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肆 戀ノ章
肆ノ漆 ナギと姫の謎、隠れたつながり
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「母はだれかわかりません。酒呑童子も、俺が産まれていることなど知りもしないでしょう。師が産まれて間もない俺を拾い、育ててくれたのです」
ナギはどこか他人事のように語ります。
親の顔も知らずに育つ。なのに親のせいで自分も嫌われる。
半分あやかしの血が混じっているせいで、人の率が高いナギには大きな妖力を宿している反動も大きいのだといいます。
ナギの語る過去は重くて、まだ難しいことがわからないヒナにも、悲しくて辛いことなのだと伝わりました。
「ううううう。お父さんが悪いことしたからって、むすこだってりゆうで自分まで悪く言われるのつらいわよね。お兄さんはお兄さんなのに」
「……世の中ヒナみたいな人間ばかりなら、戦など起こらないのだろうな」
しんみりした空気を破るように、フェノエレーゼがナギの前に膝をついて、口を開きました。
「ナギ。お前、親父が酒呑童子だと誰から聞いたんだ」
「……師匠からです。なぜそんなことを聞くのですか?」
いぶかしむナギに、フェノエレーゼは続けます。
「酒呑はお前の存在を知らない。母親もわからない。お前は拾われたとき言葉も話せない赤子だった。なら、お前の師はどうやって酒呑の子だと知ったのだ?」
「それ、は……」
赤子の父母がどこのだれかを当てるような術なんて、陰陽道に存在しません。
ナギにとって師の言葉は絶対的に信頼を寄せるもので、疑うということを考えたこともなかったのです。
ナギがだまりこむと、壁の向こうからやけに騒がしい鳴き声が聞こえて、破れた雨戸の穴から、ぽんと丸いかたまりが飛び込んできました。
『チチチィーー! じょうちゃーーん! 玉藻の姐さんが戻ったっさーー!』
あとを追うように赤い小鳥も入ってきます。
かたまりーーもとい雀がぽんぽんと跳ねてヒナのひざに飛び乗ります。ヒナは笑顔で雀を撫でます。
「わぁ。丸ちゃん! おかえりなさい!」
『チチィ。ああ、やっぱりいいっすね、嬢ちゃんは。意地悪しかしないどこかの天狗とは大違いっさ』
雀が日頃の腹いせとばかりにいやみを言う。突っ込むのも面倒なので、フェノエレーゼは雀を無視して赤い小鳥を呼びました。
「玉藻。そっちはどうだった」
『こちらは謎がさらに増えた。それにしてもフェノエレーゼ、一刻も経たぬうちに廃屋に男を連れ込むとは、やるな』
「人聞きの悪いことを言うな玉藻。こいつの体調が悪そうだから匿っただけだ」
フェノエレーゼをからかうだけからかい、宙で一回転して、玉藻は小鳥から女性の姿にと変化しました。
「くく、冗談だ冗談。まこと、お主は戯れ言が通じなくてつまらんなぁ。もう少し柔軟になったらどうだ、フェノエレーゼ」
「いちいち姉貴風ふかせるな。余計なお世話だ」
妖怪を見慣れたナギでも、鳥から人に変化する場面が珍しいのか、目を大きく見開きます。
「……フェノエレーゼさんは、双子だったのですか? よく似ておられますね」
「ほう。小僧にはわらわがそのように見えるのか。先程のあれはあながち冗談でもなかったわけか。双子ではないが、わらわはこやつの姉みたいなものさ」
玉藻は扇で口許を隠してフフ、と笑います。玉藻の妖術は“見た相手が美しいと思う女に見える”というものです。
つまり、ナギの美しいと思う者はフェノエレーゼということ。
フェノエレーゼが彼の気持ちにまったく気づいてないのがまた笑いを誘います。
『きゅい! 小僧ですって! この女狐、あたしの主様になんたる無礼を!』
「五百年をゆうに生きたわらわからしたら、十数年しか生きてない人間なぞ小僧でも誉めすぎよ」
『きゅーー!』
玉藻とオーサキの間で火花が散っていることなど露知らず、ヒナが話の腰をへし折ります。
「たまもさん、たまもさん、お姫さまはどうだったの? かっぱさんと仲良くなれそう?」
「ああ、すまんなヒナ。お主にはあやかしの言葉はわからないのだった。そこの陰陽師も座れ。ちと長くなるが話を聞いてもらおうか」
玉藻は阿賀野の屋敷で見聞きしたことをかいつまんで話しました。
ナミという姫は実在すること。
人でありながら河童の言葉が理解できること。
人目を忍ぶように羽衣をかぶっていたこと。
姫に兄が居たらしいこと。
そして、定期的に何かの薬を必要としていること。
「わらわは、あの姫が病人というのは嘘であるように思う。年が十五、六の姫なら意中の者と恋文を交わし、婚姻が決まっていてもおかしくはないのだが……」
「たまもさん。お姫さまは病気じゃないのにくすりがひつようなの? なんで?」
「そう答えを急くな、ヒナ。姫当人にしかわからないこともあるだろう」
「……はぁい」
玉藻にたしなめられて、ヒナは膝を抱えて丸くなりました。今回もあまり役に立てなそうで、ちょっぴりすねています。
ナギは苦笑して、玉藻を見上げます。
「玉藻さん。それ以外にわかったことはありますか?」
「あとは、そうだな。“土浦”という者が薬を調合しているらしいことだけだ」
「土浦!?」
玉藻の口から予想外の名が出て、ナギは声をうわずらせました。
「どうしたナギ。何をそんなに驚く」
「……土浦という氏を持つ人は、越後には一人しかいません。土浦安永様。……俺の、陰陽道の師匠です」
ナギはどこか他人事のように語ります。
親の顔も知らずに育つ。なのに親のせいで自分も嫌われる。
半分あやかしの血が混じっているせいで、人の率が高いナギには大きな妖力を宿している反動も大きいのだといいます。
ナギの語る過去は重くて、まだ難しいことがわからないヒナにも、悲しくて辛いことなのだと伝わりました。
「ううううう。お父さんが悪いことしたからって、むすこだってりゆうで自分まで悪く言われるのつらいわよね。お兄さんはお兄さんなのに」
「……世の中ヒナみたいな人間ばかりなら、戦など起こらないのだろうな」
しんみりした空気を破るように、フェノエレーゼがナギの前に膝をついて、口を開きました。
「ナギ。お前、親父が酒呑童子だと誰から聞いたんだ」
「……師匠からです。なぜそんなことを聞くのですか?」
いぶかしむナギに、フェノエレーゼは続けます。
「酒呑はお前の存在を知らない。母親もわからない。お前は拾われたとき言葉も話せない赤子だった。なら、お前の師はどうやって酒呑の子だと知ったのだ?」
「それ、は……」
赤子の父母がどこのだれかを当てるような術なんて、陰陽道に存在しません。
ナギにとって師の言葉は絶対的に信頼を寄せるもので、疑うということを考えたこともなかったのです。
ナギがだまりこむと、壁の向こうからやけに騒がしい鳴き声が聞こえて、破れた雨戸の穴から、ぽんと丸いかたまりが飛び込んできました。
『チチチィーー! じょうちゃーーん! 玉藻の姐さんが戻ったっさーー!』
あとを追うように赤い小鳥も入ってきます。
かたまりーーもとい雀がぽんぽんと跳ねてヒナのひざに飛び乗ります。ヒナは笑顔で雀を撫でます。
「わぁ。丸ちゃん! おかえりなさい!」
『チチィ。ああ、やっぱりいいっすね、嬢ちゃんは。意地悪しかしないどこかの天狗とは大違いっさ』
雀が日頃の腹いせとばかりにいやみを言う。突っ込むのも面倒なので、フェノエレーゼは雀を無視して赤い小鳥を呼びました。
「玉藻。そっちはどうだった」
『こちらは謎がさらに増えた。それにしてもフェノエレーゼ、一刻も経たぬうちに廃屋に男を連れ込むとは、やるな』
「人聞きの悪いことを言うな玉藻。こいつの体調が悪そうだから匿っただけだ」
フェノエレーゼをからかうだけからかい、宙で一回転して、玉藻は小鳥から女性の姿にと変化しました。
「くく、冗談だ冗談。まこと、お主は戯れ言が通じなくてつまらんなぁ。もう少し柔軟になったらどうだ、フェノエレーゼ」
「いちいち姉貴風ふかせるな。余計なお世話だ」
妖怪を見慣れたナギでも、鳥から人に変化する場面が珍しいのか、目を大きく見開きます。
「……フェノエレーゼさんは、双子だったのですか? よく似ておられますね」
「ほう。小僧にはわらわがそのように見えるのか。先程のあれはあながち冗談でもなかったわけか。双子ではないが、わらわはこやつの姉みたいなものさ」
玉藻は扇で口許を隠してフフ、と笑います。玉藻の妖術は“見た相手が美しいと思う女に見える”というものです。
つまり、ナギの美しいと思う者はフェノエレーゼということ。
フェノエレーゼが彼の気持ちにまったく気づいてないのがまた笑いを誘います。
『きゅい! 小僧ですって! この女狐、あたしの主様になんたる無礼を!』
「五百年をゆうに生きたわらわからしたら、十数年しか生きてない人間なぞ小僧でも誉めすぎよ」
『きゅーー!』
玉藻とオーサキの間で火花が散っていることなど露知らず、ヒナが話の腰をへし折ります。
「たまもさん、たまもさん、お姫さまはどうだったの? かっぱさんと仲良くなれそう?」
「ああ、すまんなヒナ。お主にはあやかしの言葉はわからないのだった。そこの陰陽師も座れ。ちと長くなるが話を聞いてもらおうか」
玉藻は阿賀野の屋敷で見聞きしたことをかいつまんで話しました。
ナミという姫は実在すること。
人でありながら河童の言葉が理解できること。
人目を忍ぶように羽衣をかぶっていたこと。
姫に兄が居たらしいこと。
そして、定期的に何かの薬を必要としていること。
「わらわは、あの姫が病人というのは嘘であるように思う。年が十五、六の姫なら意中の者と恋文を交わし、婚姻が決まっていてもおかしくはないのだが……」
「たまもさん。お姫さまは病気じゃないのにくすりがひつようなの? なんで?」
「そう答えを急くな、ヒナ。姫当人にしかわからないこともあるだろう」
「……はぁい」
玉藻にたしなめられて、ヒナは膝を抱えて丸くなりました。今回もあまり役に立てなそうで、ちょっぴりすねています。
ナギは苦笑して、玉藻を見上げます。
「玉藻さん。それ以外にわかったことはありますか?」
「あとは、そうだな。“土浦”という者が薬を調合しているらしいことだけだ」
「土浦!?」
玉藻の口から予想外の名が出て、ナギは声をうわずらせました。
「どうしたナギ。何をそんなに驚く」
「……土浦という氏を持つ人は、越後には一人しかいません。土浦安永様。……俺の、陰陽道の師匠です」
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