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序章
5.終わるはずの命
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砂漠には、たまにオアシスがある。
そのオアシスは旅人にとって重要な休息地であり、砂漠の生き物たちにも大切な場所になっているわけだが……そんな貴重な場所なら、独り占めをしたいと思うヤツも出てくるワケで。そういうことを考えるのは、大概人間なワケだけど……。
「おやぶーん! 見て見てくださいよ、今日のエモノッ! 大収穫っしょ!」
「マイヤカラブよりイイものですよ、見て下さい」
オアシスを取り囲むように設置された、大きいテント。篝火に照らされたそのテントの群れは、俺の身近にある三角形のテントとは違い遊牧民のテントのようにとんがり屋根で多角形の不思議な構造をしており、移動するためのモノというよりも、簡易的住居のような感じを覚える。砂地に設置してあるのに、とてもしっかり立っていた。
……んだけど、今それを物珍しく観察している場合じゃないんだよな。
つい現実逃避してしまったが、今の俺はピンチだ。大ピンチなのだ。
なんたって……――――
俺は、狼のケモミミを付けた変人集団に、今にも食われようとしているだから。
「おい、一匹狩って来ただけでエラそうなツラすんじゃねえ、引き千切んぞ」
「ヒィンッ、すいやせんでしたっ」
そう言いながら、一番デカいテントでふんぞり返っている一際でかい男。
例に漏れず狼の耳を装着しているが、その表情は整いつつも厳めしく……大体の年齢は四十手前の中年男性のように見える。
そんな立派な大人が、ケモ耳をつけていかにも「砂漠の盗賊です」みたいな格好で「親分」と呼ばれているのだ。ああ、狼の痩せた尻尾も後ろに見える。どうして彼らはこんなコスプレをしているんだろうか。趣味か。それとも伝統なのだろうか。
砂漠の狼……例えばディンゴのように逞しく、みたいな感じなのかな。
だったら気味悪がっちゃ悪いんだけど、そもそもコイツら俺を「エモノ」とか言ってて助けようとした感じがしないから多分悪い人だよな。遠慮してる場合か。
こんな変人集団なんだから、何をされるか分からない。早く逃げ出さないと……と、思っていると、親分と呼ばれた中年がでっかい痩せシッポをぱたんと動かした。
「にしても……こんな種族砂漠でも街でも見た事ねえな。やせっぽちのチビっぽいのに、妙に美味そうなニオイもするし……」
あっあっ、か、嗅がないで下さいっそこまで犬みたいにならなくてもっ!
つーか俺いま汗臭くて人に近寄って欲しくないんですけど!
「親分、早く食べましょうよぉ! 俺もうさっきから腹がぐーぐーなんですよ」
「こう言うのはナマっスよナマ。ヒトよりケモノで食いましょ! ヒトだと一々料理しねぇと面倒なんスもん」
「ご要望が有れば、メス達に調理させますが……」
俺を連れて来た三人のイケメン風ケモミミ変人兄さんたちが騒ぐ。
物凄い事を言っているが、あの、要するに俺……エッチな意味とかじゃなくて、マジの意味でムシャムシャされるってこと……?
獣耳でカニバリズムって、完全に蛮族じゃないですかやだー!
っていうかこの人達さっきからシッポをブンブン振り回してるけどどういう技術なの。
いや待て、こんだけ自然にフリフリ出来るなんてありえん。ということは……こいつらは、コスプレしてるんじゃなくて……本当に、獣人ということなのか……?
「…………いやいやまさか、いくら異世界っぽいからって……」
「なにワケワカランこと言ってるんだ。話は通じるようだが……こんなニオイ、嗅いだ事も……いや、待てよ。前に街で嗅いだこともあるような……」
「マジっすか親分、コイツなんの種族なんスか」
「毒持ちの種族だったら危ないですよね、俺らで食える範囲の毒ですかね?」
ああ、やっぱり俺は煮て焼いて食べるタイプの「エモノ」なのか……。
にしてもコイツら何で美形ぞろいなんだよ。モテない俺への最後の嫌味か。なんか段々ムカついてきたわ。俺に体力があれば、この俺を小脇に抱えているイケメン風の狼男を振りほどいて逃げてるのに……。
うう、本当にこの体力のない体がうらめしい。
何が悲しゅうて、オッサンとイケメンに汗臭い体をクンクン嗅がれにゃいかんのだ。どうせ嗅がれるなら、こんなケモミミ変人集団でなく美少女かお姉さんがよかった。
そう思いつつ打ちひしがれる俺に構わず、男達はどんどん話を進めて行く。
「服装も、見たことねえしな……。ふーむ……手触りが良いから、メスどもに洗わせりゃあ金持ち連中に高く売れそうだ」
「ひゃあっ、マジっすか! 俺久しぶりに酒のみてーっす!」
「とりあえず……味見をしてみるか。おい、毒見用のルビヤムーシュ持って来い」
「アイアーイ」
おい、やばいぞ。なんか食べられる方向で話が進んでるんだが。
毒見って何するんですか。俺、マジで食べられちゃうんですか。
思わず青ざめてもがこうとするが、体力ゼロ状態の俺では小脇に抱えられた状態ですら抜け出せない。ケモミミ男は、俺がもがいても平気そうな顔をしていた。
こ、こんなところで自分の非力さを痛感するなんて悔しい。
なんとかして逃げたかったけど、暴れている内に子分の男一人が戻って来て。
「器とムーシュもってきやしたー」
「ヒィッ!?」
反射的に引き攣った声が出てしまう。
だって、男が持って来たのは……籠に入れられた、サッカーボールくらいのデカさの赤茶けたネズミと底だったんだから。
あれが、なんとかムッシュってやつなのか。ムッシュってネズミって意味なの。
ソレに俺を毒見させるって、いったい、どうやって。
死が急に迫って来た事で無意識に震えはじめる俺に、親分と呼ばれたオッサンがゆっくりと俺の前に立つ。そうして……ごつごつした手から伸びる、鋭く硬そうな爪を俺に見せた。
「んじゃまあ、血抜きってことで」
「っ……!」
悲鳴を上げそうになる喉をぐっと堪える俺を地面に座らせ、狼男達が固定する。
逃げる事も出来ないまま髪を掴まれて、必死に耐える喉を曝された。
「誇り高き砂犬族の親分である俺が、直々に食ってやるんだ。ありがたいと思え」
そう、言われた瞬間。
何か空気を切り裂くような音がして――――喉が急にすっとなり、何かが溢れ出たような感覚に陥った。……だがもう、よくわからない。
何も感じないまま、視界が薄暗くぼやけて、力が抜けていく。
ああ、俺……ここで死ぬんだな。
不思議と怖い気持ちも無く、ただそう思いながら。
獲物の首から、新鮮で赤い血液が勢いよく溢れ出る。
この首すら簡単に折る事が出来るだろう脆弱な子供に、こんなに血が流れていたのか。そう感じ、砂犬族である男達は食欲を抑えきれずゴクリと唾を飲み込んだ。
「お、親分……意外とコイツ水っぽいんすね」
「あ~、俺も食いたい~! 親分、指くらいはいいっすよね、俺達とって来たんすから、そんくらいは食べて良いッスよね!?」
「こんなに濃厚な血の匂いとは……今まで嗅いだことも無い芳醇な香りだ……」
三者三様にはしゃぐ子分たちを見て、砂犬族の親分とされる男は頷く。
「ああ、腕一本くらいはお前らにやるさ。だが足と心臓は譲らんぞ。足肉と内臓は、子を身ごもったメスどもに食わせてやらんとな。あいつらには滋養が足りん。にしても、本当にうまい具合に獲物が狩れたな……大地の大いなる恵みに感謝して、今宵は欲望のままに肉を喰らおうではないか」
――獣人の教えでは、欲望を曝し獲物を貪り食う事が正しい食事とされている。
食べられるだけを食べ、飲めるだけを飲み、かつて生きていた残骸は自然に朽ち大地に還るように放置する。それらを屍肉喰いが見つけ骨まで砕こうと、それは命の循環であってなにも悪い事は無い。
ただ、自分達は生きるために他種族を喰らう。
その命を捕えたからには欲望のままに喰らう。それが一種の誇り高い行為とされ、全ての獣人族に伝えられていた。
だからこそ、この砂犬族の男達も、珍しい獲物を的確に処理しようと思ったのだ。
せっかくの肉を、服を、無駄にしてはいけない。
たとえ毒が入った肉でも、欲望を見せ喰らってやるつもりでいた。
「おっと……この勢いじゃ服が血で汚れちまうな。おい、器に頭のせたまんま、そいつの服を脱がせ。やせっぽっちでも美味けりゃちゃんと食ってやらにゃな」
そう言って、親分は子分三人に脆弱な獲物の服を脱がせる。
不可解なほど小さな留め具で止められた襯衣や、高価そうな金属のついた着脱しやすいベルト。そしてなによりしっかりした生地の上着とズボンを脱がせる。
すると、白く柔らかな下着と……何やら変な文様がついた腰巻きが現れた。
「親分なんスかねこれ。コイツの種族の紋様っすか?」
「うーむ……鳥のヒナの模様だな……安産祈願……か……?」
そう考えつつ獲物の服をすべて脱がし全裸にした砂犬たちは、獲物の姿を改めて見て、驚くべき事実に目を見張り大きく喉を鳴らした。
「おっ、親分すごいっすよ! こいつ男のくせに太腿むちむちでやわやわっすよ!」
「肉棒は食わねえつもりだったけど……ふんふん、こいつのなら行けそうだな。形とかまるっきりガキだし、なんかい~匂いするし……」
「驚いたな……こんな美味そうなエモノが砂漠を一人で歩いてたなんて……」
無言で冷たくなっていく幼げな肢体を見て、砂犬族の親分は考え込むように黙り、片眉を上げる。そうして、毒見用に連れて来た豆鼠――ルビヤムーシュの籠の前に血がたっぷりと注がれた皿を出す。
「おい、ちょっと首抑えて血ぃ止めてろ」
「アイアイ」
親分の言う通りに、小さく柔らかな体を抱き寄せ首をぐっと抑え込む子分達。
それを見やってから親分はルビヤムーシュの様子を見た。
「チッ……チチチ……」
耳障りなネズミの鳴き声を立て、豆鼠は檻の隙間から鼻を出す。
そうしてふんふんと皿を満たした血の匂いを嗅ぐと――――それを、なんの躊躇いも無く舐めだした。何度も何度も、まるで渇いていた獣が必死に水を飲むように。
「おっ、おい、やめろ! それ以上、飲むんじゃねえっ!」
あまりにも異常な食欲を示す豆鼠。親分は慌てて皿をひったくると、訝しげな表情をしながらも鼻を動かしてその血の匂いを嗅いだ。
「どっスか、親分。ルビヤムーシュが飲んで平気ってことは大丈夫っスよね」
「つーかこのクソネズミ、まだ血ぃ欲しがってますよ。……そんなにうめえのか?」
「我々のように高みに達せなかったモンスターのくせに生意気な……」
子分達の声を聴きつつも、親分は少し悩んで、皿に口を付けた。
ごくり、と、獲物からとった血を喉に一口流し込む。
そうして親分は驚きに目を見開いた。
「こいつぁ……一体なんなんだ……? 血のくせに、甘くてうめえ……鉄臭さはあるがそんなこと全く気にならねえぞ」
「え……ど、どれどれ……」
子分たちも、首を抑えた手からじわじわと流れる血を指で救って舐める。
途端に、砂犬族の証である狼の耳と痩せた尻尾がビビビと震えて立ち上がった。
「んんんん!? な、なんスかこれぇっ! めちゃウマじゃないっすか!」
「こんな獲物の血、今まで飲んだ事がない……」
「親分、コイツ食いますか? これだけ美味い血なら、高く売れるかも知れないし……俺達が家畜として飼ってもメスどもが助かるかも知れませんよ」
子分達が次々に歓声を上げるのを見て、親分は顎を指で擦った。
しばし何かを考えているようだったが、やっと決断したのかじっと獲物を見る。
「そうだな……よく嗅いでみればコイツも“メス”みてえだし、こんなに美味そうな肉の男メスなんぞ滅多にいなくて高く売れるだろう。ちっと惜しい気もするが……食い扶持を増やすよりも今はメスどもの腹のガキが優先だ。とっとと売るか」
「あっ、でも親分、それだとコイツ……街に着くまでに死ぬんじゃ……。けっこうな血を出してるわけですし……」
不安そうに言う子分に、親分もしまったと顔を歪めた。
親分を含めた砂犬達は思わず耳と尻尾を下げてしまったが――――獲物の細い首を抑えていた子分が、ある事に気付いて手を除けた。
「え……?」
「あれ……喉の傷が……ない……」
正確に言うと、深く切り裂かれたはずの獲物の柔らかそうな喉は、肉同士が必死に繋がろうとしているような歪な形で塞がりかけていた。
しかも今驚いている間にも、元の形に戻ろうとするかのように動いている。
あれだけ噴き出していた血も、一滴すら流れていなかった。
「…………こいつ、一体なんの種族なんスかね?」
一番年若い子分が無邪気に頭を傾げるが、その問いに答えられる者は、その場には存在していなかった。
→
※襯衣(しんい):シャツ、肌着のこと。
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