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伍 鬼ノ章
伍ノ肆 ナギ、倒れる
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フェノエレーゼががしゃどくろと対峙しているのと時同じくして、ナギも分水にいました。
かつて外道丸が分水の寺に預けられ、修練をしていたという話を聞いたからです。
寺の住職が外道丸のことを覚えていればと思い話を聞きに行ったものの、彼がここにいたのはもう二十年以上前。
当時の住職は他界していたのです。
そして現在の住職から、「陰陽師であるならば、昨今信濃の国から流れくる川を根城にして暴れまわっている妖怪を退治してくれ」と請われたのです。
修行中の身とはいえ陰陽道を学ぶもの。困っている人の頼みを無下にはできません。
ナギは依頼を受け、がしゃどくろが出没するという場所を目指して、月明かりでぼんやり映し出される山道を歩きます。
右目があやかしの目であるがゆえ、人間なら困難な夜道でも、松明や提灯を使わずとも景色を見渡すことができました。
『きゅいー。主様、いったんお休みになられては……もう三日も寝てないじゃないですか。お身体に障ります』
「ありがとう、オーサキ。だが、がしゃどくろ退治が遅くなればなるほど、被害は拡大する。一日も早く行かないと」
オーサキが心配するのも無理はありません。ナギは住職から話を聞いたその日のうちに発ち、もう三日、寝ずに歩き通しでした。
見かねたオーサキが何度も休むよう訴えましたが、ナギは首を縦に振りません。責任感の強さがあだとなっていました。
視界は霞み、足元がおぼつかなくなり、ついにナギは倒れてしまいます。
オーサキは涙を流しながらナギを何度も呼ぶけれど、意識を失ったナギから答えは返りません。
『きゅい――――! 主様! 主様! だれか、誰か助けて、主様が!』
どれだけ叫ぼうと、ここは山の中。あたりにこだますのはフクロウや虫の鳴き声だけです。
たまたま人が通りかかって助けてくれる可能性はないに等しいでしょう。人里に下りて助けを呼ぶ以外選択肢はありません。
けれどオーサキはあやかし。人間に声が届くことはありません。
そしてナギは陰陽師。あやかしの天敵ともいえる存在が手を貸してくれるはずもありません。
下手をすれば、動けぬうちに始末しようと考える妖怪すらいるでしょう。
ただここで泣いていてもナギは助からない。オーサキはそばにいたい気持ちをこらえて山道を駆け下ります。
人の中には、まれに妖怪と言葉を交わすことができる者がいる。その偶然にかけることにしました。
しばらくして、火のにおいを感じ取ります。
たき火をするのは知能のある生き物だけです。もしかしたら、とオーサキはその匂いのもとに走ります。
そして声が届くよう願いながら藪を飛び出し、たき火のそばに座る人影に向かって叫びました。
『きゅー! おねがい、主様を助けて!』
「なんだ、だれかの式神か? こんな夜更けにどうしたんだ」
オーサキに返された声は男のものでした。黒い外套をかぶっていて、顔や年齢をうかがい知ることはできません。
その男からは……妖怪のにおいがしました。人型の妖怪、しかも並みの人間ではかなわないほど強力な妖力を感じます。
このさい妖怪でもなんでもいい、とにかくナギを助けたい一心で、オーサキは一部始終説明しました。
男は静かにオーサキの話を聞き、うなずきます。
「なるほどな。がしゃどくろ退治に向かう途中、過労で倒れてしまったと。その主はどこにいる?」
『助けてくれるの? あんた、あたしの話聞いてた? 主様は陰陽師なのよ?』
「なにをわけのわからんことを。お前が助けてって言ったんだろう。どうせおれもがしゃどくろのところに行くのが目的で人界に降りてきたんだ。
助けた礼に、がしゃどくろを止めるのに協力させればいい。見習いとはいえ陰陽師のはしくれなら多少は役に立つだろ」
『でも、でも、主様があんたを祓うとは考えないの?』
「お前の話を聞く限りじゃ、ナギは自分の恩人を退治するような薄情な人間じゃないだろ。
それに、ナギで陰陽師というなら、おれはそいつに用事がある。ほれ、ぐだぐだ言ってないでさっさとそいつのところに案内しろ」
助けると言いつつ、本当は動けないすきにナギを倒す気ではと、オーサキは一瞬考えます。けれど迷っている暇はないと思い直し、案内する道を選びました。
『こっちよ! 言っとくけど、主様を殺そうなんてしたら、あたしがあんたを呪い殺してやるんだからね!』
「安心しろ。鬼に横道などない。おれは酒呑童子。そんじょそこらの祓い人なんぞに負けるほど弱くない」
男――酒呑童子は、外套を取ってにやりと笑いました。
かつて外道丸が分水の寺に預けられ、修練をしていたという話を聞いたからです。
寺の住職が外道丸のことを覚えていればと思い話を聞きに行ったものの、彼がここにいたのはもう二十年以上前。
当時の住職は他界していたのです。
そして現在の住職から、「陰陽師であるならば、昨今信濃の国から流れくる川を根城にして暴れまわっている妖怪を退治してくれ」と請われたのです。
修行中の身とはいえ陰陽道を学ぶもの。困っている人の頼みを無下にはできません。
ナギは依頼を受け、がしゃどくろが出没するという場所を目指して、月明かりでぼんやり映し出される山道を歩きます。
右目があやかしの目であるがゆえ、人間なら困難な夜道でも、松明や提灯を使わずとも景色を見渡すことができました。
『きゅいー。主様、いったんお休みになられては……もう三日も寝てないじゃないですか。お身体に障ります』
「ありがとう、オーサキ。だが、がしゃどくろ退治が遅くなればなるほど、被害は拡大する。一日も早く行かないと」
オーサキが心配するのも無理はありません。ナギは住職から話を聞いたその日のうちに発ち、もう三日、寝ずに歩き通しでした。
見かねたオーサキが何度も休むよう訴えましたが、ナギは首を縦に振りません。責任感の強さがあだとなっていました。
視界は霞み、足元がおぼつかなくなり、ついにナギは倒れてしまいます。
オーサキは涙を流しながらナギを何度も呼ぶけれど、意識を失ったナギから答えは返りません。
『きゅい――――! 主様! 主様! だれか、誰か助けて、主様が!』
どれだけ叫ぼうと、ここは山の中。あたりにこだますのはフクロウや虫の鳴き声だけです。
たまたま人が通りかかって助けてくれる可能性はないに等しいでしょう。人里に下りて助けを呼ぶ以外選択肢はありません。
けれどオーサキはあやかし。人間に声が届くことはありません。
そしてナギは陰陽師。あやかしの天敵ともいえる存在が手を貸してくれるはずもありません。
下手をすれば、動けぬうちに始末しようと考える妖怪すらいるでしょう。
ただここで泣いていてもナギは助からない。オーサキはそばにいたい気持ちをこらえて山道を駆け下ります。
人の中には、まれに妖怪と言葉を交わすことができる者がいる。その偶然にかけることにしました。
しばらくして、火のにおいを感じ取ります。
たき火をするのは知能のある生き物だけです。もしかしたら、とオーサキはその匂いのもとに走ります。
そして声が届くよう願いながら藪を飛び出し、たき火のそばに座る人影に向かって叫びました。
『きゅー! おねがい、主様を助けて!』
「なんだ、だれかの式神か? こんな夜更けにどうしたんだ」
オーサキに返された声は男のものでした。黒い外套をかぶっていて、顔や年齢をうかがい知ることはできません。
その男からは……妖怪のにおいがしました。人型の妖怪、しかも並みの人間ではかなわないほど強力な妖力を感じます。
このさい妖怪でもなんでもいい、とにかくナギを助けたい一心で、オーサキは一部始終説明しました。
男は静かにオーサキの話を聞き、うなずきます。
「なるほどな。がしゃどくろ退治に向かう途中、過労で倒れてしまったと。その主はどこにいる?」
『助けてくれるの? あんた、あたしの話聞いてた? 主様は陰陽師なのよ?』
「なにをわけのわからんことを。お前が助けてって言ったんだろう。どうせおれもがしゃどくろのところに行くのが目的で人界に降りてきたんだ。
助けた礼に、がしゃどくろを止めるのに協力させればいい。見習いとはいえ陰陽師のはしくれなら多少は役に立つだろ」
『でも、でも、主様があんたを祓うとは考えないの?』
「お前の話を聞く限りじゃ、ナギは自分の恩人を退治するような薄情な人間じゃないだろ。
それに、ナギで陰陽師というなら、おれはそいつに用事がある。ほれ、ぐだぐだ言ってないでさっさとそいつのところに案内しろ」
助けると言いつつ、本当は動けないすきにナギを倒す気ではと、オーサキは一瞬考えます。けれど迷っている暇はないと思い直し、案内する道を選びました。
『こっちよ! 言っとくけど、主様を殺そうなんてしたら、あたしがあんたを呪い殺してやるんだからね!』
「安心しろ。鬼に横道などない。おれは酒呑童子。そんじょそこらの祓い人なんぞに負けるほど弱くない」
男――酒呑童子は、外套を取ってにやりと笑いました。
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