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Ⅰ. 二人きりの荒野
8.水の光
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マイヤカラブのモミジちゃんは、サソリと言うにはほんのりしている紅色の……なんていうか、和菓子みたいな優しい赤色をした可愛いゆるキャラサソリちゃんだ。
そして、ゆるいという名の通り全体的にぷにぷにしている。
両ハサミと尻尾の先端を繋ぐ、それぞれ二つずつの謎の宙に浮く球体だけ硬くて、その他は全部ぷにぷにだ。ハサミも生クリーム的な柔いツノが付いただけの球体の尻尾もわらびもちみたいな感触で、まったく攻撃力が無かった。
ついでに言うと、モミジちゃんは尻尾のそのツノ……本来なら針っぽい部分で敵を刺して威嚇するんだけど、その毒も「かゆっ」てなる程度の弱毒で、あんまり意味とか無いらしい。しかも半日で治るんだとか。
……これでどうやってサソリとして生きて来たんだと心配になるが、クロウの話では「砂漠の貴重な水源で、美味いとは言えないが砂漠のおやつ」らしいので、恐らくは食べられる事で何か得があるモンスターなのかも知れない。
いや、でも、ゲームのスライムとかでも、倒されて自分が得してるワケでもなかったもんなぁ……もしかすると、生態系の土台を支える存在なのかも……うーむ。
俺は勉強が苦手なので生物の事は良く分からないが、よわぷになのにも何らかの意味があるんだろう。決して俺がメロメロになるための姿ではないのだ。
姿ではないんだが、でも、やっぱり……やっぱり可愛いっ!
「庇護欲が湧く……というか素直に可愛い……モミジちゃんよしよし」
「ぷくぷくー!」
ああこの滑らかで柔らかい体を撫でると気持ちが良い。
モミジも撫でられると気持ちが良いみたいで、水の泡をぷくぷく周囲に発生させている。喜ぶと泡が周囲に生まれるっていうのは不思議極まりないし、水が主成分だと聞いているので心配になるが、今の俺達には崖の上の泉が有るので問題ない。
仲間にしたばかりだけど、ホント可愛くて仕方ないよ。
ほら、いっぱい水をお飲み……。
「お前はなんにでもそうやって笑うな。そんなモノのどこが嬉しいんだ?」
モミジちゃんが、泉の縁を一生懸命ぷにハサミで掴んで、泉のお水を飲んでいる。そんな超絶可愛い姿を愛でていると、隣でつまらなさそうに伏せていたクロウが黒く濡れた艶やかな鼻頭をフンスと動かす。
まあ確かに大の男が可愛い物を見て素直に「可愛い」というのは、クロウからすると理解出来ない事だろう。だが俺は我慢出来ないのだ。可愛いモノを可愛いと言って何が悪い。婆ちゃんも良い事は素直に言いなさいと言っていたのだ。
というか今時は男が可愛い物を愛でても良いのだ。
俺がモミジちゃんを愛でても何ら問題はあるまい。
でも、異世界の熊さんであるクロウにとっては、可愛いって気持ちは理解出来ないんだろうな。いや、きっとクロウは「可愛い」と思う事を恥ずかしがっているのだろう。
だってこれほど愛らしいサソリちゃんを可愛いと思えないなんて、ありえないもんな。
虫が嫌いな人でも、虫だと思えないレベルの水まんじゅうなフォルムなんだ。
きっとクロウも長く一緒に暮らすうちにモミジの魅力に気付いてくれるはず……。
「いや、お前曜術の練習はどうしたんだ」
「あっ忘れてた」
「……忘れてた、じゃないだろう。やる気が無いのか?」
「いややりますやります!」
胡乱な目を向けられ、慌てて手を振る。
やっべ、モミジ可愛さで完全に曜術の事忘れてたわ。なんとか曜術を使えるようにならないと、いつか熊さんに頭からパクッといかれちまうかもしれん。
じゃあ……とりあえず、土でやるのは難しかったから水を使ってみるか。
「ぷくぷくー」
「そうだねえモミちゃん、お水だねえ」
お水をハサミでぱしゃぱしゃしながら、モミジは嬉しそうに目を細める。
そういや星座占いとかテレビでやってる時に見たけど、サソリって砂漠に住んでて赤いのに水のグループなんだっけ。毒とか色々攻撃的だし個人的には炎のイメージだったんだが、モミジはこうしてみると水の生き物っぽいよな。
水、水かあ。
俺もモミジくらいに、こう……水の玉を作る事が出来たらいいんだが。
「確か、水の曜術で使う初歩の術の名は【アクア】といった。名のとおり水を出す術だ。水は土よりも動かすのはたやすいぞ」
草をのしのしと踏み分けながら近付いてきたクロウが、再び近くで伏せる。
あまりにヒマなので講義しに来てくれたらしい。まあ待たせてるのは俺なんだが。
ともかく、やりやすいんならやってみよう。それに、術名も教えて貰ったし……もしかすると、成功するかもしれない。
“大地の気”のように水の中に青い光が溶け込んでいる光景をイメージしながら、俺は泉の水に手を浸す。それを邪魔するものは誰も居ない。
クロウもモミジも、俺が真剣に習得しようとしているのを見守ってくれている。
そのことに感謝しながら、俺は自分の中の想像を膨らませて目を閉じた。
――――水の流れに曜気が溶け込む綺麗な光景を想像しながら、手を動かす。
すると……。
「…………ん……?」
なんだか、以前感じたような何かが手にまとわりつくのを感じる。
……ああそうだ。これ、知ってる感覚じゃないか。
どこで誰に教わったのかは覚えていない。だけど、確かに触れた記憶がある。
何故忘れていたのかすら思い出せないけど、これは……いや、これが……
「曜気……?」
ふ、と、目を開けて水面に浸した手を確認する。
すると――手の周囲には、キラキラ光る青く小さな光が待っているのが見えた。
あの“大地の気”という黄金の光と同じ、蛍のような綺麗な光。
これだっ、これが曜気なんだ!
「ホントに青い!」
「見れた第一声がそれか」
キイッ、そこツッコミいれないでくださいよっ。
でも本当にそう思っちゃったんだから仕方ないじゃないか。夜に現れる“大地の気”以外の魔法っぽい光って今まで見た事も無かったんだから。
でも、こうしてみると……この綺麗な泉は青い光に満ちていて、曜気がとんでもないくらい沢山あるんだな。手を動かせば水の流れと一緒に光が動くけど、そうしなければ水が光ってるだけにも見えちまう密度だ。
こんな凄い光を俺は今まで見逃していたのか……。
だとすると、この植物も緑色の光を放ってるのかな?
そう思って自分の周囲の野草を見てみたが、それらしい光は見て取れなかった。
……ってことは、俺は植物を操る木属性の適性が無いってことなんだろうか?
不思議に思っていると、俺が考えてる事を悟ったらしいクロウが答えてくれた。
「オレも書物で見ただけだが、植物の曜気は余程の気を持つモノでなければ術師が見ても傍目では解からんらしい。……土の曜気もまばらなこの大陸では、視認できるほど生き生きとした植物は滅多におらんだろう。仮に木の曜気が見えたとしてもな」
「そうなんだ……あっ、でも、そしたら俺って水に適性があるってことだよな!?」
「ウム、そうなるな。水の曜術は極めれば医術に繋がるともいわれている。とはいえ砂漠では使う事も出来んかもしれんが」
……そっか。考えてみればそうだな……。
この世界の魔法は、自分の中にあるパワーや魔力を使うというよりは、自然の中にある「気」を使って発動する物のようだ。あるいは、自分の魔法を自然の曜気によって増幅させるとか……ともかく、媒体が必要らしい。
クロウがそう説明していたから、この大陸で曜術を使うのはかなり難しいのだ。
だから、砂漠では曜術が使えない。唯一使えそうな土の曜術も、砂漠という過酷な地には曜気がほぼ無いとのことで、全滅と言う感じだった。
俺達が滞在している岩でゴツゴツするばかりの荒野だってそうだ。
そんな大地が、この大陸のほとんどを占めている。
これじゃ「出来なさそう」と言われても仕方が無かった。
だが俺はあきらめないぞ。
何故ならここにモミジちゃんがいるのだ。
この子は、砂漠でも水を取り込み蓄える性質を持っている。そしてそれを、不思議な力で周囲に泡として発散させる事も出来るのだ。
つまり、自力で水を発生させることも出来ない訳ではないのでは?
モミジちゃんが頑張っているのだから、この子より何倍も体がでかい俺が「絶対に出来ない」なんて諦めるのは格好悪いよな。
魔法ってのはイメージが大事なモノなんだ。さっきだって、綺麗なイメージを素直に思い浮かべる事が出来たからこの光景を見られたんだ。なら、きっと出来るはず。
せっかく異世界に来たんだから、このくらいのことはやれないとな!
「にしても……こんなに早く習得できるとは思わなかったよ。クロウとモミジのおかげだな! ありがと二人とも」
モミジの頭を撫でてクロウにも礼を言うと、嬉しさの泡がふわふわ浮きあがる。
クロウも、まんざらではないのか目を閉じて鼻を動かしていた。
うう……か、可愛い……やっぱりモフモフは卑怯だ……。
「オレには水の曜気は見えないが……まあ、礼を言われるのは悪くない。だが、礼と言うのなら……そろそろ食事にありつかせてほしいぞ」
「えっ、食事?」
食事って、さっきでっかいワニを食べた後じゃないの。
あのワニは幻覚だったとでもいうのか。
いや、でも、俺がモミジに構っている間、砂浴びして来るって言ってたしな。まだ熊っ毛に血がこびりついてるけども。それなのにまだ食事しようってのか。
しかも、その……お、俺を舐めるとかなんとか……。
さっきの今でもう腹が減ったのかとつい顔を歪めてしまった俺に、クロウは濡れて光る黒い鼻頭をぴすぴすと小さく動かしながら片方の熊耳を動かした。
「お前の鍛錬に付き合ってやっているのだから、この程度は当然だろう。むしろ、オレがツカサを連れて来た目的は食事以外の何物でもない。食われてもらわねば困る」
「こ、困るって……いやまあ、そうだけど……」
「なにも血肉を喰うわけではない。それに、急所は舐められたくないのだろう? 生娘に無理強いをするつもりも無いから安心しろ」
「だから生娘じゃないって!!」
ぐうう……このオッサン熊、可愛らしい姿なのに中身はホント小憎らしい……。
でも、汗を舐めるくらいで良いって言ってくれてるし……だったら、俺にはそれ以上の抵抗は出来ないワケで。むしろ、抵抗するともっと怖そうな目に遭いそうなので、頷かないワケにもいかないっていうか……はあ、仕方ないか……。
「早く舐めさせろ」
「ぐぬぬ……や、やっぱり水浴びしてから……」
「それだと汗が落ちて勿体ないと言っただろう。良いからさっさとこっちに来い。あのサソリに食事を見られたくないならここから離れるぞ」
そういう所は紳士的なんだけど。
でも、やっぱ舐められるっちゃあ舐められるんだよな。
正直、血を啜られるよりも汗臭い肌を舐められる方がイヤなんだが……クロウが血の臭いで興奮して肉食の本能が目覚めても怖いので、俺は何も言えなかった。
は、早く術を習得して、食べる以外にも有用だって思って貰わないとな。
今は曜気を感じただけだが、これから攻撃の術も使えるようになるかも知れないし、そうしたらもっとモンスターを狩ってクロウを満足させればいいんだ。
それまでは甘んじてこの辱めを受けようではないか。
恥ずかしがってばっかりいても仕方ないしな。はあ。
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