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Ⅰ. 二人きりの荒野
12.青天の霹靂
しおりを挟む朝起きると、クロウが何故かフンフンと鼻息を荒くしていた。
なんでそんなに気合を入れてるんだと不思議だったが、クロウが起き抜けの俺に放った言葉で、何故そこまでウォーミングをしていたのかがやっと分かった。
「オレは、人里に一度降りて来ようと思う。そこで種火石を買って来る」
「人里って……近くに街や村があるのか?」
「ウム。ここを降りて少し荒野を走る必要があるがな」
「そっか……街とかあるんだ……!」
あるんなら、俺も行ってみたい。
つい気になって問いかけてしまったが、しかし俺はふと昨日の事を思い出す。……そう言えば、種火石という鉱石を見つけられなくてクロウは凄く落ちこんでいたな。
もしかして、だからいっそ街まで買いに行こうと思ったんだろうか。
責任感が強そうな感じだし、絶対そういうコトを考えてそうだよなこの熊さん。
でも、クロウの様子からすると、どうも“人里から離れて暮らしたかった”みたいな所があるっぽいし……なのに、人里に下りていいんだろうか。
本当は今も気が進まないのに、俺の為に無理してくれてるんじゃないのか?
だとしたら、俺は素直に喜べないぞ。
火を起こす手段だって、もうちょっと材料がどうにかなれば出来ないワケじゃない。それに、今度は二人で探したりとか出来ることはまだあるわけだし……俺の可愛いモミジちゃんも協力してくれるはずだ。
だから、そこまでしてくれるのは嬉しいけど、嫌な事はしてほしくない。
人里は気になるが、それは俺の都合だしな。
寝ぼけ眼な俺だったが、とにかく頭をしゃっきりさせるとクロウの顔を見上げた。
「探そうとしてくれるのは嬉しいけど、他の方法を考えてもいいんだぞ。アンタ、何かワケがあってココで暮らしてるんだろ? だったら、無理に下りなくても……」
と、俺が気遣うと、クロウは首をふるふると振って俺をじっと見つめる。
熊にしては珍しい、橙色の綺麗な瞳で。
「これは、オレの意地のようなものだ。……ツカサがオレのことを気遣ってくれるのは嬉しいが……それでは、オスとして情けない。食料として養っていることを感謝して貰うことに甘んじているのは、オレが我慢出来んのだ」
「我慢出来んって、そんな特別な事じゃないのに」
食物連鎖は仕方が無いことだし、それを捻じ曲げてまで俺の世話をしてくれてるんだから、感謝するのは当然の事じゃないのか。
お世話になった人にはお礼を言いなさいって、婆ちゃん達も言ってたし。
なのに、甘んじてるなんて……本当にクロウは武士みたいな事を言うなあ。
「オレも、食料にする相手に対して何を言ってるんだという気持ちはある。だが、これはオレの矜持の問題だ。……だから、お前が気にする事はない」
「そう……? だったら、ありがたいけど……」
切っ掛けは俺なんだから、結局は俺のせいとも言えるんだが……まあ、クロウなりに俺に気を使わせまいとしてくれているんだろう。
そこを突くのは、同じ男としてあまり気持ちの良い物ではないので、そういう物だと思って受け取っておく。こういう時って心配され過ぎても困るしな。
しかしそうなると……俺も街ってのが気になるな。
いや、勝手に脱走するなんて不義理はしないけど、いずれはクロウの所から出て“人族の大陸”って所に行きたいと思っているから……獣人の集落で情報収集をしておきたいんだ。さすがに俺一人じゃこの大陸では暮らしていけないだろうし……。
それに、獣人達は基本的に“曜術”を使わないと聞いた。
……ということは、俺がこの世界に来た切っ掛けがもし“召喚魔法”みたいなものだったとしたら、この大陸からじゃあ帰れない可能性がある。
餅は餅屋だ。
ってことは、俺はやっぱりどうにかして人族の大陸に渡らなきゃいけない。
あと獣人達の基本情報も知っておきたいよな。クロウは自分の事すらあんまり話をしてくれないから、いざって時の為に獣人大陸の常識ってモンも覚えておかねば。
だから、街と言われると……ついて行きたくなるのは仕方ないワケで。
「どこで鉱石を売っているかは分からないが、とにかく行って来る。それに、必要な物も色々とあるようだしな」
「あ、あのー……それ、俺も連れて行ってくれたり……しない?」
何やらブツブツ言いながら、外に出る事を思案しているクロウに提案してみる。
恐る恐る……と言った感じだったが、そんな俺に相手は目を丸くしたようだった。
何故そんな顔をする、と思ったが、返答が無い。
数秒気まずい沈黙が流れたものの――クロウの次の言葉は意外なものだった。
「…………ふむ……。そう、そうだな……オレは……あまり、街は得意ではない……それに……人と交渉するのは、お前の方が得意そうだ」
「えっ、い、いいの!?」
「ただし、逃げて貰っては困る。……どこかから、首輪を拾って来るか」
く、首輪ってオイ。それじゃアンタ、俺はペット扱いかい。
いやこの世界にも奴隷は居るみたいだから、奴隷の証なのかな。
でも逃げるつもりなんてないんだけどな……。
「俺、アンタから逃げるつもりないんだけど。曜術だってまだ全然なんだし」
「たとえ今のお前がそう思っていても、魔が差すという事はある。お前はオレの食料なのだから、逃げないようにするのは当然だろう。少し待っていろ」
そう言うなり、クロウはさっさと洞窟を出て行ってしまった。
後に残るのは、俺と可愛いモミジちゃんだけである。
「ぷくー」
「そうだねモミジちゃん、警戒心強いねあの熊さん……」
……まあ、言わんとしている所は分かるし、まだ一緒に居てひと月もたってないんだから、用心の為にこうしておこうって気持ちも理解出来るけども。
首輪だって、俺が解き放たれたワンちゃんみたいに駆け出すのを防ぐため的な事で欲しがったんだろうけども……なんかグヌヌってなってしまうな。
別に友達とかじゃないんだから、信用されてないのは仕方ない。
クロウだって、線引きしようと思ってるから、俺と必要以上に喋ったり構う事もしないんだろうし……食べようと思ってる物に対しては、それが正しいんだろう。
でもやっぱり、多少は譲歩してくれてるんだなと思うと、こっちだってなけなしの人情が相手に傾いてしまうワケで。
優しい……とかじゃないんだろうけど、やっぱり俺には優しいと思えてしまう。
考えなしに尻尾を振っているつもりはないけど、まあ俺、今のところ頼れるヤツが熊さんしかいないからなぁ。俺自身もちょっと依存しているのかもしれない。
なら、余計に色々と動いて自分一人で出来る事を考えないとな。
クロウだっていつまでも優しいワケじゃあるまいし……いつかは、マジで食われるかお別れするかしなきゃいけないんだし。
「…………モミジちゃんは、俺と一緒に行こうな」
「ぷくー!」
もちろんですよと言わんばかりに、風船のごとくぷにハサミを上げるモミジ。
この洞窟からオサラバする事になったら、俺よりも弱いこの子に依存してしまいそうだなと思いつつも、俺はクロウが帰って来るのを待つ事にした。
……まあ、やることなんて草を干すくらいしかすることないからな。
――――そうして、一時間くらい経っただろうか。
手持無沙汰だったので、果物と水をつまみながら草を天日に干す作業をしていると、岩場の向こう側からドタドタと大きすぎる熊さんが帰って来た。
段々慣れてきたが、遠くから見るとホントに普通の熊よりデカいんだなクロウって。
草を片付けながら迎えると、クロウは口から黒い首輪をどすっと落とした。
よだれによってでろんでろんになっているが、獣の姿だし仕方ない。首輪を水洗いして綺麗にしていると、クロウはいそいそと洞窟の中に入って行った。
「……? どうしたんだろうね、モミジ」
「ぷくぷく?」
やけに急いでいたが、どうしたんだろう。
不思議に思いつつも、俺達も草を持って洞窟の中に入る。と、その瞬間。
「――――ッ!?」
洞窟の奥からボウッと何かが膨らむような不思議な音がして、髪を靡かせるような風が奥からこっちに向かって来た。何事かと目を凝らすと、外から薄く差し込む日光に白い煙が流れて行くのが見える。だけど、焦げ臭い感じではない。
火も無いのに煙なんて……と不思議に思いつつ、クロウに何か有ったんじゃないかと心配になって急いで洞窟の奥の寝床に向かう。
段々と日の光も薄くなっていき、ぼんやりと薄暗い広い空間が見えてくる。
いつもならそこに、大きな熊さんが丸くなっているのだが。
「え……あれ……?」
そこには何故か――――
熊ではなく、ローブを目深に被った長身の人間がいて。
「ぷく? ぷくーっ」
「え、あ、あの、誰ですかアンタ……クロウは……?」
薄暗いせいでローブを被っている事しかわからないが、しかし相手は確かに人間だ。あの大きい熊のクロウはどこにもいない。
でもここは行き止まりだし、他に誰か入って行く様子も無かったし……って、待てよ。
それならもしかして、この人って……クロウ……?
何が起こったか把握するにも時間が足りない俺に、ローブの相手は向き直った。
「……街に行くなら、こちらの格好の方が都合が良いからな」
この、毎日傍で聞いていた低く耳に響く大人の男の声。
間違いない。これはクロウの声だ。なら、やっぱりこの人間はクロウってことか。
でも、姿が分からない。
やはり人の姿になるのは抵抗があるのか、クロウは鼻の所までフードを降ろして、誰かに顔が見られないようにしているみたいだった。
……砂犬族のオッサン達を見て、人型の獣人族がいるってのは知ってたけど……やっぱりクロウも人型になれたんだな。
でもなぜ今まで獣の姿だったんだろうか。普通に考えたら、狩りの時以外は人の姿の方が都合が良い事って多いよな。でも、クロウは自ら望んでこんな風に暮らしてたみたいだし……聞かない方が良い気もする。
ともかく、この姿なら確かに目立たないかも。
砂犬族のオッサン達が常時人の姿だったことを考えても、獣人達は普段人の姿で暮らしているみたいだし。そこに獣の姿で行けば、怪しまれるかもしれないしな。
「えーと……クロウ、で良いんだよな? 別の呼び方とかないよな?」
「人型になったからと言って、名前は変わらん。何故そんなことをいう」
「あ、いや、別に……そんで、今からどこの街に行くんだ?」
ちと重い金属の首輪を手でもてあそびながら言うと、クロウは洞窟の外を見た。
「……ここから一日か二日か行った先にある、海沿いの街だ。そこは、オレのように身分を探られたくない者が多く集まる。どこの国や“群れ”にも属さない街だ」
国などに属さない、後ろ暗い人達のための街……って、どんな街だ。
漫画とかでよくある無法地帯って感じなのか?
よく分からなかったが、まあ行けばどういう街なのか分かるだろう。
「ちなみに、その街ってなんて言うんだ?」
モミジちゃんを抱っこして、俺はクロウと一緒に歩き出す。
そんな俺を見ているのかどうなのか分からないほどにフードを目深にしたクロウは、少しだけこちらを向いて口を開いた。
「名前は無い。ただ、そこは海から聞こえるうねりの音を聞くほど海に近い事から……こう、呼ばれている。――【海鳴りの街】と」
海鳴りの街。
固有名詞が無い街なんて初めてだったが、そういうのも異世界っぽいな。
どんな街なのか想像もつかないけど……砂漠と荒野の大陸なんだし、なんかきっと異国情緒あふれる街なはず。そう思うとなんだかワクワクしてきたぞっ。
きっと獣人達がいっぱい集まってる街なんだろうし……も、もしかしたら、ケモミミのお姉さんとか女の子がいちゃったりするのでは!?
「いやぁ街なんて初めてで楽しみだなぁ! ねっ、モミジちゃん!」
「ぷくぷくー!」
「…………今から首輪を嵌めておくか……」
なんでそんなこと言うんですか、やめて下さいよ。
逃げる気なんてないって言ってるのに、本当にわかんない熊さんだな!
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