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Ⅰ. 二人きりの荒野

7.マイヤカラブ

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※最後にモンスターの挿絵があります

 
 
「ぷくぷくー」

 いやぷくぷくって、可愛いけどこの子何なんだ。すごく可愛いけど……。
 なんかハサミみたいな手と、先端がツノを立てたクリーム程度にポチッと尖っている尻尾をみると……サソリ……なのかな……。

「えーと……キミは誰かな?」
「ぷくー」

 あっ、駄目だ、意思疎通が出来ない系のモンスターちゃんだ。
 でも俺の手から逃れようとしていない所を見ると、警戒心は薄いらしい。そして凄く体がぷにぷにしている。気持ち良い。これは触れるわらびもちみたいな感触だ。

 三角形の体の下に、これまたぷにっとしたグミみたいな足が左右に三つずつついている事から、甲殻類であることは間違いないんだろうけど……体もハサミも、なんなら尻尾の先端のとがった所もぷにぷにだ。
 こんな気持ち良いぷにぷに生物がモンスターで良いのだろうか……。

「ぷくくー! ぷくぷくぷく」
「わあ……くすぐったい? 撫でられるの好きなの? 良かった……へ、へへ……」

 黒くて丸いおめめと、蛇みたいなちょっと猫っぽい間延びした口がまた可愛い。
 サソリっていうよりは、ホントにゆるキャラの何かっぽくて、俺もついつい可愛くて頭の部分とかを撫でてしまう。

 ただ、このサソリ(仮)ちゃん、やっぱり異世界のモンスターらしく、ハサミや尻尾の先端部分は切り離されて浮いていて、ソレとの間に丸い謎の浮遊物体が有り、その物体が体との間を繋いでる感じなんだけど……。コレ取れてどっか行ったりしないのかな……いやハサミや尻尾の先端の部分が安定してるから、なんかの力で固定とかされてるのかも……?

「ム……なんだ、マイヤカラブが紛れ込んでいたのか」
「あ、クロウ」

 相変わらず血だらけでちょっと恐ろしいが、これは野生の掟なので仕方ない。
 だけど、ぷにサソリ……いやマイヤカラブちゃんは、そんなクロウが怖かったのか、俺の体の陰に隠れて「ぷくぅ……」と震えてしまっている。
 うっ……ぐっ……か……かわ、い……い……っ!

「マイヤカラブはいい獲物だ。ツカサも水が欲しくなったらソイツを絞るといい」
「えっ」
「ザコだからツカサでも倒せるぞ。昔からそいつは砂漠での貴重な水袋だ。見つけたら、確保しておいて損は無い。餌も基本的にいらんしな。水の取り方は、ソイツの体を腕力でグッと捻れば簡単に水が出る」
「ちょっ……し、絞りませんけど!?」

 なにそのワイルドすぎる水分確保方法!
 やめて下さいよマイヤカラブちゃんが怖がって震えてるじゃないですか!

 つい可哀想になってガードしてしまったが、しかし獣人族からすれば貴重な食料になるんだし、食えと普通に言ってしまうのは仕方が無いのか……。
 それにしたって水を絞るって、水源が近くにあるのに無駄な殺生だよなあ。
 生きて行くためにはそう言っても居られないんだろうけども……。

「別に美味くはないが、ツカサがいらんと言うなら食ってもいいぞ」
「わーっ、確保します確保します! でもあの泉があるし、水は今は良いよな?!」
「ム……まあ確かにそうだな。なら余計に今食った方が……」
「ほ、保存食! 保存食があればいいじゃないっ!」
「マイヤカラブは食えはするが美味くはないのだが……まあツカサが飼いたいと言うのなら良い。一から捕まえるのも面倒だしな」

 飼う……そうか、そういう事になるよな。
 でも、こんな状況なのに俺がお世話できるんだろうか。それに、この子は元々居た場所に帰りたいんじゃないのかな。俺が飼うより帰してあげた方がいいのでは。
 そう思ったのだが、どうもマイヤカラブちゃんは俺の服をしっかりつかんでいる。

 ハサミでシャツを握られているのでちょっとギョッとしてしまったが、しかしぷにぷにしているハサミは、まったくもって殺傷力が無い。
 俺の服を掴んでいても、切れる気配がしなかった。

 安心して子供と触れ合わせる事が出来るレベルのハサミだが、本当にこんなプニプニしたかよわいモンスターが砂漠で生きていけているのだろうか。
 でも、帰してあげた方がいいよなあ……ここ、砂漠じゃなくて岩山だし。

「……なんか、連れて来ちゃってごめんな? ちゃんと砂漠に帰してやるからな」

 チョココロネみたいにふっくらした頭を撫でると、ヒンヤリしていて気持ちが良い。
 本当に、サソリというより水まんじゅうのようだ。
 俺の手で火傷してしまわないだろうかと心配になるほどだったが、しかしゆるキャラのようなサソリちゃんは、俺の手が気持ち良いようで目を閉じてうっとりしていた。

 甲殻類っぽいけど、感触は感じるのかな。本当に不思議な生き物ちゃんだ。

「ぷく~……ぷくぷくー!」

 俺の手を気に入ってくれたのか、マイヤカラブちゃんは俺の足の上に陣取る。
 その鳴き声の通りにマイヤカラブちゃんの周囲にシャボン玉のような泡が現れるが、もしかして嬉しいと周囲に泡が現れるんだろうか。
 なんだかサソリというよりカニに近い気がして来た。いや、そういうならサソリちゃんと言うのも語弊があるのかも知れないが……ともかく、喜んでくれているのは嬉しい。

「よーしじゃあおうちに送って行ってやろうなぁ」
「ぷくー! ぷぷくーっ」

 俺が言った言葉が分かるらしく、家に帰そうと言ったとたんにプクプクと泡がはじけ、プンプン怒ったように俺の服をぷにハサミで掴む。

「あれ? 違うの?」
「どうやらお前と一緒に居たいみたいだぞ。マイヤカラブはのろまとはいえ警戒心は高いはずなのだが……不思議だな」
「えっ……俺と一緒に居たいの……!?」

 思わずキュンとしてしまって聞き直すと、マイヤカラブちゃんは再び嬉しそうにニコニコして「ぷく!」とハサミを挙げながらシャボン玉を周囲に散らす。
 やだ……そんな仕草可愛すぎて堪え切れなくなっちゃう……っ。

「ツカサ、なんか鼻から血が出てるぞ」
「ハッ……! あ、危ない危ない……と、ともかく俺と暮らしたいんだねっ」
「ぷくー!」

 う、嬉し過ぎる。動物、いやモンスターと意思疎通して仲良くできるなんて、これこそ異世界の醍醐味じゃないかっ。
 あっでも洞窟暮らしなのに、クロウはそれで良いんだろうか。
 俺が増えただけでも色々気を使わないといけないだろうに、居候をさらに増やしても大丈夫なのかな。そう思って心配になり問いかけると、クロウは「ザコごとき、一匹増えただけでは何も変わらん」と言うだけだった。

 可愛いマイヤカラブちゃんを「ザコ」というのがちょっとイラッとしたが、でもクロウは実際強いっぽいから仕方ない。俺もザコ扱いしてるけどな。
 まあともかく、良いと言うのだから甘えさせていただこう。

 クロウ曰く、マイヤカラブちゃんのご飯は土でも水でも何でもいいらしいので、後で俺が採って来た野草を食べさせてあげよう。しかし土って凄い物食うなキミは。
 土を食べるって、やっぱカニっぽくミネラルを摂取してるのかな。
 うーん、色々な所が気になる。俺が『鑑定』とかのチートが使えたら色んな事を知る事が出来たのに、本当にシビアな世界だよなあ、はぁ。

 ま、ともかく、これで俺には新しい仲間が出来たというワケだ。

「よーし、せっかく一緒に暮らす事になったんだし、名前とか付けても良い?」
「ぷくー!」

 おっ、周囲にシャボン玉みたいな泡が出てるって事は嬉しいんだな。
 ホントに可愛いサソリちゃんだなぁとデレデレしつつ、俺は腕を組んで考えた。
 うーむ……サソリ……サソリちゃんに似合う名前…。

「……サソ……ソリソリ……いや、ぷにぷにしてるからプニ丸……」
「まんまだな。名付けの才能が感じられんぞ」
「う、うるさいなっ。クロウはご飯食べてなさい!」

 早くワニを片付けてくれと口を出しつつ、俺はジッとマイヤカラブちゃんを見た。
 うーむ……明るい紅色のぷにぷにボディ……。紅色か……。
 紅ショウガとかの色に似てるけど、さすがにそれは違うよな。

「……そうだっ、モミジみたいに綺麗で明るい赤色だから、モミジにしよう!」
「ぷくぷく?」
「そー、君は今からモミジちゃんだ!」

 そう言って抱き上げると、マイヤカラブ……ことモミジちゃんは、ぷくぷくと泡を出しながら、嬉しそうにハサミをぐーっと上げてくれた。
 くうっ、ま、まさか甲殻類を可愛いと思う日がこようとは……っ!
 いやこの子は甲殻あるのかどうかわからんけども。

「名付けは終わったか。じゃあ、水浴びにまたあの水源に行くぞ。ツカサが食う草も、少なくなってきていただろう」

 頃合を見計らってか、クロウがブルブルと毛に着いた血を散らしながら言う。
 乗れと言わんばかりに伏せたので、遠慮なくその背に乗ると、まだ生臭いにおいが漂って来ていた。……うーん、これは確かに体を洗った方がいいな。

 そういえば俺も風呂とか入ってないし……そろそろ水浴びしたいかも。

 ノシノシと歩き始めるクロウに、俺は問いかけた。

「俺も水浴びしたいんだけど、いい?」

 そう言うと、クロウはチラリと目だけで俺を見てフンと鼻息を漏らす。

「冗談じゃない。オレが食う前に汗を流されては困る。お前はダメだ」
「え、ええ……」
「ぷく?」

 俺の前で熊さんの毛を掴んでいるモミジちゃんは、俺達が何を言っているのか解らないようで、頭を不思議そうに左右に揺らしている。
 うう、良いんだよキミは知らなくて……。

 っていうか、汗を流されては困るって……じゃあ、あの食事を摂った後でもやっぱり俺を……その……食べる、ん、だよな……。
 う、うぐぐ……出来ればワニで我慢していて欲しかった。

「何でもないんだよモミジちゃん……お水いっぱい飲もうね……」
「ぷくー!」
「ツカサ、居候が増えてもオレはお前を喰うからな。見られるのがイヤなら、ソイツは寝かしつけておけ」
「わ……わかったよ……」

 一応、俺が「食事」を恥ずかしがっているのは理解していたらしく、クロウが言う。
 だがそう明け透けに言われると、余計恥ずかしくなってしまうんだよ。

 ああ、コレがなかったら普通に異世界を満喫してる感じなのにな……。
 何で俺はオッサン熊にペロペロされる道を選んでしまったのだろう。まあ、そのお蔭で現在生存しているので何も言えないんだけどさ……はあ。

 だけど、この生活もいつまで続くか分からないんだし、やっぱりどうにかして曜術を使えるようにならなきゃな。
 ……モミジちゃんは水を蓄えてる生物だっていうし、こうなったら土よりも水の方を意識して曜気を感じた方が早いんじゃなかろうか。クロウだって「この周辺には土の曜気が少ない」と言ってたんだし。

 ともかく、思い付いたなら実践だよな。
 これからはモミジちゃんにも手伝って貰って、早く曜術を習得しよう。

 そんな事を思いながら、俺は熊さんの背中で気合を入れて頷いたのだった。








※更新日から遅れてしまってすみません(;´Д`)バタバタしてました…

マイヤカラブ

とても弱いので、日中は砂漠の砂に埋もれたりしている
早朝に出て来て大気に含まれる僅かな水の曜気を取り込み水を蓄えるが
彼らがどこから発生してどう自然死するのかは未だに解明されていない
基本的に他のモンスターや獣人に食べられ、固い部分(図参照)を
加工した宝飾品などにされる。いわゆる無限湧きするザコ。


 
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