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Ⅰ. 二人きりの荒野
4.想像の難度
しおりを挟む俺は果物と水、クロウは生肉でたっぷりと栄養補給した後、さっそく先程登った崖の上の“湧水地”で練習をする事にした。
洞窟の前でやっても良かったんだけど、クロウ曰く「曜気が少ない場所では練習も出来ない」とのこのとなので、多少はマシなここにやって来たらしい。
曜気が少ない、とは、どういう事なのだろう……とは思ったけど、そこらへんは多分、これから説明してくれるに違いない。
というワケで、俺は早速クロウに先生になって貰う事にした。
「では、訓練を始めるぞ」
なんだかヤケに気合が入った無表情な熊さんは、ふんすふんすと鼻息が荒めだ。
どことなく嬉しそうな感じがするのは俺の気のせいかも知れないが、熊の顔なんだからどっちにしろよく分からないのかも知れない。
まあ機嫌が良さそうなのは良い事だ。
こちらも「ウス!」と元気に返事をすると、クロウは指代わりの黒爪をピッと一本立てて、教師よろしく授業を始めた。
「曜術を教えるとは言ったが、まずは術を使用するための気を感じなければいかん。だが、そのためには……この大陸の曜気は、あまりにも薄い」
どういうことだ、と眉根を寄せた俺に、クロウは「まあ待て」と熊さんの手を見せた。
硬そうだけど肉球がある。くうっ、触りたい。
「この大陸は聖獣ベーマスがお創りになられた大地だ。しかし、ベーマスは我々獣人の祖であるが故に当然曜気を作り出す素養が無い。それに、オレ達は気を喰らい、大地に還元する事などは無い。そうなるのは死ぬ時だけだ。そのせいなのか、このベーマスは無限に曜気が湧きあがってくるような土壌ではないのだ。ゆえに、大陸は今も砂漠と荒野で占められている」
「……?」
い、いかん早速頭が混乱して来た。
……えーと……説明されてなくて解からない所は置いておくと……。
つまり、俺の現在地は【ベーマス】という大陸で、獣人だけが住んでいる土地であり――そのせいかは不明だが、曜術を使うために必要な“曜気”がほとんどない……という事だよな。何でそうなってんのかは解からないから今は考えないが。
だけどそうなると俺は術が使えないんじゃないのか。
疑問に顔を歪めた俺に、その内容を察したらしいクロウは更に説明を続けた。
「だが、この地に曜気や大地の気が湧かんというワケではない。それゆえ、最もその量が見込めそうなココにやってきた」
「うー……その、とりあえず、練習は出来そうってこと、だよな?」
「ウム。だが、何も分からないツカサには、曜気も見えない状態で『気を感じてみろ』と言っても無理だろう。だから、ここで夜を待つ」
「夜……?」
「夕暮れ前に来たのは、夜は昼間よりも凶暴なモンスターがうろつくからだ。オレだけなら平気だが、お前はすぐドジをして食われそうだからな」
仰る通りでございます……。
な、なるほど、やっぱりこの辺には鳥以外のモンスターがいるのね。そして夜になると、ソイツらが凶暴化するかもっと強いのが現れちゃうのね……。
この要素だけはチートもの小説で読んだ事あるな……と共通点を見つけてちょっと嬉しくなりつつも、俺はクロウに待てと言われたので夜まで待つ事にした。
その間は、クロウに高山植物の事を教えて貰ったり、毒性も「どのくらいの摂取なら大丈夫か」という所を少しだけ試してみたりした。
強い毒はさすがに試さなかったけど、弱毒をちょびっと試して自分が耐えられるかを知っておくのは大事だし、やれる内にやっておいた方がいい。
まあマジのサバイバルじゃやらない方がいいだろうけど、俺の場合はクロウが居てくれるし、相手も物知りだから余裕があるしな。
――そんなワケで、崖の上から荒野と砂漠の地平線に沈む夕日を見て、感動とかしちゃったりして……なーんてことをしていると、ついに夜がやって来た。
「あっ……」
昨日はほぼ気絶してたから忘れてたけど、そういえばこの世界にはもう一つ不思議な事が有ったな……。
それは――――夜が近くなると現れる、この“金色の光”だ。
「やっぱコレ、砂漠だけの現象じゃないんだな……」
まだ夕日の光が残っている仄明るい空の下で、ゆっくりと大地からあの金色の光の粒子が湧き出し始める。蛍の光のような、小さな光。
だけど手を触れると体を擦りぬけて、ゆらゆらと空へと飛んで行ってしまう。
砂漠ばっかり移動してたから、てっきり砂漠特有の不思議現象だと思っていたのだが……どうやら、この世界じゃどこでも普通にこの光が湧いてくるみたいだな。
でも、心なしか……砂漠よりもこの湧水地のほうが光の量が多い気が……。
「ム……出てきたな。ツカサ、これが“大地の気”だ」
「えっ!?」
大地の気って……アレだよな。曜気と同じで、付加術ってのを使うために必要な、見えないはずの大気中の気……のはず……。なのに、今見えてるって言うのはどういうことなんだ。大地の気だけ夜にだけ湧いてくるのか?
ワケが分からなくて混乱している俺に、金の光の粒子を毛皮にもふもふと触れさせながら、クロウは説明してくれた。
「自然に宿る曜気と大地の気は、それぞれ通常は人の目に見えない。……しかし、大地の気だけは夜にだけこうして光るのだ。何故大地の気だけがこうなるのかは今も解明されていないが……しかし、まずはこの気を“気”だと認識するだけでも、人族ならだいぶん意識が違ってくるはずだ」
「なるほど……確かに、見えてたら練習しやすいよな」
「ウム。オレは土の曜気が既に見えるが、お前はそうではないからな。まずは、この“大地の気”で気を操る練習をするといい」
……この熊さん、なんかすげえ教えるのうまいな。
いや、やってみないと実際どうかは解からないけど、それでも俺が完全な初心者だと思って接してくれるってのがありがたい。
人間でもこんな風に噛み砕いて教えてくれる人は少ないだろうになあ。……まあ、俺がだいぶ残念な頭をしているから理解出来ないだけかも知れんが……。
と、ともかく、やってみよう。
「どうすればいいんだ?」とクロウに聞くと、クロウは黒い鼻頭を動かして答えた。
「ムゥ……慣れないうちは、掌から取り入れるような想像をすればいい……と、思う。正直な話、オレもそういう手法はやったことがないが……術を放出する場合、掌や指から出すような意識を心掛けた方が術が出る方向も定まり易い。なら、逆に曜気を手に集める想像をすれば、気を目で見る事は出来ずとも力は感じられるはずだ」
「……とりあえず……掌に、この光を集める想像をすればいい、んだな?」
「まあ……そういうことになる。……とはいえ難しいとは思うが」
なんだその「コイツ本当に解ってんのか?」みたいな間は。
コンチクショウ、さてはクロウの野郎、俺をアホだと思ってやがるな。
まあそれは否定しないけど、俺だってやるときゃやるんだからな!
自慢じゃないが、妄想力なら俺だって中々の物だ。ライトではあるがオタクの端くれとして、車窓の風景に忍者を走らせたり机の上で消しゴムの壁を作って能力者たちの銃撃戦を想像してたりするんだぞ。
だから、このくらいなら……。
「む……むむむ……っ」
掌を目の前に出して、金色の光の粒子を掌に吸い付かせるイメージを浮かべる。
だが、それはただ吸着させるイメージではない。
この金の粒子を「気」だとイメージして、俺の体を覆っているか巡っているかしてる気にくっつけるような想像を俺は思い浮かべたのだ。
すると――――掌に、ゆっくりと金の粒子が集まってくる。
おおっ、なんだこれ……ちょっと面白いぞ……。
俺が小さな雪玉くらいの光を集めたいなと思って「むっ」と腹に力を籠めると、光は容易く近付いて来るではないか。
とはいえ、気合を入れないと離れてしまったり、遠くの物も吸着できなくなるが……それにしても、こんなにうまくいくとは思わなかった。
……いや、クロウが簡単に教えてくれるってんだから、意外と簡単なのかな?
こんだけ“大地の気”があったら、誰にでも出来るのかも知れないしな。
クロウだって、俺を初心者だと思ったからココに連れて来たんだろう。
だったら喜ぶ事でもないのかも……と、少し冷静になりながらクロウを見やると。
「…………お前……一度でよくそんなに……」
「えっ?」
あれ、なんかクロウが毛をブワッと膨張させてびっくりしてるぞ。
声と表情は相変わらずだけど……あれっ、もしかしてこれ、アレか。
「俺、なんかやっちゃいました?」ってヤツか……!?
…………いや、まさか。まさかな。
こんな簡単な事でびっくりされるなんて……なあ?
「ムゥ……これは、案外……」
「な、なに、なんなの」
「…………」
あっちょっと考え込んで自分の世界に入らないで下さいよ。
俺のこの実力ってどうなの。熊さん的にどういう感じなの!?
どうせなら褒めるか「当然だ」と言うかどっちかにしてー!
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