砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

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序章

1.熱砂の大地

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 どすん、と尻もちをついた瞬間、ザラついた何かが巻き上がる。

 じりじり焼ける熱い何かがてのひらに伝わって来て、俺はたまらず地面に着いた両手を離した。熱い。とにかく焼けるようだ。ゴホゴホとせきをすると、さっき舞い上がった物――――恐らく砂が、口の中でじゃりっと動いて思わず身がすくんだ。

 なんちゅう量だ、こんなの校庭の砂場でだって味わった事が無いぞ。
 マジで勘弁かんべんしてくれ、は、早く吐き出さなければ!

「ぐえーっ! かぁーっ、んべっぺっぺ!」

 ……あれ?
 吐き出す地面が、なんか黄土色おうどいろだ。なんかおかしい。
 だって俺、さっきまで緑があふれるボロボロの神社の境内けいだいに入ろうとしてたんだぞ。それが唐突とうとつにこんな熱砂の上で砂を吐き散らしてるなんて、どう考えてもおかしい。

 ……いや、ちょっと待てよ。
 その前からおかしかったよな。

 いつもみたいにサボろうと境内けいだいに入ろうとしたら、何か空耳みたいなのが聞こえて鳥居の下の地面がゆがんで……そんで、真っ黒でミョーにピカピカしたトンネルに放り込まれて……気が付いたらここにいて。

「砂漠に来る前から変なことになってたな……なんだったんだアレ……」

 というか、ここはどこだ。
 やっと自分がどこにいるのかが気になって、俺は顔をあげて周囲を見回した。
 ――――の、だが。

「………………ここ、どこ……?」

 青い空、白い雲。ぎらぎらと熱い太陽。
 そして――――――見渡す限りの、広大な砂漠。

 どうして俺は……こんな場所に居るんだろう?

「えっ……と……いや、待て。ちょっと待てよ。俺もしかして記憶喪失? こんな所に一人で来られるわけないよな。しかも砂漠って。決めつけるのはまだ早い、早いぞ俺絶望するな俺。ええとつまり……こ、こういう時は自分のことを一から振り返るんだ! そうだ、それが良いに違いない」

 決して混乱しているワケではない。断じて違うぞ。
 だから、一度振り返るんだ。自分自身のことを。記憶喪失だったら大変だし、もしそうでなかったら……それもそれでヤバいな。
 ともかく、今日の俺の道筋を辿たどってみよう。




 ――――俺の名前は、潜祇くぐるぎ つかさ。何の変哲へんてつもない高校二年生だ。

 エロいイラストやエロい動画をネットで見つけてコッソリと興奮するのが趣味な、ほんのちょっぴりアンダーグラウンドなオタクだが、犯罪まがいの事はしてない健全なオタク……のはず。たぶん。きっと。

 まあエロオタであり、小学生のころからあだ名の一つが「エロザル」なので、この辺は確認するまでも無いだろう。オノレで不名誉なを認めるのは悲しいが、今は置いといて。ここまでは良い。

 そんな俺は、とある事情から学校をサボり、朝っぱらから学校の近くにある住宅街――――のはじっこの小山に造られた長く古い石段をのぼり、その先にあるボロボロな神社で時間を潰そうとしていたんだよな。

 確か神社の名前は【禍津神まがつかみ神社】だっけ。
 俺と一緒で、悪役な名前を付けられてる神様に同情したっけな。……なんせ俺も、女風呂を覗いたワケでもなく、完全なラッキ……いや、とばっちりで女子のパンツを見ただけというのに「エロザル」の蔑称べっしょうをたまわったわけだしな。

 ……イラストの女の子にデヘデヘしてるがゆえに名付けられたならまだ「そうだね」であきらめもつくが、とばっちりでの蔑称べっしょうは非常に遺憾の意ってヤツだ。

 でもまあ……それも、三週間くらい前から「ホンモノ」になってしまったんだが。

「…………あっつ……日陰ひかげ……日陰ひかげないかな……」

 ヤバい。振り返るのは良いけど、空気の熱と砂漠からの反射熱で全身からドッと汗が吹き出て来た。これは早く移動しないとヤバい。
 なんたって俺の今の服装は制服だけだ。このままだとマジで熱で干乾ひからびて死ぬ。

 俺は周囲を見回して自分の通学かばんを発見すると、それを頭に乗せて強い日差しを何とか避けながら、とりあえず位置を確認しようと一番高そうな砂丘を目指して歩き出した。うう、スニーカーのメッシュ生地でも熱を避けきれない。
 だけど早く日陰ひかげか水場を探さなければ、何も分からないまま死んでしまう。

 死。自分で考えて、嫌な吐き気が込み上げてくる。
 俺は死ぬのか。そんな事態になるのだけは絶対嫌だ。死にたくない。まだエッチな本を大っぴらに読めてもいないのに、こんなれた場所で死んでたまるか。
 それに、これから出会うだろう可愛い恋人と愛し合うことも出来ないなんて、死んでも死にきれない。童貞も捨てずに死ぬなんて悲し過ぎるって。

 でも俺、運動音痴だしな……体力も筋力もないし……ヤバいかもな……。

「……い、いかん。地獄過ぎて思考がネガティブになりはじめた……」

 こういう時は、別の事を考えるんだ。そうだ、さっきみたいに記憶を確かめよう。
 ええと……ああ、俺が何でサボる事になったかも忘れられないよな。

 そもそも、なんで俺が二年になって早々にサボリの常習犯になってしまったのかと言うと……それは、病むにやまれぬ事情があっての事なのだ。
 思い返せば三週間ほど前。そう、蔑称べっしょうがマジモンになった時のこと。

 俺は同じエロオタ仲間である悪友の四人と「ネットで収集したエロネタ」を共有し、共に分かち合うために、いつものようにUSBメモリに画像やらなんやらを詰め込んで学校に持って来ていたのである。

 SDカードという手もあるが、それだと万が一スマホで中身を確認されてしまう。
 だが、USBメモリならその形を偽装されているモノもあるため、キーホルダーや小物として持ち歩くのに最適だったのである。

 因みに俺が所持していたのは、可愛くて手足が長い謎の人形タイプだ。
 悪友の尾井川おいかわ達には「ダサい」と言われたが俺には可愛い。白くまさんのマスコットでも良かったが、それは男としてどうかと思ったので泣く泣くあきらめた。
 俺は動物が、もふもふが好きなのだ。エロも大好きだけどな。別腹って奴だ。

 ………いや、そんな話じゃないな。
 熱い。いや熱くないぞ。続けよう。

 それで……俺は、その時もメモリを持って来ていた。
 だが、うっかり落としてしまったのが運の尽き。それを運悪く俺達オタクグループを妙に敵視していた潔癖けっぺき女子軍団に拾われて、名前をしっかり書いていたせいで中身と共に所持者が俺である事が発覚し……俺は、クラス全員の前でその女子達に激しく糾弾きゅうだんされ、そのうえ男だと言うのに女子にリンチレベルで殴る蹴るされてしまいもう酷いのなんのな事になってしまったのである。

 で…………潔癖けっぺき女子軍団に完全な敵認定された俺は、クラスで孤立こりつしてしまい教師にも見て見ぬふりをされ、結果サボり常習犯となってしまったのである。

「……まあ、アレを持って来た俺が悪いんだけどさ……」

 にしたって、凄い暴行だ。
 でも学校のカンジからすると仕方ない所もあるんだよな……。

 なんせウチの学校は由緒ある学校らしく、その関係で金持ちの家の生徒などもいるので、けっこう校則が厳しい。だから、今回の一件で退学や停学にならなかったのが奇跡なレベルだ。これは先生達の温情に素直に感謝したい。

 でも、だからって先生だって性格は人それぞれだし……生徒同士の関係に積極的に関わってくれる人ばかりじゃない。しかも、潔癖けっぺき女子軍団には、学校に支援をしてる家の子もいるので、彼女らのやっている事に逆らえないみたいなんだ。
 それに、そもそも悪いのは俺なので、先生も助け舟を出せなかったのである。
 ……たぶん。

 当然、クラスメート達も右にならえで俺を無視せざるを得ない。
 誰だって火中の栗を拾いたくはないだろうしな。俺だって、彼らの立場だったらくちつぐんでしまうかも知れない。そう思うと、クラスの連中をうらめなかった。
 まあ、俺がヤバいモンを持って来たからこうなってるので、うらむのはお門違いなんだけどな! はは、ハハハ……はぁ……。

 ともかく、こうして俺は学校に居場所を失くしてしまったんだよな。
 悪友達は隠れながらも俺にずっとせっしてくれるし、あいつらは悪くないのに「かばう事が出来なくてごめん」って本当に申し訳なさそうにしてくれる。

 凄く良い奴らで、別のクラスにいる悪友の一人も俺にきびしい事を言いながらも、心の底から心配してくれていた。だから、辛くないはずだったんだけど……。

「ほんと……っ、なんか、色々弱いよなあ……俺って…………」

 はぁはぁと息を切らし、砂丘をのぼろうと頑張がんばる。
 だが、砂漠の砂はとてもサラサラしていて、踏ん張ろうと足に力を入れるたびに砂が崩れて靴の中に入って来ようとする。それが熱くて、足を引き抜くと地面が崩れ、俺は全然上の方へと移動する事が出来なかった。

 だけど、ここでくじけていられない。
 こんなんじゃ、格好悪かっこうわるいばっかりだ。バカなことしてクラスでも孤立して、悪友達にも迷惑かけてるのに、ここがどこかも分からないまま死んだら本当の大馬鹿者だ。

 きっとここは、俺の世界のどこかだ。
 何かの理由でここに来てしまったが、ここが俺の世界の砂漠であるなら、死にもの狂いで歩き続けていればどこかの町か海に辿たどく。砂漠もいつか終わるんだ。

 だから、希望を捨ててはいけない。あきらめてはいけない。

 まず状況を把握はあくするんだ。頭がしっかりしているなら、しっかり考えて生き抜け。
 砂が崩れるからなんだ。触れる砂丘の砂が熱いからなんだ。火傷しそうだからってけているワケにもいかないだろう。崩れたって、何度でものぼればいい。

 汗をなるべくおさえて、砂を吸わないように呼吸に気を付けて。
 一か所に力を入れずに、なんとか動物みたいに四足でのぼる。

 崩れた砂が熱い。だけど、かまうもんか。
 徐々じょじょに登れるようになって来たんだ。こんな所であきらめてなんていられない。

 俺は、帰るんだ。
 気まずい学校だって、あそこには友達がいる。家には父さんと母さんがいる。
 だから、俺の居場所に帰る。俺の世界の砂漠なら、きっと帰れる道がある。

 道を見つけてみせる。死んでたまるか。俺は生きて砂漠から出るんだ。
 絶対に、生きて帰るんだ……――――!!

「ハァッ……は……くっ、くそ……っ。負けるか……ッ!」

 だけど……どうして、そんな変な事を考えてしまうんだろう。
 「俺の世界」ってなんだ?
 それ以外がるってのか?

 まさかそんな。
 だけど、俺の記憶が本当にさっき思い出したままだとすると。
 本当に――――俺が、謎の穴に吸い込まれてしまったんだとすると……――

「はっ、ハァッ、はっ……グッ、げほっ、ゴホッ……や、やっと……頂上……っ」

 今にも崩れそうな砂丘の頂上で、ふらふらになりながら立ち上がる。
 きっと、何かが見える。この砂漠から抜け出す方法があるはず。
 そんなあわい期待を抱きながら、視界に入った光景をながめて。

「ほんとに……どこなんだよ、ここ…………」

 くちからこぼすように、つぶやく。
 俺は、自分で思った以上に絶望に満ちた言葉を吐いていた。






 白い雲が流れる、日差しが強すぎる空。
 日陰ひかげなど見当たらない場所でじりじりと太陽に焼かれつつ見るのは、砂漠。
 見渡す限りの、砂の海。

 波のようにいくつもの起伏を描いて限りなく続く砂漠の先に――――




 空を飛ぶ、夕日の色をまとった巨大な生物が見えた。










 
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