109 / 147
拾 棚機ノ章
拾ノ参 棚機津女を襲った妖怪
しおりを挟む
ヒナはお役目をもらったその足ですぐ、棚機津女に会いに行きました。
村にいる同じ年頃の娘と何か特別違うでもない、ごくごく普通の娘です。
「棚機津女は儀式のために織物をする特別な人だ」と聞かされていたので、思ったより身近な存在のようですこし安心しました。
「はじめまして。わたしはヒナ。陰陽師のお兄さんたちに、聞きたいこと代わりに聞いてきてほしいって、たのまれてきたの」
「はじめまして、私はキヌ。私のためにわずらわせてごめんなさいね」
キヌは手で口元をおおうようにして、うつむきがちです。顔色もあまりよくなくて、ヒナは心配になります。
借りた机に紙と筆を広げて、キヌに問いかけます。
「キヌお姉さんは、どんな妖怪さんにあったの。何かされて、だから苦しいの? 思い出すの辛いかもしれないけど、ひとつでもいいから、相手が何なのか知る手がかりがほしいの」
単刀直入に聞かれて、キヌは頭を左右にふります。
「私、私は……棚機津女に選ばれてしまったけれど、ほんとうは、辞退したほうがいいの。私の他にいた候補の娘《こ》のほうがふさわしいわ」
「どうして? 村長さんが言っていたわ。タナバタツメになれるのはホマレでホコリなんだって」
誉れも誇りも、ヒナにはなんなのかわかりません。けれど、とても大事な役目で、なりたいからといって誰でもなれるものではない、胸を張れるものだと村長から聞いています。
「ふふっ。ホマレ、ね。そんなにホマレなんてものがほしいなら、あなたがなればいいじゃない。こんな、こんなくだらない役目喜んでくれてやるわよ」
「え……」
言ってしまってから、キヌは慌ててヒナから目をそらします。
突然突き放すような声音でなじられ固まるヒナに、妖怪に会ったときのことを語ります。
「木の実を取りに森に行ったら、毛むくじゃらで、二つの目玉だけ嫌に目立つ不気味なものが現れたわ。“お前は棚機津女に相応しくない。他の娘のほうが相応しい、と思っているだろ? ワシが食えば津女にならずに済むぞ”そして大きく口を開いて襲ってきたの。持っていたもの全部放り出して走って逃げて、なんとか村に帰れたけど……」
その時のことを思い出してしまったようで、キヌは固く目を閉じて身震いしています。
ヒナは疑問に思って確かめます。
「その妖怪はしゃべったの?」
「なに。私が嘘をついているとでも?」
「ううん。そうじゃないの。妖怪のことばを聞き取れる人は少ないんだって、フエノさんからおしえてもらったから」
実際、雀やオーサキ、タビ、それとこれまで出会ってきた桜木精や狐、烏などとは、会話できたことはありません。
動物系統の妖は、他の動物のように鳴いているようにしか聞こえないのです。
キヌが妖の声を聞き取ることのできるとくべつな人なのか、それともその妖怪が人のことばを話せる能力を持っているのか。ヒナには判断することはできません。
とにかく紙に聞いたこと、不思議に思ったことを書きとめて、キヌにお礼を言います。
「ありがとう、お姉さん。陰陽師のお兄さんたちに伝えるね。かならずなんとかなるから」
キヌの返事はありません。不愉快そうに顔をしかめてヒナの方を見ないまま。
帰り支度をすませて出ていこうとしたヒナの背に、小さな声が届きます。
「……ごめん、ありがとう。久しぶりに人と話せて、良かったわ」
ヒナは振り返り、笑います。
「うん!」
村にいる同じ年頃の娘と何か特別違うでもない、ごくごく普通の娘です。
「棚機津女は儀式のために織物をする特別な人だ」と聞かされていたので、思ったより身近な存在のようですこし安心しました。
「はじめまして。わたしはヒナ。陰陽師のお兄さんたちに、聞きたいこと代わりに聞いてきてほしいって、たのまれてきたの」
「はじめまして、私はキヌ。私のためにわずらわせてごめんなさいね」
キヌは手で口元をおおうようにして、うつむきがちです。顔色もあまりよくなくて、ヒナは心配になります。
借りた机に紙と筆を広げて、キヌに問いかけます。
「キヌお姉さんは、どんな妖怪さんにあったの。何かされて、だから苦しいの? 思い出すの辛いかもしれないけど、ひとつでもいいから、相手が何なのか知る手がかりがほしいの」
単刀直入に聞かれて、キヌは頭を左右にふります。
「私、私は……棚機津女に選ばれてしまったけれど、ほんとうは、辞退したほうがいいの。私の他にいた候補の娘《こ》のほうがふさわしいわ」
「どうして? 村長さんが言っていたわ。タナバタツメになれるのはホマレでホコリなんだって」
誉れも誇りも、ヒナにはなんなのかわかりません。けれど、とても大事な役目で、なりたいからといって誰でもなれるものではない、胸を張れるものだと村長から聞いています。
「ふふっ。ホマレ、ね。そんなにホマレなんてものがほしいなら、あなたがなればいいじゃない。こんな、こんなくだらない役目喜んでくれてやるわよ」
「え……」
言ってしまってから、キヌは慌ててヒナから目をそらします。
突然突き放すような声音でなじられ固まるヒナに、妖怪に会ったときのことを語ります。
「木の実を取りに森に行ったら、毛むくじゃらで、二つの目玉だけ嫌に目立つ不気味なものが現れたわ。“お前は棚機津女に相応しくない。他の娘のほうが相応しい、と思っているだろ? ワシが食えば津女にならずに済むぞ”そして大きく口を開いて襲ってきたの。持っていたもの全部放り出して走って逃げて、なんとか村に帰れたけど……」
その時のことを思い出してしまったようで、キヌは固く目を閉じて身震いしています。
ヒナは疑問に思って確かめます。
「その妖怪はしゃべったの?」
「なに。私が嘘をついているとでも?」
「ううん。そうじゃないの。妖怪のことばを聞き取れる人は少ないんだって、フエノさんからおしえてもらったから」
実際、雀やオーサキ、タビ、それとこれまで出会ってきた桜木精や狐、烏などとは、会話できたことはありません。
動物系統の妖は、他の動物のように鳴いているようにしか聞こえないのです。
キヌが妖の声を聞き取ることのできるとくべつな人なのか、それともその妖怪が人のことばを話せる能力を持っているのか。ヒナには判断することはできません。
とにかく紙に聞いたこと、不思議に思ったことを書きとめて、キヌにお礼を言います。
「ありがとう、お姉さん。陰陽師のお兄さんたちに伝えるね。かならずなんとかなるから」
キヌの返事はありません。不愉快そうに顔をしかめてヒナの方を見ないまま。
帰り支度をすませて出ていこうとしたヒナの背に、小さな声が届きます。
「……ごめん、ありがとう。久しぶりに人と話せて、良かったわ」
ヒナは振り返り、笑います。
「うん!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる