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Ⅰ. 二人きりの荒野

5.簡単に出来れば苦労はない

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「……もしかすると、お前はかなりの実力があるのかもしれん」

 暫し黙って熟考していた熊さんが、ようやく喋ったらコレだ。
 いや、褒められるのは俺としても嬉しい。嬉しいんだが、この結論を出すのに何故数十分の沈黙が必要だったのだろうか。

 必要な事以外はあんまり喋らない熊さんだなとは思っていたけど……って、それとこれとは関係ないか。ともかくあまりに無言になったので逆に心配になってしまったが、ソレで言った事がコレなので、俺は何だか力が抜けてしまった。

「な、なんだぁ……」
「なんだ、ではないぞ。これほどまでに気を操る事が出来るメスなんて、恐らく人族の中でも稀な存在に違いない。お前は中々に才能に恵まれているのだ」
「いやメスではないが」
「昔読んだ文献には珍しいと書いてあったが……まさか生きている内にそんな珍しい人族に出会えるなんて思わなかった」
「メスじゃないつってんだろ」

 この人……っていうかこの熊さん俺の話聞いてる?
 ちゃんと熊耳で聞きとってくれてるかな?

 何をどう間違ったら俺がメスに見えるんだ。っていうか人間なら女の子か女性って言うべきだろメスって失礼だろマジで。
 ……っていうか、そう言えば“砂犬族”のリーダーおじさんも俺にそんな事を言ってたっけな……確か、男メスだかなんだかって……。

「ムゥ? メスでないなら何だと言うんだ。匂いからしてメスだろうお前は」

 クッ……だ、だからその可愛い熊さんの姿で首を傾げるんじゃない……っ!
 思わずキュンときて何を話していたか忘れてしまう。これは危ない。落ち着くんだ俺。ええと、つまり、俺はメスっていうか恐らく獣人達の言う“男メス”っていう謎の存在だと勘違いされているワケで、そのメスにしては珍しく素質があるってことなんだな?

 …………俺は異世界の男だが、メスってだけで素質がない認定されるのって何かイラッとするな。いや待て、この世界ではメスと定義される人間は曜気とか大地の気を操りづらい体質なのかも知れないな。なら珍しいのも納得が行く。
 でもやっぱり俺がメスってのは納得がいかん。

「……あの、俺はれっきとした男なんですけど。おっぱいついてないんですけど」
「胸ならそこにあるだろう。まあツカサの場合は女のように膨らんではいないが。……ム……もしかしてお前、自分がメスかどうかも分からないのか?」
「いや、そうではなく……」
「そうか……。その質の良い薄着からして予想はしていたが、お前は深窓の令嬢か何かなのだな。だから己の性別も解からず砂犬などに捕らわれて……」
「いやいやいや! だから……ああもうっ、とにかく俺は凄いって事だよな!?」

 このままだとずっとこの変な話を引き摺りそうだったので、強引に話題を変える事にする。相手は何か誤解をしているようだが、今はそれについて議論する時ではない。
 俺が知りたいのは、チートな性能なのか違うのかって事なんだよ。

 頼むから俺がメスだとか何とかワケのわからない事を言うのはやめてくれ。

 内心泣きそうになりつつも、心をしっかり持って俺は今さっきのことを忘れるように努めて再度答えを促すと、クロウはウムと頷いた。

「それは確かだ。お前なら……すぐに“土の曜気”も見えるようになるかも知れん」
「クロウは土の曜術を知ってるんだっけ。どうやって練習すればいいんだ?」

 どうやらクロウもさきほどの話題を忘れてくれたらしい。
 ホッとしながら続けると、クロウは固そうな肉球が眩しい熊の手を差し出した。

「こういうのは、見せた方が早い。今からこの掌の上で土を操るから見ていろ」
「ウス」

 俺の返事に頷いて、クロウは熊の手を地面にわしゃっと立てて、植物ごと柔らかい土を掴もうとした――のだが、あまりに柔らかすぎたのかなかなか掴めない。
 三回ぐらい失敗を繰り返すと流石に焦って来たのか、熊さん特有のぐも、ぐも……というくぐもったような鳴き声を喉で鳴らしながら、何度も熊の手を土の上でぐーぱーぐーぱーと握っていた。なんか頭の上に汗が飛んでるのが見える気がする……。

「くっ……か……可愛……っ」
「ング……ぐ……ぐぅ……」
「分かった分かった、俺が手の上によそうから」

 そう言うと、クロウは「んぐう」としょげたような声を喉の奥で響かせて、大人しく俺の言う通りにした。なんでこう一々人を悶えさせるかなこの熊さんは。
 くそっ、いっそ熊じゃなくてオッサンなら冷ややかな目で見られたのに……。

「ツカサ、ここらへんだ。このあたりの土を手に盛ってくれ」
「え……ここ? 指定あるんだ……」

 土なんてどこを持っても良さそうなものだったが、クロウに言わせると違うらしい。俺が知らないだけで「曜気」は場所によって違いがあるんだろうか?
 その違いを知る為にも早く「曜気」とやらを見てみたいな。

 興味津々でクロウの熊の手に土を盛ると、クロウは熊の黒い濡れ鼻からフンスと息を漏らして、それから大きく息を吸った。そうして。

「――――我が血に応えろ……【トーラス】……!」

 クロウが何やら呪文めいた言葉を静かに発した、瞬間。

「あっ……!」

 熊の手の上で、土がぽこんと動く。
 この動きは明らかに指や掌の動きで誤魔化したものではない。確かに、土の山が意思を持ったかのように膨らみ、うねうねと動き出したのだ。

 この土は、なんとか山のようになろうとしているみたいだけど……でもやり方がどうにも分からない子供みたいに戸惑っていて、山のように固まって尖ろうとしては、すぐに崩れる……というような動作を繰り返していた。

 でも、とにかくこれが【トーラス】という土の曜術……なんだよな……?

「ムゥ……これが、オレの精一杯だ。この【トーラス】という土の曜術は、本来なら土の曜気を集めて棘のように鋭く隆起する攻撃術なのだが……ベーマスは全ての曜気が薄いと言われている。だから、土の曜気もこれで精一杯なのだ」
「そうなんだ……でも、なんか……心なしか空中の金ぴかの光……ええと“大地の気”ってんだっけ? ソレが引き寄せられてる感じがするな」

 気のせいかとも思ったけど、でもやっぱり光が集まってるような気もする。
 どういうことだろうかと熊の顔を見上げると、相手は目をしぱしぱさせて熊耳を少し動かした。

「大地の気は、何らかの変化で土の曜気に変化するとも言われている。……オレは曜術を研究しているワケではないから、詳しい事は解からんが……ともかく、いまは土の曜気が宿っている状態だ。コレをじっと見つめてみろ」
「……と言われましても……大地の気しか……」
「見ようと思うのだ。古来より、五曜の気にはそれぞれ色があると言われている。オレが知るのは、土の曜気だけだが……土の曜気は夕日のような色をしているぞ。その色を頭の中に浮かべながら、もう一度集中してみろ」

 曜気って色があるのか。
 そっか……まあこの“大地の気”だって金色だもんな。
 土の曜気ってのが夕日の色なのは考えても見なかったが、そう言われてじっくりと見ていると……何だか、その色が浮かび上がってくるような気もする。

 夕日、オレンジ、橙色……蠢く土の中に、その色が見えるだろうか。
 いや……こういうのって、信じることが大事なんだよな。魔法はイメージとかが大事だって色んなチートもの小説で言ってたし……だったら、俺も土の曜気が存在する事を信じてキチンと見つめてみないと!

「むむ……むむむむ……っ」

 見える……見えるはず……見えるに違いない……っ!
 …………見え…………み……む……むむ……。

「……まあ、曜術を知らなかったのなら、曜気を視る力も今まで無かったのだろう。今見えなくても、練習すれば視えるようになる」
「そういうモンですかね……」
「何事も最初は上手くいかないものだ。ゆっくり練習すれば良い」
「うう……」

 さすがはチートだぜ俺っ、なーんて思ったけど……そう簡単にはいかないか。
 まあ確かに、今まで見えなかったモノを見るなんて、そんなの中々すんなりと受け入れられないもんな。いくら魔法のようなモノが存在する世界でも、固定観念ってのは中々抜けないだろうし……。

 はぁ……まさかこんな所で躓くなんて思ってもみなかったよ。
 熊さんの言うように、これから少しずつ慣れて行くしかないんだろうな。
 しかし慣れるための時間は与えてくれるのかなこの熊さん……ヘタしたら俺なんてすぐパクッと食われるってのに、我慢してもらえるのか?

 まだ体液で満足して貰えるなんてちょっと信じられなくて、ついつい今後の悲劇を頭の中で想像してしまう俺だったが――――クロウは、あくびを一つするだけで。

「ふあ……今日はよくしゃべった……。顎がなんだか疲れたからもう帰るぞ。乗れ」
「う、うん……」

 しかしこの熊さん、なんだかんだで面倒見は良いんだよな……。
 色々不安ではあるけど、でも俺がこの熊さんにとって「食料だけにしておくのは勿体ない」と思って貰えたらきっとパクッとは食われないはず。

 とにかく、熊さんが俺の汗で満足してくれている内に術をなんとしても覚えないと。
 動物ってのは自由だからな……いつ気まぐれを起こして「もう教えるの飽きた」なんて言われるかも分かんないんだから。

 ……でも、獣人ってそういうもんなのかな?

 うーん……考えてみれば俺、獣人の事をなんにも知らないんだな……。
 そういうのも、クロウは教えてくれるんだろうか。
 たぶん、教えてくれるよな。だってこの熊さん、なんだかんだで律儀だし……。


 ――そんな事を考えながら、俺は揺れるクロウの背中で貰いあくびを一つ零したのだった。










 
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