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伍 鬼ノ章
伍ノ拾弐 心をなくした死霊
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子の刻、昨日と同じように、川面の上にがしゃどくろが現れました。
四つん這いになり、低くうめきます。
『あぁああぁ……あぁああ、ぁぁぁあぁ……』
真っ暗で奥が見えない眼窩は涙を流すことはできません。けれど悲しげな声からは、がしゃどくろが泣きたいのだと伝わります。
がしゃどくろが暴れ、次々木がなぎ倒されていきます。
陸に上がり、村に近づこうとしたがしゃどくろの目の前に、三つの人影が立ちふさがりました。
フェノエレーゼは扇をかざし、がしゃどくろを見上げます。
「いくぞ、二人とも。ナギの札があるから、こやつは集落の家に触れることはできん。あいつが経を唱える間、ここで足止めするんだ」
「わあってるよ! こっちだ化け物! 村には入らせねえぞ!」
フェノエレーゼの指示に、宗近が刀を抜きます。相対するのは二度目なので、やや腰がひけているものの、声をはりあげがしゃどくろを挑発します。
「任せてください」
ナギも札を人差し指と中指の間に挟み、がしゃどくろを見上げます。
無念の魂が寄せ集まっているせいでしょう。がしゃどくろから発せられる邪気はあまりにも澱んでいて、背筋が凍りそうなほどです。
伸ばされた腕が家屋に届きそうになり、宗近が刀を盾にします。が、恐ろしいほどの力でおさえきれるようなものではありません。
刀がギシギシと折れそうなほど軋み、見かねたフェノエレーゼが羽扇を振り上げます。
風圧に押し返されのけぞったがしゃどくろが、今度はフェノエレーゼを標的にとらえました。
見た目の巨大さに似合わず素早い動きでフェノエレーゼを握り潰そうとします。自分の背丈よりはるかに大きな手で掴まれ、フェノエレーゼは身動きが取れなくなりました。
「ぐ、くそ、はな、せ! この!」
がしゃどくろのもつ邪気に蝕まれ、フェノエレーゼの呪いの刻印がじわじわと広がります。
「フェノエレーゼさん!」
ナギがフェノエレーゼを助けるべく札を投げようとして、がしゃどくろはもう片方の手でナギを振り払いました。
自分達の力ではどうすることもできない。三人は嫌というほど実感します。
酒天童子は数珠を握りしめ、ゆっくりとがしゃどくろに歩み寄りました。
『シュテン…………ぁぁぁぅぁあ』
「その声は……やはり茨木」
ずっと呼んでいたはずの酒呑童子を前にしても、がしゃどくろはそれが誰かわからず、うめくばかりです。
「お前が助けてくれたから、おれは今生きてここにいる。感謝している、茨木。けれど、お前はもう自我も失ってしまったのだな……」
悲しげに言い、頭をおおっていた外套をとってがしゃどくろを見据えました。
名前を名乗らなかった協力者が妖怪だとわかり、宗近は驚きを隠せません。
妖怪は嫌いでも、酒呑童子が本当に村を救おうと動いていることを悟り、捕まったフェノエレーゼを助けるべく刀を握り直しました。
けれど、フェノエレーゼを拘束する骨の手はびくともしません。
フェノエレーゼがいくらもがいても、呪いで力を封じられている今、莫大な妖力のがしゃどくろにはかないません。
「フエノさーーん!!」
今ここにいるべきでない幼い声を聞き、フェノエレーゼは耳と目を疑いました。
宿の中でおとなしくしていろといっておいたヒナが、雀を肩にのせてかけよってきたのです。
「この、ば、か! 子どもなんか、こいつの前では、ひとたまりも!」
「でも、フエノさんが苦しいのは見てられないもの!」
その手にはナギが作った札が握りしめられていました。昼に配ったものが一枚あまっていたのです。
「どくろさん、ごめんなさい! フエノさんをはなして!」
ヒナは怯むことなく、フェノエレーゼを拘束する骨に札を投げました。
『ぐがぁぁあぁ!!』
札で傷ついたがしゃどくろの拘束がゆるみ、フェノエレーゼは地面に投げ出されました。ヒナは涙を流しながら抱きつきます。
「フエノさん! ぶじ!?」
「ばか、が。来るなと、言った、のに……」
『チチチぃ。そんなこと言っちゃって旦那ぁ。本当は嬉しいくせにー』
「そんなに焼き鳥になりたいのか?」
フェノエレーゼの切り返しは全く冗談に聞こえません。いつも以上にきつーく睨まれ、雀はくちばしをつぐみました。
「すまない、茨木。おれを守ろうとしたばかりに。せめて、来世でお前が幸せになれるよう祈る」
酒呑童子は数珠を手に、一心に経をよみます。
ただひたすら、茨木童子と、がしゃどくろに成り果てた魂たちを救いたいと願いながら。
四つん這いになり、低くうめきます。
『あぁああぁ……あぁああ、ぁぁぁあぁ……』
真っ暗で奥が見えない眼窩は涙を流すことはできません。けれど悲しげな声からは、がしゃどくろが泣きたいのだと伝わります。
がしゃどくろが暴れ、次々木がなぎ倒されていきます。
陸に上がり、村に近づこうとしたがしゃどくろの目の前に、三つの人影が立ちふさがりました。
フェノエレーゼは扇をかざし、がしゃどくろを見上げます。
「いくぞ、二人とも。ナギの札があるから、こやつは集落の家に触れることはできん。あいつが経を唱える間、ここで足止めするんだ」
「わあってるよ! こっちだ化け物! 村には入らせねえぞ!」
フェノエレーゼの指示に、宗近が刀を抜きます。相対するのは二度目なので、やや腰がひけているものの、声をはりあげがしゃどくろを挑発します。
「任せてください」
ナギも札を人差し指と中指の間に挟み、がしゃどくろを見上げます。
無念の魂が寄せ集まっているせいでしょう。がしゃどくろから発せられる邪気はあまりにも澱んでいて、背筋が凍りそうなほどです。
伸ばされた腕が家屋に届きそうになり、宗近が刀を盾にします。が、恐ろしいほどの力でおさえきれるようなものではありません。
刀がギシギシと折れそうなほど軋み、見かねたフェノエレーゼが羽扇を振り上げます。
風圧に押し返されのけぞったがしゃどくろが、今度はフェノエレーゼを標的にとらえました。
見た目の巨大さに似合わず素早い動きでフェノエレーゼを握り潰そうとします。自分の背丈よりはるかに大きな手で掴まれ、フェノエレーゼは身動きが取れなくなりました。
「ぐ、くそ、はな、せ! この!」
がしゃどくろのもつ邪気に蝕まれ、フェノエレーゼの呪いの刻印がじわじわと広がります。
「フェノエレーゼさん!」
ナギがフェノエレーゼを助けるべく札を投げようとして、がしゃどくろはもう片方の手でナギを振り払いました。
自分達の力ではどうすることもできない。三人は嫌というほど実感します。
酒天童子は数珠を握りしめ、ゆっくりとがしゃどくろに歩み寄りました。
『シュテン…………ぁぁぁぅぁあ』
「その声は……やはり茨木」
ずっと呼んでいたはずの酒呑童子を前にしても、がしゃどくろはそれが誰かわからず、うめくばかりです。
「お前が助けてくれたから、おれは今生きてここにいる。感謝している、茨木。けれど、お前はもう自我も失ってしまったのだな……」
悲しげに言い、頭をおおっていた外套をとってがしゃどくろを見据えました。
名前を名乗らなかった協力者が妖怪だとわかり、宗近は驚きを隠せません。
妖怪は嫌いでも、酒呑童子が本当に村を救おうと動いていることを悟り、捕まったフェノエレーゼを助けるべく刀を握り直しました。
けれど、フェノエレーゼを拘束する骨の手はびくともしません。
フェノエレーゼがいくらもがいても、呪いで力を封じられている今、莫大な妖力のがしゃどくろにはかないません。
「フエノさーーん!!」
今ここにいるべきでない幼い声を聞き、フェノエレーゼは耳と目を疑いました。
宿の中でおとなしくしていろといっておいたヒナが、雀を肩にのせてかけよってきたのです。
「この、ば、か! 子どもなんか、こいつの前では、ひとたまりも!」
「でも、フエノさんが苦しいのは見てられないもの!」
その手にはナギが作った札が握りしめられていました。昼に配ったものが一枚あまっていたのです。
「どくろさん、ごめんなさい! フエノさんをはなして!」
ヒナは怯むことなく、フェノエレーゼを拘束する骨に札を投げました。
『ぐがぁぁあぁ!!』
札で傷ついたがしゃどくろの拘束がゆるみ、フェノエレーゼは地面に投げ出されました。ヒナは涙を流しながら抱きつきます。
「フエノさん! ぶじ!?」
「ばか、が。来るなと、言った、のに……」
『チチチぃ。そんなこと言っちゃって旦那ぁ。本当は嬉しいくせにー』
「そんなに焼き鳥になりたいのか?」
フェノエレーゼの切り返しは全く冗談に聞こえません。いつも以上にきつーく睨まれ、雀はくちばしをつぐみました。
「すまない、茨木。おれを守ろうとしたばかりに。せめて、来世でお前が幸せになれるよう祈る」
酒呑童子は数珠を手に、一心に経をよみます。
ただひたすら、茨木童子と、がしゃどくろに成り果てた魂たちを救いたいと願いながら。
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