砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

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序章

3.希望と絶望

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 ――――人間が何も食べずに生きられる限界時間は、最高でも

 だが、水がまったく飲めない状態であれば――――と持たない。

 ……しかし、この熱と寒さが交互こうごおとずれるであろう砂漠に放り込まれた一般人の俺は、恐らく三日の日数すら満たせないで死ぬだろう。
 だってこれって、普通の成人男性っていうのが前提の指針なんだぞ。

 俺は平均身長……ギリッギリ平均身長にたっしているハズの、代謝も激しい高校生だし、そもそも放り込まれた時点で水分が足りてない。
 人は一日に二リットルの水分を取れば体の機能が上手く回るらしいから、その点で言うと俺はもうすでにヤバい。だって、汗を流し過ぎてるんだもの。

 しかし、不幸中のさいわいで夕方に近い時間に“落ちた”らしく、あれから一時間ほどで空が段々茜色あかねいろに代わりはじめ、金色の砂漠をゆっくり染め変えようとしていた。

 良かった。これで少しは体の中の水分を保てるかもしれない。
 ホッとした俺だったが、しかしそんな心配はすぐに掻き消されてしまった。

「うわ……夕暮れの砂漠ってこんな……すごいんだ……」

 思わずつぶやいて、水平線の向こうまで続く砂漠を見やる。
 わりえのしない風景の夕暮れなんて、特に気にもしてなかった。

 だけどその光景は……本当に何と言っていいのか解らないくらいで。

 綺麗で見惚みとれるほどなのに、赤い色が砂漠を染めるたびに何だか恐ろしくなるようでもあり、言葉を失ってしまう。広大な砂漠と空が俺なんて気にせず変わっていくのを見ると……俺だけ取り残されたみたいで、胸が締め付けられる感じがした。

 ――……もうすぐ、夜が来るんだな。
 ……なんか……怖いな……。

「……はは……何思ってるんだか……」

 小さい声でこぼすけど、でもホントは、やっぱりちょっと怖かった。
 怖いくらいに綺麗な風景って、こういうものなんだな。

 こんなに広大な場所に生まれてはじめて来たから、そう思ったのかも知れない。
 だけど、さびしくて怖いのに、素直に「感動した」と言えてしまえるような……凄く不思議な時間だった。こんな状況じゃ無かったら、たぶん泣いてたくらいに。

 ……でも、今の俺は一粒ひとつぶの水分すらしい。
 鼻の奥に詰まる鬱陶うっとうしいモノをムリヤリ飲み下して、俺はひたすら夜になるのを待った。そうして、真っ赤な夕日が落ちて夜がゆっくりとやって来たのだが。

「…………なに、これ……」

 あまり喋らない方が良いとわかっているのだが、つい声が漏れてしまう。
 だけど、恐らくそれは誰だって言ってしまう言葉だっただろう。
 何故なら俺の目の前……いや、俺の周囲、砂漠一帯から――――――

 ほたるの光のような、金色の小さな光の粒子りゅうしいていたのだから。

「光……」

 キラキラしている謎の金色の粒子りゅうしが、あちこちから浮かび上がっては空へと登って行く。その光景が、さっきからずっと繰り返されている。
 量も少なくて、本当に蛍がまばらに舞っているみたいだ。
 でもこの光は間違いなく生物では無かった。

「……これ……なに……? 俺の体に触れたら消えちゃってるけど、これって光の玉にしか見えないよな。……でも、人魂と言うより……妖精っぽいというか……」

 美少女妖精ちゃんカモンとか言うつもりはないが、ファンタジーな世界だと、こういう光の粒子りゅうしみたいなものから妖精が生まれたりするんだよな。
 まあ俺に当たると消えてるワケだから、生命とかそういう感じじゃないだろうし……見渡すと、砂漠の広大さに比べてあまりにも浮かび上がる金色の光は少ないので、この砂漠特有の何かってダケなのかもしれないけど。

「…………つーか、こんな光る砂漠が俺の世界にあるなら、とっくに話題になってるよな……。こんだけデカい砂漠なんだから人工衛星で見放題だし、グー○ルの地図でみつけられるだろうし。そうなるとやっぱり……ここって、異世界なんだよなぁ……はぁあ……」

 まあ、薄々そんな気はしてましたよ。
 でも俺はくじけないぞ。アッチからコッチに来たと言う事は、俺が元の世界に帰れる方法も存在するはずだ。昔の異世界ファンタジー漫画は地球への帰還率が高いし、俺もそっちに賭けようではないか。

 つーかそもそもの話、俺は自分の世界で満足してるんだ。
 そりゃ異世界モノの小説は楽しく読むけどさ、こんなエロ本もエロ画像もない世界に飛ばされるなんてまっぴらごめんだよ。俺はオタクライフを楽しみたいんだ。
 可愛いおんなのこと平和な世界で末永く幸せに暮らしたいんだよっ!
 まあモテたことも付き合ったこともねーけどな!

「くぅう……自分で言いながらむなしくなってきた……まあいい、移動しよう……」

 目がくらむほどの満天の星の群れを見上げながら、俺は月を見定める。
 月も太陽も東から昇る。ってコトは、いま月が一生懸命に登って来ようとしているあの地平線が東なのだ。昼に見たオレンジの謎のデカブツは、たしか西に向かってたんだけど……冷静に考えたら、アレの後を追うのは得策とは言えない。

 それに……西の方を見ると、なんか、こっちよりも光の粒子りゅうしが少ない気がするんだよな……。完全に俺の感覚でしかないが、東か北の方が多いように思える。
 この金色の綺麗な光は、ぼんやり周囲を照らしてくれるし、触れているとなんだか安心する。気力もくみたいだから、悪い物ではないだろう。

 それなら、光の量が多い方へ行くしかない。
 というわけで、俺は東か北に向かおうと思っているのだが……色々と考えた結果、やはり北の方がいいかなという結論にいたった。

 なんでかって言うと、砂漠がどこまで続いているか分からないからだ。
 東となると、恐らく気候はそれほど変化が無いだろう。この砂漠がどれほど広いかなんて分からないが、俺の世界の「赤道」の事を考えれば、東の方にもずっと砂漠が広がっている可能性は否定できない。

 だけど、少なくとも北へ向かえば砂漠は徐々に小さくなっていくはず。
 そこが荒野地帯かけわしい山岳地帯になるのかは俺には分からんが……とりあえず、生きて行けるだけの何らかの資材は手に入るはず。それに、砂よりも土混じりの大地の方がなんぼかマシだろうからな……確実に……。

「よし……月が中天に昇らない内に、さっさと進んでしまおう」

 異世界の月の軌道なんて信用できないかもしれないが、そこはもう、運だ。
 結局最後には「目に見えないもの」で決着がついてしまう。
 正直、俺はそれほど運が良い方とは言えないが……。

「行ってみるしか、ないか……」

 例えどこに辿たどくか分からなくても、どこかへ進まなければ死んでしまう。
 覚悟を決めて、俺は北へと歩き出したのだった。














 かわいた風が、ほおの傷に更なる苦痛を与えるように流れる。

 最早、空をあおぎ見る事すらも叶わず地につくばった視界に、無数の軍靴ぐんかしたがえる白銀のくつが見えた。
 ――――けがれひとつない、おのれつめを振りかざしても傷一つ付けられなかったくつ

 その「勝利の象徴」を、敗北を認めるした姿で見ているのは、途轍もない苦痛と“己への失望”という毒を体中に蔓延まんえんさせた。
 無様ぶざまに崩れ落ち敗北してしまった、自分自身への毒を。

 ……ああ、そうだ。
 負けた。自分は負けたのだ。完膚かんぷなきまでに。

 ただじっと内なる己への激怒と失望にえるが、それもまた恥の上塗うわぬりだ。
 耐えると言う行為自体が、自分の「納得いかない」という浅ましい激情を嫌と言うほどうったえて来る。この状況になっても、自分は負けを認められていないのだ。

(この状況で? ……自分で自分が恥ずかしい)

 みっともない感情に自嘲じちょうしたくなるが、笑みの浮かべ方など忘れている。
 自分は、その程度ていど気概きがいも己の制御すらも出来ないのだ。

 ――――どうしようもなく、みじめだった。

「……もう終わりですか? 護国ごこく武令軍ぶれいぐん第二大隊【チェラーグ・ギール】をひきいる、ほまれ高き武令候ぶれいこう閣下でしょう、あなたは。それがこの程度、と」

 怜悧な声が、こちらへ放り投げられる。

侮蔑ぶべつと、嫌悪と…………格下だと確信するような、声……)

 “におい”など無くても理解出来る。
 今はもう、何を理由にしても言い逃れなど出来ようはずもない。この惨状を遠方で見届けていた者達が抗議の声を上げているが、それもなぐさめにはならなかった。
 結局、なにがどうあっても敗北したのは事実なのだから。

「この闘争で敗北すれば軍職を辞す。そういう約束でしたね。……では、どこへなりとも向かわれたらよろしい。もっとも……家畜の負け犬にもおとる今の貴方には、このベーマスの地はきびしいかも知れませんが」
「…………」
「……なるほど、口も利けない程度の力だったのですね。まったく……これでは、獣王陛下にも顔向けが出来ない。この報告が陛下の御許に届けば、これまで以上に失望なさるでしょうね」

 口を開く気力が無いのではない。言い返せなかったのだ。

 家畜という最も侮辱的な言葉にすら、今は反論出来る証拠が見つからない。己の力不足を痛感しているこの状況では、何を言おうが恥の上塗りだった。

(なんと、情けない……。狩られるもの以下の烙印らくいんを押されるとはな……)

 武人として護国のためと鍛錬にはげみ、己の心を律して種族のほこりを傷付けぬような守護者になろうと年月を積み重ねてきた。そのはずだった。
 なのに、自分は――――いつの間にか、なけなしの誇りすら失っていた。

(……確かに、今の“私”は……どうしようもない敗北者だな……)

 だとしたら、自分はどこへ向かえばいいのだろう。

 自分ごときの力で守れるものなど、最早もはやこの大陸には存在しない。
 このちからとうとぶ国も、大地も、きっと歓迎してはくれないだろう。

 逃げ延びた「強いけもの」など、どこへ行っても嘲笑ちょうしょうの対象だ。
 ずっと。ずっとそうやって笑われてきた。だから、充分にわかっていた。

(ああ……私は…………どこへ行けばいいのだろうな……)

 全てを捨てても、弱さだけは捨てられない。

 どれだけ消し去りたいと思っても、深く刻まれた傷は消えぬままだった。










 
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