砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

御結頂戴

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Ⅰ. 二人きりの荒野

  高き崖の湧水2

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 くそう、仮にも男だろうオッサンだろう相手に対してキュンとしちまうなんて、何だか負けたような気がして悔しいっ。

 だけど、相手は熊さんなのだ。
 仕草が一々可愛らしいモフモフのでっかい熊さんなのだ。そんなんもうキュンキュンしちまっても仕方ないだろう。

 俺が堪え性なしなのが悪いんじゃない。
 相手がつぶらな瞳の熊さんだから悪いのだ。
 
 ……まあ、それにしたって軽率に心を打ち抜かれる俺もどうかと思うんだが。
 けど可愛いものは可愛いんだから仕方ないじゃないか。

 俺は立派な大人のオトコだと自負しているが、それはそれとして動物や可愛いモノにはつい顔が緩んでしまう。それはデカい犬だろうが熊だろうが例外ではない。
 襲われたらさすがに怖いとは思うけど、今みたいにこうして意思疎通が出来る状態ならば、蛇やトカゲでもウェルカムだ。

 爬虫類には爬虫類の可愛さも有る……ってそれはともかく、俺にとっては動物達は可愛いの塊でしかないのである。

 そんな認識で見てしまう相手と話してるんだから、こうなっても仕方ないよな。
 仕方ないはず。誰かそうだと言ってくれ。

「なにを背の上で唸っている。さっさと探して巣に戻るぞ」
「わっ、はい」

 いかんいかん、つい関係ない事を考えてしまった。
 ともかく今は俺が食べられそうな植物を見つけなきゃな。

「湧水に近ければ近いほど植物が集まる。……そうだ。お前の場合は体内で保存が出来ないから、持ち運ぶ器も要るな」

 確かに、器は有った方がいいよな。
 クロウに何度も連れて来て貰うわけにも行かないし、水を入れるモノが見つかるんならそっちも重点的に探しておかないと。
 ……でも、こんなところで見つかるものだろうか。どう見ても、人工物が転がってる廃墟にしか思えないんだけど……まさか、器の形をした植物が生えてる……なんてコトはあるまいし……クロウには見当がついてるのかな。

「あの、クロウ……器ってどういう……?」。
「ム? モンスターの卵のカラか……それか、カゴを編めるほどに頑丈な植物を使うほかあるまい。見つけるのが楽なのは前者だがな」
「は、ははは……モンスターの卵って、そんなまた……他の動物で大きな卵を産む存在っていないの?」

 まだこの世界の「モンスター」とやらに遭遇したことは無いが、名前からして絶対に戦う事になりそうな予感は感じるぞ。
 そんなモノの卵なんて、手に入れるのにすごく苦労しそうだ。
 つーかモンスターに襲われそうであまりやりたくない。

 そんなことをしなくても、例えばダチョウみたいな大きい生き物から無事な卵の殻を分けて貰う方が、よほど安全ではないのか。
 なぜわざわざ「モンスター」と言うのだろう。

 不思議に思いつつも問いかけた俺に、クロウは衝撃的な答えを返した。

「他の動物? モンスター以外の獣など見た事が無いぞ。人族の世界には、ドウブツと言う存在がいるのか」

 ――――え……。

 クロウ、動物を見た事が無いのか。

 いやまあこんな荒野と砂漠の世界じゃあ動物を探すのも難易度高いけど……この返答は、そういうレベルじゃないような気がする。
 だってクロウは「何言ってんだ」みたいな雰囲気で返してきたんだぞ。

 つまり……クロウの常識では、俺の考えの方がおかしいってことだ。
 だとすると、この世界って……モンスターしかいない世界なのか?

 …………いや、でも、俺からすれば「動物」って感じかもしれないもんな。
 異世界では呼び方が全く違うモノってのも絶対にあるだろうし、ただ単に俺の世界とは単語が違うってダケなのかも。そうだ、きっとそうに違いない。

 いくら「モンスター」だとはいえ、すぐに人を襲ってくるヤツだけじゃない……はず。

 他の獣人すらもエサにする獣人族であるクロウだって、話をしてみれば実に理性的で、今のところは俺を酷く扱うこともしてないわけだし。
 などと考えていると、クロウが問いかけて来た。

「ドウブツとはなんだ?」

 自分に必死に言い聞かせている途中も、クロウは首を傾げている。
 その意味を自分が分かる範囲で簡単に説明しつつ、俺達はようやく湧水の場所へと辿り着いた。そこは、不思議なことに霧だか靄だか解らない白いカーテンが薄れていて、湧水で潤う場所だけがハッキリと目に見えていた。

「おお……ここが湧水……」

 湧水、というと、地面からぽこぽこと綺麗な水が湧いているイメージだったのだが、この場所では少し様子が違う。
 岩壁から唐突に水が湧く小さな穴が開いていて、そこから地面の窪みへと水が滴り落ちているのだ。しかも、高い岩壁の上から滴る水も合わさって、結構な水量だ。
 窪みもそこそこの深さと広さが有り、底は浅いが泉と言っても差し支えない。

 高すぎる岩壁の途中の、デカくて広いでっぱりにある、そこそこ広い泉。
 ……ってまとめると、色々突っ込みどころがあるな。実際そうなってるんだから仕方がないのだが……ホントに異世界って何でもアリだよなあ。

 しかも……その泉の周りには、薄らと堆積した土に根を張る植物がたくさん生えているのだ。土らしい土が無い岩場のここでは、凄い場所だ。

「あまり種類は無いとは思うが、数だけは多い。片っ端から説明するか」
「あ、お願いしたいです。……とはいえ先に水かな……」

 泉を見たせいなのか、喉が渇いていることを強く感じてしまう。
 考えてみれば俺は昨日の昼くらいからずっと水分を摂っていない。そのうえ、この熊さんにしこたま舐められて心身ともに疲労しているのだ。

 むしろ今までよく「喉が渇いた」と呻かなかったな、俺。まあ色々あり過ぎて自分の体の欲求に耳を傾ける暇が無かったともいうが……。
 だって、この熊さんいつ俺を喰うかわからんのだし。

 まあでも、これは良い傾向だよな。

 緊張しすぎるのも良くないし、己の体調を把握出来なければ旅もままならない。
 水も飲まずに植物を調べていたら倒れていたかもしれないんだから、ここは先に水を飲むべきだっただろう。うむ、偉いぞ俺。

 なんて自画自賛する俺を余所に、クロウは「そういえばそうだな」とつぶやき、素直に俺を湧水のところへ連れて行ってくれた。
 ずしずし音がなるし、だいぶ植物を踏んでしまっているが許して欲しい。

 クロウの背から降ろして貰って、俺は岩壁から水が溢れている場所のすぐ下に手を置き、そこからの水を両手いっぱいに汲んだ。
 今は手の器しかないが、しかしそれでも何だかうれしい。

 色々大変だったけど……っていうか今もだいぶ大変な気がするけど、こんなに綺麗で冷たい水を飲めるなんて思わなかった。
 “砂犬族”と街に向かってる時だって、もう水は貴重品でガブガブ飲む事も出来なかったし、なによりぬるかったもんな。

 それを思うと、湧水を飲めるなんてすごく贅沢だ。
 ……贅沢のハードルが下がって来ている気がするが、気にしないようにしよう。

「じゃあ、ひとまず頂きます……」

 誰に言っているのだか自分でも不明だが、自然とそう声が出る。

 水が勢いよく湧く場所の下から手を抜き取り、綺麗で冷たい水をようやくありつけると笑顔で手を口に持って行く。
 そうして、俺は水を飲み干そうとした――――のだが。

「ギャァアアアアッ!! ギャアァッ、ギャアァアア!!」

 湧水の泉の周囲を隠す薄く白い霧の中で、えげつない音をした何かの声が聞こえて、俺は思わず硬直してしまった。だが、その声の主は待ってはくれない。
 手を止めた瞬間に、俺の頭上から影が俺達を通り過ぎて行ったのだ。

「ッ!?」

 な、な、なんだ。鳥か。鳥なのか。
 いやでも今俺達を覆って行った影はデカすぎ……っ、ああまた来た!
 デカッ、やっぱデカい!!

 クロウよりは小さい気もするけど、それでもこんなのダチョウ並じゃないか。
 そんなのが何度も俺達の上を執拗に回っているって、それって……。

「……獲物を狙ってモンスターが現れたようだな」
「えぇえ!? ちょっ、も、モンスターってどうしゅりゃいいんですかよ!?」

 自分でも何を言っているのか解らないが、焦っている事だけは分かる。
 なにか恥ずかしい事を言ってしまったような気がするが、今はそれを気にしている場合ではない。どうしよう、どうしようこれ逃げた方がいいのか。

 せっかくの湧水を零してしまいオロオロする俺に、クロウは熊の手を見せた。

「心配ない、案ずるな。むしろこれは好機だぞ。上手く行けば今日はごちそうだ」
「ご、ごちっ……!?」

 言うが早いか、クロウは既に体勢を整え空中の敵を見据えている。
 だが俺にはその敵の姿が把握出来ない。デカくて俺達の上を周回しているって事は分かるのだが、霧に邪魔されて詳細が見えてこないのだ。

 だけど、大丈夫だろうか。
 クロウの話じゃ相手は獣人かモンスターでしかないって事なんだろ?

 なら、戦闘するにしても一筋縄ではいかないのでは。
 そう思って俺は不安になってしまったが――事態は、数秒で収束してしまった。

「むふー」
「……えっ、あれ?」

 俺が考えている数秒の間に、なんかドシンとかドスンとかギャーギャーと霧の中でやってて、いつの間にか目の前からいなくなっていたクロウが……鳥っぽい物の長い首を引き摺って、俺のところに帰って来たではないか。

 数秒。
 俺が戦闘を覚悟しているたった数秒で。

「どうやら美味そうなお前を見て、たまらず襲って来たらしい。でかしたぞツカサ、この鳥は肉が柔らかくてうまいのだ。お前も食えばきっと腹が膨れるぞ」
「あ、は、はい……」

 つい丁寧に返事をしてしまうが、しかし呆気にとられた俺ではそれ以上の良い返事は出来そうになかった。
 いやだって俺、クロウの戦ってる所すら見れなかったし、そもそも狩られた鳥がまた凄くでけえし。クロウには負けるけど、それでもデカすぎるし何か目が真っ赤で顎の下にツノが生えてて明らかにモンスターだし。

 もう、何から理解して飲み込んだらいいのかもわからない。
 こんな調子で俺はやっていけるんだろうか。

 ……何にせよ……クロウは怒らせない方がよさそうってのは確かだな。

 間違いないと内心頷きながら、俺は得意げに黒い鼻頭をぴすぴすと動かすクロウを見て、可愛さと混乱のはざまでぎこちなく笑うのだった。










※ホントは昨日が更新日だったのですが
 気力が尽きて今日更新しました(;´Д`)スミマセヌ

 
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