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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)
3.ホットケーキはこんがりきつね色
しおりを挟む「じゃあ、あいつはアレを全部受け取ったのかい」
帰って来てイナマキとの事を話すと、丈牙は呆れたような声を出した。
「えっ、マズかったですか?」
「いや……あの性悪狐、遠慮もせずによく全部持ってくなと……まあいい」
「全部貰われる、イヤなら加減しろ」
「うるさいなぁこの猫。とにかく、貰って来たんなら上々だ……」
そう言いながら袋の中身を空けて、丈牙は妙な顔をして舌打ちをした。
何か不備が有ったのだろうかと思わずビクついてしまう和祁だったが、相手は和祁ではなくこの場に居ない誰かに向けて怨嗟を吐く。
「ここぞとばかりに露骨に量増やしやがって……僕の時の二倍じゃないか……」
「て……店長……?」
「カズキそっとする。嫉妬おじじみにくい」
「じゃかしいわのぼせもんがァ!!」
「ヒィイ!!」
何もしていないのに和祁までとばっちりで怒られてしまった。
(ひぃい……店長って、怒るとウチの爺ちゃんみたいで怖いんだよなぁ……)
やはり、初日にとんでもない人だと思ったのは間違いではなかったようだ。
これ以上速来が怒られないようにと肩に抱き上げると、怒鳴る相手を失った丈牙は不機嫌な顔をしながら、頭をぼりぼりと掻いた。
「まあ、等価は等価だ。仕方ない……。どうせ大目に貰ったんだ、和祁、店長命令だ。今からホットケーキ焼いて見ろ」
「え゛っ!? ま、待って下さいよ、俺料理した事無いんですけど!」
いきなり無茶を言うなと和祁は慌てたが、しかし丈牙は不機嫌そうに目を細めて、じとりと和祁を見やる。
「学校でやったろうが、教えてあげるからやってみなさい」
「う、うぅ……はいぃ……」
言い方は先程よりも穏やかだが、やはり有無を言わさぬ何かの圧力を感じる。
笑顔と言うのは時に凶器にもなるのだなと思いながら、和祁はカウンターに入って丈牙の指導の下、ホットケーキを作り始めた。
「まず僕が作るから、見てしっかり覚える事」
そう言いながら、丈牙は用意した道具でてきぱきと作り始めた。
材料は、ホットケーキの粉に砂糖、新鮮な牛乳と卵に溶かしたバター。
じっくりと混ぜてタネ生地がとろりとして来たら、お玉一杯分掬って少し高い位置から丸くなるように生地を垂らす。火加減はぎりぎり中火になる弱火。生地からふつふつふつふつと穴が開いてやんわり固まって来たら、ぽんと裏返して少し待つ。真ん中を竹串で刺して火が通っていたら、ふんわり丸いホットケーキの完成だ。
真っ黄色のバターの塊をホットケーキのてっぺんに落とせば、バターの濃厚な香りと甘いホットケーキの匂いが混ざって、お腹が空いて来る。
食べて見ろ、と二段重ねのふっくらしたホットケーキを出されて、和祁は思わずフォークを伸ばして一片を切り取った。
「ん……! これっ、うまっ……!」
仄かに感じるミルクの甘さとふわふわしているがしっかりとした食感。上に乗せたバターの旨味がじゅわっとケーキに染みて、震えが来るほど美味い。
昔ながらのホットケーキと言った所だが、何故かとても美味しく感じてしまう。
感動に頬を紅潮させながら目を瞬かせる和祁に、我慢出来なくなったのか速来も食べたがって、カウンターの上を落ち着きなく歩きながらんーんーと唸った。
「カズキ、俺も、俺もたべる。おいしいのたべる」
「あっ、ごめんごめん。ちょっと冷ましてからな。……よし、ほら、あーんして」
猫の舌には熱かろうと、小さく切って冷ましてやる。
そうして、人間のように器用に座った速来にも食べさせてやると。
「~~~~っ! 非常好吃!! あま! ふぉとけき、うま!」
羽箒のような尻尾をぶわっと膨らませ、速来は前足をばたばた動かす。まんまるとした目はキラキラ輝いていて、どうやらとても喜んでいるようだ。
その姿が可愛くて、和祁はついホットケーキを半分も食べさせてしまった。
これが普通の猫なら絶対にやってはいけない事だが、相手は猫……いや、虎の妖怪なので問題はないだろう。人も動物も喜んでいる顔は良いものだなと思いつつ、和祁も残りのホットケーキを完食した。
「では、作って貰おう。なに、最初は誰でも失敗するもんだ。幸い粉はたっぷりあるし、今日も客なんて来そうにないから存分に作ればいい」
「は……はい……」
うむを言わさぬ丈牙の言葉に、和祁は渋々お玉を持つ。
そうして、作り始めた――――のは、いいのだが。
そもそもの話、和祁は料理など家庭科の授業でしか作った事が無い。しかも、その授業でだって「野菜を切る係」だとか「煮込みのアクを取る係」などの、おおよそ表舞台とは程遠い地味な作業ばかりやらされていた。
それもこれも、転校したばかりで人とコミュニケーションが取れないからだったのだが、今となってはきちんと関わっておくべきだったと和祁は内心頭を抱える。
バイトをするにしろ、こんな風に調理をするなんて思わなかった。
だからなのか、和祁はホットケーキ一つを作るのにもかなり苦戦する有様で。
綺麗な丸にならないわ、焼きすぎでコゲるわ、生焼けのまま出すわで、無駄にしたタネ生地は数知れない。その全てを速来が「うまうま」と食べてくれるので、辛うじて丈牙には叱られてはいないが、しかし数十度の失敗ともなると、和祁も流石に意気消沈してしまっていた。
だが、今日の丈牙は何故か和祁の事を怒らなかった。むしろ、失敗を一つずつ取り上げて改善させながら、根気よくホットケーキ作りに付き合ってくれたのだ。
やがて、店の時計がそろそろ夕方にさしかかるという頃になって――
「や……った……!! で、出来たっ、出来ましたよ店長ぉおお!」
「ま、これくらいなら及第点かな」
皿の上に乗っているのは、ほんの少し円が歪んでいるが、しかし綺麗なきつね色の焼き目の付いた美味しそうなホットケーキだ。
苦節数十回、和祁はようやく店に出せるクオリティのホットケーキを完成させる事が出来たのである。
喜ぶ和祁に、腹が太鼓のように膨れた速来がゲンナリした顔を前足で拭った。
「よかった……俺もう腹やぶれる……ふぉとけき今日はいらない……」
「ご、ごめんな速来……でも、もう大丈夫だ! これからは完璧に焼けるぞ!」
「いやー良かったよかった。これでまた一つ僕の仕事が減ったよ」
そう言われると、まるで丈牙がサボるために和祁が頑張ったような事になるのだが、しかしホットケーキを焼く腕はどこででも役に立つはずだ。
まあ今回は深く考えまい、と、和祁が思っていると……長らく開くことが無かった店の扉が、ドアベルの音をチリンと立てて開いた。
「あ……あの、ぅ」
「っ!?」
驚いて、三人同時にドアの方を見やる。
そこには――一匹の小さな子ぎつねがドアに寄り掛かるようにして、恐る恐ると言った様子で店の中を覗いていた。
(こ、子ぎつね……!?)
ふんわりとした毛並みに、犬に似ているが犬とは異なる鼻の細さと顔つき。なにより、大きな耳と膨らんだ尻尾が相手が間違いなく狐であることを示していた。
だが、まさか動物の姿そのままの狐が二本足で歩いてやって来るとは。
いらっしゃいませ、と言った方が良いのだろうかと思っていると。
「あ、あ、あのっ、に、にんげんさ、こまおしえれくらさい……!」
「え?」
「こま、たぬきとしょうぶ、こま出来らい、負けるれす! どおか、おたろみもうしあす……」
何だかよく解らない事を言いながら子ぎつねは入って来て、ちょこんと座るとそれはもう深々と頭を下げてきた。
「コマ……勝負…………ああ、もしかして、喧嘩ゴマか」
「喧嘩ゴマ?」
なんだそれはと丈牙を振り向く和祁に、丈牙は目を細めて微笑んだ。
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