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拾壱 絡新婦ノ章
拾壱ノ拾 陰陽師の足跡が残る地へ
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翌日は、オババの一声で宴となりました。
よく晴れた空のもと、敷物の上にありったけの馳走を並べられます。
村の真ん中に設えられた台にオババが立ち、「助けてくださった陰陽師さまとその使い殿に置かれましては云々……」と長々語りだします。
だんだん話が脱線して、若い頃の自分がどれだけ男たちをトリコにしてきたかなんて話をはじめてしまい、村人たちが「それはもう百回は聞いたさー」と爆笑します。
みんながとても嬉しそうに笑っているので、ヒナも楽しくなります。
「賑やかで楽しいわね、ナギお兄さん、フエノさん」
「ええ。ヒナさんも絡新婦退治でたくさんがんばってくれたから、疲れたでしょう。お腹いっぱい食べてくださいね」
「はぁい! わあ! お魚があるー!」
ヒナはアジの開きを焼いたのを、大きな口をあけてほおばります。魚を食べると大きくなれる、と海の村で聞いて以来、魚が好物になったのです。
「さぁさぁ、フエノさまもどうぞ。うちの息子を助けてくれて、ほんに感謝しとるんよ」
「要らない」
「遠慮なんてしなくていいんよ。この煮物はうちでとれた根菜を入れていてねぇ」
女性がどんどん料理をよそって渡してくるので、目を盗んで全部雀に丸投げします。
ここぞとばかりにガッつく雀。
これ以上太ると埋めると言われたことなどすっかり忘れて、粥や汁など勢いよく吸収していきます。
オーサキはようやく毛が乾いたので、ナギのえりもとに収まっています。タビはアジを分けてもらえて上機嫌。
とても賑やかだけど、村の片隅では涙にくれる者もいます。亡くなってしまった者の家族です。
ナギはそれに気づいたので、どうしても心から宴を楽しむという気にはなれません。
暗い顔でお茶を飲むナギに、フェノエレーゼが声をかけます。
「そうだ。あの蜘蛛が最初現れたときは、人のように見えたんだ。私に触れたとたん、蜘蛛の正体が見えるようになった。ナギには原因がわかるか?」
「え? あ、ああ。おそらくですが、貴女に贈ったその髪紐の効力ではないかと思います」
「これが? ただの髪紐ではないのか?」
少し前、ナギが御守りだと言ってフェノエレーゼに贈った、紫色の髪紐。
「六根清浄《ろっこんしょうじょう》……五感と第六感を鋭くして穢《けが》れを清め給《たま》えという意味の術をかけています。穢れの存在である絡新婦が触れ、霧の幻術がとけた」
「その術が、まさしく御守《おまも》りになったのだな」
かつては陰陽師を毛嫌いしていたのに、その陰陽師であるナギに守られる日が来るとは思いもしませんでした。
長々と自分語りをしていたオババが、ようやく話を終えてナギに言います。
「おお、そうじゃった! 陰陽師殿は陰陽道の修行の旅をしておられるのだったな」
「ええ。見識を深めるため、旅をしています」
「ならばここより西の沿岸、遠江国《とおとうみのくに》に行くが良い。安倍晴明《あべのせいめい》っちゅう陰陽師さまが津波が、来ぬよう鎮めてくれた晴明塚というのがあるそうじゃ」
「安倍晴明……。御名前をうかがったことがあります。陰陽師のなかで芦屋道満《あしやどうまん》と双璧を成すとても力のある御方《おかた》だと」
安倍晴明と芦屋道満。陰陽道を学ぶ者で、この二人の名を知らない者はいないと言っても過言ではありません。全土に名をとどろかすほどすごい人たちなのです。
師から教わるのとは違うことを知ることもできるでしょう。ナギは自然災害を鎮めてしまえるほどの術や儀式を、見てみたいと思いました。
「行ってみてもいいのではないか。どうせ私の旅は当てなどない。跡地であるなら、その陰陽師本人と対面などということにはならんだろう」
フェノエレーゼは扇で顔をあおぎ、提案します。
「ありがとうございます、フェノエレーゼさん」
こうして、次なる目的地が決まりました。
安倍晴明の足跡が残る地、遠江。
拾壱 絡新婦ノ章 了
よく晴れた空のもと、敷物の上にありったけの馳走を並べられます。
村の真ん中に設えられた台にオババが立ち、「助けてくださった陰陽師さまとその使い殿に置かれましては云々……」と長々語りだします。
だんだん話が脱線して、若い頃の自分がどれだけ男たちをトリコにしてきたかなんて話をはじめてしまい、村人たちが「それはもう百回は聞いたさー」と爆笑します。
みんながとても嬉しそうに笑っているので、ヒナも楽しくなります。
「賑やかで楽しいわね、ナギお兄さん、フエノさん」
「ええ。ヒナさんも絡新婦退治でたくさんがんばってくれたから、疲れたでしょう。お腹いっぱい食べてくださいね」
「はぁい! わあ! お魚があるー!」
ヒナはアジの開きを焼いたのを、大きな口をあけてほおばります。魚を食べると大きくなれる、と海の村で聞いて以来、魚が好物になったのです。
「さぁさぁ、フエノさまもどうぞ。うちの息子を助けてくれて、ほんに感謝しとるんよ」
「要らない」
「遠慮なんてしなくていいんよ。この煮物はうちでとれた根菜を入れていてねぇ」
女性がどんどん料理をよそって渡してくるので、目を盗んで全部雀に丸投げします。
ここぞとばかりにガッつく雀。
これ以上太ると埋めると言われたことなどすっかり忘れて、粥や汁など勢いよく吸収していきます。
オーサキはようやく毛が乾いたので、ナギのえりもとに収まっています。タビはアジを分けてもらえて上機嫌。
とても賑やかだけど、村の片隅では涙にくれる者もいます。亡くなってしまった者の家族です。
ナギはそれに気づいたので、どうしても心から宴を楽しむという気にはなれません。
暗い顔でお茶を飲むナギに、フェノエレーゼが声をかけます。
「そうだ。あの蜘蛛が最初現れたときは、人のように見えたんだ。私に触れたとたん、蜘蛛の正体が見えるようになった。ナギには原因がわかるか?」
「え? あ、ああ。おそらくですが、貴女に贈ったその髪紐の効力ではないかと思います」
「これが? ただの髪紐ではないのか?」
少し前、ナギが御守りだと言ってフェノエレーゼに贈った、紫色の髪紐。
「六根清浄《ろっこんしょうじょう》……五感と第六感を鋭くして穢《けが》れを清め給《たま》えという意味の術をかけています。穢れの存在である絡新婦が触れ、霧の幻術がとけた」
「その術が、まさしく御守《おまも》りになったのだな」
かつては陰陽師を毛嫌いしていたのに、その陰陽師であるナギに守られる日が来るとは思いもしませんでした。
長々と自分語りをしていたオババが、ようやく話を終えてナギに言います。
「おお、そうじゃった! 陰陽師殿は陰陽道の修行の旅をしておられるのだったな」
「ええ。見識を深めるため、旅をしています」
「ならばここより西の沿岸、遠江国《とおとうみのくに》に行くが良い。安倍晴明《あべのせいめい》っちゅう陰陽師さまが津波が、来ぬよう鎮めてくれた晴明塚というのがあるそうじゃ」
「安倍晴明……。御名前をうかがったことがあります。陰陽師のなかで芦屋道満《あしやどうまん》と双璧を成すとても力のある御方《おかた》だと」
安倍晴明と芦屋道満。陰陽道を学ぶ者で、この二人の名を知らない者はいないと言っても過言ではありません。全土に名をとどろかすほどすごい人たちなのです。
師から教わるのとは違うことを知ることもできるでしょう。ナギは自然災害を鎮めてしまえるほどの術や儀式を、見てみたいと思いました。
「行ってみてもいいのではないか。どうせ私の旅は当てなどない。跡地であるなら、その陰陽師本人と対面などということにはならんだろう」
フェノエレーゼは扇で顔をあおぎ、提案します。
「ありがとうございます、フェノエレーゼさん」
こうして、次なる目的地が決まりました。
安倍晴明の足跡が残る地、遠江。
拾壱 絡新婦ノ章 了
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