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伍 鬼ノ章
伍ノ拾 酒呑童子とナギ、父子の対面
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宗近たちに札の配布を任せたナギは、酒呑童子に会うため山道を歩いていました。
本当ならナギが自分で札を配り、酒呑童子と面識のあるフェノエレーゼががしゃどくろ退治の交渉するべきなのでしょう。
宗近がナギを……というより妖怪を毛嫌いしているのが目に見えてわかったので、宗近に人間だと思われているフェノエレーゼに札配りを頼んだのです。
フェノエレーゼは札に触れられなくても、ヒナならば問題なく触れることができます。
あちらは今頃うまくやっているだろうかと心配になるけれど、自分のやるべきことをきちんとしようと前を向いて歩きます。
オーサキが鼻をすんすんならしてあたりをみまわし、においのする方向を示します。
『きゅいー! 主様、あちらです。だいぶ匂いが近くなりましたわ』
「ありがとう、オーサキ。それにしても、まさかおれを助けたが酒呑童子だったなんて……」
『主様はおいやでしょうけれど、あたしが助けてって言ったらすぐに主様をフモトに運んでくれたの。本当は人里におりてはいけないから、それ以上はできないとも言っていたけれど』
ナギは酒呑童子の血をひいたせいで捨てられたと教えられ、兄弟子たちからさげすまれて育ちました。酒呑童子を長年恨んできたのです。
それがいきなり、山道で倒れた自分を助けてくれたのだと聞かされて、ナギは複雑な気持ちでした。
フェノエレーゼとオーサキの言葉でなければ、夢でも見たのだろうと笑っていたでしょう。
玉藻経由で知らされた妹の話からするに、酒呑童子は自分にこどもがいることを知らなかったのです。
向こうに渡った妹から聞いたとしても、なぜ見ず知らずの自分を助けたのだろうと疑問に思います。
秋が近く、こうして動いていなければ肌寒いくらいです。
赤に色づき始めた木々を見上げて吐いた息が、かすかにしらみます。
『きゅい。残念です。あたしでもしんじてもらえませんか……』
「いいや。オーサキを疑っているわけでなはいよ。ただ、噂通りの悪人ではないのだな、と」
粗暴で人里を荒らしまわった鬼の頭領と、自分を助けてくれた男が同一人物だとは、信じがたくてなんとも言えない気持ちです。
オーサキに示されるまま、人が立ち入らないであろう、山道を大きくそれたけもの道をいって半刻ほど。
朽ちかけた小屋があり、そこに黒い外套をかぶった者がいました。
『主様、このひとが酒呑童子です!』
「ああ、起きたのか。山登りができるなら、もう大丈夫なようだな」
「……おかげさまで」
酒呑童子が頭にかかる外套(がいとう)をとりました。ナギより少し背が高く、がたいがいいのが外套ごしでもわかるほどです。
フェノエレーゼが言うのも納得するほど、面差しがナギに似ていました。
紫の瞳は逸らされることなくナギをみています。
親を知らずに育ったため、どういう対応が正解なのか、ナギは戸惑いました。
「おれに何か用があって来たのだろう。そのクダギツネから聞いた。がしゃどくろを祓うのか?」
「そのつもりでした。けれど……」
ナギはフェノエレーゼから聞いた話を伝えます。がしゃどくろのなかに取り込まれている死者は、おそらく酒呑童子の縁者だろうということを。
「生きていてくれたらと思っていたが、そうか……。こんなことを頼める立場でないことは重々承知しているが、手を貸してくれ。おれはアイツを、茨木童子を助けたい。
がしゃどくろに堕ちて苦しんでいるアイツを、殺すなんてできない。どうにかがしゃどくろから引きはがして、浄化してやりたい」
深々頭を下げられ、ナギの中に長年募っていたわだかまりが解けました。
母の語る過去は、美化された思い出などではなく真実だったのでしょう。
酒呑童子は、人を苦しめて楽しむようなひとでは無かった。こんなにも仲間を思っているのだから。
「助けると言われても、今のおれが使える術は封じか使役。不浄に堕ちた魂を清めることなんて」
ナギの知る陰陽術には、死者の魂を清め導くものなどないのです。
吉兆を視る占。
風水により運を向上させること。
妖怪の使役。
悪行を重ねる妖怪の封印。
そして、相手の生死すら左右する呪術。
ナギの答えを予期していたのか、酒呑童子は小さくうなずきます。
「それはおれがやる。フェノエレーゼもいるだろう。だから、お前たちにはがしゃどくろが暴れないように抑えていて欲しい」
『きゅい! おれがやるって、主様にもできないのにおおきくでたものね』
「ずいぶんな言い草だな。お前の式神性格悪くないか」
顔を隠していても、声がやや不機嫌になったのがわかって、ナギは笑ってしまいます。
「オーサキ。手を貸してもらうのだからそういう言い方はやめなさい。……酒呑童子。なにか策があるのですか」
「ああ。死者を導くのは法師の本分だからな。アイツがきちんと浄土にいけるようにしたいんだ」
それを聞いて、ナギは思い出しました。
酒呑童子は子供のころに寺に預けられていたことを。経を読んで暮らしていたことを。
本当ならナギが自分で札を配り、酒呑童子と面識のあるフェノエレーゼががしゃどくろ退治の交渉するべきなのでしょう。
宗近がナギを……というより妖怪を毛嫌いしているのが目に見えてわかったので、宗近に人間だと思われているフェノエレーゼに札配りを頼んだのです。
フェノエレーゼは札に触れられなくても、ヒナならば問題なく触れることができます。
あちらは今頃うまくやっているだろうかと心配になるけれど、自分のやるべきことをきちんとしようと前を向いて歩きます。
オーサキが鼻をすんすんならしてあたりをみまわし、においのする方向を示します。
『きゅいー! 主様、あちらです。だいぶ匂いが近くなりましたわ』
「ありがとう、オーサキ。それにしても、まさかおれを助けたが酒呑童子だったなんて……」
『主様はおいやでしょうけれど、あたしが助けてって言ったらすぐに主様をフモトに運んでくれたの。本当は人里におりてはいけないから、それ以上はできないとも言っていたけれど』
ナギは酒呑童子の血をひいたせいで捨てられたと教えられ、兄弟子たちからさげすまれて育ちました。酒呑童子を長年恨んできたのです。
それがいきなり、山道で倒れた自分を助けてくれたのだと聞かされて、ナギは複雑な気持ちでした。
フェノエレーゼとオーサキの言葉でなければ、夢でも見たのだろうと笑っていたでしょう。
玉藻経由で知らされた妹の話からするに、酒呑童子は自分にこどもがいることを知らなかったのです。
向こうに渡った妹から聞いたとしても、なぜ見ず知らずの自分を助けたのだろうと疑問に思います。
秋が近く、こうして動いていなければ肌寒いくらいです。
赤に色づき始めた木々を見上げて吐いた息が、かすかにしらみます。
『きゅい。残念です。あたしでもしんじてもらえませんか……』
「いいや。オーサキを疑っているわけでなはいよ。ただ、噂通りの悪人ではないのだな、と」
粗暴で人里を荒らしまわった鬼の頭領と、自分を助けてくれた男が同一人物だとは、信じがたくてなんとも言えない気持ちです。
オーサキに示されるまま、人が立ち入らないであろう、山道を大きくそれたけもの道をいって半刻ほど。
朽ちかけた小屋があり、そこに黒い外套をかぶった者がいました。
『主様、このひとが酒呑童子です!』
「ああ、起きたのか。山登りができるなら、もう大丈夫なようだな」
「……おかげさまで」
酒呑童子が頭にかかる外套(がいとう)をとりました。ナギより少し背が高く、がたいがいいのが外套ごしでもわかるほどです。
フェノエレーゼが言うのも納得するほど、面差しがナギに似ていました。
紫の瞳は逸らされることなくナギをみています。
親を知らずに育ったため、どういう対応が正解なのか、ナギは戸惑いました。
「おれに何か用があって来たのだろう。そのクダギツネから聞いた。がしゃどくろを祓うのか?」
「そのつもりでした。けれど……」
ナギはフェノエレーゼから聞いた話を伝えます。がしゃどくろのなかに取り込まれている死者は、おそらく酒呑童子の縁者だろうということを。
「生きていてくれたらと思っていたが、そうか……。こんなことを頼める立場でないことは重々承知しているが、手を貸してくれ。おれはアイツを、茨木童子を助けたい。
がしゃどくろに堕ちて苦しんでいるアイツを、殺すなんてできない。どうにかがしゃどくろから引きはがして、浄化してやりたい」
深々頭を下げられ、ナギの中に長年募っていたわだかまりが解けました。
母の語る過去は、美化された思い出などではなく真実だったのでしょう。
酒呑童子は、人を苦しめて楽しむようなひとでは無かった。こんなにも仲間を思っているのだから。
「助けると言われても、今のおれが使える術は封じか使役。不浄に堕ちた魂を清めることなんて」
ナギの知る陰陽術には、死者の魂を清め導くものなどないのです。
吉兆を視る占。
風水により運を向上させること。
妖怪の使役。
悪行を重ねる妖怪の封印。
そして、相手の生死すら左右する呪術。
ナギの答えを予期していたのか、酒呑童子は小さくうなずきます。
「それはおれがやる。フェノエレーゼもいるだろう。だから、お前たちにはがしゃどくろが暴れないように抑えていて欲しい」
『きゅい! おれがやるって、主様にもできないのにおおきくでたものね』
「ずいぶんな言い草だな。お前の式神性格悪くないか」
顔を隠していても、声がやや不機嫌になったのがわかって、ナギは笑ってしまいます。
「オーサキ。手を貸してもらうのだからそういう言い方はやめなさい。……酒呑童子。なにか策があるのですか」
「ああ。死者を導くのは法師の本分だからな。アイツがきちんと浄土にいけるようにしたいんだ」
それを聞いて、ナギは思い出しました。
酒呑童子は子供のころに寺に預けられていたことを。経を読んで暮らしていたことを。
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