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序章
4.想定していない遭遇
しおりを挟む「砂漠って、すぐ口の中に砂が入ってくるんだな……」
ハンカチを持って来てよかったと心底思いつつ、歩きにくい道なき道を歩く。
しかし……なんというか、歩きにくい。
砂漠は砂の海というだけあって、ちょっとしたことで足がとられるんだ。
小学校にあった砂場と比べると、歩く難しさは雲泥の差だ。いやまあ、アレは所詮小さな範囲だけのものなので、比べてどうするって話なんだが……ってかそもそも、夜の砂漠はかなり寒いので、そのせいで足が凍えてしまって上手く歩けないのかも。
いやホント、砂漠って広いうえに寒くてたまんないんだよこれ……。
マジで冬の極寒の夜って感じなんだ。
だだっ広さも手伝ってホントこの世の終わりの世界に来たみたいだ。
荒涼とした風景……なんて言うと素直に荒野を思い浮かべてしまうけど、夜になると砂漠でもそんな風に思えてしまうのが不思議だ。それぐらい寒いからかな……。
「しかし……マジでここ、どこなんだろうなぁ……はぁ……」
星空の下、まばらに浮かぶ金色の光の粒子に照らされて浮かび上がる砂丘は、とても綺麗だ。けれど、綺麗過ぎて余計に寒々しく思えてしまう。人の手が入っていないような自然物が静かに延々と続いていると、人って言うのは綺麗だと思うよりも寒気を感じてしまうものなんだな……。
まあそれも、俺がコンクリートジャングルとか言われてる現代の日本で暮らしてたからなのかも知れないが。っていうかどっちにしろ寒いんだわ。
寒くてもう寒い事しか考えらんねえ。
「うぅ……せ、制服じゃ冷える……でも砂漠を抜けないと、どのみち死ぬし……」
今のところ、水分も食事も摂っていない。こうして自力で歩く事を考えたら、あと一日か二日でアウトだ。そのまえに、何としてでも距離を稼いでおく必要がある。
そう思い、俺はふと思いついて日傘にしていた折り畳み傘を開いた。
「………確か、ビニールシートとか要るらしいけど……砂漠で水を集める方法って、穴を掘ってこーゆー器っぽいのを埋めて……ええとそんで、そこにビニールシートを掛けて水蒸気を飽和させるとかなんとかだっけ……。だけど、今じゃちょっと難しいかな。動けなくなったら試してみようかな……」
歩いて移動してたんじゃ、傘を開いて歩いてても砂ばっかり入って来ちゃうよな。
仕方なく傘を閉じて、とにかく俺は歩き続けた。……いや、正直に言うと、途中で何度か……というか何度も休憩したんですけどね。
うう、運動音痴のこの体が恨めしい。
「にしても……どこまで続いてるんだろ、この砂漠……。さむ……」
足が段々と重くなる。日差しが無い砂漠なら歩けると思ってたけど、考えてみれば砂漠は日本の冬の気温ほどにも温度が下がるのだ。そんな場所を俺は春先の薄い制服のみで移動しているわけで……そりゃ、体もカチコチになるワケで。
足もガチガチになっちゃうワケで……うう、た、たえられん。
「さ、さ、さむひ……ちょっと休憩……」
寒すぎて、その場に体を丸めてしゃがみこむ。だけど、全然温かくならない。
凄く寒いのに、白い息も出ない。まるで周囲に水分が無いみたいだ。
本当に、このままじゃ死んじゃうかも……。
「ここが異世界なら……俺も魔法が使えないかな……。ステータスオープン! ……とか言ってもステータスが出ないのは分かり切ってるけど、ドラゴンみたいな生物がいたり、こんな変な光がプカプカ浮いてるんだから……俺にもちょっとくらい才能が有ったり……」
とは思うんだけど、さっき散々「うぉーたー!」とか「水よ、出ろっ」とか言っても水は出なかったんだよなあ。一人だから色々試してみたんだけど、恥ずかしい中二病から脱出できなかったので俺はすっかり諦めてしまっていたのだ。
しかし人間ってのは、助かりたいと思うと何でもやっちゃうものなんだなあ。こんなに呪文を唱えてるところを悪友の尾井川達に見られたら、笑われるどころか逆に心配されるところだったよ。エロオタ仲間とは言え、尾井川は常識人だからな……。
「……はぁ……。俺……この調子で脱出できるのかな……」
水もない、食料もない、魔法も体力も何もかもが無い。
だだっぴろいこの砂漠で、自分は孤独に死んでいくのだろうか。考えて、また目の奥がじわじわと熱くなる。だけど水がもったいなくて、俺はそれを我慢して立てた膝に顔を埋めた。寒くてもう鼻がもげそうだったからだ。
……泣きそうだったからじゃないぞ。
こうしていると少しだけ顔は温かい。だけど、それだけだ。
俺自身の体温も、いずれは失われて砂に倒れ込むことになるだろう。そこで気力が尽きて寝てしまったら……その後は、考えたくも無い。
やっぱり、歩いて体を温めるしかないんだろうな。それがどんなに体力を消耗するとしても、俺は進むしかないのだ。体力がゼロになるその時まで。
「はは……こわ……」
何をしても死ぬ、そんな現実がじわじわと足元から這い登って来て、体がガクガクと震えて来る。自分の体が思うように動かなくなっていくのが、ゆっくりと死に近づいているような気がして恐ろしくなった。
……十七年間生きて来て、今まで「死んだ」なんて思う事なんてあっただろうか。
自分が忘れているだけかもしれないけど、たぶんこんなにゆっくりと近付いて来る「怖さ」は初めてなんだろうと思う。
時間がいっぱいあるだけ、考える事が多くなる。死にたくないって思う理由が頭の中にいっぱい浮かんできて、だけど俺にはあてどもなく歩く事しか出来なくて、そのどうしようもない現実にガキみたいなだだをこねて泣き叫びたくなった。
でも、どうしようもないんだ。泣いたって喚いたって、誰も助けてくれない。
一人ぼっちで、死んでいくかもしれない恐怖に耐えなければならないのだ。
「…………歩かなきゃ……眠くなってくる……」
俺は、なんとか立ち上がる。
寒さに体がぶるぶると震えたけど、その震えを我慢して、夜の砂漠を必死に北だと思われる方向へと歩き続けた。泣きもせず、喚きもせずに。
……だって、歩かなきゃしょうがない。
それに……俺は、男だ。もう十七歳の立派な大人の男なのだ。そんな俺が、一人ででも泣いたりわめいたりするなんて格好悪い。なにより自分で自分が恥ずかしいよ。
男ってのは、こういう時も我慢するんだ。肩で風を切って見栄を張る物なのだ。
婆ちゃんの家にあったビデオで見た時代劇の格好いい侍や江戸っ子達なら、今の俺のようにきっと意地でも歩いただろう。それが、男ってやつなんだ。たぶん。
だから俺は、一人でもくじけないぞ。さっきはちょっと折れかけたけどセーフだ。
行ける所まで歩いて、絶対に砂漠から脱出してやる。希望を捨てたら終わりだ。
頑張れ俺、負けるな俺……などと己を鼓舞し、光が舞う砂漠の先を見やる。
と――――静寂に包まれていた砂漠のどこかから、音が聞こえた。
「えっ……え!? 急に音?! もしかして、人がいるのか?」
立ち止まって、注意深く地鳴りのような音を聞く。
待て待て、あせるな。あせるなよ俺。
こういうのって、漫画とかだと「残念、アリ地獄トラップでした!」とか「そこに行ったら砂が崩れた!」的な展開になって、慌てて音の方に駆け寄ったキャラが絶対罠にはまるんだよな。
だから俺は動かずに音の正体を確かめるぞ。安全第一だ。
「…………俺が今見ている場所が北なら……西のほう……か?」
耳に手を当てて音を集めながら、西の方を見る。
月と金の光の粒子に浮かび上がった砂丘は、キラキラと輝いていて――――
その砂丘の向こうから、数人の影が大きく飛び上がったのが見えた。
「人影!?」
思わず驚いてしまうが、影は月の光を背にして走って来る。
だが、なにかおかしい。何だか……あの数人の影は、やけに足が速いんだ。
この砂地だと足を取られたりするだろうに、彼らは崩れやすい砂丘などものともしない。まるでパルクールでもするみたいに、地面を蹴ってスイスイと走っている。足にかんじきみたいな物でも履いているのだろうか。
いや、っていうか……あの人達、なんか変な髪型してるな。ツノみたいなのを二本頭から生やしてるけど、この砂漠の人達の服装なんだろうか。
…………いや、ツノじゃないな。なんかあの頭の上の二本の三角、ふよんふよんと風になびいてるぞ。ありゃなんだ。アラジンのターバンについてる飾り羽か?
でも全員それっぽいターバンは巻いて無さそうだしな……と思っていると……人影の姿が徐々に分かるようになってきた。
だが、俺がその姿を視認する前に……素早く飛び上がった彼らは、とても人間とは思えない跳躍力で夜の空を軽々と飛ぶと――――俺を取り囲んで着地した。
「えっ……え!?」
ちょっ、ま、待って。
あんたら今、どうみても数百メートル先にいたじゃん!
まだ影っぽい感じでしか見えない位置にいたのに、一回高めのジャンプしたダケでどうやって俺の所まで来たんだよ。
っていうかあの、そ、それより……
「おおっ、なんかイイ匂いがすると思ったら美味そうなエモノじゃねーか」
「でかしたなオイ! 親分に分けて貰えんぞコレ!」
「うーむ、しかし……兎……いや猫……サル……コイツ、何族なんだ?」
好き勝手に話す、チンピラっぽいイケメン風の兄ちゃんたち。
何を喜んでいるのかさっぱり分からないが、俺は自分を取り囲んでいる三人の話を聞くよりも、もっと他の事が気になってしまってどうしようもなかった。
……あの。
あのですね、みなさん。
どうしてみなさん……頭に、狼の耳みたいなデカい獣耳がついてるんですかね。
→
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