の向こうに広がる青い海と――その手前の荒野に平べったく張り付くような、とても大きな街だったのだから。
「あそこが無法地帯ってウワサの街なのか?」
見た所黄土色の建物ばかりで、周囲の風景に埋没している。
建物の高さも三階かそこらしかなくて、都市計画なんてクソくらえとばかりに乱雑に建物が広がっている。本当に平べったい街だった。
でも、それがかえって無法の街っぽい。
無秩序に街が広がってる感じも、建物がちょっと薄汚れた感じなのも、アウトローがやってくる街って思うとなんだかワクワクしてくる。
婆ちゃんの家で昔見た西部劇って感じの街っぽくて、なんかイイカンジだな。
「何故そう楽しそうなんだ? お前にとっては危険な街だと思うんだがな」
「だってまだ外から見てるだけだし……それに、知らないでっかい街ってやっぱテンションあがるじゃん?」
「てんそん?」
「ぷくく?」
あっ、しまった。この世界何故かあんまりカタカナ語が通じないんだっけ。
えーと……。
「つまりだな、その……好奇心が湧いて興奮するって感じだ!」
「なるほど、それがてんそんか。ツカサは今まで獣人の街に言った事も無かったのだったな。なら、てんそんが上がっても仕方ない」
「て、テンションです……」
大人の真面目な声で「てんそん」はちょっとつらい。
何故か俺が恥ずかしくなってしまったが、そんなこっちのことなど気にせずクロウは再び【海鳴りの街】を見て言葉を続けた。
「はしゃぐ気持ちは分かるが、相手はそれぞれの掟で動く獣達だ。お前のような幼いメスではいつ食われるか分からん。絶対にオレから離れるなよ」
うわ、そうだった。
そのせいで俺も首輪を付けられる事になったんだっけ……まあそこまでやられたら離れる心配も無さそうだけど、改めて言われるとなんか怖くなって来たぞ。
俺で危険なら、こんなに可愛いモミジちゃんは絶対攫われちゃうだろうし……クロウの言う通り、気を引き締めて注意しながらいかないとな。
「何を思っているか知らんが、マイヤカラブなんてザコは誰も食わないから安心しろ」
な、なんで俺の考えていることが分かったんだ。
ていうか訂正しろ、誰も食べないってところは訂正しなさい! ウチのモミジちゃんは食べちゃいたいくらい可愛いぷにぷにサソリちゃんだろうが!
なんでこう獣人ってのは見下したがるのかね、もう。
もしかして他の獣人もこうだったりするのかな……だとしたら、モミジちゃんが誰かイヤなヤツに虐められないように俺がしっかり守らないとな。
街の中は楽しみだけど、無法ってことはガラの悪い奴もいるだろうし。
「とりあえず、街に入る前に鎖をつけるか。首輪に鎖が無いと不審がられるからな」
「ええ、そこまでやるんスか……」
まあ、ここまで来たらやるけどさ。
でもマジもんの奴隷っぽくなっちゃうのはちょっと怖い。
もちろん、クロウはそんなつもりなんてないんだろうけどさ。
「ム……よし。これで一応、家畜に見えるはずだ」
褐色の手が、じゃらりと鎖を持つ。
そのヤケに錆びてボロボロな鎖は、どこから拾って来たのだろうか。
考えるとなんだか恐ろしくなってしまったが、俺は考えるのをやめた。
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