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参 海ノ妖ノ章

参ノ弐 龍との出会いと再会

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 ああ、このまま食べられちゃうんだ。
 ヒナはフェノエレーゼの袂を強く掴んで両目をつむります。

「おじいちゃん、おばあちゃん、ヒナはもうダメです。フエノさんの羽も取り戻せないまま、しゃっこくてしょっぱい海で大きい妖怪さんのご飯になってしまいました……」

「縁起でもないこと言うなボケ。死んでない」

『チチチ! そうでさ嬢ちゃん。よぉくまわりをみてみるさ』

 そういえばさっきまで「がばごぼごぼ」だったのに、今は塩辛くないし冷たくないし息もできます。
 フェノエレーゼの言葉に、ヒナはおそるおそる目を開けました。

「わあぁ!!」

 ヒナとフェノエレーゼは、龍の背に乗っていました。視界いっぱいに果てのない海原が見えます。
 着物は海水を吸って湿ったままだけど、ほほを撫でる風はとても心地よいものでした。

 足元にあるぎょろりと大きな金色の目玉が自分を見た気がして、ヒナはまた小さく悲鳴をあげます。

「安心しろ。味方だ。こいつは聖龍せいりゅう。私と同じくサルタヒコのもとにいたあやかしもの」

 フェノエレーゼは動じることなく、白銀の鱗でおおわれた巨大な頭に手を伸ばします。 

「驚かせてすまなかったな、人間の娘よ。ワシはこのようななりだが人は食わん。だから怖がることはないぞよ」

 龍の口からつむがれるのは老人のようなしわがれた声です。
 見た目は恐ろしいけれどその声は冷静で、でも冷たさはなく穏やかで優しい。ヒナは安心して大きく息をはきました。

「それにしてもフェノエレーゼ。しばらく見ない間に何があったのだ。なぜ翼がなくなっている。しかも人嫌いのお主が子どもとはいえ人間と行動を共にしているなど、想像もつかなかったわい」

 フェノエレーゼは翼を封じられたときのことを嫌でも思い出し、顔をしかめます。
 助けてもらった手前言わないわけにもいかず、しぶしぶこうなった理由を説明しました。

 聖龍は話を聞き終えると、ちらとフェノエレーゼをみやります。

「なるほど。サルタヒコ様なりのお考えがあってのことか。ならばワシが解呪の手助けをするわけにはいかんな」

「チッ。お前は私と違ってサルタヒコに忠実だからな。そう言うと思った」

「そうむくれるな。港までなら運んでやると言っているじゃろう。それに、あそこでは“人の困り事を聞いて叶える”ことができるだろう。翼を取り戻す近道にもなる」

 腕組みしてそっぽをむくフェノエレーゼはいつもより幼く見えて、ヒナは小さく笑います。
 肩をいからせて聖龍に小言を言う姿も、近所のお兄さんとお父さんが口げんかする様子にどこか似ていました。

 天狗だって人間と同じようにふてくされることもあるんだとわかって、嬉しいようなこそばゆいような不思議な気持ちになります。

「ねえねえフエノさん。見て、もうすぐ村に着くわ」

『チチチ~。旦那旦那、うまそうな食い物の匂いがするさー! 早く行きましょう、食いましょう!』

「言われなくても見えている。それと雀。お前はいい加減反省しろ」

 ヒナはフェノエレーゼの肩をつつき、ヒナの頭に乗っていた雀も陽気に歌います。

 ヒナが指差す先には、木造の船と漁師たち。
 浜辺では魚取りの網を手入れをするおばさんの姿も見えます。

 人に見られないようにと港から少し離れた岩場の影に下ろしてもらい、ふかぶか頭を下げて聖龍にお礼を言います。

「わたし、ヒナっていいます。せいりゅうさん、運んでくれてありがとうございました!」

「ほっほっ。これはどうもご丁寧に。面白い子だなぁ、フェノエレーゼ。お前が気に入るのもわかる」

「別に気に入ってない」

「そう思っているのはお主だけであろう」

 そっけない返事なのに、聖龍は喉をならして笑い、海に帰っていきました。


 
 こうして聖龍の力を借りてたどり着いた港。
 フェノエレーゼの呪を解く新たな一歩となるでしょうか。
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