砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

御結頂戴

文字の大きさ
上 下
15 / 31
Ⅰ. 二人きりの荒野

3.曜術と付加術

しおりを挟む
 
 
 ――物知り熊さん曰く、人族は二つの術が使えると言う。

 それがさきほど教わった【曜術】と【気の付加術】だ。
 前者は「自然を操る魔法」だと何となく理解したが、問題は後者の方である。付加ってのは付け加えるって意味だけど、字面的には補助魔法みたいな物なのかな。

 ちょっと安直すぎるかなと思った俺の考えだったが、意外にもそれは正解だった。

 【気の付加術】――――最近では【付加術】と省略されるその術は、主に身体強化や、風を巻き起こしたりする術らしい。
 ……らしい、ってのは熊さんもあまり詳しくないからなのだが……ともかく、彼の話では【付加術】というのは【曜術師】でない人間も使える術なのだという。

 もちろん個人差はあって、二つの術とも満足に使えない人族の方が圧倒的だって話だが、曜術師は例外なくこの【付加術】を使えるようだ。
 一つの属性だけを使う事が多い【曜術師】も、複数の術を使える珍しい【曜術師】も、器用不器用様々だが必ず習得しているそうだ。

 属性に左右されない術……ってことなのかな?

 複数の術が云々は置いといても、どうやら【付加術】ってのは無属性とか、肉体的魔法っぽい感じみたい。クロウが知っている術もそんな感じだったしな。

 例えば【ラピッド】は脚力強化の術だし、他に【視覚拡張】だとか【聴覚拡張】とかの五感を強化する術も有る。変わり種としては【索敵】や【障壁】……つまりバリアの術もあるのだそうだ。とにかく、属性が関与しない術が基本的に使われるんだな。

 だけど、驚いたのがその【付加術】の中に風を操る術が入ってる事だ。

 ……普通、風って独立した魔法属性か大気属性になってるけど、この異世界では【付加術】に組み込まれているらしい。
 とはいえ、普通はその場で浮き上がるだけか、適度な風を数秒生み出す【ウィンド】という術か【ブリーズ】というそよ風が出てくる魔法しか使えないらしい。

 風を纏って空中で自在に動ける人なんて、それこそもう伝説級なのだそうな。
 大気ってのはこの世界じゃそうそう操れないらしい。

 …………とまあ、色々教えてくれたワケだが。

「で……その曜術ってのはどうやって使えばいいの?」

 そう問いかけると、大きすぎる熊さんはコテンと首を傾げた。
 ……コテン、じゃねー。コテン、じゃ。

 姿形は完全にでっかいだけの熊なので可愛くてついときめいてしまうが、コイツの中身はオッサン(推定)なのだ。少なくとも大人の男であるのは間違いないのだ。
 そんな大の大人にときめくヤツがあるか。抑えろ、抑えるんだ俺。

 可愛い動物に目が無い自分を抑えて、今は中身であるオッサンに「じゃあ使えないのと一緒じゃねーか!」という怒りを燃やし続けるのだ。

「オレは誇り高い獣人族だ、その辺りは知らん。人族がどうやって曜術を使うかなど遠い大陸の話で知りようも無いからな」

 その言葉に、俺は虚を突かれた。
 遠い大陸の話って……じゃあ、もしかしてこの大陸には人族がいないのか?

「ここって……俺以外の人族いないの……?」

 呆気にとられて問うと、クロウは何故か数秒ためらうように口ごもったが――どこか言い辛そうな感じでぽつりぽつりと細切れに呟いた。

「…………北方……の、国の……アルクーダなら……唯一、人族と交易するための港が……ある……あったり、する……」

 いや、何で急にそんな喋るのが苦手なキャラみたいになってるのよ。
 よくわからんけど、そのアルクーダって国はクロウにとってはあまりよくない場所って事なのかな。この熊、表情も声音も無表情なのに何故かすごい分かり易いなおい。

 でもまあ、これでこの異世界のことが少しわかったぞ。
 ここは確かに剣と魔法とモンスターが存在する世界だが、獣人族と人族は別々の大陸に分かれて暮らしてるんだな。その他に陸があるのかは今は判らないけど、俺の予想では恐らく魔族みたいな存在もいるだろう。

 モンスターが居て、獣人という特殊な存在もいるんだから、モンスターの上位種的な魔族だって生きててもおかしくないはず。
 ただ、この世界では魔術を「曜術」と言っているから……この世界での魔族は、俺が想像する典型的な姿とは違うのかも知れない。もしかしたら名称も違うかも。

 クロウの説明からして、ここは俺が知ってるチートもの小説のテンプレ世界とは少し違うようだし、俺の常識は通用しない可能性がある。
 曜術と付加術なんて聞いた事も無いもんな。慎重に行動した方がいいのかも。
 それに……獣人ってのも、なんか……俺が知ってるのと所々違うし……。

「……あのさ、クロウ」
「なんだ」
「クロウは、俺の……た、体液を舐めるだけで満腹になるとか言ってたけど、獣人は人族を舐めると大体そうなるのか? 血液だけでも平気なの?」

 振り返ってみれば“砂犬族”のオッサン達も同じような事を言っていた気がする。
 普通は血なんかじゃ満たされないと言ってたけど、俺の血で奥さんが持ち直したとか言ってたしな。でも、彼らも首を傾げてたから、クロウみたいな存在は珍しいんだと思うんだけど……そこはどうなんだろう。

 問いかけると、クロウは平静を取り戻して答えてくれた。

「なんともいえんな。オレの種族のように、感情で味が左右されるのを分かるほどに極まった種族は数えるほどしか無かろう。無論、喰らう存在の質でも差は出る。お前は今までオレが食った者の中では極上だが、体液を舐めて充分腹が膨れる高度な存在でもなければ肉も欲しくなるはずだ。普通の獣人族は、まずお前の肉を喰らって当然の者達だと思った方がいい」
「ひ、ヒェ……やっぱ普通は体液だけじゃすまないのか……」

 だったら、クロウ達獣人族も、俺が知ってる普通の獣人テンプレなのかな。
 ……でも、なーんかちょっと引っかかるんだよなぁ。

 体液で食事が賄えるって、どういうことなんだろう。普通の獣人は俺の世界の獣人イメージ同様に肉までちゃんと食べるらしいのに、体液で十分な種族がいるって……そうなると、どっちかっつーと吸血鬼とかの方が近くないか?

 いや、獣人って魔族に分類される時もあるし、この異世界の獣人って魔族より……と言うか、モンスターと近しい存在なのかも知れない。
 だったらなんとなく納得出来るけど……普通の動物じゃないのかなあ。
 クロウは「どーぶつなんて知らん」と言ってたし……やっぱモンスターから派生したのが獣人って事なのかも知れない。

 ……うーん、曜術と言い大陸や種族の事と言い……なんだか変な世界だ。

 会話を切り頭を捻る俺に、クロウは改めて最初の話題を投げかけて来た。

「まあともかく、お前が曜術を使った事が無いというのなら試してみてもいいだろう」
「使えたら確かに便利だけど……どう使うのか解んないからなぁ」

 曜術で肉を焼けたら便利だけど、砂漠で散々ファイヤーだのウォーターだの叫んで試してみた時は全然出て来なかったし……本当に俺に出来るんだろうか?
 別に何かが強化されてる気もしないし、素の日本人のままっぽいし……まあ、運はちょっとだけ良いような気もするけどさ。

 しかしイマイチ自分を信用出来ない俺に、クロウは目を一度まばたきさせ、そうして思っても見ない事を言い出した。

「オレが教えてやる。使えるかどうかは別にしてだが」
「え……でも、クロウは曜術をどう使うか分からないんじゃ……」
「オレは人族のやり方は解からんと言っただけだ。……オレなりのやり方で良ければ、お前に教えてやる。人族に通用するかはわからんが」

 えっ。クロウそういう事も知ってるの!?
 獣人は曜術を使えないって言ってたのに、やり方ってことは……もしかして、普通は出来ないってだけで例外で使える獣人が居たのかな。
 物知りなクロウなら、そんな人の事を知っててもおかしくないのかも。
 それだったら願ったりかなったりだ。是非とも教えて貰いたい。

「じゃあ……頼めるかな」

 早速お願いした俺に、クロウはフンスと強い鼻息を吐くと頷いた。

「うむ。……だが、オレは“土の曜術”しか知らない。だから、炎の曜術はお前が独自に探る事になるかも知れんが……」
「土! いやいや十分だよ、何事もとっかかりが必要だしさ」

 もし俺に曜術の素養が有って、何か一つでも曜術が使えるなら御の字だ。
 それに属性が違ったとしても、五曜全部が自然の存在なんだから、修行している内に気とか何とか感じられるようになるかもしれない。

 曜術がダメでも【付加術】だってイケるかもだし、やってみるしかない。
 今の状況じゃ非常にインモラルな食糧として熊さんに飼われてるしかないし、この状況から抜け出すためにも力はつけておかないとな。

 そう思い、俺も気合を入れて無い帯を締めるような仕草をする。
 気合十分で挑むつもりの俺に、クロウはウムと大きく熊の頭を動かして「では、先に食事を済ませてしまおう」と生肉に大口を開けたのだった。

 …………うん。やっぱ何らかの力は絶対に手に入れよう。
 あの大きさの口だと、俺たぶん一口でペロッといかれちゃうだろうしな……。











 
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

砂竜使いアースィムの訳ありな妻

平本りこ
恋愛
【 広大な世界を夢見る変わり者の皇女、灼熱の砂漠へ降嫁する―― 】 水神の恵みを受けるマルシブ帝国の西端には、広大な砂漠が広がっている。 この地の治安を担うのは、帝国の忠臣砂竜(さりゅう)族。その名の通り、砂竜と共に暮らす部族である。 砂竜族、白の氏族長の長男アースィムは戦乱の折、皇子の盾となり、片腕を失ってしまう。 そのことに心を痛めた皇帝は、アースィムに自らの娘を降嫁させることにした。選ばれたのは、水と会話をすると噂の変わり者皇女ラフィア。 広大な世界を夢を見て育ったラフィアは砂漠に向かい、次第に居場所を得ていくのだが、夫婦を引き裂く不穏が忍び寄る……。 欲しかったのは自由か、それとも。 水巡る帝国を舞台に繰り広げられる、とある選択の物語。 ※カクヨムさんでも公開中です。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...