砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

御結頂戴

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Ⅰ. 二人きりの荒野

1.高き崖の湧水1

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 そう言えば、父さんがいつもボヤいてたっけな。
 外人さんは、時々凄く特徴的な名前の人がいて、逆に覚えにくいと。

 ……父さんが何の仕事をしているのか俺はボンヤリとしか知らないが、しかし仕事と言うからには外国の人と取引する場合も有るのだろう。
 それに、父さんの言う事もよくわかる。

 俺の友達の一人にイタリアと日本の血が流れるヤツがいて、ソイツがやたら難しく長い名前を持っているのだ。
 ダチとして一応は覚えているけど、しかしだからと言って外人さんの名前をスグに憶えられるようになったワケではない。

 自慢じゃないが、俺は好きなモノ以外の記憶力が悪いんだ。
 芥川龍之介を茶川立ての助と覚えていた俺を舐めるんじゃないぞ。

 いや誰に言ってるんだというか実際物理で舐められたが、ともかく俺は未知の物の名前を覚えるのは得意では無かったのだ。

 そのせいか、何度練習してもクマさんの名前を言えない。
 決して噛んでいるわけではない。恥ずかしながら覚えられないだけだ。断固として舌が毎度もつれているわけではない。ヒトには、物理的な失敗よりも記憶力が低いと思われたい時があるのだ。決して噛み噛みな自分がキモいから忘れてる方に重点を置きたいというコトではないぞ。

 閑話休題。
 そんなこんなで、正直俺は今もクロクロナントカさんの名前を覚えられていない。

 人の名前を忘れるのは失礼だと解っているんだが、日本人の名前に慣れ過ぎた俺からすると、熊さんの名前はどうしてもスンナリと入って来なかったのだ。

 そんな俺を哀れに思ったのか、熊さんは「ならばクロウで良い」と言ってくれた。
 覚えてるぞ、えーと、くるくるわっぱ……じゃなくて。
 く、く……クロウクルワッハ!

 そうだ。
 クロウクルワッハと言う名前を縮めて、クロウで良いと言ってくれたのだ。

 おかげで俺は「仲良しだから食わないで大作戦」の一歩を踏み出す事が出来た。
 ……何だか小さな一歩だなと思われそうだが、そんなことはないぞ。熊さん、もといクロウに食われないために親密になっておきたいし、それに名前を呼び合うって行為は案外バカに出来ないものなのだ。

 とにかく仲良くなるなら名前の呼び合いは第一歩。
 喋ろうが喋らなかろうが、名前を呼んで触れ合うのは大事なことなのだ。
 熊さんもタメ口で良いって言ってたし、希望はあるぞ。とにかく頑張ろう。

 ――――ってなワケで、俺と熊さんの奇妙な洞窟共同生活が始まったのだが。




「……よし、まずは……水の補給だ! 水が無いと俺は死ぬ!」
「元気よく言うことかそれは」

 ふご、と鼻を鳴らしながら眠そうに目をしょぼしょぼさせている熊さん……ことクロウは、俺が朝から気合を入れいている様をぼんやり見ている。
 そりゃあ朝から騒がれたら迷惑だろうが、俺にはやらねばならぬことがあるのだ。

 まずは水の確保。なんといっても水を飲まねば人間は死んでしまう。
 熊さんは昨日俺の汗を舐めたので大丈夫だろうが、俺はそうではないのだ。水分をどうにかして摂取せねば、出る物も出なくなる。
 つまり、クロウの食事もバイオレンスにならざるを得なくなるのだ。

 昨日は汗で満足してくれたけど、それすら出なくなったら後は肉だもんな。
 そうならないように、なんとかして俺は水分を絞り出さねば。

 ……けど、汗ってしょっぱいよな。アレだけで大丈夫なんだろうか。

 クロウは俺より何倍もデカいんだから、むしろ水分が必要なのはクロウの方じゃあなかろうか。そう思い少し心配になってしまったが、クロウは大きいアゴを開いて口を震わせると、ムニャムニャと口を動かしながらゆっくり立ち上がった。

 ずも、と音が聞こえるほどの体躯が、ヤケに天井の高い広めの洞窟いっぱいに体を伸ばす。この前も思ったけど、ホントにデッカすぎるよなあこの熊……。
 しかし何で立ち上がったのだろう。可愛い熊の顔を見上げると、クロウはつぶらな瞳をゆっくり瞬かせると、黒く濡れた鼻頭を動かした。

「水、だろう。人族は水分を体内に溜めておけない体だから仕方ない。お前にはオレの食事を用意する義務がある。たくさん水分をとっておいて貰わねば出る物も出ないだろう。いくぞ」

 表情を動かさずそう言って、クロウはノシノシと出口へ歩いて行く。
 寝起きだというのに案外いっぱい喋ってくれた相手に暫しポカンとしてしまったが、俺は慌ててその後に続いた。

「水のある場所、知ってるのか?」
「この岩山には湧水がある。だからここに棲みついたんだ」
「そっか……」

 って、会話を終わらせてどうするんだ。
 せっかく仲良くなれるポイントがあったかもしれないのに。

 でも、クロウって色々喋ってくれるし、昨日みたいにやりすぎたら謝ってくれるワリに、なんかいつも無表情で感情が読めないんだよな。
 別に感情が無いってワケじゃないんだろうけど、なんというか……抑え込んでるように見えるというか、大人にしては押し黙りすぎな気がすると言うか……。

 自分でもよく分からないけど、それが妙に気になる。
 この熊さんの顔も声も、無感情なはずなのにいつも沈んでいて、まるで無理をしているように思えるっていうか……なんか、そんな感じがするんだよ。

 遭って二日目なのに、変な話だけど。

 ……ともかく今は、余計な事をしないで会話を重ねて気安くなろう。
 幸い、クロウは話すのが嫌いってワケじゃないみたいだし。

「なあクロウ、俺の足でもその水場って行けるのか?」

 洞窟を出て、草木がまばらに生えた殺風景な岩場を見回す。
 水場があると言っていたけど、近くには無いようだ。
 どこにあるのかと問いかけた俺に、クロウは今しがた気付いたとでもいうように耳を軽く動かして「ううむ」と唸った。

「……そういえば、人族は体が人型のままだったな。お前の場合は力も脆弱だろう。ならば、水場まで行くには時間がかかる」
「えっ、そ、そんなに遠いの」
「人族の足では半日かかる。なにせ、湧水は崖上にあるからな。……そうだ、転落死する可能性も高い。特に、お前のような弱い個体はな。……お前に死なれては勿体ない。仕方がないからオレの背中に乗れ」
「は、はい……」

 すごすごと引き下がってクロウの背中に乗ると、相手は再び立ち上がり進みだす。
 相変わらず感情が見えないけど、俺のことをどう思ってるんだろうか。連れ歩くのを面倒臭がってないだろうか。

 鬱陶しがられたら俺は頭から食われそうだし、なんだかヒヤヒヤするぞ。
 でもそんなこと聞けないし……。
 聞いたら余計にウザがられて一瞬で食われかねないし……。

「うぅ……」

 想像して思わず寒気を感じてしまい、俺は熊の背中の上で身を縮める。
 これは朝の空気が寒いってだけじゃない。明確な悪寒だ。
 今更ながらに熊さんと仲良く“ならなきゃいけない”っていう強制的な事実を思い知って、つい悪寒が走ってしまったのだ。

 でもしょうがないよな、だって全然クロウと仲良くなれた感じじゃないんだもの。相手のリアクションが薄くて、何を思ってるのか全然分かんないんだよ……俺には……。

 ……ああ、コミュニケーションってこんなに難しかったっけ。
 今更ながらにそう思うけど、焦ったってどうにもならない。でも、無表情で声も冷静なまま淡々としている大人なんて、何をして攻略すれば良いのか分からないよ。
 初めて出会ったタイプなだけに、どういう態度を取ればいいのかも不明だった。

 ホント、どうやって仲良くなれば良いんだろう?

 ゴマスリ役になるか、褒めちぎる役になるか、それともツンデレになるか。
 とにかく気に入って貰えるように役を演じるしかないのかな。

 けど、相手に気に入られようと思っても、これじゃあどの態度が正解かわからない。
 ってか……相手は獣であるって事も考慮すると、男らしく意地っ張りになろうが従順になろうが、どっちもバッドエンドになりそうな気がする。

 なんせ、相手のことがほぼ分かんないんだもの。
 仲良くなろうと行動しすぎたせいで逆鱗を突いて死んじゃう可能性は高い。

 こういう時に相手が何を考えていれば分かると助かるんだけど、クロウは何故か顔には表情が出ないからなあ。

「おい、ツカサ。登るからしっかりと毛を掴んでおけ」
「えっ!? あっ、は、はいっ」

 どうしたものかとウンウン悩んでいる内に、いつの間にか俺達は高く切り立った崖の真下まで来てしまっていたようだ。
 ぎゅっと熊毛を両手で握ると、その感触を感じた相手は姿勢を低くする。

 何をするのかと思ったら――――ドンッと轟音を立てて、飛び上がったではないか。

「うえぇええ!?」
「叫ぶと舌を噛むぞ」

 思わず口を閉じようと思ったが、しかしその前にクロウは崖のだいぶ高い所にあるでっぱりまで浮き上がり、そこに器用に後ろ足を乗せた。
 刹那、そこからまた上に跳び上がる。

 崖のでっぱりを利用して高く飛び上がるなんて、なんという跳躍力なのか。
 いや、っていうか、でっぱり崩れてない?! 大丈夫なの!?

 だがクロウは下界のことなど気にせず、何度も崖を利用して飛び上がり、どんどん上の方へと進んでいく。

 もうすぐで頂上ではないかと思うほど周囲は高くなり、地上よりも冷えて来た空気に包まれていく。その寒さに耐える俺の目の前に、一際大きな崖のでっぱりが現れた。
 クロウはその崖に難なく飛び移る。

 クロウの大きな体や体重でも、そのでっぱりはビクともしない。
 まるで大地が上に浮き上がって崖にくっついたようにしっかりしている地面で、高い場所だからか白く霧がかっている。向こう側に何かあるみたいだけど、広いって以外は何も分からなかった。

 どうやら安全そうな場所だけど……湧水はどこにあるんだろう。考えてふと地面を見やると――――そこには薄らと、土が堆積しているように見えた。

「えっ、普通の土!?」

 下界は植物が潜り込むのに苦労するほどの硬い地面の岩場だったのに、と驚くと、クロウが説明してくれる。

「ここは鳥が集まる場所でもある。モンスターに襲われずにゆっくり水が飲める場所だからな。……この土は、崩れた岩と鳥達の“置き土産”が、長い時間を掛けて風と“大地の気”によって変化した土だ。それゆえ、湧水の周辺には植物も生えている。とはいえ、面白味もない高山植物だがな」
「鳥の置き土産って……あー、なるほど……腐葉土みたいになってるんだ」

 ナニとは言うまいが、確かにこの栄養たっぷりそうな柔らかい土なら植物が生えるのに適してるかも知れない。こんな岩場じゃロクな土もないだろうから、鳥が一緒に運んで来た種も喜んで発芽するんだろうな……。

 普通はソレだけじゃ育たないとは思うけど、ここは異世界なんだから、こんな高い所に集う鳥となれば“置き土産”も一味違うのかも知れない。
 いや。味を知りたくはないけども、それはともかく。

 植物が生えてるんなら、俺が食える物も生えてやしないだろうか。
 鳥が食べるダケってものだと不安だけど……クロウなら「コレはお前のような人族でも食べられるぞ」とか教えてくれるかも。なんかオッサン声だし熊ではあるし、きっと野生のモノには詳しいはずだ。何でもかんでも問いかけるのは恥ずかしいが、これも俺が生きるためだもんな。

 ここは恥を忍んで色々と教えて貰おう。
 もしクロウが俺を食べずに解放してくれたら、改めて「人族」って人達がいる所まで旅をしなきゃいけなくなるだろうし。

「クロウ、あの……ここに俺が食べられる植物があるかどうか、知ってたら教えてくれないかな? 俺、食べ物を食べなきゃ死んじゃうと思うし……」

 恐る恐るお願いすると、クロウは首を軽く上げた。
 そうして今しがた気が付いたとでもいうように、軽く視線をこちらにやる。

「ムゥ……そう言えば、他の種族は肉や水を飲まなければ死ぬのだったな。失念していた、すまん。……分かった。オレが知っている事は少ないが、教えられる物が周辺に在ればお前に教えよう」
「マジで?! サンキュー!」
「さ、さんきゅ……?」

 あ、しまった。サンキューって通じないんだな。
 慌てて「ありがとう」と言い直したが、クロウは不思議そうに「さんきゅ?」と繰り返しながら首を捻っていた。

 …………く、くそう……中身は無表情オッサンっぽいのに、やっぱり熊の姿でこんな仕草をされるとキュンとしてしまうぅ……っ。










※更新日を一日間違えてました_| ̄|○
 ホントは昨日でした!!

 
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