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Ⅰ. 二人きりの荒野
10.お互いを知らない
しおりを挟む結論から言うと、俺はすぐに【曜術】というものを使う事が出来た。
……いや、まだ水の術だけなんだけどね。
でも、これはチートもの小説の主人公レベルだと誇っても良いんじゃないだろうか。だってさ、水の曜気を目視できるようになってから、面白いほど手から水が湧くようになったんだぜ。クロウは【アクア】という初歩の術だと言っていたが、それでも掌から水が出るって言うのはいかにも魔法らしくてカッコいい。
贅沢を言うと炎が一番主人公ってカンジで格好いいんだが、それでも水もクールなイメージだもんな! ふふふ、俺ってば戦隊もののブルーの役割だったのか。
やっぱり俺は二枚目って事か……ってまあ現実モテてないので自惚れても虚しいだけなんだが、それはともかく。
あまり使い過ぎるのも良くないと言う事で、疲れないようにしながら二日ほどゆっくり練習を続けると、徐々に曜術の使い方が分かって来た。
魔法にはイメージが重要、とはよく言ったものだが、まさに曜術もソレだ。
俺が想像した通りの量でしか出力されず、うまく想像出来ないと失敗して何も出なくなってしまう。失敗して溢れた、なんてことがないのは、恐らくこの周辺には水の曜気が存在しないからかもしれない。
空気中に青い光の粒子を探してみたけど、ホントにあの崖の上の泉くらいしか光が見えなかったもんな。見えると水場が分かって便利だけど、逆に絶望的な気持ちにもなってしまう。……まあこれは、俺の目視範囲が狭いって可能性もあるが……。
でも、目の前に見えない物なんだから、ここの岩だらけの荒野は相当乾いてるって事なんだよな。そう考えると、なんだかちょっと心配だ。
だって……魔法みたいな術といっても、限度はやっぱりあるんだもんなぁ。
水の術の第一歩を習得できたのは良いが、今の俺は水に揺蕩う曜気を使って術を使っている状態だ。自分で出す量は、疲れていなければ元の水より量を出せるものの……だからって、膨大な水を生み出す事は出来ない。
増やす事は出来るけど、たくさん使えばすぐになくなってしまう量だ。
泉の水を拝借するにも限度があるし、俺だって限界がどこかわからない。精神力を使い果たしたら死ぬ……なんて異世界も有るし、無暗に試す訳にはいかなかった。
「せめて、教本か何かがあればいいんだけどなぁ……」
「ぷくー?」
「ン? なんの話だ」
まだギリギリ涼しい朝。
今日も今日とて崖の上の泉で草をむしりつつ呟く俺に、モミジちゃんとクロウが顔を向けて来る。俺は今動物とお話してるんだなぁ、とか思うとホンワカするが、かわゆい水まんじゅうサソリのモミジちゃんはともかく、ちょっと離れた場所にいる熊さんは俺をペロペロ舐めまくるオッサン熊なので複雑な気持ちになる。
だが今はそんな事を言っている場合じゃないかと思い、素直に話した。
「いや……幾ら始めの一歩を踏めたからって、そこから先に進めなきゃ話にならないよなぁって話。炎の曜術を使おうにも、火おこし出来るようなモンも持ってないし、草を燃やすにしても木もないから……これじゃいつまで経っても炎なんて無理だよなと」
爪でザクザクとイネ科っぽい葉が長めの草を刈り取っていたクロウは、その言葉にフムと鼻を動かす。俺の言う事にも一理あると思ってくれたらしい。
だが、その返答は芳しくないものだった。
「オレは別にお前が炎の曜術を使えようが使えまいがどうでもいいが……お前の味を保つためにも、肉を食わせねばなるまいから……どのみち火は必要だな」
「ぷくぷく?」
「頼むから曜術使わせてくださいよぉ……」
「そんな事を言っても、オレは土属性以外は専門外だしな。概要なども……使う時が来る知識とは思っていなかったから、あまり覚えていない」
「ぷくー」
やだもう話すたびを傾げるように体を斜めにするモミジちゃんが可愛い。
おいでおいでと手招きして膝に乗せ撫でつつ、俺は再びクロウに問うた。
「じゃあ、誰か他に教えてくれるような人か、火を起こせるものってない? 一個目のお願いは無理でも、二個目はどこかにあるなら自分で探して来るからさ」
そう言うと、クロウは熊の眉間にぎゅっとシワを寄せた……ように見えた。
なんだそのちょっと可愛い難色の示し方は。
「お前……弱いくせに大胆だな……」
「な、なんスか……」
「……向こう見ずとも言うか。まあでも、そんなに言うのなら考えないでもない」
「え、なにか用意してくれるのか?」
クロウを見やると、相手はずんぐりした体を上げ、爪で刈った草を一か所に集めて積む。俺も同じように草を採取していたが、やはりクロウの作業量は凄い。
感心していると、クロウは草の山をぽふっと熊の手で叩いた。
「人の姿しか取れないお前には、地面で寝るのは酷だということを忘れていたしな。『草のベッドを作ろう』とツカサが言い出すまで、オレはその事に思い至らなかった。だから、そのお詫びに、オレが火を起こせるものを探してきてやる」
「いや、教えてくれたら俺一人でも……
「一人で外に探しに行こうとするな。お前みたいな弱い生き物はすぐに死ぬぞ」
「そんな断言…………するくらいにすぐ死ぬかな?」
俺を甘く見過ぎでは、なんてちょっと言い返そうとしてしまったが、この世界での俺の戦績を振り返ってみると口が止まってしまった。
逃亡……なんて出来ずに奴隷として売り出されそうになるわ、デカい熊さんに立ち向かったは良いが気絶するわって感じで、本当に何も出来ていない。
これじゃクロウも「一人で出るな」なんて言うはずだよ。
しかも、曜術が使えるようになったと言っても俺は水を出せるだけだし……こんなの普通に危なっかしいよなぁ。俺でもそう思う……。
途中で気が付いた俺に、クロウはさもありなんと頷いた。
「お前は現状一番美味い獲物だ。死んでもらっては困る。だから、火を燃やす道具はオレが採って来よう。どこにあるかは分からんが……ともかく探せば見つかるだろう。ツカサはその間に、草を干して寝床にしておいてくれ」
「お、お手数おかけします……。でも、何を探すんだ?」
まさか炎が自然界に浮いてるわけじゃあるまいし、たぶん渇いた木の枝とか火打石みたいなモノを探してくれるんだよな。
そう思って問いかけると、クロウは一瞬妙な顔をしたが何かに思い至ったのか、俺に説明してくれた。
「人族の大陸には無いだろうが、このベーマス大陸には【種火石】というものがある。オレ達はその石でかまどの火を起こしているのだ。人里の近くでは採れない石だが、こういったモンスターばかりの山ならどこかにあるだろう」
「種火石……それって、鉱石なのか?」
「うむ。定住し国や縄張りをつくる獣人族は、大体それを使って火を起こす。大昔は、どこぞの石を打ち付けたり、なけなしの草を使って火を起こしたらしいがな」
そりゃ大変だ……って、種火石がどれほどの物か俺には判らないんだが、クロウが「昔は大変だった」的な感じで言うので、種火石のおかげで火おこしがだいぶん楽になったのだろう。だったら、俺にも使いこなせるかもしれない。
獣人は曜術を使わないって言ってたから、特別な力は必要ないはず。
種火石さえ見つかれば、俺も独学で炎の曜術を生み出せるかもしれない。
そうと決まれば早速クロウに取って来て貰おう。
俺達は山盛りの草を持って洞窟に戻ると、クロウは【種火石】を探しに。そして俺とモミジちゃんは、草を干した後で寝床を作る仕事に取り掛かることにした。
……ていうか、種火石なんて便利そうなものがあるのなら、俺が「炎の曜術を習得します」と言った時に教えてくれれば良かったのにな……。
いや、しかし、そうなると俺ってもう用済みになっちゃうのでは。
便利な物が出て来たら、曜術も必要なくなって、マジで物理的に食われるカウントダウンが始まってしまうんじゃないのか。
でも、クロウは今まで【種火石】の事を言わなかったし……俺が曜術を使えるように教えてくれたりもしたんだから、まだ俺を喰う段階じゃないってことだよな。
だから今は食われたりはしないはず。
……しかし、どうして今まで便利な道具の事を黙っていたんだろう。
考えてみれば、俺が「地面で寝るのもうキツいので、乾草のベッドを作りましょう」と言うまで、クロウは地べたで普通に眠ってたし……道具を使う様子も無かったよな。
獣人っていうよりホントに喋る熊って感じで、肉も生で食べてたし……。
…………なんで火を使ったり、人らしく生活しなかったんだろう?
獣人族って言っても普通に人間みたいな暮らしをしてるっぽいし、クロウもその事を知ってるんだから、洞窟の中くらいは住みやすいようにしたりするよな。
それなのに、俺が来るまでベッドみたいなものすらなかったなんて。
「……クロウって、何者なんだろうな」
「ぷく?」
キョトンとするモミジの頭を撫でつつ、俺はジリジリ焼ける太陽の下で草を並べる。
そう時間が立たない内に干し草になるだろうと思い、洞窟の入口の所で太陽光を避けながらじっと待ちつつ俺は再度考えた。
常に野生で暮らす人……にしては、なんだかクロウはインテリだ。
野草の知識だけでなく、一般的な獣人は知らないと言う「人族の曜術」についても知っていたし、そういえば話し方もどことなく無骨で厳つい。
だけど粗野だったりってワケじゃなくて、どちらかというと軍人とかそういう感じの、不器用で寡黙な人の口調って感じだろうか。普通に考えると、野生で獣の姿のまま暮らしている人がそんな口調なのは珍しい気がした。
それに、クロウは食いしん坊のくせに砂犬族のオッサン達より大人しいし。
獣人って我が道を行く人ばかりだと思ってたんだけど、そうでもないのかな。
それとも、クロウが本当に珍しい存在なんだろうか。
……考えても解からない。
そういや俺って、クロウのことを何にも知らないんだよなぁ。
「まあ、そりゃ……俺だって一緒か……」
クロウは自分の事を話さないけど、俺の事も詳しく聞いた事が無い。
それは、己の過去を話したくないからこっちの事情も探らないって事なんだろうか。それとも、俺は非常食だから興味が無いのか。
どっちなのかと見極めようとするが、判断材料が少なすぎてわからない。
だけど……数日ずっと一緒に居るのに、相手の事を何も知らないままだなんて……なんだかちょっと、寂しいような気もした。
…………そんな風に思ってしまうあたり、俺も相当人恋しいのかも知れない。
砂漠の孤独な風景や荒野の寂しい風景を眺める時間が多いし、あの崖の上の泉の場所だって、生き物が溢れている場所じゃない。
ここには、モミジと俺とクロウしかいないんだ。
ふとした時にそう気付いてしまうから、こんな女々しい事を考えてしまうのかも。
……俺は人がいる場所に何が何でも行こうとしてたんだから、クロウの事情なんて知っても……どうしようもないのにな……。
相手だって、俺が異世界人ですって説明しても反応に困るだろうし。
――――そもそも俺達は、友達でも仲間でも無い。
ただの、捕食者とエサってだけの関係で同居しているだけなのだ。
「だから、考えたって仕方ない……よな」
「ぷくぷく?」
元がサソリとは思えないほど可愛いモミジが、俺を見上げて目を瞬かせる。
異世界の生物でしかありえないその仕草だが、可愛い事に代わりは無い。そんな相手のグミみたいな感触のハサミをぷにぷにしながら、俺は口だけで苦笑した。
「一緒にいてくれてありがとうな、モミジ」
「ぷくー!」
俺の言葉を理解して、モミジは嬉しそうにシャボン玉のような水の泡を自分の周りにぷくぷくと浮かべる。本当に、魔法の世界の動物って感じだ。
だけどその喜びようが可愛くてたまらない。
そう。可愛いから、今はモミジの可愛さにだけ癒されていよう。
他の事を考えずにいれば、きっとこのモヤモヤした感情も消えるはずだから。
→
※遅れまくっておりますがご了承ください…(;´Д`)
しっかり更新はしますゆえ…!
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