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Ⅰ. 二人きりの荒野
9.食事に難あり
しおりを挟む二度目のご所望だが、やっぱり肌を舐められるという行為には慣れない。
オッサンの声をしているとはいえ、相手は熊さんだからまだ何とか平気でいられるが……もしクロウが人の姿をしていたら俺は耐えられなかったかも知れない。
いや、女性に舐められるんなら俺は勃起を抑えきれないとは思うけどね。下品な話だが俺だって立派な男なので、好みの女の子にアプローチされて嬉しくないワケがない。まあ初手で舐めて来るような人はちょっと怖いが、それはともかく。
モミジちゃんには泉のほとりで待っていて貰って、俺達は岩の陰に隠れるとそこに座った。といっても、クロウはデカすぎて岩からはみ出していたがまあ仕方ない。
敵から隠れる訳でもないんだしと思いつつ前を見ると、やけに嬉しそうな雰囲気の熊さんが鼻をしきりに動かして俺の首筋辺りを嗅いできた。
ふすふすと細かい鼻息が顔や首に掛かり、髪も揺れる。
もしかしたら、このまま噛みつかれてデッドエンドになるかもしれない。そう考えたら背中がゾクリとしたけど、今更この約束を反故にする事も出来ない。
相手は可愛い熊さんだけど、だからといってキャラクター的な可愛さじゃない。
目の前の獣は、ちゃんと牙も有るし爪も有る。良い匂いなんてしないし、なんなら昼食べていた巨大ワニの血のニオイすらまだ残っていて、息も荒々しい。
クロウは、現実に存在する「喋るクマ」なのだ。
現実の熊である以上、ずっと人間のお友達……なんて展開は望めないだろうなと言う事も理解はしていた。
だから、こうやって「食べられるか」を確かめるような行動をされると、本能から来る恐れによって緊張してしまうのだ。けれど、今更そんな事を言っても仕方が無い。
ぴたりと濡れた鼻先が首筋に漬けられたのを感じて、つい俺はびくっと大仰に体を動かしてしまった。
「ムゥ……血や肉は食わないと言っているのに、いつまでも慣れないなツカサは」
「だ、だって、まだそんな……こ、こういうことしてないし……」
「交尾するワケでもないのだから、そう恐れるな」
冷静な声でそう諭してくれるが、本能的な物はどうにもならない。ついつい慣れずに怯えてしまう俺に、クロウは溜息を吐いた。
そうして指代わりの黒い爪で器用に俺の片腕を上げる。
「お前が恥ずかしがるような所は舐めないと前に言っただろう。まったく、人族の生娘というのは気難しいな」
「だっ……だから娘じゃないって!」
「メスは男だろうがメスだ。そうでなければお前もそんな反応はすまい」
「ぐうっ、いや、俺のこの反応は人として普通の反応で……!」
「ええい鬱陶しい、さっさと脱がんか」
…………クロウは熊だけあって、色々と認識がおかしい。
いや“砂犬族”のオッサン達も俺をメスだのなんだの言ってたので、たぶん獣人族は全体的に人間に対して凄く大きな勘違いをしているのだろう。
でなければ、俺を見てメスだとか生娘とか言うはずがない。
アレか。もしかして弱いヤツは大体メス呼ばわりするような文化なのか。
獣人らしいワイルドな発想だが、俺はどっからどうみても男なのでいい加減やめて欲しい。それとも強くなければいつまでもメス扱いなのか。
しがない俺には生命を宿す神秘の下腹部など付いてないので、本当にそういうのは勘弁して欲しいのだが……ってそんなこと言っている場合じゃないか。
クロウがイライラしてそうなので、仕方なく服を脱ぐ。
……そろそろ制服がボロくなってきたので石鹸などで洗濯をしたいが、この荒野と砂漠の世界でそんなものが見つかるんだろうか。
元の世界のモノだから、出来るだけ大事にしたいんだけどな……。
そんなことを思いつつ脱ぐと、クロウはすぐに俺の胸辺りに顔を寄せてふんふんと鼻で具合を確かめる。なんの具合だとセルフツッコミをしてしまうが、そりゃもちろん汗が良い感じに出てるのかに決まっているワケで。
それを舐められるというのが恥ずかしいのに、何で俺はそんなことをしてるのか。
「む……今日も暑さの汗か……」
なんだかションボリしてるが、何故ガッカリするのか解らない。
そりゃ熱いんだから汗が出て当然でしょうよ。
「冷や汗の方が良かったのか?」
「そうじゃなく、自慰でもしていれば味が良くなっただろうにと思ってな。まあいい」
「じっ……はぁっ!?」
「舐めるぞ」
「ちょっ、な、なに、さっきの何言って……っうびゃ!」
今凄い言い難い事を言わなかったか、と詰め寄ろうと思ったのだが、クロウに胸の真ん中の所をべろりと舐められて変な声が出てしまう。
慌てて口を閉じるが、クロウは構わずそのまま首筋まで大きな舌を這わせ、この前のように肩の窪みや鎖骨の辺りをゆっくりと移動してきて。
「む……だがやはり、うまいものはうまいな」
「っ……」
またロクでもない事を言っている……と思うと、体が恥ずかしさで熱くなってしまったが、そんな俺に構わずクロウは俺の上半身を舐め回す。
でも、今回は執拗に脇腹なんかのくすぐったい所を舐めたりはせず、さらっと撫でる程度に留めてくれていて股間が変な事にならずに済んだ。
…………一応、気を使ってくれている、ということなのだろうか。
とはいえ、我慢は難しいのか、その「さらっ」て感じで脇とか舐められるので全身を涎でべとべとにされてるようなものなのだが。
ま、まあ、ヘンな気分になるよりは涎塗れの方がマシではあるけどな……。
しかし、こうなると余計に石鹸で洗濯とか体を洗うとかやりたくなってきた。
こうなったらもう、自分で作るべきなのだろうか。
確か前に見たチートものの小説に、石鹸の作り方が書かれていたような気がするが、ボンヤリした記憶であまり覚えていない。でも、きっとナイよりはマシだよな。
石鹸さえあれば、クロウの毛皮にこびりついた獲物の血のニオイを簡単に落とせるだろうし、なにより俺がスッキリして気持ちが良い。
汗で我慢してくれるのはありがたいけど……でも、個人的な心情に寄り汗まみれで過ごすワケにもいかないしな。
人が汗だくなのは別に気にしないが、俺は汗臭いと思われるのはイヤなのだ。
身だしなみをキチンとすれば最低限女子にモテると言われているし、なにより体を清潔にするのは大事だと俺の婆ちゃんも言ってたからな!
モテるにはまず生活習慣から。それが例え砂漠の地でも、女の子に出会える可能性がゼロではないならやって損ナシ!!
……まあ、ここにはオッサン声の熊さんと可愛いサソリちゃんしかいないんだが。
「なにを考え込んでいる。舐められるのももう慣れたか」
「ええ? わっ、ちょっ、う、腕も……!?」
ぎゃあっ、この前よりくすぐったくしないから、つい気が緩んでしまってた。
う、腕までレロレロと舐められるとさすがにちょっとゾクゾクするんだがっ。
だってその、クロウの熊の舌って意外と長くて、そんで相手も普通の熊よりちょっとデカいもんだから、俺の腕を舌でぐるりと絡め取ってるから……。
「腕も弱いのか。お前は生娘どころか過敏症ではないのか。こんなことでは風が少し吹いただけでも喘ぐようになるぞ」
「人に舐められてるから過敏になってるんだってば!」
わざとらしくヘンな事を言う熊にイラッとして言い返すが、相手はふごふごと黒鼻を動かして腕を舐め回すだけだ。
ぐうう……このオッサン熊、無表情キャラのくせになんかイチイチ一言が多いぞ。
もしかしてワザと俺が恥ずかしくなるような事を言ってるんじゃなかろうな。
いやしかし、朴念仁みたいな声と雰囲気をしておいて、そんなことはないはず。
ナチュラル失礼という可能性もある。そっちの方がなんかヤだが。
「……それにしても、お前の体液はうまいな。これで血や肉や精液が食えれば、更に力がつくだろうに……つくづく惜しい」
「ヒェッ」
ほらまたこんなことを言う。
他の選択肢が物騒すぎるから舐めてるのに、なんでそんなことをいうのか。
だが待てよ、砂犬族のオッチャンに血をあげたときは別に痛くなかったし、すぐに傷も消えちゃったんだから……もしかすると、クロウも同じ事が出来るのでは?
なら、汗よりも血を飲んで貰った方がいいんじゃなかろうか。
それなら俺も、その、恥ずかしくないし……クロウだってもっと満足できるだろうし。
「ムゥ……」
「じゃ、じゃあ……血とかに、してみる……?」
「だがお前は傷付くのはいかんだろう。それに、肉も食っていないんだぞ。そんな時に血を抜けばお前が弱る」
これは俺の心配をしてるんじゃなくて、俺が弱ると食べるのに困るからだろうな。
まあでも確かに肉も食べてなくて菜食生活数日の俺では、栄養補給も出来ないか。だとするとやっぱり……曜術、特に「炎」の曜術を習得する事が必要だなぁ。
べろべろと両腕を舐めまくって満足したのか、クロウはフゥと満足げな溜息を吐きながら己の口の周りを舌で舐め回している。
…………これがハチミツの余韻を感じてるとかなら可愛いんだけどなぁ……。
やっぱり血とかのほうが逆に健全なんじゃないかと思い始め、俺は自分の精神の健康を考えてクロウに提案してみた。
「じゃあ、俺が血を抜いても平気なくらい栄養が採れれば、血でも良い?」
「それは構わんが、何故お前は血の方を差し出す」
「いや、だってその……汗を舐められるのはやっぱりちょっと……」
「恥ずかしいから血の方がマシと言うか。生娘め」
「キィッ! だから違うっての!!」
その娘娘言うのやめーって!
いい加減ツッコミ疲れて来たぞと睨むが、クロウはどこ吹く風だ。
オッサンがよくやる、とぼけた感じで眉の部分を上げながら肩を軽く竦めた。
「まあ、別にオレは構わんがな」
「ぐうう……。じゃあ、その……俺も炎の曜術が使えるようになれば、肉を焼いて食べられるようになると思うから……それまで待っててよ」
「なるほど、わかった。……まあ、出来るかどうかは解からんがな」
なんだかヤケに自信満々でそう言いながら耳を動かす熊さん。
こちらを馬鹿にした感じだと言うのに、熊の姿のせいで可愛く見えてしまう。何故にそのような自信満々な顔をする。もしかして、何か知ってるのか。
でも、この調子だと教えてくれないだろうな。
こういう所がなんかオッサンなんだよなぁ、この熊……けど負けないぞ。
俺は何としてでも炎も習得して見せるんだっ。
「見てろよ、炎の術も習得してバッチリ焼肉してみせるんだからな!」
そう言うと、クロウは「出来るかな?」と言わんばかりにフフンと鼻を鳴らした。
ぐうう……熊の姿だから、そういう自信満々の姿も可愛く見えてしまう……。中身はオッサン、中身はオッサンなのにいぃ……。
→
※ちょっと最近体力不足で遅れがちになっとります(;´Д`)
週に一度は絶対に更新しますので、ご了承くだせえ…!
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