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Ⅰ. 二人きりの荒野
11.無価値という価値
しおりを挟む目の前で、熊さんがしょんぼりしている。
熊耳や座布団みたいなもっふりした熊シッポが動いているワケでもないし、表情が変わったような感じでもない。しかし雰囲気で何となくわかるのだ。
ここ数日、ずっと一緒に居るおかげか、俺はクロウの熊顔を少し理解出来るようになってきたらしい。ふふ、俺ってば結構洞察力鋭いみたいだな。
だけど、帰って来て早々どうしたのか。
そう問いかけると、クロウは鼻をぴすんと動かしてその場に座った。
「種火石があるか周辺を探ったのだが……どこにも無かったのだ。すまん」
のだ、とか言われると語尾っぽくてちょっと可愛く思えるが、相手はオッサン声だ。
無暗にキュンとしてはいけない……とぷにサソリのモミジちゃんを撫でつつ、冷静な心持ちで俺はクロウに言葉を返した。
「謝る事じゃないよ。大体、見つからなくても仕方ないんじゃないのか? 鉱石なんて掘らなきゃ鉱脈があるかどうかも分かんないんだし」
「ツカサは存外博識だな。……確かに、種火石は発火性が高く、原石のままだと爆発する危険もある石だ。それゆえに表面を見てもどこにあるか分からず、石の採掘場も古くからある場所しか無いのだが……」
「じゃあ探して見つからなくても無理ないよ。だからあんま落ちこむなって」
そんな危険な石、表面に露出してたら即座に爆発して跡形もないだろうし、地中や岩の中にあるんなら道具ナシで取り出せるはずも無い。
いくら強そうなクロウでも、岩を掘るってのは難しいんだろうし……それを考えたら、出来なくても何も悪い事など無い。むしろ探しに行ってくれただけ感謝だ。
元気出せよ、と肩っぽい所をポンポン叩くと、クロウは軽く首を傾げた。
「…………怒らないのか?」
「え? なんで?」
思っても見ない言葉に驚いて目を見開くと、クロウは少し頭を下げる。
なんだか、ションボリした様子が一段と深くなったようだ。
どうしたんだろうかと顔を覗き込んだ俺に、クロウは小さく口を動かした。
「お前はオレを信用して頼んだのに、オレはその信頼に応えられなかった。そんな者など生きている価値も無い。……オレは、価値のないものだ」
「そ、そんなメチャクチャな評価しなくても……」
オイオイ、どうしてそんな急に悲観的になってるんだよ。
探したって見つからないモノなんてザラにあるだろうし、そもそも俺だって簡単に石が見つかると思ってないんだぞ。なのに、急に落ちこんだりして……マジでどうしたんだよ。なんかいつものアンタらしくないぞ。
……いや、いつものって俺まだ数日の付き合いだけどさ……。
「ぷくぷく?」
あっ、モミジちゃん……クロウに近寄ってどうしたの。
もしかして、俺と同じように「どうしたの?」と問いかけてるんだろうか。
なんにせよおっきな動物にお喋りするちっちゃい動物可愛すぎるな。これにはクロウも雰囲気を緩めて、黒く濡れた鼻頭を近付けてモミジに挨拶する。
「ムゥ……」
どうやらちょっとだけ和んだみたいだ。
俺はすかさずクロウに畳みかけた。
「とにかくさ、挑戦して失敗することなんて誰にでもあるんだし、俺は別にそれを価値が無いなんて思わないぞ。そもそも、見つけにくいモンを探そうって言った俺の方にも責任はあるんだ。クロウがそこまで落ちこむことじゃないよ」
「ツカサ……」
「つーか、この程度でアンタが価値ナシだったら、モンスターも倒せなくて弱くて何も出来ない俺の方が価値ないんじゃないの。まあ俺はそうは思わないけどさ」
自分で言っててちょっと悲しいが、実際そうだから仕方が無い。
でも、だからって俺は別に自分を価値が無いなんて思わないぞ。情けないとか、己が恥ずかしいとかは思うけど……それはそれだ。
価値なんてモンは他人から見た評価でしかないし、見ようによっても変わるのだ。
少なくとも俺は、クロウのことを無価値だなんて思ってない。モミジだって、クロウの事を心配しているのだ。それは、価値が無い事なのだろうか。
そんなことは、絶対にない。
少なくとも、俺はモミジちゃんの心配は値千金の可愛さだと確信している。そんな「カワイイ」が、全方位から見て無価値とかありえないじゃないか!
……ご、ゴホン。
つまりそういう事だ。結局こういうのって、自分や人の考え方でしかないんだよ。
一度考え込んじゃったら自信を持つのって難しいかも知れないけど……でもさ、俺は「違う」って言ってるんだから、少しくらい気楽になっても良いと思うんだ。
俺がクロウを頼ってるってのは、価値があるないの話じゃないんだしさ。
「だが、オレは……」
「……価値なんて関係なく、俺達はアンタを心配してるんだよ。それって、アンタには迷惑なことかな」
「…………」
ええい、ここまで言ってもダメか。
こうなったら仕方ない。恥ずかしいけど、こういうことはハッキリ言わないと駄目か。
……なんだか自分の弱さを曝け出すみたいだけど、俺の為にクロウが落ちこんでるのなら、俺が元気付けないとダメだよな。
だから、そう思って……俺は、深呼吸をすると、クロウと目を合わせて告げた。
「あのさ。俺、アンタがいなけりゃ死んでたし……今だって、教えて貰った食べられる草や水のおかげで生きてるようなモンなんだぜ?」
「……!」
熊の耳が、ピンと動く。
そんな相手の姿に少しグッと心を動かされながら、俺は続ける。
「アンタと比べたら俺は弱いし、すぐ食われたって仕方のない雑魚っぷりだ。……けど、アンタはそんな俺を食べないでいてくれるし……曜術だって教えてくれた。それは、俺にとっては凄く大きなことだし……なにより、ありがたいことだ。アンタは、俺に感謝されるレベルの存在なんだよ。少なくとも、俺にとっては恩人だ」
「おん、じん……」
「それって、アンタにとっては……価値のないことかな。だけど俺は、アンタが教えてくれたり、やってくれた事に感謝してるよ。……それだけは、覚えていてほしい」
クロウのつぶらな瞳が、大きく見開かれる。
まるきり熊の姿なのに人間みたいな表情をする相手に、俺は何だか視線を上手く合わせられなくて目を泳がせてしまった。
だって、面と向かって感謝してるなんて言うのが気恥ずかしかったから。
…………こんなの、友達にも素直に言った事無いよ。
そもそも、人にこんなガッツリと感謝の言葉を述べるってのもやったことがない。
なんだか恥ずかしくなってきて顔を逸らそうとしたのだが、そこに相手の鼻がズイと突っ込んできた。うう、熊のお顔がこんなに近くに。
「…………ツカサは……オレに感謝してくれているのか?」
なんだか、少し自信がなさそうな声だ。
相変わらずの無表情と感情が無さそうな声なのに、それでも何故か相手の言葉がそういう感じに聞こえる。……いや、本当にそう言っているのかも知れない。
抑揚が平静過ぎてわかりにくいけど、クロウにもそういう気持ちがあるんだ。
だったら、ここで男らしくない意地を張っていても仕方が無い。
不安がっているなら、そうじゃないんだとちゃんと答えてやらないとな。俺がハッキリと言わなけりゃ、クロウだって安心できないだろうし。……す、少し照れ臭いけどさ。
しかし俺は恥ずかしさを抑え込んで、なんとか頷いてやった。
そうして――――クロウの顔をしっかり見て。
「いつも俺の事を助けてくれて、ありがとうな。……クロウ」
……ちゃんと、感謝できていただろうか?
は、恥ずかしいけど。でも、気持ちに嘘はないからな。
食べ物でしかない俺の為に色々してくれたり、種火石を探しに行ってくれたことは、間違いなく感謝すべきことだ。何より、慣れない曜術を丁寧に教えてくれた事は、俺にとっては何より嬉しいことだった。
魔法の世界で、俺にも魔法が使えた。
ファンタジーが好きな俺にとって、それがどれだけ嬉しかったことかなんて、たぶんクロウには理解出来ないだろうけど……でも、すごく嬉しかったんだ。
だから、感謝の気持ちは本物だ。
……ちょっと言葉が足りなかったかも知れないけど……。
…………いや、だいぶ足りなかったかな。大丈夫かな。
クロウってばホントに表情が分かりにくいから、俺に呆れてるんだかビックリしてるんだか判断が付かないんだよな。
そう思って別の意味で心配になり、再び相手に目を向ける。と……――
「わっ……!」
急に目の前に茶色い毛が迫って来たかと思うと、俺は……その毛に思いっきり埋もれて、地面に押し倒されてしまっていた。
いや違う。これは抱き着かれたけど耐え切れずに背中から倒れてしまったんだ。
「くっ、クロウ!?」
遅れて驚き上体を起こそうとするが、既にクロウは俺の体を覆うように“伏せ”を行っていて外は固く中はモフモフの毛に体が沈んでしまう。
やばい、気持ち良くて死ぬ……じゃなくてっ。
どうして急に抱き着いて来たんだ、今までこんなことしなかったのに。
急展開過ぎてクロウが何を考えているか分からず混乱していると、相手は俺の顔に鼻を突き合わせて、何を思ったかでっかくて長い舌でベロンと俺の顔を舐めた。
ぐわあっ、ちょっ、な、なんで顔!
いままで顔なんて舐めなかったのに!
「ツカサ……ツカサ……!」
「な、なぶっ、なにっ、ぶわっ、ちょっ、何なんだよー!」
「ぷ、ぷくー! ぷくくー!」
ああっ、俺がクロウに襲われていると思って、モミジちゃんが焦っている。
その声は可愛いが、しかし今の俺は顔を涎でべろんべろんにされて動けない。
何コレ。まじで食われるの。俺ってば余計なコト言っちゃったの。
思わず青ざめてしまったが、そんな俺を見てクロウは鼻息を噴く。
「安心しろ、食いはしない」
「そ、そう……」
あからさまにホッとする俺をクロウはジッと見つめていたが、やっと何らかの興奮が収まったのか、少し体を離してペコリと頭を下げる。
「……弱い所を見せた。すまん」
「失敗したら落ちこむのなんて当たり前だよ。でも、見つからなくたって気にしなくても良いんだからな? 鉱石なんて探して一日で見つけられる方が珍しいんだから」
こちらの世界ではそれがスタンダードなのかはわからんが、ともかく地中や岩の中に埋まってるモノを簡単に見つけられるはずがない。
チートもの小説の【サーチ】みたいな術があれば違うんだろうけど、この異世界ではそういう便利な術は無いみたいだしな。だったら仕方ないだろう。
気を落とすんじゃないぞ、と相手の熊っ毛を掴んで叱咤激励の意味を籠めモフモフすると、クロウはくすぐったいのか鼻を動かしていたがやがてすっくと立った。
「ム……そうだな。一度の失敗は当たり前、か。ならば、確実な方法を探さねば」
「それはありがたいけど……無茶とかはすんなよ?」
「ウム。……少し時間をくれ」
「案があるのか?」
時間をくれと言うのだから、クロウの中では既に解決策が浮かんでいるはずだ。
俺の問いに、クロウは頷いたが……何故かまた、神妙な雰囲気になった。
「…………今すぐにというワケにはいかない。だが、約束する」
どうも、煮え切らない言葉だ。
でも……こう言うセリフって大抵、自分に都合が悪い事だったりするよな。
本当に大丈夫なんだろうか。さっきは凄く落ちこんでたし……どうやらクロウはメンタルが繊細みたいだから、あんまり無茶をして欲しくはないんだがな。
「クロウ、無茶するなよ? 俺、アンタに無理させてまで炎の曜術を使いたいってワケじゃないんだからな」
念を押すようにそう言う俺に、クロウは熊耳の片方をぴるっと動かして頷く。
少しだけ雰囲気が和らいだようだけど、それでもどこか緊張しているみたいだった。
…………俺、ちゃんとクロウの気持ち解ってやれてるのかな。
俺が同じような獣だったなら、クロウのこともっと理解出来たんだろうか。
考えて、俺は心の中で首を振る。
そんなこと妄想したってどうしようもないんだ。今は、相手に縋るしかない。
だけど、いつかは。
俺もちゃんと一人で何かをこなせるようになったら……恩を、返したい。
いや、そうでなくとも、せめてクロウの気持ちを完全に理解出来るように努力して、ここを居心地がいい空間にしないとな。
今後俺が食われるか解放されるかってのはまだ判らないが、それでも……今は、俺の為に色々やってくれる相手に感謝したい。
……相手は俺を喰おうとしてるってのに、ちょっとヘンな気もするけどさ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、クロウは俺をじっと見つめていた。
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