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序章
10.孤独の穴倉1
しおりを挟むこれから開始されるのであろう事をあれこれ想像してしまうが、惨劇だか衝撃だかになっても、俺には最早選択肢など無いのだ。
食われませんようにと祈りつつ、熊さんの善意に縋るしかない。
そんな事を思っていたら、熊さんは意外なセリフを口にした。
「……ここはお前には寒い。移動するから背中につかまっていろ」
「えっ、え? は、はい」
俺の事を慮ってくれたのかと考えたが、良く考えるとここは砂地なので砂が口の中に入って食べづらいからだったのかも知れない。
まあ俺も口の中がジャリジャリするのは嫌だもんな。
いつの間に拾っておいてくれたのか、熊さんは俺の鞄を差し出してくれたので、俺はその鞄を無理矢理にズボンと体の間に捻じ込むと、砂地にも関わらず五体投地でうつぶせになってくれた熊さんに感謝しながら背中に登った。
首にしがみついていろ、と言われたが、首が大木レベルで太くて腕が足りない。
こんなんおすもうさんにしがみついてるレベルじゃないのさ。
いや、でも、こんなモフモフの毛が生えたおすもうさんは存在しないな……。
……ってそんな話じゃなくて。
食われる身とはいえ、毛を掴むのは気が引けたが、俺はしっかりと熊さんの首の毛の一部を根っこから掴み、振り落とされないようにした。
それを感じたのか、熊さんはゆっくり起き上がると――――いきなり駆けだした。
「~~~~ッ!!」
ゴッ、と耳が詰まるほどの轟音が入って来て、顔に一気に風が当たる。
何が起こったのか解らず体が浮きそうになったが、俺はなんとか熊さんの体に強くしがみついて耐えた。だけどこれどうなってんだよ、めちゃくちゃ速いんだけど!!
な、ななななんとか背中に張り付いてられるけど、こ、こんなの聞いてないいい。
ジェットコースターに乗ったような気分どころか、それ以上だ。一気にスーパーカー並の加速を擦るなんて誰が思うんだよ、例え動物でももう少し助走があるだろ!?
な、なのに、なのにこんなトップスピードで……っ。
とてもじゃないがしがみつくので精一杯だ。
髪は乱れまくり、服もさっきから忙しなくはためいていて俺の体を引っ張ろうとして来る。それでも必死に顔を熊さんの背中の体毛に埋めるが、気を抜けば一気に後ろへと流されそうだ。耳は風の音や熊さんの足音でもう何も聞こえない。
自分が今どこを走っていて、どのくらいの場所まで来たのか解らなかった。
とにかく早くどこかに着いてくれ、そうでもないと食われる前に死んじまうよ!
風も凄いけど、そのせいですっげえ寒いんだよ!
バイクに薄着で乗って爆走する奴がいない理由が今わかったよチクショー!
「ううぅううもももっもっもうううムリいいいいい」
ああああもう駄目だ、飛ぶ、これじゃ飛んじゃうっ。
飛んでどっかに落ちて死んじゃううううううっ。
「着いたぞ」
「ぶぎゃっ」
風が急に止まったと思ったら、思いっきりケツから後ろが浮き上がって顔が熊毛の中にめりこんだ。ぐ、ぐうう、地面じゃなくて良かった……。
なんとか乗り切ったらしい、と手を離すが、よっぽど死の危険を感じたのか固いままで中々ほぐれてくれない。寒いってのもあったんだろうけど、俺はそれくらい死の危険を感じていたってことなんだろうな……はは……。
笑えないなと思いつつ心の中で棒読みの笑い声を漏らしながら、俺は何とかその手を毛の塊から抜いて、がちがちの体をなんとか起こした。
それを感じ取ったのか、熊さんが再び体をうつぶせの大の字で伏せてくれて俺が地面に降りやすいようにしてくれる。礼を言いつつ四つん這いで地面に手をつくと。
「あ……じ、じめん……」
寒さに耐えかねたのか、声までガチガチになってしまっている。
我ながら情けないと思ったけど、久しぶりの固い地面になんだか一気に力が抜けてしまって、俺はついつい熊さんと同じようにそこに突っ伏してしまった。
あぁあ……地面だ……砂地じゃない、硬くてゴツゴツしてる地面だ……。
心なしか、砂漠よりもあったかいように感じるぞ。それに……地面から湧き出ているこの謎の金色の光の粒も、ちょっと増えてるような……。
それでも周囲を明々と照らすレベルじゃないが、ちょっと地面が明るいな。
砂漠の明るさは空の星の明るさや、金の光が反射する砂漠の砂のおかげで独特の明るさがあったけど、地面となると蛍よりちょっと明るいくらいの感じだ。
周囲を見回してみると、ここはどうやら荒野の山と言った様子の場所のようだ。
河原なんかによくある灰色や青っぽい石じゃ無い、地層がそのまま突き出してきて固まったような茶色系の岩の塊ばっかりがある岩場と言うか……ともかく、日本じゃあまり見ない感じだな。茶色って土の色だし脆いかなと思ったけど、地面は意外にもしっかり硬くて掘れそうにない。周囲に突き出た巨岩もそんな感じだ。
ここは一体どこなんだろうとキョロキョロしていると、背後で熊さんが体を起こす音がした。大きいだけに動きはとても分かり易い。
自分も置きあがって振り返ると、熊さんは「こっちだ」と案内するように歩き出した。
どこに行くんだろうとついて行くと、前方の左になだらかな斜面が見えて来て、その先には山脈のような大きな影が見えた。
夜だからハッキリとは分からないが、あれは恐らく山だろう。
段々と左右に斜面や隆起した岩が増えて来ているのは、ここらへんも山だからなんだろうな。上を見上げても全容が良く分からないが、丘と言う事は無かろう。
そんな事を思う俺に、熊さんは片手を上げて手招きをし巨大な三角ポールのように隆起した岩の影へその身を隠す。
ちょうど、左手の斜面に重なってその向こうが見えない。
夜中ならこの巨体の熊さんが隠れても全然分からないだろう。でも、どうしてそんな所に……と思って俺もそこに入ると。
「あっ……洞窟……!」
「いや、そう大層な物ではない。あまり深くない穴倉だ」
そう。そこには、明らかに手掘りの不格好な洞窟があったのである。
自然に出来たような感じも無く変にへこんだところもあってデコボコしてるから、多分この熊さんが掘ったのだろう。
中に入れと言われたのでおじゃますると、洞窟の中の地面からも漏れている金色の光の粒子が辛うじて暗闇を照らす光景が目に入る。
なんとか目を凝らして先を見た限りでは、確かにかなり短い洞窟だった。
広さは、ちょっとした廊下がついてるだけのワンルームって感じかな。
でも、ワンルームでも俺の部屋三つぶんくらいは大きいんじゃなかろうか。そんな所でも熊さんが入ると余裕が無いのが凄い。ホントにこの人大きいんだよな……。
うーむ、今更ながらに異世界サイズに驚いてしまう。
そういや“砂犬族”のオッサン達も、普通に背の高い外国人並のガタイがいい体格してたし、この世界ってなんでもデカいタイプの世界なんだろうか。
もうここまで来ると異世界である事を否定する気もなくなってしまったが、そんなことなどもうどうでもいいだろう。
のしのしと奥へ入って行ってこちらを見る熊さんを見て、またもや緊張して来る。
そ、そういえば、俺ってばこれから食われるんだよな……死ぬ危険は無いって俺の事を安心させてくれてるけど、でもなんか不穏な事を言ってたしな。
…………まあその、緊張したって今更なんだけども。
「こっちへ」
「あ……うん……」
意外と天井が高いらしい奥の部屋で座る熊さんが手招きする。
こうなったら逃げるのも不義理だと思ってしまい、妙な義務感を覚えた俺は素直に熊さんの前に立った。すると相手は、指代わりの黒く長い爪で俺を指さす。
「ここなら温かい。だが、オレのこの姿ではお前の服を汚す……だから、脱げ」
「えっ、あ……えーと……全部ですか?」
「……腰巻き……いや、人族なら下着か。下着は穿いていて良い」
「わかりました……」
ちょっとホッとしたが、なんかイヤな予感もするな。
痛くないし死なないと言ってたけど、ちょっとぐらい齧られるんじゃないの。
でもまあ……頷いちゃったのは俺だし、どうせなら可愛い動物に痛くないようパクッと行かれる方がまだマシだな。まごまごしてても仕方ないからささっと終わらせよう。
そんなことを思いつつも、俺はばさばさと服を脱いだ。
「…………情緒が無い……」
「え?」
「いや、なんでもない。またオレの腹に背を向けて座ってくれ」
「えっ、いいの?」
コクリと頷く熊さんの様子にちょっと嬉しくなってしまい、俺はさきほどと同じように背を熊さんの背中に向けてそのお腹に座った。
苦しくないのか心配だったが、相手は全然平気そうだ。
…………ま、まあ、相手はトラック並の巨体だしな。
俺が子猫を膝に乗せても重くないのと一緒ってことだろう。決して俺が貧弱だって事ではないぞ。平均身長だってギリギリあるはずなんだからな。
それにしても……熊の毛って素肌に当たると硬いな。中身はもふもふなんだけども、表面だけだと痛くすぐったいというか。ちょっと居心地が悪い。
イヤとかじゃないんだけどゾワゾワする。くすぐられてるみたいなんだよな。
「さて……では、食わせて貰おう。人族なら、お前を舐めるだけで事足りるはずだ」
「え? 舐める……?」
「拒否するなよ。勢い余って食い殺したらもったいないからな」
熊さんはオッサンのような低く静かな声でそういうと――――唐突に、鼻頭を俺の首に押し付けて来た。
→
※お宅訪問が長すぎて本題まで行かなかった…(;´Д`)
次こそちょっとスケベです
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